第121話 建国祭の裏で


 王都西部。


 建国祭の喧騒とは無縁のスラムの一角にある鄙びたバーの奥にある個室で、ロッツ・ファミリーの会長、チャブル・ロッツと、そのファミリーの相談役で、部下たちにトーモラと呼ばれている背の低い温和そうな男が、来客を待っていた。



 イライラと室内を歩き回るロッツとは対照的に、トーモラは優雅に応接セットでコーヒーを飲んでいる。



 そこに、狐のように細い目をした赤い髪の、レッドと呼ばれる男が1人の男を伴って現れた。


「会長、トーモラさん。

 客人がお見えになりました」


 レッドはそう言って連れてきた男に入室を促した。


「チャブルよ。

 よほど緊急の用がない限り、そちらからこちらへ連絡するのは控えるように伝えたはずだが?

 いくら建国祭の期間中で普段より手薄とは言え、油断できるほどこの国の騎士団は甘くない」



 ハンチングを目深に被ったその男は、入室するなり感情の籠らない声でそう告げた。



 頬のげっそりと痩けたチャブル・ロッツはその言葉には応じず、男を見るなり駆け寄って叫んだ。


「もう限界だ!

 俺は降りる!

 東の鶴龍会のジンに続いて、南のコンチネント商会のスピード、北のドウィン・ファミリーのファビオまで……

 どうせお前らの差金だろう?!

 ここまで派手にやったら、どんな間抜けだってロッツうちが噛んでるって気が付くに決まってる!

 いくら裏社会の荒事とはいえ、すでに警察も動きだしてるし、王国騎士団にだって目をつけられる!

 お前らは俺を殺すつもりか!」



 チャブルの剣幕に、ソファーで腰掛けコーヒーを飲んでいたトーモラは堪らず噴き出した。


「ぷーっっ!!

 ひゃっひゃっ!ひゃっひゃっひゃっ!

 あ〜おかしい。

 笑わせないでくださいよ、会長。

 ここまで派手にやっておいて、今更降りられる訳がないでしょう。

 我々の庇護下から抜けて、どうやってその身を守るおつもりで?」


「ロッツは昔のロッツとは違う!

 今は王都裏社会でも1、2を争うほどデカくなった!

 証拠の上がっていない今ならまだ間に合う!

 この辺りで一旦腰を据えて、ファミリーの力を蓄えれば、よそもそう易々とは手を出せないはずだ!」


 この反論に、トーモラは首を振った。


「ひゃっひゃっひゃっ。

 勘違いもここまで来ると哀れですねぇ。

 いいですか、今ファミリーに付いている者達の殆どは、別に貴方を慕って加入した訳じゃない。

 うちの下なら自由にやれて、強引なやり方で既得権益を潰しても、私らの力と金で揉み潰してくれる事が分かっているから加入したのです。

 要は勝ち馬に乗っているだけの、利に聡い人間たち。

 そんな彼らが、他と同じように引き締められて、あなたの元に残ると思うのですか?

 それとも、碌に上納金上がりも取っていない貴方に、私らと同じだけの後ろ盾をする力でもおありなのですか?

 もちろん、一方的に契約を解除すると言うのであれば、これまで投資した金は、全てのファミリーからどんな手を使ってでも回収させて貰いますよ?

 貴方の器で、彼らを押さえておけますかねぇ?」



 チャブルは頭を抱えた。


 もし既に浪費したであろう資金の回収、などという事になったら、他のファミリーや警察以前に、身内からの突き上げでファミリーは即刻瓦解するだろう。



 そうなれば自分の命など、3日ともたず消える。

 チャブルには、それだけの恨みを買っている自覚があった。



 勿論騎士団や警察を頼る事などできない。


 今にして思えば、こいつらはどう考えても他国の人間で、下手したらこの王国で最も重い罪、王国反逆罪に問われる可能性すらある。

 もしそんな事になったら──


 チャブルは背筋を震わせた。



「……とにかく、これ以上強引なやり方は慎んでくれ。

 折角ここまでの組織に育てたんだ。

 瓦解させるのはお前達も本意じゃないだろう?

