第123話 エレヴァート魔導工業(2)


「ヒャッハー!

 風が気持ちいい〜!」


 工場こうばの裏手にあった、やや手狭ではあるものの、さまざまな路面状態を模したテストコースを縦横無尽に走り回る俺を、引きっつった顔でフーリ先輩が眺めている。


 9条通りより北側の地区とはいえ、一介の町工場にテストコースまで作るとは、流石は国を代表する研究者親子だけはある。



 前世ではバイクには縁が無かったが、自転車に乗れれば、即ち無意識下にハンドルでバランスを取る感覚さえあればバイクにも乗れると言うし(もちろん低いレベルでの話だろうが)、操縦手順も極シンプルだ。


 乗り味がかなり前世の自転車より悪く、確かにハンドルの応答はかなり繊細だったが、暫く周回しているうちに慣れて来て、俺は魔導2輪車を苦もなく乗りこなした。


「アレン君、楽しそう〜」


 姉上も微笑ましそうな顔で見ているな。


 俺は初めてのバイクを乗り回しながら、様々な可能性に胸を馳せた。



 ◆



「いやぁ驚いたよ。

 あのゆっくり曲がるだけでも難しい魔導2輪車を、こうもあっさり乗りこなすとはね。

 流石はローザの弟……いや、このローザが『自慢の弟』だと、ところ構わず自慢しまくる弟、という事になるのかな」


 フーリ先輩はそう言って苦笑し、姉上は鼻高々と言うように胸を張った。


「ふふふ。

 楽しそうでよかったね!

 アレン君は、昔から魔道具を使うのが得意だったものね〜。

 よく私が試しに作った魔道具の実験に付き合ってもらったなぁ〜」


 実験に付き合ったと言うよりは、無理矢理実験台にさせられていただけの様な気もするが、確かに俺は覚醒前から道具類を使うのは得意だった。

 作るのには何の興味もなかったが……


 まぁ魔導2輪車に乗れるのは、殆ど前世で自転車に乗っていた経験のおかげだと思うが。



「ある程度速度がないと、逆に安定しないですね。

 確かに癖のある仕様ですが、ある程度慣れれば誰でも乗れるようになる類のものだと思いますよ?

 小さいと狭い道にも入っていけますし、何より『速い』というメリットは他の多くのデメリットに目を瞑るだけの価値がある、絶対的な性能です。

 個人的には2輪の可能性を追求してほしい所ですね」


 俺がそう言うと、フーリ先輩は興味深そうに微笑んだ。


「へぇ〜流石はあのフェイちゃんが『発想の天才』と評するだけはあるね。

 魔道具開発で大切なのは、何が出来るかだけではなくて、なぜ必要かを決して忘れないことだ。

 魔道具士は開発に夢中になっているうちに、つい市場のニーズと乖離した物を作りがちだからね。

 参考までに、どんな点に改良の余地があるか聞かせてくれるかい?」


 フェイのやつ、あのBBQ以来ちゃっかりフーリ先輩とも交流を持っている様だな。


 まぁなんだかんだ魔道具士としてのフェイには世話になりっぱなしだし、魔道具士として互いに認め合っている様だから別にいいんだけど。



「そうですね、一般向けと、俺が研究している風魔法とセットで使用するモデルは、コンセプトを分けて考える必要がありますが……

 風魔法とセットで使う事を前提に言うと、まずは軽量化して速度を追求したい所ですね。

 特に今はフロント部分前輪側が重すぎるのとリア部分後輪側と離し過ぎていると思います。

 これを改善して操作性を上げる事と、このぶっといタイヤを今の4分の3程度まで細くしても十分走行可能でしょう。

 これで重量はかなり軽くなります」



 フーリさんはこの俺の提案に、難しそうな顔をした。


「うーん、軽量化に勝るチューニングは無いと言うから、方向性としては賛成なんだけどね。

 ただフロントを重くして軸距を長く取っているのには理由があるんだ。

 当初はもっとコンパクトな設計だったんだけど、後輪駆動で走る関係上、フロントが軽すぎると加速した際に簡単に前輪が浮いたウィリーしたんだよ。

 2輪の難しい所の一つだね。

 タイヤも、舗装路ならそれくらいの太さでも行けると思うけど、土の道では摩擦ミューが小さすぎてグリップ出来ないと思うよ?

