第127話 立食パーティー(3)
「その男の名は……トゥード・ムーンリット君。
今年王立学園に入学したドラグーン地方の子爵家出身の男さ」
……余りに影が薄いから存在を忘れてた。
だが確かに坂道部にも加入しているし、確か一般寮で見かけた事もある。
「……ご存知?」
「いえ、全く」
俺も愕然としている自信があるが、女の子達も怪訝な表情で顔を見合わせた。
だが流石は事情通集団、その内の1人の子はなんと俺すら忘れていたトゥード君の名前も押さえていた。
「……私はドラグーン地方出身なので確か耳にした事がありますわ。確か今年1年Eクラスに入学した、その、結構な田舎出身で大したエピソードもないお方だった様な……?」
田舎で悪かったな……
ムーンリット子爵領はうちのロヴェーヌ領と山を挟んで隣接している、これまた大した特産もない、だがうちよりはほんの少しだけ都会に近い、親父がライバル視している家だ。
確か俺が最後に親父と飯を食った時に、入試の件でマウントを取られて悔しかったとか何とか言っていたような……
入学してから何回か話したこともあるはずだが、すっかりそんな因縁の事は忘れていた。
「お嬢様方が知らないのも無理はない。
これはまだ殆どの人間が知らない、極々秘情報だからな……」
マキテさんはさらに声を絞った。
ざわざわとうるさい会場で、声が聞こえにくかったのか、女の子達の包囲の輪は更に縮まった。
別に聴力を強化しているわけでもないのに、ごくりと唾を飲み込む音まで聞こえそうだ。
謎の緊迫感をその顔に浮かべた女の子達の顔を見渡して、マキテさんは話を続けた。
「そのムーンリット子爵領だがな。
実はロヴェーヌ子爵領に隣接しているんだ。
そしてその子爵同士も、小麦の品種改良の研究などで連携するほど仲がいいという、確かな情報がある」
「ええっ!」
初耳だったので、俺は思わず声を出した。
まぁ確かに、いつも何やかんやとムーンリットのやつに絡まれて悔しいとか愚痴を聞いていたが、喧嘩するほど仲がいいと言う事もあるかも。
「……言われてみれば、その話は聞いた事がありますわ。
確かアレン様の父君が研究している品種改良をした小麦の種を融通してもらったとか何とか……
ロヴェーヌ子爵が春の定期総会で研究成果を『女帝』メリア・ドラグーン様の前で発表した時、ムーンリット子爵にも成果を確認したとか……」
やっぱり……!
親父、実はムーンリット子爵と仲良しだったのか!
全然知らなかった。
侯爵の前で研究成果を発表する親父など想像もつかないが、出自の異なる2人が同じ様な話を知っているという事は、事実の可能性が高い。
「勿論それだけでは、ただ領地が隣接しており、子爵同士が交流を持っているだけ、という線も考えられる。
だがトゥード君にはもう一つ注目すべき点があるのさ」
マキテさんが巧みな話術でタメを作ると、女の子たちは、さらにずいっと包囲の輪を縮め、その後ろでも何人か聞き耳を立て始めた。
俺も続きが気になってしょうがない。
「実は……トゥード・ムーンリット君は入学と同時にあの王立学園一般寮にアレン・ロヴェーヌ君と一緒に入寮したらしい。
そもそもが聞いた事もない、隣り合う田舎子爵領から同時に王立学園合格者を出す事だけでも稀有な事なのに、これを偶然と言えるだろうか?
トゥード君は確かにEクラス合格で、貴族寮の寮費は正規料金を支払わなくてはいけない立場だ。
だがあの『王立学園』に入学を果たして、たかだか数千リアルの金を惜しんで当時まだ『犬小屋』と揶揄されていた一般寮に入寮する貴族なんて……いる、訳がない!」
マキテさんは力強く断言した。
……トゥード君、君も一般寮に入っていたんだね。
知らなかったけど気持ちは分かるよ……
仕送りが心もとなく、貧乏性も抜けきらなかったんだね。
「……言われてみれば不自然ですね……」
女の子たちは緊迫した顔で頷いた。
「考えられる可能性は1つ。
ロヴェーヌ家とムーンリット家は家族ぐるみの付き合いで、当然アレン君とトゥード君も幼い頃から見知っていた。
彼らはドラグーン地方の、誰も知らない片田舎で誓いを立てたのさ。
共に切磋琢磨してこの王国で飛躍しようと。
その結果が王立学園同時合格であり、近頃有名になった『質実剛健』、あの一般寮での共同生活というわけさ……」
マキテさんは話を締め括った。
清々しいほどの大外れだが、もの凄い説得力だ。
こうやって意味不明な噂が生み出されていくのか……
「そうすると、そのトゥード様はあのアレン・ロヴェーヌ様の……」
「……幼馴染の親友」
「一般寮での清貧修行を、アレン様と産み落とした、隠れたもう1人の英雄候補……という訳ですね……」
まずいな……
異常な雰囲気を察して、耳に魔力を集中して聞き耳を立ててる奴まで出始めている。
この的外れな誤解が広がると、見ず知らずの俺に親切にしてくれたマキテさんの信用は、先々ガタ落ちだろう。
今さら自分がアレンですと言える空気ではないが、正体を明かさない事には否定のしようもない。
俺は一か八か踏み込んでみた。
「あの、凄く面白い推測なのですが、それは間違っていると思います」
俺が恐る恐るそう言うと、マキテさんは別に気分を害したふうでも無く、穏やかな目を俺に向けてきた。
「お、何か追加情報があるのか?
