第124話 エレヴァート魔導工業(3)


 1週間後。


 俺と姉上は再びフーリ先輩の実家である、エレヴァート魔導工業のテストコースへと来ていた。



「フーリ先輩、少し休憩を……」


 今はフロントに付けた、ダウンフォースを生み出すためのウイングの効果を検証している。


 俺がやりたい事の為にやっているので苦ではないし、むしろ楽しいのだが、高そうなセンサーを沢山付けられた試作機でほぼ休みなく何百周もコースを周回したので、流石にヘトヘトだ。


 ちなみに、軽量化された事により直線の加速性能だけは大幅に改善されたが、まだマシンのバランスが悪いのと、俺の風魔法の練度がまだまだなので、現時点では1週間前の方が遥かに速く周回できている。



「ん〜そうだね。

 大体必要なデータは取れたし、最初の設定に戻してあと50周したら一旦休憩にしようか。

 随分と機体のコントロールに慣れて来ているみたいだし、技量の差による違いをある程度掴んでおきたい」



 50周?!

『一旦』休憩だと?!

 ……鬼か!



「正直半信半疑だったけれど……これは物になるね。

 現段階ではアレンの風魔法に依存している部分が大きいから確かな事は言えないけれど、作り込んでいけばちょっと前代未聞の性能の機体が出来そうだ。

 これほどワクワクする実験は久しぶりだよ!」


 フーリ先輩は、無造作に後ろに括った緩いウェーブがかかった明るい茶色の前髪を耳にかけながら、屈託の無い笑顔で言った。


 これだから魔道具士って人種は……



 俺は顔を引き攣らせながらテスト走行を再開した。



 ◆



「お疲れさん。

 ありがとう、お陰でいいデータを取れたよ」


 何とか50周走り終えた俺は、その場にへたり込んだ。


 ピーキーな仕上がりの魔道2輪車バイクの操縦に加え、魔法による空気の流れのコントロールを手探りでやる作業は思った以上に俺の神経をすり減らした。


 一例を挙げると、S字のコーナーを逆側に切り返す時、フロントの風を抜く、車体を起こす、再び風で車体を地面に押さえ付けながらアクセルを回して曲がる、といった作業を瞬時に連続でやるのはめちゃくちゃ難易度が高く、情けないほどマシンの挙動はガクガクだ。


 これを『型』にまで落とし込むのには、更なる反復鍛錬と機体の作り込み両方が必要だろう。



「お疲れ様、アレン君。

 はい冷たいお茶をどうぞっ」


 姉上がにこにことお茶を差し出してくる。


 先日この工場へ訪ねて以降、俺は子爵邸で暮らして騎士団の駐屯所等へと通っているので、姉上の機嫌はすこぶるいい。


 姉上から受け取ったお茶を、俺は一息に飲み息を吐いた。


「ありがとうございます、姉上。

 生き返ります」



 あの日フーリ先輩は、俺の飛翔する2輪車という冗談に目の色を変えた。


 その後、食事もせずに何時間もぶっ通しで俺の口から飛び出しくる適当なイメージを、巧みな質問で言語化していって、最後に『1週間欲しい。1週間後にもう一度実験をして、将来性をある程度見極めよう』と言った。


 頭のいい人の質問力には驚かされる。


 その際に、結局帆船で発見した(事にしている)揚力についても話をしてある。



 やはり『空飛ぶ乗り物』は、異世界でも夢の乗り物として誰もを惹きつける魅力があるのだろう。


 特に魔導車乗り物の開発を専門テーマに据えているフーリ先輩の胸には深く刺さったようだ。



 たった1週間で、仮ごしらえとはいえ各パーツの開発と機体の改修を終え、各種実験器具を揃えるとは、一体どれほどの無茶とどれだけの資金を投入したのだろう……


 目に見えて寝不足なのに、それがまた不思議な魅力を醸し出しているのだから、美人さんというのはやっぱり得だ。



「さて。

 地上走行テストは考えられないほど順調だった。

 次はいよいよ飛行タイプの実験といくよ!

 これで可能性が見えたら、本当に空飛ぶ乗り物への糸口が見えるかもしれない。

 くれぐれも怪我にだけは気をつけてくれよ!」



 あれで順調だったの?!


