第120話 王宮(3)
「さて、アレン・ロヴェーヌよ。
今日の模範試合は大儀であった。
そちが作り出した『流れ』と、稼ぎだした『時』は、ひと抱えの黄金よりも価値がある。
褒美を取らせるゆえ、望む物を申せ」
流れ?時?
……何の事?
俺が頭の中をハテナで埋めていると、ゴドルフェン先生が助け舟を出してくれた。
「ふむ。
やはりピンと来ておらなんだか。
お主は今ジュステリアの内情がどうなっておるか、どこまで把握しておるのかの?」
あ〜なるほど、何となく分かった。
「……オリビアさんとグラフィアさんの決勝は、民主主義擁護派と貴族復権派の代理戦争で、今後のジュステリアの趨勢にかなりのインパクトがある。
グラフィアさんの勝利で大きく貴族復権派に、すなわち開戦派へと傾きそうになった所を、俺が押し返したという訳ですか」
ゴドルフェンは意外そうに目を開いた。
「何じゃ、そこまで見えておるのか。
相変わらずとぼけておるのう。
お主の言う通り、あの場で繰り広げられておったのは一種の代理戦争じゃ。
まず反戦・親ユグリアの旗幟を鮮明にしておる民主主義擁護派の旗頭、ルディオン家の令嬢、オリビアを完膚なきまでに叩き潰す。
なんぞ卑怯な手を使った様じゃが、そんな事はほとんどの観客にはわかりゃせんからの」
……やはり先生は気が付いていたか。
俺は気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば先生はあの時なぜ止めなかったのですか?
やはり証拠が出ないと判断したのでしょうか?」
「……そうじゃのう。
どんな仕掛けか分からんが、どうとでも言い逃れできる仕掛けじゃろうなとは想像がついておった。
そんな状況でわしがルディオン家の令嬢の肩を持つ様なジャッジを下すと、相手の思う壺じゃ。
そして何より、あのオリビアという娘の目には一切不満の色が無かった。
全て己の弱さが招いた責任として、その身の内に呑み込んで、その上で勝つ方法を必死に模索しておったのじゃ。
……実らんかったがのう。
その武人としての覚悟に敬意を表した。
お主が、卑怯だ何だと騒ぎ立てるグラフィアとやらに反論しなかったのも、同じ理由じゃろうがのう」
……まぁ正直言って、俺はそこまで深く考えていた訳では無い。
単純に一言も抗議する事なく最後まで諦めずに戦い抜いたオリビアさんがかっこよくて、そのオリビアさんの前でやった・やらないの泥試合になるに決まっている口論など繰り広げたく無いと感じていただけだ。
「……経緯はどうあれ、観客はどうしてもルディオン家の行く末を、そしてジュステリアの行く末を試合に重ねるじゃろう。
それ程、国の将来を担う若手がぶつかり合う新星杯の結果には各国が注目するし、その中でも屈指の注目カードと言えた。
ついでに他国にも名の通った、ライオ・ザイツィンガーの力と伸び代を確かめつつ、セットで痛めつければ宣伝効果は更に倍増と算盤を弾いておったはずじゃ。
あのグラフィアとやらは、招待国に試合を通じて何度もアピールしておった。
『どちらに付くべきか、よく考えろ』とな」
なるほどねぇ。
知らない間に国を背負ってた……
俺は顔をピクピクと引き攣らせて、恐々としながら聞いてみた。
「……俺の試合の、あの内容は不味かったですかね?」
「ふぉっふぉっふぉっ!
これ以上何を欲張るつもりかのう?
正直お主は分が悪いと思っておったが、珍しくたぎっておったし、弓という意外性のあるお主ならば紛れもあると踏んで、お主に賭けてみたが……
ふぉっふぉっふぉっ!