確かに今俺がした話は、多分に推測が含まれている。
疑問点があるなら遠慮なく指摘してくれ!」
俺は仕方なく自分の正体を、努めて軽い調子で明かしてみた。
「マキテさんすみません!
実は、俺がそのアレンなんです!
何だか言い難くって。
あはははは、ははは、はは……」
だが、予想以上に女の子達の視線が厳しい事に慄いた。
いや、予想以上に厳しい、なんてレベルではない。
その濁った瞳は、『神の名を騙る不届き者め』とでも言いたげで、さながら宗教紛争の様な深い闇を感じた。
対照的にマキテさんは優しげに微笑んだ。
「ポーク君。
前に出る姿勢は評価しよう。
だが初対面の人からジョークで笑いを取るのは、実はとても難しい。
もう少し訓練が必要だな」
「いや、笑いを取る気はサラサラ無くてですね、」
「君はもっと自分のポークという名前に誇りを持つべきだ!
君の気持ちも分からないでもないが、ご両親のまっすぐな愛の意味が、きっといつか分かる日が来る!」
…………
◆
朝から実家の都合で遅れてきた委員長タイプの眼鏡女子、ケイトは、オレンジジュースを取ってから
彼女の実家サルカンパ家は、いわゆる領地を持たない宮中貴族で、代々その当主はユグリア王国を中心とした大陸の歴史編纂という、特殊な官職を務めている。
王都で生まれ育った彼女は、ルーンメーキーズの大広間、と聞けば食事やドリンクがどの様に配置されているかは想像が付くし、家の格としては男爵家なので、サービススタッフに頼まず自分の足で取りに行こうとする程度の腰の軽さはある。
「アレン?
……あんな所で何をしているのかしら?」
そこで彼女は、『アレン・ロヴェーヌの秘密』というテーマの噂話で盛り上がっている40名以上の団体と、その話を死んだ魚の様な目で聞いているアレンを見た。
なぜかポークと呼ばれているようだ。
その手には1枚の皿があり、無作法にもデザートがてんこ盛りになっている。
「??
また妙な事をしているわね……」
◆
「ごめん、遅くなっちゃった」
「やぁケイト、よく来てくれたね。
ケイトの髪によく似合う、素敵なドレスだね」
ケイトは黒地に控えめな
「ふふっ、お招きありがとう。
フェイもそのスパンコールのキャミドレス似合ってるよ」
「ありがとうケイト」
「お久しぶりです、ケイトさん。
そのケイトさんの瞳と同じ色のブローチも、とても良くお似合いですね。
何人か紹介したい人がいるので、来てくれて嬉しいです。
弟さんのお勉強のお手伝いはもう宜しいのですか?」
ジュエはフェイとは対照的に、襟ぐりが浅く、くるぶしまで丈のある肌の露出を押さえた薄ピンク色のワンピース型のアフタヌーンドレスを着ている。
「ジュエも綺麗よ。相変わらず品がいいわね。
ええ、何とか目処が立ったから、このまま寮に帰るつもりよ。
全く、これまで散々勉強をサボってきて、話しかけても碌に返事もしなかった癖に、急に勉強を教えてくれだなんて。
私も暇じゃないのに。
しかも理由が新星杯のアレンに憧れて、ですって。
あと1年半あるから、今のペースで続けられたら多分大丈夫だと思うけど、姉としてはその動機は複雑だわ。
あ、そう言えばあなた達、あれに気付いてる?」
「ふふっ、ありがとうございますケイトさん。
……あれ、ですか?」
ジュエが首を傾げると、ケイトはため息をついて食事やドリンクが並んでいるテーブルの近くにいる、何やら盛り上がっている団体の方を指差した。
「ポークと呼ばれていたわよ?」
ケイトの指差している方をよく見ると、よく知った顔が1人。
チョコレートケーキをモグモグと、食通のような難しい顔付きで食べている。
「……へぇ〜。
これは嬉しい誤算だね?
アレンはケーキを食べるのに忙しいようだから、皆で挨拶に出向こうか」
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