第114話 新星杯(1)
建国祭4日目。
俺はパッチさん、ジャスティンさんと共に、
今朝、相も変わらず事務ワークかと、ため息を吐きながら師匠の執務室へと顔を出したところ、師匠に近衛軍団との合同警備任務を言い渡された。
今日コロッセオで行われる『新星杯』は、各国を代表する若者、ユグリア王国で言えば王立学園の各学年代表1名が出場し、その国の威信を背負って武を競う。
今年の1年代表は、もちろんライオだ。
ちなみに春のはじめには、ロザムール帝国で若手魔法士が実力を競うイベントがあったりする。
国王陛下を始め、各国の要人が視察する由緒あるイベントで、近衛軍団はそちら方面の警備で忙しい。
VIPや関係者とは別に、一般にも観覧席が開放され、その3万枚のチケットは即日完売の超プレミアムチケットだ。
もっとも、一般に開放とは言っても各国の貴族たちがそのチケットの大半を買い占めるので、その席の殆どは上流階級の人間で埋まる。
第3軍団は警察と連携して一般方面の警備を担当する。
俺も各国の同世代トップがどの程度のレベルなのかは気になっていたので、何とかチケットを入手しようかなと一時期考えていたが、建国祭期間中は騎士団の任務優先と言われて諦めた。
「いいんですか師匠!?
俺は師匠の事を誤解していました!
そんな優しいところあるだなんて……
見直しましたよ!」
俺が感動して師匠に礼を言うと、師匠はいつも通り充血した目で言下に否定した。
「俺が好き好んで、わざわざお前にそんな任務を言い渡す訳がねぇだろうが!
だが今になってゴドルフェン翁が、小僧が新星杯を見るのはいい勉強になる、確か辞令は学業に支障なき範囲で任務に従事せよ、じゃったよな?なんて辞令を盾にねじ込んできやがった!
せめて予め言いやがれ!!」
そんな事俺に言われても……
だがラッキーな事には違いがない。
俺は心の中でゴドルフェン先生に感謝の言葉を述べながら、『虚無』の仮面を腰に引っ掛けて、駐屯所を出た。
◆
「それまで。
勝者、ライオ・ザイツィンガー」
審判を務めるゴドルフェン先生がそう宣言すると、地元ライオの優勝に、会場から割れんばかりの拍手と大歓声が沸き起こる。
試合は、学年ごとに分かれ、8カ国の代表者がトーナメント形式で戦う。
KOなどにより審判が続行不能と判断するか、武器を弾かれる、または自ら手放し降参の意思を示すか、20m四方ほどの舞台から場外へ落ちる事で勝負が決まる。
武器は持ち込み可能だが、木製の物が使われる。
防具は木製または革製のみが認められている。
性質変化を伴う体外魔法は禁止されているが、索敵魔法は許可されている。
ライオのやつ、この夏休みでまた強くなりやがったな……
各国の代表たちも決して弱くは無かったが、ライオは全試合で圧倒した。
仮に俺が出ていたら、優勝は絶対不可能と言うほどでは無いが、かなり難しいだろう。
今日はパルティアの弓しか持ってきていないが、完全木製であるライゴと木の矢を使っていいのなら優勝する自信はあるが、皆近接武器ばかり使っているし、禁止なのかな?
ライオが対戦相手へ丁寧にお辞儀をして、端正な顔に笑顔一つ浮かべずに舞台を降りる。
俺の趣味が1年Aクラスに浸透して、普段の授業での模擬戦などでも皆が試合の前後にお辞儀をするのが習慣になった。
しかしあいつ、何をやらせても絵になるな……
◆
「あれが神童ライオ・ザイツィンガーか……
どう見たグラフィア?」
舞台横の芝生に国ごとに設られた、ロザムール帝国の選手控え席。
その選手たちを引率してきた男が、ロザムール帝国の3年代表を務めるオレンジ色の髪をした女性、グラフィアへと問いかけた。
グラフィアと呼ばれた女は、光沢のある黒色の、マーメイドラインと呼ばれるタイトなドレスのスリットから出した足を組み替えて答えた。
「
だが相当なタマだろう。
もっとお行儀のいい剣を使いそうな綺麗なツラしてやがるのに、それだけじゃねぇ。
行儀の悪いダチでもいるのか、何つうか喧嘩慣れしてそうな荒っぽさを感じるな。
流石に今やったら私が勝つだろうが、体ができてくる2年後はわからねぇ。
少なくとも剣の勝負ではうちのキャスティーク王子よりも強いだろう。
顔もボロ負けだし、出さなくて正解だ」
この自尊心の塊の様な女が、2年後は自分よりも強いかもしれない、そう評した事に男は驚いた。
男もそれなりに器を測る目はあるつもりだが、このグラフィアがそこまで言い切るなら、評価を上方修正せざるを得ない。
「……王子に対して不敬だぞ、グラフィア。
だが出来ればこの茶番で、もう少し器を測っておきたかったな。
頭も相当きれるという話だし、将来ロザムールにとって大きな脅威になりうる」
グラフィアはその特徴的な八重歯を出して笑った。
