第112話 建国祭(2)


 俺はふくよかなおじさんが哄笑しているお面をつけて、王都中央駐屯所から外へと出た。



 たれ目のおじさんが微笑んでいるお面は、その慈愛に満ちた目が俺に闇狼討伐の苦い記憶を想起させ、鈍い痛みが胸に去来するので、傷が癒えるまで一旦封印することにした。



 ちなみにおじさんシリーズを俺は3枚保持しており、すべて同一作者の作品と思われる。


 たれ目のおじさんが微笑んでいるお面。


 今日着けている、ふくよかなおじさんが哄笑しているお面。


 そして最後の一つは、離れ目のおじさんが虚無の目で唇を歪めるように笑っているお面だ。


 サービス残業に明け暮れた万年係長のような顔をしている。


 虚無としか言いようのないその目をじっと眺めていると、底知れぬ怒りの業火のようなものを感じて、祭には相応しくないので、消去法で今日は『ふくよか』に決めた。



 いずれもデザイン的にはおしゃれとは言い難いが、俺の顔に吸い付くような、オーダーメイドさながらのサイズ感は共通だ。


 この世界に『運命』があるという話を聞いたことはないが、俺はおじさんシリーズの仮面が心に訴えかけてくる芸術性に、本当に運命の糸に引き寄せられたのかもしれない、などと想像を巡らせている。



 だから何?という話だけれど……



 王都の夏は、気温は高いが空気はからりと乾燥していて、それほど不快感はない。



 偉い人たちは、祭にかこつけて各国から来た要人たちとの外交に精を出している頃だろうが、一般人は純粋に楽しめるイベントがいくつもある。


 金持ちが参加する華やかなオークションとそれに付随して近辺で開かれる蚤の市、円形闘技場コロッセオでは様々な趣向の模擬戦を観戦できたりするし、大聖堂では一般人に無料で回復魔法を施していたりもする。

 魔道具関連のイベントや、音楽イベント、服飾系のイベント等あらゆる分野のイベントも開催される。



 俺は、風が運んでくるいい匂いに釣られながら、快晴の王都を歩き始めた。



 ◆



 祭と言えば、やはり露店グルメを堪能しないことには始まらない。



 そう考えた俺は、飯を食うという当初の目的通り貿易通り5条通りへと足を運んだ。


 王都中央を東西に貫くこの通りは、建国祭の期間中、王都中央を南北に貫く中央通り5番通りとの交差点を中心に、20㎞もの区間が歩行者天国車両通行止めのグルメ露店設置区域として開放されるのだ。


 グルメ自慢の地方貴族が自領の宣伝に店を出したり、王都の飲食店はもちろん、地方の味自慢のレストランからも多数出店があるし、もちろん国外の名物グルメが出店される例も多い。


 小型の魔導車であれば4台ずつすれ違える、日本風に言うと片側4車線の8車線道路である貿易通りの両側にびっしりと出店が並び、その数は5千店舗を数える。


 この世界の人間は食が太いとは言え、どんな健啖家でも5日間で店を制覇するのは不可能だろう。


 祭特有のどこか浮ついた雰囲気に胸が高鳴る。



 俺は第3騎士団の漆黒のマントをたなびかせ、巡回している振りをしながら、ほぼ王都の中央部にある駐屯所から、貿易通りを東に進む事にした。



 まずは往路の10㎞を、1時間ほどかけてどんな店があるのか物色しながらささっと進み、復路に目ぼしい物を買い食いしながら昼過ぎに執務室へと帰れば、師匠の怒りもまぁ何とか許容範囲だろう。



 そんな事を考えながら、美味そうな出店を心のメモに書き込みつつ露店区間の東端まで進んだところで、俺より2つほど幼く見える迷子の男の子を発見した。


 その道のお姉様方が見たら、非常に庇護欲をそそられそうな綺麗な瞳に涙を溜めながら、だが何とか泣き出さずに歯を食いしばっている。



 服装からして異国の、おそらくジュステリアかその周辺国辺りの名家か金持ちの子息かな。


 おそらくは親の仕事に引っ付いてこの国に来て、呑気に建国祭観光をしていたら迷子になった、といったところだろう。



 俺は声を掛けてみることにした。



「きみ、迷子?

