第110話 反省会
群れのボスを失い浮き足立った闇狼達は、王国騎士団員の敵ではなく、その多くをスズナミさん、ダンテさん、ラングラーさんの3人によって狩られ、クローバー渓谷へと逃げ出した個体も、待ち受けるロマンボさん達に殲滅された。
こうしてブライヤー男爵領闇狼殲滅作戦は、怪我人を1名出したもののその目的を達成した。
その後、全員で簡単な反省会をする事となった。
ロジータさんは報告書を作る必要があるとの事で、あの闇狼に包囲された現場の状況を、詳しく説明するように求めた。
なぜか俺に対する視線に棘がある気がするが……これはツンデレというやつか?
ビジネスライクな視線からは、全くデレの要素を感じないが、現実はこんな物なのだろうか……
それはさておき、俺たちが包囲内部で闇狼を炙り出していると、あの群れのボスである『黒雷』の奇襲を受けた。
恐らくだが、俺の風魔法による広範囲索敵がかなり不快だったものと思われる。
他の闇狼と違い、黒雷とその番いのメスは、
俺は
俺は敵の特性と、続々とこの場に他の闇狼が集結しつつある事をダンテさんにすぐさま伝えた。
ダンテさんの判断は現状維持だった。
奴らが嫌がっている俺の
逆に、そうした攻撃が来ると分かって待ち構えている状況なら、俺の魔法とダンテさん達の地力が有れば、闇狼の攻撃を防ぐことは十分可能だ。
さらに、ボスに統率された闇狼が、万が一、一斉に包囲側の一点突破へと走ったら、恐らくは包囲の網は簡単に破られる。
この場に引きつけながら、可能であれば群れの頭を潰す。
それが無理でも、この状況を維持すれば、スズナミ軍団長とロジータさんであれば、確実に動く。
スズナミ軍団長が加われば、この場での殲滅戦となっても、かなりの数を打ち取れるはず。
マノンさんの状態と隊の安全、そして任務の達成。
すべてを秤にかけて瞬時にそう判断を下したダンテさんは流石だった。
その間、闇狼側も小物は陽動を狙って周囲を動き回るだけで、俺の視覚拡張魔法の外からボスとその番いが飛び込むように奇襲を掛けてくる以外の攻撃は仕掛けてこず、我慢比べになっていた。
「そんな訳で、膠着状態となっている所へ、スズナミ軍団長とロジーが駆けつけてくれたって訳さ。
動いていただいて助かりました。
ロジーもありがとう」
戦闘中は鬼神のごとき形相で暴れ回っていたダンテさんは、いつもの柔らかな笑顔で礼を言った。
だがロジータさんは、かぶりを振った。
「いえ、お礼など。
本来はもっと早く駆けつけるべきでしたし、そもそも渓谷へ戦力を割きすぎました。
私の緩手で皆さんにご迷惑をお掛けして申し訳ないです。
特にマノンさんには怪我までさせてしまって」
マノンさんは慌てて手を振った。
先程、従軍している軍医に聖魔法をかけて貰い、今は傷は癒えているが、結構血を流したので顔色はあまり良くない。
骨に異常がある可能性も捨てきれなかったので、現場では応急処置しか取れなかったのだ。
「私が怪我をしたのは、私が弱かったからさ!
ロジータが謝る事じゃないよ。
仮にスズナミさんがチームにいても、あの初撃を私が躱せたとは思えないし、それに騎士に怪我はつきものだしね」
だがロジータさんはすっかり意気消沈している。
優しく慰めの言葉を掛けてあげたいが、さっぱり思いつかない。
前世を含めても、俺の経験値では無理だ。
俺が心の中で、何か気の利いたセリフはないかとウンウン唸っていると、スズナミ軍団長が難しい顔で腕を組んで言った。
「変色するだけではなく、聴力強化を防止する魔法らしき物を使う闇狼か……
奴らの隠密性を考えると驚異的だ。
特異体だと思いたいが、そういった個体が存在した事は、詳細に報告を上げる必要があるな」
そういって、ロジータさんの頭に手を置いた。
「まぁ私がわざわざ言わなくても、ロジーなら何が不味かったかは把握しているだろう。
咄嗟の判断力や決断力は、経験を積めば自ずと付いてくる。
各々が今日の経験を糧に、強くなろうな」
ロジータさんは、クリッとした目に涙を浮かべ、コクコクと頷いた。
「ところでーー」
スズナミさんはシリアスな雰囲気をガラリと崩して、俺と肩をガシッと組んだ。
「お前、その歳で視覚拡張魔法を使えるだけでも凄いのに、有効範囲はどれくらいあるんだ?
