第144話 第一想定(3)



 ダンはあっという間に崖を上まで登り切り、瞬く間に蔦を近くの丈夫そうな木に結んで下に垂らして『いいぞー!』と叫んだ。


「……ライオは魔物の襲来に備えて最後に登る方がいいだろう。

 最初に登るやつと最後に登るやつが1番危険だからな。

 とすると、まずは荷物を引き上げる為に、パワーのあるフェイとベルドからか。

 応用力の高いダンに、荷物の引き上げで魔力をあまり使わせないほうがいい」


 ベスターがメガネをあげながらそう言うと、ララも続けて意見を述べた。


「なら私とドル君、ココ君、パーリ君、ソフィさんの5人がその次に登りまして、先に歩きませんこと?

 魔力に余裕のない私たちのスピードが、全体の速度を決めています。

 これで10分は詰められる筈ですわ。

 皆で協力して、少しずつ時間を削り出していきましょう」


 シャルが先程ココに促されて自分の意見を言った事で、皆の迷いが晴れた。


 この課題で最も避けなければならない事。

 それは仲間割れだ。


 聡明なAクラス生達はすぐそう察して、その事が逆に皆から積極性を奪っていたが、ただ漫然と無難に過ごしてこなせるほど緩い課題ではないと、皆が感じ始めていた。



 だが彼らのこの決断は、大いに裏目に出る事となる。



 ◆



「ままま、待たんかぁ〜い!」


 いぶし銀のおっさん騎士が俺を引き止めてきたが、もちろんそんな寝言に付き合うほど暇では無い。


 俺がガン無視を決め込んですたすたと立ち去ろうとすると、おっさん騎士は勝手に自己紹介を始めた。


「ふんっ。

 無愛想なやつだ。

 わしはマキシム・アキレウス。ステラの叔父だ。

 ステラが小さい頃からその才能を見出し、鍛え上げ、かつ目に入れても痛くないほど可愛がってきた。

 ……ステラとはどこまでいったんだ?

 まさかわしに挨拶なく、既にちちち、チューなどしておらんだろうな!!」


 ……頭が痛い。

 今にも割れそうだ。



「ついてくるな面倒臭い」


 俺はそう言い捨てて足を早めた。


「なるほどなるほど。

 ……つまり、やましい事があると。

 その上で責任を取るつもりもないと。

 ……このクズ男が〜!!」


 おっさんは体をプルプルと震わせて怒り始めた。


 話が噛み合う気がしない……


 俺は全速力で逃げ出した。



 ◆



「ステラ!

 やばいやつに追われてる!

 逃げるぞ!」


 座禅を組んで魔力の回復に努めていたステラは、意味がわからないという風に顔を上げた。


 俺は構わずステラをいわゆるお姫様抱っこの格好で抱え上げ、一目散に走り出した。


「どぉ!

 ななな、どう言う事だ!なぜインパラの街でやばいやつなんて出るんだ?!」


「ステラ〜!わしじゃー!

 貴様ステラと来ておったなら、なぜ一緒に連れてこん!

 このような暗い場所に女の子を1人残しおって〜!」


 ステラは、おっさんを見て首を捻った。


「マキシム叔父……?

 あ、あれは私の親戚で、普段は温厚な人なんだが、なぜあんなに怒ってるんだ?」


「知らん!

 いきなり悲痛な顔で『わしに勝ったらステラとの交際を認めよう……』とか言い出したから無視してたら、やましい事があるのかとか、責任を取れとか、ふしだらなクズとか、勝手に妄想を積み重ねて、ああなった」


「あ〜!!!

 最近はわしでも抱っこなどさせて貰えんのにー!

 だがわしは8歳までステラと一緒にお風呂に入っておった!

 羨ましいか〜?

 ……羨ましくないのか!

 まさか貴様ぁ!!

 すでにぃ!!」


 ステラはびきりと額に青筋を立てた。


「……下ろせアレン。

 ぶっ飛ばしてくる」


「時間と魔力が勿体ない」


「何をイチャイチャ、2人で話しとるかぁ!

 くそう速い!

 わしも混ぜんかーい!」


「」



 ◆



 夕暮れの高台。


 比較的魔力量に余裕のない5名は、少しでも時間を詰めるため先に出発した。



 初めに異変に気がついたのはココだった。


「??

 ……何か変だな。静か過ぎる……」


 そうココが呟いた次の瞬間、大人の一抱えは有りそうな巨大な岩が2つ、頭上の木の枝をメキメキと折りながら降ってきた。


 皆はココの疑問の声と枝を折る音でギリギリ異変に気がついたが、背に荷物を負っていることで反応が遅れ、その岩はソフィとココを直撃した。


「ソフィさん!ココ君!」


 何とか岩を避けたララが真っ青な顔で叫ぶ。


 ココは両腕に魔力を込めてガードしたが、頭から流血し、脳震盪を起こしたのかその場へとへたり込んだ。


 ソフィは避けようとしたが間に合わず、右足を岩に挟まれて『ぐうぅぅう』とうめき声を漏らした。


「……土属性の……ジャイアントクロウ……とにかく、開けた場所に……」


「喋るなココ!

 パーリ!ココを頼む!ララはソフィを!