「私が優勝した後に挑発してやるよ。
負けん気強そうだし、乗ってきたらあの綺麗なツラをボコボコにして、心をへし折ってやる。
ビビって逃げるようなら器も知れたもんだろ」
「……ここは王国のど真ん中だ。
あの『百折不撓』もいる。我を忘れてやり過ぎるなよ」
男の忠告を、グラフィアは鼻で笑った。
◆
その後2年の部が開催され、優勝したのはクヴァール共和国代表の選手だった。
全体的なレベルは1年の部よりも高かったが、ライオならここに入っても優勝できるだろう。
王国の代表は坂道部の先輩だったが、惜しくも準決勝で優勝した選手に当たり敗退した。
そして3年の部。
うちの代表はこれまた坂道部の先輩で、ロンディさんという人だ。
リアド先輩の紹介でかなり早い時期から坂道部に加入した人で、部活動のおかげでかなり実力が伸びたと嬉しい事を言ってくれた。
確か元々Aクラスでも上位の実力者だとリアド先輩が言っていたが、この代表に選ばれるまでになるには、部活動以外にも相当努力をしたのだろう。
そしてその相手は、昨日たまたま知り合ったオリビアさんだ。
身に纏う雰囲気と所作を見ていると、相当な使い手という感触はあるが……
さてどうなるか。
俺はワクワクと試合の行方を見守った。
◆
「始め」
ゴドルフェン先生の宣告と共に、両者がそっと距離を縮める。
ロンディさんの獲物は重量感のある棍棒、オリビアさんはやや刀身が幅広いレイピアだ。
無論木剣だが、本物さながらの彫刻が彫り込まれた、涙型の
これは得物的には、ロンディさんが圧倒的に有利に思える。
レイピアではあの棍棒を受けられないだろう。
と言って、シェルのおじきやダンテさんでも無いのに、革製の小手であの棍棒を受けられるとも思えない。
受け無しで攻撃を捌くのは、簡単なことでは無い。
さらに、刃の無いレイピアでは掻い潜って一撃入れても、魔力が豊富なロンディさんを削るのは容易では無いだろう。
そんな風に分析しながら両者を見ていると、ロンディさんが先に仕掛けた。
棍棒の中央部を持ち回転させて勢いを付け、一気に距離を詰めながら袈裟切り、つまり右斜め上から振り落とす形で棍棒を叩きつける。
オリビアさんはそれをひらりと躱し、そのまま間合いを一歩詰め、レイピアを振ろうとしたが、ロンディさんの切り返しが速い。
おそらく初撃は躱されることを織り込み済みだったのだろう。
躱せない程に間合いを引き込んでおいて、横一文字に棍棒を振りぬいた。
ゴンッ!!
鈍い打音が響く。
「嘘だろう……」
俺は思わず呟いた。
オリビアさんは驚くべきことに、ロンディさんの棍棒をレイピアで易々と受け止めた。
やや幅広とはいえ、か細いレイピアであの棍棒を受けるのか……
レイピアそのものも、そこらの木材じゃないことは間違いない。
遠心力の乗りにくい棍棒の根元を抑え込むように受けた技量も見事だ。
が、真に驚嘆すべきはその自信だろう。
レイピアで棍棒を受けても絶対に押し負けない――
その絶対の自信がないと、あの様な間合いの詰め方はできない。
打ち合う前からそれだけの自信があるという事は、この新星杯のメンツに入って尚、自分の身体強化の最大出力は抜きん出ていると疑いなく考えているという事だ。
実際、両者の激突によってロンディさんはよろめいたが、オリビアさんは微動だにせず、そのまま流れるように棍棒を巻き取りながらロンディさんを蹴り飛ばした。
ロンディさんは武器を手放させられながら、後ろへと吹き飛んだ。
「それまで。
勝者、オリビア・ルディオン」
ゴドルフェン先生がそう宣言すると、オリビアさんはロンディさんに駆け寄って、『ありがとうございました!!』と言って手を差し出した。
ロンディさんが、『完敗だ』と言って笑顔で手を取り起き上がると、地元の選手の敗北にも関わらず、会場からは惜しみない拍手が注がれた。
◆
「冗談じゃねぇぞ、何なんだあのブス?
なんでジュステリアからいきなりあんなのが出てくるんだ?」
グラフィアの質問に、引率の男が答える。
「ちっ!
反戦・親ユグリア派の急先鋒、ルディオン家の令嬢だ……
『ロールディオン』の血の特性を色濃く継いでいるな。
優秀だとは聞いていたが、あれ程とは……これは隠されていたな。
この新星杯の宣伝効果は抜群だ。
上手く立ち回られると王国の世論もジュステリアの議会もひっくり返りかねん……
勝てそうか?」
「けっ!
私があんなブスに負ける訳がねぇだろ。
民主主義だの自由と平等だの反吐が出るぜ。
庶民どもがいるから英雄は輝くんだ。
歴史に名を残す英雄は、選ばれし血筋の美男美女と相場が決まってんだよ」
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