第115話 新星杯(2)
これはもう、オリビアさんの優勝で決まりだろう、なんて考えていたのだが、もう1人俺を驚かす人がいた。
グラフィア・インディーナという名で、ロザムール帝国代表の選手だ。
1年、2年の時も優勝して3連覇が掛かるらしい。
この人は物凄く速く、且つ動きに天性のセンスを感じる人だ。
他の選手たちとは自力が全然違い、決勝はこの2人によって行われる事になった。
◆
オリビアさんは、フェンシングの
「宜しくお願いします」
「ボコボコにしてやんよ」
グラフィアさんは片鎌槍を両肩に担いで腰を回しながら言った。
試合はグラフィアさんが激しく出入りし、オリビアさんが押し返す展開となった。
ちょうど俺とライオの模擬戦でよく陥りがちな形を、一段上のレベルにした様なものだ。
粗野な言葉遣いとは裏腹に、グラフィアさんの足捌きは芸術の様に美しい。
両サイドにスリットの入ったマーメイドラインのドレスから覗く足の動きは、まるでワルツを踊っている様に優雅で軽やかだ。
ディオを彷彿とさせる、変幻自在な間合いの変化はパーリ君に見せたいほどだ。
一方のオリビアさんも流石だ。
スピードではグラフィアさんに一歩劣る様だが、基本に忠実に、丁寧に一つ一つを捌くことで、付けいる隙を与えていない。
あれだけ野性味溢れる槍の攻撃を、お手本通りの型で捌ききるのは並の技術ではない。
気の遠くなるほど反復練習と模擬戦を繰り返したのだろう。
ライオは食い入る様に試合を見ているが、こちらはライオにとっていい手本になるだろう。
「はぁぁぁあああ!!!」
膠着状態を破ったのはオリビアさんだった。
身体強化の出力を爆発的に高め、身体能力と防御力を劇的に引き上げる。
そして、槍を防具で受けながら、被弾覚悟でグラフィアさんを舞台の角へと追いやる。
刃の付いた武器でこんな事をすれば流石にオリビアさんでも無事とはいかないだろうが、それほどの相手だと思ったのなら、肉を切らせて骨を断つ作戦としては実戦でもありだ。
だが勝負を急ぐのは何故だろう?
あれほどの出力を誇るのに、魔力量に不安でもあるのか?
魔法は身体強化も体外魔法も、魔力量が多いほど出力を上げやすいが、才能と鍛錬次第では少ない魔力量で出力を大きく取ることも可能だ。
だが絶対量は変わらないので、当然ながらすぐに魔力が枯渇する事になる。
「ふ、ざけんなブス!」
グラフィアさんは、何とか回り込もうと必死に足掻いているが、オリビアさんは逃がさない。
勝負あったな、俺はそう考えた。
だがそこで俺の風魔法は、グラフィアさんの槍から細い針の様な物が飛び出し、オリビアさんの右瞼の辺りに刺さるのを捉えた。
「?!くっ!
きゃあ!」
オリビアさんの見せた隙は一瞬だったが、その隙をグラフィアさんが見逃すわけもなく、その片鎌槍の横に飛び出している鎌の様な部分でオリビアさんが閉じていた右目を刈り取った。
「はっはぁー!!
削げた木片でも目に刺さったかぁ?
やっぱり運がねぇなぁブスは!
