第108話 闇狼(2)


「ユグリア王国騎士団第3軍団所属、位階第五位、ダンテ・セグラン以下四名、現着げんちゃくしました!

 オリーナ騎士団長の命により、これよりスズナミ第6軍団長の指揮下に入り、ブライヤー男爵領闇狼殲滅作戦に参加します!」



 出発した翌日の13時にブライヤー男爵領に到着した俺たちは、最寄の街に魔導車を停車させ、そこから1時間半ほど難路を徒歩で進み、野営地へと入った。


 標高が高く、牧畜が盛んだという高原の一画に設られた、第6軍団のシンボルカラーである緑色のバカでかいテントへ到着した俺たちは、まず今回の指揮官である第6軍団長の元へと訪れた。


 ちなみに、ダンテさんの言う位階とは、王国に雇用されている高級官僚の階級を表すもので、第一位から第八位まである。


 王国騎士団でいうと、騎士団長が位階第一位、ゴドルフェン先生が過去務めていた副団長二名に参謀長が第二位、その下に位置する軍団長は第二位か第三位で、ヒラ団員が第八位、仮団員は位階無しだ。



ダンテさんの位階五位は、1つの軍団に最大でも8名しかいない、超超エリートと言える。



 有事の際は万の軍勢、地球式でいうところの師団規模の軍勢を指揮するほどの立場にある。


 もちろん俺は、位階なんぞにはなんの興味もないが、騎士団員の常識としてそれくらいは知っている。



「相変わらずお堅いな、ダンテ。

 知っての通り、このテントには王国騎士団員以外の入室は禁止されている。

 もっと楽に話せ、肩が凝る。

 で、その若いのがゴドルフェン翁とデューの秘蔵っ子か?」



 天幕の内部には、第6軍団の騎士団員と思しき15名ほどが車座になって作戦会議をしていた。


 車座の中央奥に第6軍団長とおぼしきショートボブの女性があぐらをかいており、指し棒で自分の肩のツボをグリグリ刺しながら俺を見てきた。



 この世界は魔素の影響か、見た目の若い人が多い。


 顔立ちだけ見れば40前後の美人だが、ダンテさんによると、実年齢は50を超えているらしい。


 だが、何というか、所作のおっさんぽい人だな……



 ダンテさんは『わざわざスズナミ軍団長が出張ってきたのは、やっぱり彼が目的ですか?』なんて苦笑して、俺に挨拶するよう促した。



「第3軍団所属の仮団員、アレン・ロヴェーヌと申します。

 まだまだ諸先輩方には及ばない若輩者ですが、今回はよろしくお願いします」


 俺がそう言って丁寧に頭を下げると、スズナミさんは意外そうに目を細めた後、立ち上がって近づいて来て、息のかかるほどの至近距離から見定める様にして言った。



「おいおい、あのゴドルフェン翁やデューが手を焼いていると噂のじゃじゃ馬君にしては、随分と雰囲気が柔らかいな?

 私が美人だからって、羊のフリをする必要はないんだぞ?

 私は狼タイプの男が好きだ」


 スズナミ軍団長は、新しいおもちゃを目の前に置かれて上機嫌な子供の様な目で揶揄ってきた。


「何だか身に覚えのない噂が飛んでいる様ですが、ゴドルフェン先生や師匠の事は尊敬していますからね。

 少々意見交換をした事は有りますが、それほど手を煩わせた覚えはありませんよ?」


 俺がにこやかにそう返答すると、スズナミさんはニヤリと笑った。


「ほ〜う?中々腹は太そうだな?

 これは期待できそうだ。

 今回はよろしく頼むぞ!」


 そういって、いきなりしゃがみ込んで俺の両の太ももを揉み始めた。


「ななな、何してるんですか!」


 異世界流の手荒な挨拶は一応警戒していたが、その流れる様に自然な動きに反応できず、俺は両太ももから尻に掛けて隈なく揉みしだかれた。



「ふむふむ、随分と身体強化の才能があると言う話だが、それに甘える事なく筋力もきちんと鍛えているな……

 これは噂通り楽しめそうだ。

 ん?そんなに赤くなって、さてはお前、D童貞だな?

 やばい女に引っかかる前に、さっさと済ませないと、異性関連で身を滅ぼす才子才女は多いぞ?

 何なら私が初めての相手をしてやろうか?