 今付けてるタイヤはアンバースライム製の樹脂で、市販で手に入る物では最高のものだし」


 俺はニヤリと笑った。


「ええ。

 ですので一般向けとは開発コンセプトを変えて考えています。

 その辺りの問題は、俺が研究している風魔法の『空力くうりき』で解決出来ると踏んでいます。

 具体的にはフロント部分に小さな『翼』を逆向きにつけて、風の力で地に押し付ける力ダウンフォースを発生させる事で解決出来ると思います。

 ま、実験してみない事には断言は出来ませんがね」


 地球の車で言うところの、いわゆるウイングと呼ばれるエアロパーツと同じ発想だ。

 俺が知らないだけで、バイクにもあったかもしれないが。



 俺の自信満々な顔に、フーリ先輩は呆気に取られて聞いてきた。


「空力……空気の力でそれほど大きな力を得られるとは思えないんだけど、仮にフロントが浮き上がらないほどの力が得られたとして、そしたら今度はかなり曲がり難くならないかい?」


「ああ、ダウンフォースは風の魔法で翼に風が当たる角度、つまり迎角むかえかくを調整する事で発生させるつもりですので、自由にオンオフ可能です。

 進路の切り返しの瞬間だけ風を抜けばいけると思います」



 勝手に侵入してくる風の侵入角度をずらすくらいなら、相対速度がかなり早くても鍛錬すれば十分対応可能な筈だ。


 そして上手く説明する自信がないので一旦伏せたが、当然帆船同様に風魔法で強引に増幅した揚力も利用する。


 こちらも自力で風を発生させる訳では無いので、十分対応可能な筈だ。



「何だか面白そうだね!

 アレン君が風の魔法の練習をしているのが、ただスカート捲ることだけに一生懸命になってる訳じゃ無いと分かってほっとしたよ。

 ふーちゃん、上手くいくか分からないけど、アレン君楽しそうだし手伝ってあげてくれない?

 私も出来ることは手伝うからさ」


 この姉上のセリフにフーリ先輩は笑顔で胸を叩いた。


「勿論さ。

 弟君には動力関係で困ったら何でも相談に乗ると約束しているし、研究している『空力』だっけ?空気の力を利用しようなんて突飛な発想は全くなかったからね。

 正直手をつけてみないとどうなるかは未知数だけれど、もし上手くいくのなら私自身の研究テーマにもなりそうだ。

 えーっと、確か『逆向きの翼』をフロント前側に付けるって発想だったよね?

 具体的なイメージはある?

 他に何か必要なものは?」


「そうですね。

 翼といっても羽ばたくような物ではなく固定式で、こういった、下方部分が僅かに丸みを帯びた形をイメージしています。

 まずは大きさが20cm程度の物を基準に5段階ほど翼面積を変えた物を試したいですね。

 なるべく軽くて丈夫な素材で作って欲しいです」


 俺は地面に、フロントの左右に付ける小さなウイングのイメージを書いた。



「後はそうですね。

 ……できれば『改造』できる余地を残したいですね」


 この俺のセリフに、フーリ先輩は怪訝な顔をした。


「……改造も何も、まだ設計すら固まっていない状況だけど?

 取り入れたい機能があれば、普通に設計に取り込めばいいんじゃないか?」



 かぁ〜!

 そう言うことじゃ無いんだな。


 俺は前世で読んだ、バイクに焦点が当てられた青春アウトロー漫画の記述を思い出しながら、適当な台詞を吐いた。



「いえいえ、そう言う事では無いんです。

 俺がイメージしているのは、まず『どノーマル』の機があってですね。

 それぞれの機にオリジナリティ溢れるカスタムを施して自慢合戦をしたいといいますか……

 風魔法友達と『お、直管マフラーにロケットカウルか?シブいな』とか、『そっちこそラッパが3つも後ろから飛び出してんじゃねぇか、ヤルな』みたいな台詞を交換したい訳です」


 この俺の妄想は、当然ながらフーリ先輩には何も伝わらず、『ラッパ?つまり何らかの理由で大きな音を出しながら走りたいという事かい?』なんて真顔で聞かれた。



「いえいえ、俺はうるさいのは嫌いですので、音を出すなら静かな音楽がいいですね」


「???

 ……その直管マフラーにロケット?カウルという改造は、何が目的なんだい?」



 そう真面目に聞かれて返答に困った俺は、ついイメージで適当な返事をした。


 漫画のセリフを真似しただけで、『直管マフラー』も『ロケットカウル』も、実物がどんなものかよく分かっていないのだ。



「ロケットカウル……それは魔導2輪車で空を飛翔する為のカスタムですね。

 あはははは」



 俺が『冗談です』という意味を込めて笑いながらそう言うと、フーリ先輩はその愛らしい瞳をぎらりと光らせた。


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