 しかもまだ5分しか休んでないんだけど……


 俺は仕方なく外したばかりの異世界仕様のヘルメットを付けて、魔物の革で拵えられた高級そうなレザースーツを着込んだ。



 この実験機のポイントは、カウルと言われるカバーで車体を覆い、走行風を整流すると共に、横に主翼を出す事で揚力を生み出す事だ。


 今の最高速度から考えると、いくらこの世界には軽くて丈夫な金属があるとは言え、本来ならこの程度の翼面積で車体を浮かすほどの揚力を得る事は出来ない。


 だが俺の風魔法で強引に気圧差を広げ、上方向への負圧を増やせば十分必要な揚力は得られる、と思う。


 当然ながら、接地しているタイヤから推力を得ているバイクでは、空中では推進力前に進む力を得られないので、今の時点で連続飛行は出来ないだろう。


 なので今回の実験は、風魔法と翼の組み合わせで車体を浮かせられる程の力を得られるかどうかを確かめる事が目的だ。


 それで目処が立ったら、今度は前世で言うプロペラやジェットエンジンに相当する、空中で推進力を発生する仕組みを開発する必要がある。



 何やら大変な事をやっちゃっているような気がしなくも無いが、今更後には引けない。


 どうせ揚力と風魔法の組み合わせを発見した時から、いつかは飛行機に手をつける事になるだろうとは思っていたのだ。



 俺は開発コード名を『ロケット・フェアリング』と呼ぶ事になった、カバーと主翼パーツが取り付けられた試作機へと跨った。


 フェアリングは、意味するものはカウルと同じだが、バイクや飛行機のそれはカウル、ロケットのそれは確かフェアリングと前世では呼ばれていた。


 まぁ俺のちょっとした拘りだ。



 そして、主翼を畳んだ状態でコースを走り、走行性能を確かめながら速度を徐々に高めていく。


 100メートルほどのホームストレッチに差し掛かる直前で主翼を出してフル加速し、フロントに付けられたウイングのダウンフォースを抜いた。


 瞬間、前輪が浮き始めたので慌てて主翼の揚力を高めたら、直ぐに後側リアが強く浮き上がり車体は前方にでんぐり返しをする様な形で回転を始めた。


 俺はヤバイと思い、即座に機体から飛び降りて身体強化魔法で体をガードしながら受け身を取った。



 俺が離れた機体はゴロンゴロンと回転しながら15mほど進んだところで大破し、高そうなセンサー類もろとも音を立てて爆発して燃え始めた。



「大丈夫かアレン!」


 真っ青な顔でフーリ先輩が近づいてくるが、イメージ通りに滑り降りたので俺に怪我はない。


 俺は問題ない旨を示すために手を上げて振った。



 ◆



「いやぁ、心臓が止まるかと思ったよ。

 2周目でいきなりフルスロットルにするとは思わなかった。

 無茶苦茶するなぁ。

 怪我がなくて本当に良かった……」


 俺が大丈夫ですと告げても、フーリ先輩は暫く疑わしそうに俺の全身をペタペタと確認していた。


 本当に怪我が無いと分かり、フーリ先輩はようやく安堵したようだ。



「さすがアレン君、私も一瞬ひやっとしたけど、相変わらず逃げるの上手いねっ」


 姉上はそれほど心配をしていなかった様だ。


 まぁ姉上なら、俺の動きを全て見切って俺に怪我が無い事は分かっていただろう。



「すみません、先輩。

 試作機壊しちゃいました。

 あの、センサー類も含めて高かったんじゃ……?」


 俺が恐る恐るフーリ先輩に確認すると、フーリ先輩は一瞬キョトンとしてから呆れ顔で首を振った。


「そりゃ一般から見たら安い物じゃ無いけど、私からしたら大した損失じゃ無いよ。

 それに十分見合うだけの実験データを取らせてもらっているしね。

 しかしあれだけの事故を起こした直後に機材の心配とは、ずれっぷりも尋常じゃないな、アレンは」


 ??


 まぁ確かに派手に爆発したし、逃げ遅れていたら怪我もしただろうが、俺的には十分な安全マージンは確保していたつもりだった。


 姉上の見切りが異常なだけで、はたからみたら結構際どく見えるのかもしれない。



「……思ったよりフロントの浮きが早くて、慌ててリアに揚力を掛けたら強すぎて、モーメント回転力が強く掛かって制御不能になりました。

 もう少し慎重にやるべきでしたね」


 俺がそう言って再度頭を下げたら、フーリ先輩は一度愕然とした顔をして、それからガシッと俺の両肩を掴んで力を込めた。



「謝る必要なんて何処にもないさ!

