第125話 立食パーティー(1)
夏休み後半はあっという間に過ぎ去った。
騎士団の仕事はもちろん、魔導二輪車の調整や、凪風商会が回航して来た帆船の受領、帆船部の創部手続き、港関係の使用についての調整など、やる事が山積みだったからだ。
夏休みも残すところあと2日。
姉上も満足した様だし、俺は王都子爵邸から昨日の夜に一般寮へと帰った。
サルドス観光から帰った頃は閑散としていた寮も、後期の授業が開始される2日前とあって、殆どの人間は寮に戻っているようだ。
子爵邸からも大体毎朝ランニングには来ていたので、徐々に坂道部のメンバーが戻って来ている事には気がついていたが、寮の前庭で素振りをしている皆を見ると、夏休みももう終わりかと感慨深くなる。
何人かの寮生と雑談しながら食堂へと入る。
何だか妙に落ち着くから不思議なものだ。
「あぁアレン、戻ったのか。
フェイとジュエから見かけたら伝えてくれって頼まれてる伝言があるぞ」
朝食を取っていると、桃色ツインテールのステラが話しかけてきた。
「久しぶりだなステラ。
髪切った?」
「1年以上切ってねーよ。
喧嘩売ってんのか?」
俺の当てずっぽうをステラは即座に否定して、ギロリと睨みつけて来た。
前世で購入したハウツー本『モテる男の裏定理』の存在を思い出した俺は、地雷男の呪いを打破する糸口にしようと、思い出せる範囲で内容を頭の中に書き出した。
その中に、女の子の髪型や洋服などの、ちょっとした容姿の変化に気がつくというのがあったのだ。
確かに俺はその手の細かな変化に気がつくタイプではないが、何となく雰囲気が違う気がしたのだけれど……
だが何が違うのかは分からない。俺は素直に謝った。
「す、すまん。
ちょっと雰囲気が変わった気がしてな」
俺がこう言うと、ステラは機嫌を直した。
「あぁ、前髪切ったんだ。
アレンがそんな事に気がつくなんて珍しいな?」
……どうやら女子の中では、髪を切るのと前髪を切るのは別に分類されるらしい。
ハードル高っ!
俺が遠い目をしていると、ステラは話を勝手に進めた。
「で、伝言だけどな。
今日ドラグーン地方とレベランス地方の若手が交流する立食パーティーが、ルーンメーキーズの大広間で朝の10時からあるから、時間があったら顔を出してだとさ。
まぁ全く期待してなさそうだったから、気が向いたら行けばいいんじゃないか?」
ルーンメーキーズと言えば、創業300年を超える、お登りの俺でも聞いた事のある名門老舗ホテルだ。
用もないのにわざわざ行こうとは思わないが、この世界の一流ホテルというものがどういうものかは興味がある。
しかし……
全く期待していないとまで言われると、少し覗いてみようかなと言う気になるな。
自分でも天邪鬼だとは思うが。
立食パーティーなら、端の方で紛れていればあまり目立たず済みそうだし、普段のあいつらがどんな様子なのかは少し見てみたい気もする。
「あぁ、ありがとう。
気が向いたら顔を出すよ。
ステラはいかないのか?
アキレウス家はトルヴェール地方の貴族とはいえ、あの2人が主催の若手の交流会ならお誘いが掛かりそうなものだが」
「ん?あぁ、私も誘ってもらったけど、断った。
夏休みの間に実家で会食やらパーティーやらにいくつも参加させられて、食傷気味なんだ。
うちは両親ともあまり社交に積極的とは言えないから、それでも他のみんなに比べたらマシな方だと思うけどな。
……そもそも私はパーティーがあまり好きじゃ無いしな」
へぇ〜……
ダンだけじゃなく、うちと同じ子爵家のステラも、というか皆んな社交などをやらされているのか。
うちの場合は、『体に気をつけて、自分のやりたいようにやりなさい。困ったことがあったら相談なさい』なんて実にシンプルで母上らしい手紙が子爵別邸に届いていただけなのだが……
あの親父が侯爵様から誘われて断れるわけもないし、田舎過ぎて社交の誘いすら無いのかな?
うん、嫌な予感がするから深く考えるのはよそう。
とりあえず俺はステラに礼を言って、久方ぶりにソーラの朝食へと取り掛かった。
◆
目的のホテルは5番3条の交差点に近い、中央通り沿いにあった。
煉瓦造りのクラシックな5階建てで、いかにも歴史を感じる建物だ。
一流ホテルとその他の違いは何か。
その答えは人によって異なると思うが、俺はホスピタリティ、即ち従業員のサービスの質だと思う。
食事も設備も歴史も料金も、満足度が高いに越した事は無いが、この点に不満があれば俺は一流たり得ないと思う。
さて異世界で一流と言われるホテルはどうだろう。
ある程度、会が進行していると思われる午前11時、俺は期待と少しの不安を胸にエントランスへと足を向けた。
「いらっしゃいませ。
ようこそおいでくださいました。本日はご宿泊のご利用でございますか?」
入口から中へと入ると、頭髪をガッチリ固めたいかにも『ホテルマン』という出立ちの中年の男がにこやかに話しかけてきた。
張りのある落ち着いた声に、キビキビとメリハリのある動き。
胸につけられた名札によると、名前はコイルさんだ。
この
俺は嬉しくなった。
「いえ、今日はドラグーン地方とレベランス地方の交流会がこちらのホテルであると聞いて来ました。
大広間はどちらですか?」
コイルさんは手を上げて近くの従業員に合図を送った後、『ご案内致します』と言い、わざわざ先導してくれた。
「この度の会合では、我々ホテルスタッフにて受付を承っております。
失礼ですが、お名前を頂戴できますか?」
「あ、私はアレン・ロヴェーヌと申します。
あの、実は急遽伺ったので、リストに名前がないかも知れないです」
俺が名乗ると、コイルさんはほんの一瞬だけ体を硬直させたが、すぐに再始動し、にこやかに言った。
「アレン・ロヴェーヌ様ですね。
主催者であられるフェイルーン・フォン・ドラグーン様及びジュエリー・レベランス様より、万が一お見えになられたらお二人の元へとご案内するよう承っております」
俺はこの申し出を即座に断った。
「あぁそれには及びません。
こういった会の普段の様子をそれとなく見たいので、私はその辺りの人混みに紛れています。
その、出来れば私が来ている事は内緒にしていただけませんか?
暫くしたら2人には声をかけるので」
俺がそう頼むと、コイルさんは1秒ほど俺の顔を見て、困ったような顔をした。
「お目立ちになるのがお嫌いなのですね?」
「……ええ、その通りです。
なぜそう思ったのですか?」
図星をつかれ、俺が不思議に思いながらそう尋ねると、コイルさんは微笑んだ。
「長らくホテルマンをやっておりますと、お顔の表情や言葉遣い、その所作を見ていると、何となくお人柄が見えるようになるのですよ」
へぇ〜、さすがは一流と言われるホテルで、
客が満足のいく時間を過ごしているか、何か困っている事は無いかを常に考えながら人を見続けて来たのだろう。
コイルさんは、2階にある大広間の観音開きに開いている、受付のあるメインの入り口とは別の、横手側の入り口へと案内してくれた。
「こちらの扉からお入りください。
素敵なお時間を過ごせます事を願っております。
では私はこちらにて失礼致します」
そう言って踵を返したコイルさんに俺は声をかけた。
「コイルさん!
素敵な心遣いをありがとうございます」
コイルさんは俺が名を呼んだことに、少し驚いたように微笑んだ。
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