これが選ばれた人間と、そうではない人間の差なんだよ!」
グラフィアさんはそう言って舞台の角から悠々と脱出した。
だが俺には分かる。
レイピアと槍を合わせた瞬間に木片が飛んだ訳ではない。
明らかに不自然なタイミングで、いきなり針の様な物が射出された。
わざわざ
先生なら何かが起こったのは察しているだろうが、おそらく証拠がないか、或いはルール上グレーゾーンだから止めようがない、と言ったところか。
そこからの展開は一方的になった。
ただでさえ実力が拮抗していたのだ。
オリビアさんは、魔力循環による
死角へ死角へと回るグラフィアさんの攻撃を捌ききれずに、槍によりめった打ちにされている。
グラフィアさんの実力なら、オリビアさんの武器を弾き飛ばすなどして試合を終わらせる事は容易だろうに、あえて痛めつけているのは火を見るより明らかだ。
関係者席では、弟のユーカスが蒼白な顔で舞台を見ている。
その隣で、厳しい表情で舞台を睨みつけているのが父親だろう。
オリビアさんは、最後まで
「……それまで。
勝者、グラフィア・インディーナ」
何が起こったのか把握していない会場から、万雷の拍手が2人へと注がれた。
◆
「ふん。
どいつもこいつも雑魚すぎて運動にもならねぇな。
あー、そうだ、お前も相手が弱すぎて退屈だったろう。
この私が相手をしてやるから、1つ模範試合でもやろうや。
まぁ負けるのが怖いなら止めておいてもいいぞ、神童君?」
グラフィアはそう言ってライオに向かって槍を指した。
この安い挑発に、ライオが即座に控え席で無表情のまま立ち上がると、グラフィアは『にやぁ』とその特徴的な八重歯を剥き出しにして嫌らしく笑った。
そして倒れているオリビアの腹を、魔力を込めて蹴り上げた。
魔力ガードのない状態で蹴られたオリビアから、『ビキィ!』と肋骨の折れる音が響く。
「邪魔なんだよブスが。
さっさと舞台から降りろ」
この無法行為に、審判を務めていたゴドルフェンが色をなす。
「小娘が図に乗りおって……貴様誰の前で何をしたかーー」
だが、その言葉を言い終わる前にゴドルフェンとグラフィアは一斉に振り返った。
2人が殺気が放たれた方を確認すると、地味としか言いようのない素朴な少年騎士団員が、殺気を放ちながらグラフィアを睨みつけていた。
◆
いかん、警備任務中だと言うのに、思わず殺気を漏らしてしまった。
転生ものお約束の、文化を異にするサークルとの楽しい交流イベントで、しかも途中までもの凄くワクワクドキドキと観戦していたのに、この様な胸糞展開を見せられて、我慢しきれなかった。
ここはゴドルフェン先生とライオに任せよう。
何とか気持ちを沈めて俺がしらばっくれていると、2人の視線に釣られたユーカスが『アレンさん!?』と叫んだ。
その言葉を受けて、会場が騒めく。
「……アレン?
あぁお前があの噂のアレン・ロヴェーヌか?
ぷっ!
だっはっは!
派手な噂を飛ばしているから、どれ程の男かと思っていたのに、地味極まりない凡顔野郎じゃねぇか。
芋臭い雰囲気しやがって。
やらなくても分かる、お前じゃ役者不足だ。
さ、上がってこい、ライオ・ザイツィンガー」
グラフィアさんは、俺の平凡な顔を見て興味を失った様だ。
なんて失礼な女だ……
この大観衆の前で、あの
俺は試合をよく見るためにずらしておいた『虚無』のお面を慌てて付けた。
だが、ライオは無表情だった顔にいつもの不敵な笑みを浮かべたかと思うと、両手を『どうぞ』と言う感じで俺に差し向けて、再び席へと座った。
え、いやいや、俺警備任務中だし、任されても困るーー
そう必死に身振りでライオに訴えかけていたところ、ゴドルフェンが近づいてきて俺に言った。
「ふぉっふぉっふぉっ!
珍しくたぎっておるのぉ……
……
とはいえ流石にわしが
――懲らしめてやりなさい」
いやいや俺はスケカクさんじゃないから……
確かに俺も頭にはきているが、このまま流されるままにあの人と戦うと、何やら大変な事になりそうな、非常〜に嫌な予感がする。
「いや、あの人の槍が相手では、いくら何でも分が悪いですよ?
ここはライオに任せた方がーー」
ゴドルフェン先生はにこにこと笑う好好爺の顔のまま、額に青筋を立てた。
「分かっておる。
あのグラフィアとやらは、今のお主にはちと荷が重いじゃろう……
懲らしめてやりなさい!」
文脈が意味不明なんだけど!
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