私が黒雷のやつを串刺しに出来たのは、お前の
あぁ、有効範囲については
師匠ですら視覚拡張魔法の有効範囲は15m程という話だしな。
その分俺の索敵精度は師匠に比べてかなり荒いが。
「師匠にも『非常識なやつめ』と、褒められ?ました。
俺は体外魔力循環を応用した風魔法の研究をしているのですが、大体自分を中心に45mほどの範囲なら風速5メートル程の風を起こしながら魔力循環出来ます。
この範囲内ならある程度の事は把握できます。
まぁ範囲を広げると細かな事までは分からなくなりますし、これより広げていくのは中々に骨が折れそうですけどね」
弓でも何でもそうだが、階段を登っていけば行くほど、次の段へと至るのが難しくなってくる。
100メートルを15秒で走る人が14秒で走れるようになるのと、10秒で走る人がタイムを0.01秒縮めるのでは、後者の難易度が遥かに高いのと同様だ。
そして範囲を広げるほど、反比例して制御できる風速が下がり、結果索敵精度も魔法としての威力も落ちるところが難しい。
俺が目指す風魔法の実現には、まだ大きな壁がいくつもある。
まどろっこしいとも思うが、その為に創意工夫と鍛錬を繰り返すプロセスは楽しい。
「45m?!
だっはっは、非常識にも程がある!
私は使えんが、聞くところによると視覚拡張魔法は主に目で魔力の流れを感知するって話なのに、なぜお面など付けている?」
「それは……
言葉で説明するのが難しいのですが、俺は魔力の流れを目で見ると言うよりは、全身で風を感じるイメージで
何となく視覚を物理的に閉ざした方が、その風の流れを感じる感覚が鋭敏になる気がしまして」
そんな気がするのは嘘では無いが、実は視覚を閉ざす必然性は無い。
というか、お面は今回の任務で初めてつけたし、目に頼れない分、鍛錬に丁度いいと思って買っただけだ。
まぁ夜の任務で目を開けた所で、魔法無しでは暗くてほとんど見えないのであまり変わらないし、目を物理的に塞いでいた方が心眼使いっぽくて俺の厨二心をくすぐるので、実戦でもお面を付けたままにしておいたのだ。
要はカッコつけの為だ。
泣いているロジータさんの前では、口が裂けても言えないけれど。
俺がチラリとロジータさんに目をやると、ロジータさんはキョトンとした顔で俺を見ていた。
「風魔法……そう言う事。
あの『風が教えてくれる』って言うのは、私を揶揄っていたわけじゃなかったのね?」
……俺の渾身の決め台詞は、重大な誤解を生んでいたようだ。
今思うと咄嗟に顔の角度などに気をつかったが、仮面をつけていたので無意味だし。
だがロジータさんの視線から、先程までの剣呑な雰囲気は消えた。
「勿論です!
あの時は時間が有りませんでしたので、咄嗟にそう言いましたが……分かりにくかったですね。
もちろん揶揄う意図など微塵も有りません!」
俺は慌てて否定し、ついでに練り上げられた決め台詞だった事を、無かった事にした。
だがスズナミさんはニヤニヤと笑いながらこんな事を言ってきた。
「ほぉう?
『風が教えてくれる』、ねぇ?
咄嗟に出たにしては、随分と詩的な表現じゃないか?
まさか予め練習していたカッコいい台詞を、かわいいロジーにあの緊迫した場面で披露した、なんて事は無いよなぁ?」
全員から揶揄うような、疑いの視線が一斉に注がれる。
恥ずかしすぎる図星を突かれて、俺の顔がみるみる赤くなる。
恐る恐るロジータさんの方へ視線をやると、ロジータさんは純真そうな瞳を俺に向けて、『かっこいい台詞?……どの辺が?』と不思議そうに呟いた。
「「ぷっ!」」
それを聞いて幾人かが噴き出した。
今すぐトイレにでも逃げ込みたくて身じろぎしたが、スズナミさんは俺の肩をがっしりと掴んで離す気配がない。
進退極まった俺は、頭にかけていたおじさんが微笑むお面をそっと被った。
皆の笑い声が、山々にこだました。
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