 帰るぞ、レッド!」


 チャブルはそう釘を刺し、狐目の男レッドを伴って退出した。



 レッドの目もまた、トーモラと同じく侮蔑の光をその細い目に宿らせている事に、気が付きもせずに。



「……本当に、救えない程の間抜けですね。

 未だにレッドは自分が拾って育てたと思い込んで、全く疑う様子もない。

 初めから私らの身内だとも知らずに……

 今回お呼び立てしたのは、勿論あの馬鹿馬鹿しい愚痴を聞かせるためでは有りません。

 チャブルの処遇です。

 器じゃ無い事は分かっていましたが、規模が大きくなりすぎて完全に呑まれています。

 そろそろ処分の仕方を考え始めないと、大事なタイミングで暴発でもされたら、たまった物じゃ無いですよ?」



 ハンチングの男は、ギロリとトーモラを睨みつけた。


「それを抑えるのはお前の仕事だ、トーモラ。

 王国内部の撹乱、などと言う地味な仕事をさせられて、些か飽き飽きしてはいるが、ここまで金と手間をかけたんだ。

 失敗は許されん。

 あの小物は処分してもいいが、後釜はいるのか?

 王国民以外だと、確実に騎士団の身元調査が入る。

 この国出身で、それなりの器を持っていて、且つ我々の言う事を素直に聞く、そんな都合のいい人間が」


 トーモラは首を振った。


「流石にすぐに後釜に添えられるような、都合のいい奴はいないです。

 ですが、レッドが面白い人間を見つけて来ましてね?

 めっぽう腕が立つと噂の暴れ者で、王都東支所を拠点に頭角を表している探索者のルーキーがいます。

 あの探索者協会会長のシェルブル・モンステルが大層目をかけているってんで、まだ子供なのに探索者ランクBに格付けされています。

 どこかの貧乏貴族の3男坊という噂で、腕は確かなようですが、不良のガキどもを束ねてスジを通させたり、わざわざ孤児院を兼ねた貧乏互助会に入ってガキどもの世話をしたりしている青臭い野郎ですが、レッドが言うにはスジさえ通しておけば、清濁併せ呑む度量はあるってんで、先々を見据えて芽の1つとして育てたいとの事です」



「ふむ。

 探索者などをしているところを見ると、『あの学園』に入るほどオツムの出来は良くない、だが腕っ節はあのシェルブル・モンステルお墨付きの青臭いガキか……

 だが『狂猛暴虐シェル』は、元々王国騎士団に籍を置きそれなりの地位についていた人間のはずだぞ?

 王国の上層部にも顔が利くだろう。

 わざわざそんなリスクの高そうなガキを囲う必要は無いだろう」


 トーモラはニヤリと口元を歪めた。


「えぇ、リスクが高いのは承知の上です。

 でも、仮にうまく育ったら、大きなチャンスでも有ります。

 口の軽い単細胞との噂のシェルブル・モンステルを通じて、重要な局面で騎士団の作戦や重要な内部情報でも入手しよう物なら、その功は途轍もないものになります。

 それこそ、王都の裏稼業の秩序をかき乱しました、なんてスケールの小さな仕事とは、次元が違う。

 あの『ラウンドテーブル円卓』への復帰も見えてくるんじゃないですか?」



 ハンチングは沈黙した。


 確かに、仕事の次元が違う。

 自分を貶めたやつらの鼻をあかせるほどの大仕事になるだろう。


 それに王都裏稼業の秩序は今の時点ですでに崩壊しかけており、当初の仕事目的はすでに半分成功したとも言える。


 かなりハイリスクだが、勝負をかける価値はあるかもしれない。


「……間諜の可能性は?」


「低いと踏んでいます。

 たまたま旅先の探索者協会の依頼を通じて知り合ったのがきっかけで、レッドが名刺を渡して裏で見張らせていると、迷う事なくその名刺をゴミ箱に捨てたとの事です。

 勿論訪ねてくる様子もない。

 表向きの金が稼げるロッツにも、勿論裏側にも、何の興味も示していないとの事です」


 ハンチングは、たっぷり10秒ほど沈黙し、決断を下した。


「慎重に動け。

 こちらの情報は出さず、ロッツのメンバーとして接しろ。

 いつもの手でいく」



「ひゃっひゃっひゃっ。

 少しずつ美味しい思いをさせて、気がついた時にはがんじがらめ、ですね。

 お任せください」



 ハンチングの男は一つ頷いて退出していった。



「ひゃっひゃっひゃっ!

 ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


 トーモラは1人取り残された室内で、しばらくの間可笑しそうに笑っていた。


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