まさかルディオン家の令嬢にさも親しげに声を掛け、
流石のわしも欲張りすぎじゃとはらはらしたが、結果としては子供扱いしての完勝。
その上でお情けで勝ちを譲るなどしては、器の違いは誰の目にも明らかじゃ。
名を売るまたとないチャンスじゃったろうに、お主が精霊などと煙に巻いて自身の実力をまるで示さんかったから、各国、特にロザムール帝国は今頃困惑しておるじゃろう。
どれほど強かろうと、凄かろうと、その中身が見えてしまうと人は恐れん。
正体がわからない物が1番恐いからの」
なるほどな。
勝手に人に賭けるなと言いたい所だが、もう一つの点が気になりすぎて俺はまずそれを確認した。
「新星杯って弓を使っても良かったんですか?」
「ふぉっふぉっふぉっ!
ふぉっ?!」
◆
「ごほん。
がっはっはっ!
なるほど
さて、そんなそちは褒美に何を望む。
先に言っておくが、わしは今かなり機嫌がいいぞ?
金銭や
遠慮なく申してみよ」
陛下は俺が何を言うのか楽しみで仕方がない、といった風に、例の透き通る様な瞳で問いかけてきた。
いきなり褒美と言われても困る──
と言いたいところだが、俺が常に頭を悩ませていた物がある。
地理研究部の活動資金と人手だ。
このくそ広い王国の地図を、自分達のポケットマネーで探索者協会にちまちま依頼を出して完成させようと思うと、何年かかるか分からない。
すでに
俺は地理研究部のこれまでの活動内容と成果、そして地理という学問が如何にロマン溢れる学問かという事を、殆ど押し売りの勢いで熱く語りまくった。
「分かった分かった。
その件は
正直費用対効果が見込めないと反対する声が大きいし、わしには判断がつかんが、そちの熱意には投資する価値を感じた。
わしが責任を持って押し込もう」
「ありがとうございます!」
俺はきっちり45度頭を下げた。
「しかし、わしがそちに問うたのは褒美の話であって、国の事業の
これでは褒美にならん。
もっと他にないのか?」
え、おかわりしていいの?
流石王様、気前がいい。
俺の脳裏を一瞬師匠の惨状がよぎったが、騎士団の制度改革は地図作成とは違い、別に俺のやりたい事ではない。
「……私は夏休み明けから、学園に帆船部を立ち上げるつもりです。
その練習船の係留基地として、1番1条の交差点近くにある、軍港を利用させてもらえませんでしょうか?
あそこは学園から最も近い港ですし、輸送船用の帆船ドックもあると聞いているので、設備も使わせて貰えたら大変助かります」
王都南の大河ルーン川は、一般の商船も通行可能だが、流石に王宮近くは通行規制が厳しく、自由に練習できる環境にない。
わざわざ遠くの港まで移動するのは時間が勿体無いと思っていたのだ。
この俺の申し出に、陛下は片眉を上げた。
「ほう。
帆船部とは、これはまた意外だな?
まさか魔導動力機関の台頭を始めとした、船の趨勢を知らん訳ではあるまい。
何故今の時代に帆船なのだ?」
ふっふっふ。
そんなもの答えは決まっている。
俺は胸を張って満面の笑みで答えた。
「楽しいからですよ、陛下。
遊びです」
陛下は一瞬虚をつかれた様な顔をしたが、ややあってニヤリと笑った。
「余に褒美を取らすと言われて、玩具をねだったのはそちが初めてだ。
船はあるのか?」
俺は頷いた。
「ええ、グラウクス侯爵領のとある造船会社がスポンサーになってくれました」
「がはははは!
そういえばそちが騎士団の仕事をほっぽらかして、グラウクスのサルドス領へバカンスへ行っていたと小耳に挟んだわ。
そこまで本気の遊びならば、わしも支援し甲斐があるというものよ!
よかろう、アレン・ロヴェーヌ。
わしから
ドックを始め、設備も好きに使って存分に遊んで回るがよい」
そう言って陛下は踵を返し、貴賓室から退出していった。
俺はその背中に向かって、再度頭を下げた。
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