第111話 建国祭(1)


 建国祭。



 ユグリア王国が建国されて今年で1197年。


 その記念日を祝う祭りが、毎年この時期の王都で開催されている。


 この大陸で最も古い国で行われる、最も大きな祭りとあって、その人出は尋常な数ではない。



 数年も前から人気の宿は予約で埋まり、数々の催し物が開催され、国内外から観光客が押し寄せる、5日間に渡る一大イベントだ。


 勿論、戦争中などで規模が縮小されたり、中止となった例も過去にはあるが、今年は通常通り開催される予定だ。


 昨今は世情が不安定だが、まだ水面下でせめぎ合いが為されている状況で、中止にするには理由が弱い。



 不自由な事だが、すでに公知の事実といっていいロザムール帝国やジュステリアとの諍いを理由に中止することは、両国との関係を決定的に損なうし、その他の国々との関係や経済損失などを勘案した結果、やりたく無いけどやらざるを得ない、と言うのが実情のようだ。



 当然ながら、王都周辺の守護が主任務である王国騎士団の第3軍団は、寝る暇も無いほど忙しい。


 俺が折角の夏休みにしぶしぶ王都にいるのも、この建国祭の時期だけは任務への参加が必須だと前々から言い渡されているからだ。



 当然、人が激増するこのタイミングで、良からぬ輩も沢山国内に流入してくるだろう。



 正直俺の知った事では無いし、初めての建国祭を堪能したいのだが、師匠には何だかんだ良くしてもらっているしなぁ……



 ◆



 俺はこの建国祭の間、王都中央駐屯所に寝泊まりして働かされる事になった。


 基本的には師匠の事務仕事の手伝いだ。



 例えば、市中の警察、近隣から応援派遣されて、膨大な人数が動員されている彼らから、続々と送られてくる報告書を片っ端からスクリーニングして、問題のありそうな情報を抽出して師匠へ渡す、と言った仕事だ。


 俺が纏めた資料を見て、師匠が次々と対応方針を決めていく。


 本日はもう祭の3日目だ。


 俺は深々とため息をついた。



「はぁ。

 いい加減にしてくださいよ、師匠。

 またこんな量の仕事を抱えて。

 はっきり言って、もし俺がいなければ到底捌けなかったでしょう?

 一体どうやって仕事を回すつもりだったんですか?」



 師匠はいつもより幾分充血の少ない目で、悪びれもせずこんな事を言った。


「お前がいるからこの配置なんだよ。

 本来なら俺の副官2人がサポートに入ってここは回す筈だったが、お前のこうした定型作業の事務能力は突出しているからな。

 その分、手の空いた副官2人は、とっ捕まえた他国の犯罪者の聴取に出かけたり、俺が書くはずの報告書を書いたりしている。

 すると俺は、建国祭の期間中にも関わらず、毎日2時間は眠れるっつー訳だ。

 いや、下手したら今日は3時間くらい眠れるかもしれねぇ。

 ひっひっひ」


 ダメだこの人……仕事に忙殺される事を当然だと捉えている、典型的な仕事中毒者ワーカーホリックだ。

 目標が低すぎる。



「そんなに忙しいなら事務要員を入れればいいでしょう。

 何で根本的な所を改善しようと思わないんですか?」


「出来るならとっくにやってるんだよ!

 だがここに上げられてくる話は誰彼構わず目を通せる様な内容じゃねぇし、そもそもこの駐屯所内に入れるのはごく一部の限られた人間だけだ。

 毎日毎日クソ忙しい中、そんな根本的な制度改革なんぞをやってる時間はねぇ」


 ……まぁ予想はついていたが、やはり根本的な制度改革が必要な様だな。


 はっきり言ってこの国は、王立学園卒業生を中心に構成される、一部の高級官僚に、権力が集中しすぎている。


 いつかも言ったが、権力には相応の責任が伴う。


 だが国の規模と比較して、その責任を担う人数が少なすぎる。


 1200年の歴史の中で、国が徐々に拡大し、周辺国の状況も変化しているにも関わらず、根本的な制度改革が進んでいないのだろう。


 だから皆が目の回るほど忙しい。


 あまりに歪みが大きくなると、行き着く先は内乱か戦争、と言うのが地球の歴史ではお決まりのパターンだが……


 しかし、抜本的な制度改革かぁ。


 本気で取り組めばやれない事も無い気もするが……


 師匠の負担を減らす事は俺にとっても重要だが、流石にこれ以上抱える仕事を増やして、自分で自分の首を絞めるのは本末転倒だ。



 日本のサラリーマン時代に、『おかしいと思う事は自分が偉くなって変えろ!』なんて無責任な事を言っている上司がいたが、俺が必死こいて騎士団や官吏として出世を目指す理由なんて無いし、この国を良くする為に今生を犠牲にする理由なんてもっと無い。


 自分のやりたい事をやって、面白おかしく生きるには、やはり適当な所でドロップアウトするのが正解だろうか。


 うん、そんな気がしてきたぞ。


 とりあえず、外から僅かに漏れ聞こえて来る、楽しそうな祭の喧騒を聞きながら、これ以上部屋に篭って事務ワークなどをしていたら、ストレスが限界を超えて前々世の記憶でも呼び起こしそうだ。



「師匠!

 いくら何でも時給で働いている学生に、責任ある仕事を持たせすぎだと思います。

 区切りのいいところまで終わらせたら、せめて昼飯は巡回がてら、その辺の屋台でプラプラと買い食いをさせて貰いますからね!」


「お、落ち着けガキ!

 お前の大好きな携帯非常固形食のプレーン味ならそこのテーブルに山積みにーー」


 師匠が何事かを主張しているが、俺は無視を決め込んで次の書類へと目を落とした。


 するとそれは、こんな報告書だった。



『上級魔道具研究学院に所属する女学生が、他国の間諜を血祭りに上げた事案に関する報告。

 事案概要:

 我が国の女学生2人組が、建国祭に合わせて王都へとやって来ていた他国籍の不届き者に、道案内を頼むなど言葉巧みに裏路地へと誘導され、拉致されそうになったため防衛の為に反撃し、8名に重軽傷を負わせたもの。

 加害者である不届き者の所持品を調査した所、ロザムール帝国の探索者協会より情報収集の依頼を受けて来国した間諜である事が判明。

 外交ルートを通じて抗議すると共に、加害者の取り扱いを決められたし。

 なお、両の手を真っ赤に染めた被害者の女学生の内1名は、『弟が帰ってこない』と凄惨な表情で警察に捜索を訴えていたが、別の1名からの聴取結果と合わせ、事件性は無いものとーー』


 俺は書類をそっと閉じ、『問題なし』の箱へと放り込み、すっと席を立った。



「おい待て!

 分かった!昼飯は外で食ってきていい!

 ちょっと待て?!

 まだ朝の9時だぞクソガキ〜!」


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