 木がなかったさっきの峠の折り返しまで運ぶぞ! 俺は魔法で奴らを牽制する!」


 ドルはそう言って手に握られた両手杖に魔力を込めて火球を作り、上空で再び岩を構築している真っ黒な2羽の魔鳥に向かって連続で放った。


 このドルの魔法は距離がありすぎて躱されたが、この牽制で、魔鳥は構築途上だった岩を慌てて落とし、狙いは大きく外れた。



 パーリはララと協力してソフィの足を挟んでいる岩を除けてから、『動かすぞココ!』と言ってココを抱き抱え、なるべく頭を揺らさないように首を優しく押さえながら走った。


 ララもソフィを横抱えにしてパーリに続いた。


 ココは虚な目でドルへと呟いた。


「ドル……魔力を、節約しないと……」


「言ってる場合じゃ無いだろ!」


 ドルはさらに牽制の火球をジャイアントクロウに向かって放ち、敵の魔法構築を阻害した。


 上空がクリアになった所で、ジャイアントクロウは円を描くように上空を旋回し始めた。


「クァァアアア!!」

 耳をつんざく鳴き声が山にこだまする。


「……ドル、ココのフォローを代わってくれ。

 やつらもこの見晴らしのいい状況で魔法を当てられるとは思ってないだろう。

 近接でくるならリーチの長い槍の方が有利だ」



 パーリがこう言うと、ドルは頷いてパーリからココを引き受けた。


 その瞬間を狙って2羽が前後から挟み込むように滑空してくる。


「後ろのやつは任せろっ」


 パーリはそう小さく言って息を吐き、腰を落として十分に引きつけてから、振り返り様にその槍を繰り出した。


「遅いっ!」


「クァァァァア!!」


 パーリの槍は1羽のジャイアントクロウの心臓部を串刺しにした。


 だが怯むか諦めるかと思われたもう1羽はすかさず反転してパーリへと襲い掛かった。


 パーリは最初の1羽を挿し貫き、その死骸が槍にぶら下がっている状態のため、槍を思うように振れない。


 道場で磨き上げられたパーリの槍は、実力的にはBランクの魔物である属性持ちのジャイアントクロウにも対応可能だが、実戦不足は否めない。



「ぐぉぉぉお!!」


 何とか貫いたジャイアントクロウごと槍を振ったパーリだが、勢いで勝るジャイアントクロウの突撃がカウンター気味にヒットし吹き飛ばされた。


「「パーリ!!」」


 ドルが慌てて駆け寄ったが、パーリは『ぐぅぅぅ』とうめき声をあげ、直ぐに立ち上がれそうもない。


「……子育て中かも……知れない。

 巣を狙われていると思っていたら……諦めない」


 ココが辛うじて呟く。


 上空を見るとジャイアントクロウはまた魔法で大きな岩の塊を構築し始めていた。


 敵は1羽……だが今度は3人の怪我人を自分とララの2人でフォローしなくてはならない。


 そこで、上空の敵は『ガァァァア!!!』と空気を震わせるほどの鳴き声を発した。


 するとそれに呼応するように、先程進行しようとしていた方角の森から、北の空を埋め尽くすほどのジャイアントクロウの子供が一斉に飛び立った。


 ドルは自分の背中に嫌な汗が流れていることを、はっきりと感じた。



 ◆



 何とかあのマキシムとかいう頭のおかしなおっさんを撒いた俺は、予定通り復路はショートカットするために山中へと分入った所でステラを下ろした。



 ……気まずい。


 その後ステラは小1時間も言葉を発せずにすたすたと先を歩いている。


 もしかしてあのいぶし銀のおっさんすらも、ゴドルフェンの罠なんじゃないか? そう疑いたくなるほど気まずい。


 この調子で丸一日山を走るなど地獄だぞ?


 ……だがそろそろステラの魔力もある程度戻って来ている頃だ。


 ここらでペースを上げないと後がどんどん苦しくなる。


 俺は努めて明るい声で、ステラに声を掛けた。


「ステラって、思ったより軽いな!」


「ああーん?

 私が筋力不足だって言いたいのか?」



 ……しまった……この世界には無闇に軽いと言われて喜ぶような風習はないのだろう。


 地球でも近代の一部の地域特有の傾向なのだから、考えてみれば当然だ。


 特に騎士を目指しているステラにとって、平均以上に軽い事のメリットなど何もないとすら言える。


 相変わらず、期せずして地雷を踏み抜く呪いは安定感抜群だ。


 俺は慌ててフォローした。


「ち、違うんだ! もちろん騎士として必要な筋肉はどんどん付いているし、ずっしり重たいんだが、女性らしい線の細さがーー」


 ステラは振り返ってスタスタと俺に近づき、俺の両肩に手を置いてからニコリと笑った。


「女子に向かってずっしり重いとは何事だ! このむっつり野郎!」


 そして俺の肩をホールドした状態で、鳩尾にずっしりと重い膝の一撃をくれた。


「ぐえっ!」


 俺は潰されたカエルの様な声を出した。


 何だよ! やっぱり軽い方がいいのか?!


 とすると最初のはただの照れ隠しか……


 分かるかそんなもん……


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