 アレンの体重も含めて、大半の荷重が掛かるリアがあれだけ勢いよく浮いたんだぞ?

 それはつまり、重心さえ調整したら風魔法と魔導車の組み合わせで人は間違いなく飛べるって事じゃないか!

 自分が何の扉を開いたのか、よく考えてみろ!

 高そうな機材壊しちゃいました、しょぼ〜ん。

 ……なんて!言ってる!場合!じゃ!ないだろう!!!」


 近い近い近い!


 美女が俺の肩をガクガクと揺らすから、顔がアップとドアップを繰り返して心臓に悪い!



 そりゃこの世界の人にしてみれば世紀の発明かもしれないが、俺からしたら想定の範囲内なのだ。


 テンションに差が出るのは止むを得ない所だろう。



「うーん、ふーちゃん、重心を少しずらすのには賛成だけど、あまり調整をシビアにしちゃうと困っちゃうよ?」


 お?

 専門外だからか、フーリ先輩に全て任せて、これまで内容に殆ど口を出すことの無かった姉上が珍しく意見を言った。


 フーリ先輩は顎に手を当てて頷いた。


「うーん確かに……

 アレンの装備の重量や姿勢、体の成長で簡単にバランスが狂うとーー」


「だってアレン君がお空を飛ぶようになったら、私も乗せて欲しいもんっ」


 ただ乗りたいだけだった……


 フーリ先輩はこのいかにも姉上らしい発言に苦笑を漏らし、諭すように姉上の肩に手を置いた。



「私も乗せて欲しい」


 ……あんたもかい?!



 ◆



 今後の方針として、大きく3つの事を決めた。


 とりあえず地上走行用の試作機は、今日の結果をある程度反映したプロトタイプを造り、俺に貸し出してくれる事になった。

 俺の仕事はそれの使用とフィードバックだ。


 フーリ先輩には、開発で培ったノウハウその他全ての権利を渡し、一般向けの2輪車の開発と普及に役立ててもらう事にした。


 ぜひ2輪車を一般にも普及してもらい、友達とツーリングなどに行きたい。


 ちなみに燃料はそこらで売っている燃料用に加工された魔石を使う。

 適当に魔物を狩ってその魔石を使う事も出来るが、メンテナンスが大変なので緊急時以外はお勧めではないらしい。


 この世界でも運転免許証に相当する許可証は必要だが、王立学園生は申請だけすれば面倒な講習などは受けなくてもOKとのことだ。

 勿論交通ルールを自分で勉強する必要はあるが。



 次に飛行タイプの開発のため、バランスその他機体の調整と、空中で推進力を得るための動力機関を開発する事。


 こちらは少なくとも年単位での開発が見込まれるため、定期的にこちらへ足を運んでテストに協力する。



 最後に、この飛行タイプの研究は秘密裏に進める事にした。


 フーリ先輩に、『父親を通じて国へ報告したら直ぐ国家プロジェクトとして採用されるだろうし、スポンサーを募ると天文学的な金額が集まるだろうけど、どうする?』なんて聞かれて、俺がどちらも止めて欲しいと懇願した。


 ただでさえたった3年間しかない学園生活が騎士団の『仕事』に侵食されているのだ。

 せめて学生のうちは『遊び』の範疇でやりたい。


 そう俺が頼むと、フーリ先輩は嬉しそうに笑った。


『ローザもそうだけど、アレンも名を売る事に何の興味もないよね。

 これだけのテーマを『遊び』でやりたいとは、恐れ入るよ。

 まぁ資金面は何とかなると思うし、確かに社会的なインパクトが大き過ぎるから、ある程度形が見えるまでは内々で進めるのもいいかもしれないね』といって、あっさり了承してくれた。


 フーリ先輩が度量のある人で助かった。


 ただし、父親のアシム氏には私人、つまりエレヴァート魔導工業の社長としての立場で協力を仰ぎたいとフーリ先輩が言うので、社と正式に秘密保持を含む契約を結んだ上で、協力を依頼する事になった。



 こんな感じで俺は、アウトロー路線の青春アイテムであるバイクを手に入れた。


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