第126話 立食パーティー(2)
片側だけ開けられた扉から中を覗くと、その扉は丁度料理が並べられているテーブルの裏手に位置していた。
バルコニーで休む人が通るためか、適度に人の出入りもあり自然に中へと入れた。
例によってもの凄い広さの大広間に、ざっと見繕って1500人はいるだろうか。
エントランスに足を踏み入れた時から感じていたが、流石にこの王都で300年の歴史を誇るだけあり、その内装はいかにも精妙かつ優雅で、にも関わらず過剰な演出を感じない。
いくら2地方の合同開催とはいえ、流石に王都にいる若手貴族だけでこれほどの人数はいないだろうから、準貴族や付き人、有力な背景を持つ庶民などまで参加しているという事だろう。
親や親類の仕事について来て、王立学園以外の王都の学校に通っている子弟と言うのも結構多いらしい。
服装は、フォーマルなものから綺麗めなカジュアルまでまちまちだが、皆やはりそれなりの格好をしている。
俺は先日姉上と買い物した際に、勧められるがまま購入したライトグレーの薄手のジャケットにベージュのパンツ、白のワイシャツを着ている。
いつもの如く動きやすい格好で来ようと思ったのだが、会場が
よかった、前世で言うTシャツに短パンの様なラフな格好で来てはめちゃくちゃ浮くところだった。
見立ててくれた姉上に感謝しないとだな。
人だかりでよく見えないが、正面奥にフェイとジュエ、そしてその他の王立学園生もいるようだ。
俺の顔を知っている王立学園生が、固まってくれているのはありがたい。
俺はいい匂いのする手近な料理を取り分けて、モグモグと食べながら、その辺りで談笑しているやや歳上の女の子6人組の会話に耳を傾けてみた。
「レベランスのジュエリーお嬢様、本当にお綺麗でびっくりしましたわ。
しかも王立学園Aクラス生にして、聖魔法の使い手としてあの『聖女サリー』様と比肩しうる才能をお持ちだとか。
教会での慈善活動にも積極的だそうですし、本当に同じ女性として憧れるわ〜」
「わたくしはフェイルーン様を初めて拝見しましたが、あの美貌には驚きました。
ドラグーン侯爵家の嫡子にして天才魔道具士。
加えてこれだけの人数を前に、まるで物おじせずに粛々と会を進める度胸!あのお年であの貫禄!
流石はドラグーンの『女帝』、メリア様から弱冠12歳で後継者として『フォン』を譲り受けた、ドラグーンの至宝だけありますね!」
へ〜。
誰の話かと耳を疑うが、どうやらあの
遠くに見える2人の様子をそれとなく見ると、肩の出ているキラキラと輝くドレスを着ているフェイ、露出の少ない落ち着きのあるワンピースを着ているジュエが、列をなしている参加者達と貫禄たっぷりに談笑している。
後ろには、邪魔にはならず、かといって何かあればすぐに飛び出せるほどの位置に警護の騎士を従えている。
こうして見ると、2人ともまるで一端の侯爵令嬢かのように見えるな。まぁそうなのだが。
「フェイルーン様のお隣に立たれて、稲妻のように鋭い眼光を放っておられるのが、パーリ・アベニール様ですわね。
何てハンサムなのでしょう。
あのお年にして無骨な武人という雰囲気がたまりませんわ。
どれほど苛烈な鍛錬を積めば、あの様な雰囲気を醸し出せるのでしょう。
私、すっかりファンになってしまいました。
あぁ、私などがご挨拶に伺ってもいいのかしら」
両の掌をふわりと合わせた綺麗なお姉さんが、芸能人でも見る様な目でこんな事を言っている。
パーリ君……俺は君の事が嫌いになりそうだ……
その女性6人組は、一体どこでそんなに情報を仕入れてくるのか不思議になるほどその他の学園生にも詳しく、次々に王立学園生に言及して言った。
そして、『監督に怒鳴られるのが趣味』とかアホな事を言っていた、坂道部のポポル先輩が如何にミステリアスか、と言う話に突入し、俺が神妙な顔で聞いていたところでふいに後ろから声をかけられた。
「よう。
そんな端っこでボケっと立ってないで、積極的に話しかけないと時間が勿体無いぞ?
こういったパーティーは初めてか?」
声のした方へ振り返ると、いかにも面倒見の良さそうな感じのする老け顔の、と言ってもまだ10代であるはずの角刈りの男が笑顔で立っていた。
「えぇ、パーティーは初めてで、居場所がなくって。
やっぱり雰囲気で分かっちゃいますか?」
男は笑顔を深めた。
「そりゃ分かるさ。
少し前から見ていたが、そんな所でいかにもおろし立ての一張羅を着て、1人で神妙な顔でつっ立っていたらな。
無理して偉い人に顔を繋ごうなんて考えずに、気楽にまずは場になれる事だけ考えようぜ。
俺はマキテ、レベランス地方出身だ。
よろしくな」
マキテさんはそう言って手を差し出した。
「はい分かりました!