 お兄さんが一緒に家族を探してあげようか?」


 俺の声に一筋の光を感じたのか、『ぱぁぁっ!』という効果音でも聞こえそうな雰囲気で振り返った少年は、『ひぃぃぃっ!』といって後ずさり、我慢していた涙を決壊させた。



 しまった、またお面を外すのを忘れていた……



 ◆



「違うんだ、これはお祭りで人気のお面で、つい外し忘れちゃっただけだよ。

 ほらこのマント!これは王国騎士団の騎士である証だから、お兄さんは決して変なおじさんじゃないよ!」


 俺は慌ててふくよかなおじさんが哄笑するお面、怨み募った商売敵を地獄へと叩き落とした商人の様な、迫力のある目で大笑いする仮面を外し、今にも大声で人を呼びそうな少年を、何とか持ち前の平凡な顔で宥めた。



 少年は名をユーカスと名乗った。

 この通りには4つ年上の姉と来て、はぐれてしまったそうだ。


 苗字や、どこから来たのかなども尋ねたが、言いづらそうにしている。


 どこまで口にしていいのか判断がつかないのだろう。

 俺は聞かないでおく事にした。



「分かった!

 じゃとりあえず、お兄さんと一緒にユーカスのライトグリーンの髪色と同じ髪をしているという、お姉ちゃんを探そう。

 それでもどうしても見つからなかったら、もう少し詳しく教えてくれる?」


 ユーカスはまだ不安そうな様子ではあるが、少し緊張を緩めてこくりと頷いた。



 俺は聴力を強化する索敵魔法を発動しながら、ユーカスを伴って貿易通りを王都中央部へ向けて歩いた。


 途中でユーカスが、デカいクロワッサンのようなパンを売っている露店の前でごくりと生唾を飲み込む音が聞こえたので、立ち寄った。



「おっちゃん、その重ね焼きバターパンクロワッサンていうの、2つ頂戴」


「へいらっしゃい!

 天下の王国騎士団員様に来店頂けるとは光栄だね!

 うちの店はジュステリアに本店を持つ本場の味なんだが、昨今の情勢で近頃は王都支店の売り上げが今一つでねぇ。

 トッピングをサービスするからそこらで宣伝していってよ!」


 俺はユーカスに『お勧めのトッピングとかある?』と聞いてみた。


 ユーカスは遠慮気味に、だが目を輝かせて答えた。


「リコッタチーズとロールベリージャム」


「お、王道だねっ!騎士様も同じでいいかい?」


「うんじゃあ、それでお願い。

 あとこの子、実は迷子なんだ。この子と同じライトグリーンの髪色をした、4つくらい年上の女の子が迷子を捜していたら、騎士が保護して4番5条の交差点近くの交番に送っていったって伝えてくれる?」



「交番?

 あぁ、最近できた、あのいつも警察がいる小さな箱みたいな建物だね。

 あいよ~!任しておきな!

 坊主も泣かなくて偉いな!毎度ありっ!」



 気のいいおっちゃんのおかげで、ユーカスの表情はずいぶん和らいだ。


 よかったよかった。


 俺はトッピングが挟み込まれたでかいクロワッサンに齧り付いた。


「ん~上手い!さすが王道のトッピング!

 ん?食わないのか?」


 ユーカスは目を見開いて聞いてきた。


「……ここで立ったまま食べるの?」


 なるほど、ずいぶんと小奇麗な恰好をしているし、育ちがいいのだろう。


 俺はニヤリと笑って答えた。


「立ったまま食べるんじゃない、歩きながら食べるんだ。

 男だろう?がぶりといけ、がぶりと!

 人にぶつからない様に気を付けろよ?」


 その俺のセリフを聞いて、ユーカスはあっけに取られていたが、俺が歩き始めると覚悟を決めたようにクロワッサンに齧りついた。


「美味いか?」


 ユーカスは興奮したように頷いた。


 ふっふっふ。


 行儀の悪い食べ歩きぐらい出来なくては、旅の楽しみは半減だ。

 我ながらいい事を教えたな。



 その後、交番まで歩いても姉には会えなかったので、一旦近くにあったアイスクリーム屋のテラス席で、交番と通りを眺めながら待つことにした。


 いつかクラスメイト達と行った記憶のあるアイスクリーム屋の出店だ。

 クリームの滑らかさに改善が見られ、ソースは全て後掛けだったので、今が旬の無花果のソースをお勧めしておいた。



「美味しいっ!

 今まで食べたどのアイスよりも!」


 ユーカスは感動した様だ。

 旅先で美味しいものに出会うと嬉しいよね。


 かなり不安も薄れた様なので、俺はアイスを食いながらユーカスと他愛もない雑談をしながら姉らしきものが通らないか確認していた。


 前世では一人っ子だったし、今世では末っ子なので、まるで弟ができたみたいでちょっと嬉しい。



 少し待っていると、交番に慌てた様子で飛び込んでいく女の子が現れた。


 髪色からしてもまず間違い無いだろう。



「良かったな、ユーカス。

 あのパン屋のおっちゃんが伝えてくれたみたいだぞ?」

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