 だっはっは!」


 偉くなるつもりはさらさらないが、もし何かの間違いで偉くなったら、まずはセクハラ防止法を施行したい……


 俺が心の中で、ほぼおっさんのおばさんに突っ込みながら項垂れていると、天幕に大層美しい1人の女性騎士が入ってきて言った。



「ロジータ入ります。

 エンデミュオン侯爵軍、配置完了しました。

 ……なにしているんですか、スズナミ軍団長?」



 ◆



 天幕へと入ってきた女性騎士は、ロジータ・ロレアートさんと名乗った。



 ダンテさんとは顔見知りらしく、気さくな挨拶をしていたが、身長が2メートルもあるダンテさんと、150センチメートル程しかないロジータさんが並ぶと何やら犯罪臭が漂う。



 5年ほど前に、ロジータさんが王立学園のインターン生として第3軍団に仮団員として来ていた時に、ダンテさんが色々と世話をしたらしい。



 俺とダンテさんの他、第3軍団から遠征してきたメンバーであるマノンさんとラングラーさんも顔見知りのようで、俺は改めてロジータさんへ挨拶をした。


「スズナミ軍団長の副官を務めます、ロジータです。

 今回は応援ありがとう。

 こちらこそ、よろしくお願いします」


 ロジータさんの、その整った顔立ちと、軍人らしからぬ儚げで柔らかな雰囲気は、はっきり言ってもろにタイプだ。



 とても可愛らしい人だが、第6軍団長の副官(若手有望株が担当する秘書の様なもの)という要職を務めるのだから、能力面でもよほど優秀な人に違いない。


 実際、ロジータさんはスズナミ軍団長に促されて、今日の作戦を説明したが、その要点を突いた簡潔な説明からは頭の良さが滲んでいた。


 ロジータさんの出現で、少しはやる気が出てきた。


 いい所を見せられるよう頑張ろう。



「という訳で、ダンテさん率いる第3軍団の皆さんには包囲の中での討伐と追い込みをお願いします。

 言わずもがなですが、闇狼が包囲の外側に逃げる事を防ぐため、討伐よりも、スズナミ軍団長他3名が待ち受ける狩場、クローバー渓谷への追い込みを優先して下さい」


「了解、ロジー。

 宜しくね」


 ダンテさんは笑顔で片目をつむり、了承の意を伝えた。


 いいなぁ……

 俺も『了解、ロジー』なんて愛称で呼んでみたい。


「説明ご苦労さん。

 じゃあそろそろ。始めようかねぇ」



 スズナミ軍団長は、『よっこらせ』と言いながら立ち上がった。


 それに合わせて楽な姿勢で座って話を聞いていた第6軍団の面々は、一斉に立ち上がり、緑のマントを付けた。


 瞬間、弛緩していた空気がギリッと引き締まる。


 先程までは、肩の凝ったおっさんにしか見えなかったスズナミ軍団長は、いきなり巍然とした雰囲気を身に纏って、薄く笑った。



「いくよ?」


「「はっ!!」」


 俺はテントに入る前に外しておいた、垂れ目のおじさんが微笑んでいるお面を再び付けて、第6軍団の皆様方に続いてテントの外に出た。



 ◆



 外にはエンデミュオン侯爵領の将官、いずれも百戦錬磨を思わせる壮年の騎士が20名ほど整列していた。


 当然ながら、彼らは国(王家)に仕えている王国騎士団員とは異なり位階はなく、格で言えば位階第8位の王国騎士団のヒラ隊員よりも遥かに下だ。


 今回の作戦では、彼らの部下2千名の兵が松明を持って闇狼の包囲を担当するらしい。


 明らかに歳上の将官たちに、ロジータさんは気後れする事なく、ごく自然に指示を出した。


「ご苦労さまです。

 今から2時間後、闇狼が巣穴より出て行動を開始する少し前の、17時より作戦を開始します。

 闇狼の殲滅は王国騎士団で受け持ちます。

 皆さんは闇狼に会敵しても、包囲を破られない事を最優先に、下がりながら貝笛で周囲に散っている騎士団員を応援に呼ぶ事。

 その他の魔物とは可能な限り戦闘を避ける事。

 以上を徹底してください。

 軍団長、何か有りますか?」


 ロジータさんがチラリと目をやると、スズナミ軍団長は1歩前に出ていった。



「今回の殲滅対象である闇狼の群れは、少なくとも90頭を超すと思われる大所帯だ。

 群れを率いるのは『黒雷』と呼ばれる個体で、この黒雷が率いる闇狼の群れには、これまで確認されているだけで、諸君らエンデミュオン侯爵軍の人間を含め、王国国民148名が犠牲になっている。

 ここで確実に禍根を絶つ!

 その為に王都の第3軍団から、『簡明直截』ダンテ・セグランやーー

 ぶっっ!!

 …………『笑うおじさん』など、必要な人員を招聘している。

 各人奮励せよ!

 ぷっ!」


 途中まで見違えるほど引き締まった顔で、貫禄たっぷりに激励していたスズナミ軍団長は、途中で俺がお面を付けている事に気がついて噴き出した。


 整列していた壮年の騎士全員が、俺に困惑顔を向けている。


 ロジータさんは、顔を真っ赤にして肩を震わせながら、泣き笑いの様な奇妙な顔を何とか引き締めて言った。


「そそそ、総員、配置に〜、付け!!」



 ごめん、悪気は無かった……

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