ありがとうございます!
俺はドラグーン地方出身で、名前はえーっと、ポークです……」
……しまった、万一後々正体が露見した際に、レンとアレンが繋がる危険を避けるため、咄嗟に封印していたイタい偽名を名乗ってしまった。
「
養豚場の倅か何かか?」
「……そんな様なもんです」
俺が頭を掻きながらそう言うと、マキテさんは俺の目を真っ直ぐに見て言い切った。
「……親御さんの豚への深い愛を感じるいい名前だな!
俺は好きだぜ!」
……マキテさんがいい人すぎてつらい。
その後マキテさんは、俺が余りに不恰好だからか、皿の持ち方などの基本的なマナーを教えてくれた。
「基本的には利き手とは逆の手で皿やグラス、フォークなどは全部持って、片手は常に空けておくんだ。
少し訓練すれば誰でも出来る。
さっきみたいに握手をする時に、たまたまサイドテーブルが近くにあればいいが、そうじゃない時に慌てて物を置く場所を探すのはスマートじゃないからな」
見た目通り、本当に面倒見のいい人だ。
「分かりました!
ありがとうございます!」
俺は素直に礼を言った。
そこで、すぐ近くで先程から王立学園生の噂話をしていた女の子6人組は、満を持してこんな話を始めた。
「それにしても……
やっぱり噂のあのお人はいらっしゃいませんでしたね……」
「ええ、あのフェイ様とジュエ様ほどの2人が想いを寄せながら、冷たくあしらい続けていると言う孤高の人」
「冷たいナイフの様な、触れるもの全てを傷つける、でも触れられずにはいられないという魔性の男」
「きっと絶世の美男子に違いありませんわね……」
俺は自分の顔がはっきりと引き攣るのを感じた。
ライオの事であって欲しい。
あいつなら怜悧な美男子と自称しても許される……
「「一度でいいからそのご尊顔を拝見したいわ〜、アレン・ロヴェーヌ様!」」
…………さて帰るか。
だが俺がこっそりとフェードアウトしようと決意した所で、マキテさんはニヤリと笑って俺の肩に手を置いた。
「俺がどうやって、こういったパーティーで知り合いの輪を広げるかを見せてやろう。
なに、今日はとっておきのネタがあってな」
そう言って、俺の肩に手を置いたまま女の子集団へと声を掛けた。
「お嬢様方、中々の事情通の様だが、アレン・ロヴェーヌ君の秘密に近づきたければ、絶対に見逃せない重要人物の情報を見落としているようだな」
◆
「あぁ横から失礼。
俺はレベランス地方出身のマキテだ。
俺の友達の知り合いに、レベランス情報部の人間がいてね。
そのスジからアレン・ロヴェーヌ君に繋がる、極秘情報を教えてもらったんだ。
お嬢様方が、そして誰もが見落としている、この会場にいる超重要人物の情報を、な」
マキテさんは自信満々だが、嫌な予感しかしない……
友達の知り合いは、地球では確か赤の他人と呼んでいた気がするが、この世界では違うのか?
だがこの出どころ不明の情報に、女の子たちは食いついた。
「誰もが見落としている超重要人物の情報ですか……?」
「ぜひ知りたいわ。
教えて下さります?」
女の子たちが食いついたのを見て、マキテさんは小さな声で勝利宣言を上げた。
「ふっ、こう言った社交場での重要なミッションは、情報交換だからな。
如何に他の誰もが知らない情報を握っているかが、勝敗を分ける。
勝負はこの場へと来る前から始まっていると言う事だ」
「…………へー、流石はマキテさん、凄いですね。
でも本当にそんな重要人物がこの場に?」
あの女の子達は大体俺の知り合いを網羅していた様な気がするが……
「勿論だ。
故意に嘘の情報を流すのは、決してやってはいけないマナー違反さ。
結果的には信用を失うしな」
……
マキテさんはぐるりと女の子達に囲まれてご満悦だ。
俺の感覚では取り囲まれた、に近いが……
俺が何を言うつもりかとハラハラしていると、マキテさんは自信満々に、大層意外なその重要人物の正体を明かした。
「その男の名は……トゥード・ムーンリット君。
今年王立学園に入学を果たしたドラグーン地方の子爵家出身の男さ」
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