第107話 闇狼(1)
「……詳しく話せ、クソガキ」
師匠に睨まれて、俺は事の顛末を正確に報告した。
特に海鮮目的で旅をし、何日もソルコーストで海の幸を堪能した後に、偶然も偶然、たまたま護衛任務を受けただけだと言う事をキチンと強調して説明したのだが、ジャスティンさんは『奴らなら確実に裏を取る。完璧だね』何て意味不明な事を言って、ちっとも信じている様子は無かった。
また面倒臭い仕事が増えそうだなと恐々としていると、意外にも師匠が助け舟を出してくれた。
「学生の仮団員に、潜入任務なんてやらせられる訳がねぇだろうが。
こいつなら十中八九上手くやるかもしれん。
だがダメだ。
お前は探索者としては自然に過ごして、深入りするな。
やむを得ず接触があったなら、逐一報告しろ。
この話はこれでしめぇだ」
この結論を聞いて俺は安堵し、ジャスティンさんは肩をすくめた。
「さ、まずは警察組織の再編案、特に交番勤務制を3交代にするのか2交代にするのかをお前と詰めたいとよ。
次に表計算の実装機能。
エミーが『先々には確実に騎士団以外にも広がるから、目先の機能より拡張性を優先すべき』と主張して、意見が割れているらしい。
その辺がメインのクソ長そうな会議に出て、終わったら俺の執務室に来い。俺の仕事を手伝いながら、視覚拡張魔法の進度を見る。20時にダンテが頭の分隊で出発だ。
ま、これまでサボってたんだから、せいぜい頑張れや」
師匠はいい笑顔で言った。
「そ、そんな!
俺は仮団員の学生ですよ?!
そうだ、ジャスティン先輩手伝ってーー」
俺が慌てて振り返ると、先ほどまでジャスティンさんが立っていた場所には、すでに影も形もなかった。
◆
ユグリア王国騎士団は、おおよそ1軍団120名からなる第1から第7までの軍団と、60名ほどからなる近衛軍団とで構成されている。
各軍団それぞれに任務が割り当てられ、軍団毎にそのマントの色に代表されるシンボルカラーが定められている。
それらを簡単に記すと、次の様になる。
近衛軍団:王宮を中心とした王族の守護 (シルバー)
第1軍団:王国全土の魔物災害から民を守護 (ホワイト)
第2軍団:王国東部にあるベアレンツ海及びルーン大河を中心に、水軍の運営、水域の守護 (シアン)
第3軍団:王国中央部軍の統括、王都を含む王国中央部、ルーン平野の守護 (ブラック)
第4軍団:王国北部方面軍の統括、ロザムール帝国との国境守護 (レッド)
第5軍団:王国北西部方面軍の統括、ステライト正教国、クコーラ都市連邦との国境守護 (イエロー)
第6軍団:王国南西部方面軍の統括、主にジュステリアとの国境守護 (グリーン)
第7軍団:王国南東部方面軍の統括、主にクヴァール共和国、ファットーラ王国との国境守護 (ブルー)
これにマゼンタ(紅紫)を基本カラーに据えた裏組織がある、なんて眉唾ものの噂もある。
そんなド派手な色をつけた暗部なんて、ギャグ以外の何物でもないが。
主な担当領域や主任務は決められているが、完全な縦割りと言う訳では無い。
例えば
この様にして、平時より、各軍団の連携を高める工夫をしている。
俺が
0泊3日の強行軍には閉口するしかないが、移動が王国騎士団専用の、内装の豪華な魔導車なのは不幸中の幸いだ。
◆
「で、そのお面は一体何なの?」
ダンテさんが、移動中の魔導車で俺が被っている、垂れ目のおじさんが微笑んでいる顔のお面について聞いてきた。
「これですか?
先日のバカンスで、キリカの街に立ち寄った際に買ったお面です。
身バレ防止と、完全に光を遮断できるので
この誰にニーズを見いだしたのか全く分からないデザインに惚れました。
いったいなぜこんなお面を製作したのか、作者にはぜひキッカケを聞いてみたい。
しかも何故か造りが無駄に頑丈ですし、まるで俺の顔に吸い付く様なサイズ感も最高です!」
俺が上機嫌にそう説明すると、見るからにおしゃれのセンスに秀でているダンテさんは苦笑した。
「……一応、そのデザインに疑問がある様で安心したよ。
普通、君くらいの年頃なら、もう少しおしゃれというか、デザインにも気を配りそうな気もするけどね。
さて、それは置いておいて、アレン君は闇狼について予備知識はどれくらいあるのかな?」
闇狼は、カナルディア魔物大全によると、動物が長い時間をかけて魔力器官を体内に育み、結果として魔物化するルーンシープなどとは異なり、生まれながらに種として魔力器官を体内に持つ狼型の魔物だ。
夜行性で、夜の闇に溶け込むように毛色を変えながら集団で行う狩りは隠密性に優れ、しばしば探索者や商隊が野営地で襲撃されたり、人里の家畜が全滅するなどの被害に遭うなどの魔物災害を引き起こす危険な存在。
その
依頼格付けSランクとは、Aランク探索者が単身では対応困難である事が明確な依頼で、このクラスになると原則として王国騎士団や軍の出動対象となる。
今回の、闇狼の群れを殲滅する任務について言えば、例えば上位探索者が依頼で複数人投入されたら当該地域からの追い出しは可能ではあるが、目標が『殲滅』の場合、難易度は桁違いに高い。
かなりの数を撃ち漏らして、別の地域で再び群れを形成して被害が出るだろう。
また、大して財政に余裕もない男爵領が、上位探索者を私的に大量に雇うのも困難だ。
そこで、当該男爵領を庇護下に置くエンデミュオン侯爵軍(南西方面軍の一角)と、それを統括する王国騎士団第6軍団が対応を話し合い、現在お世辞にも関係が良好とは言えないジュステリアとの国境警備への影響を最小限に抑える形で、今回の作戦が決行される事になったようだ。
「隠密性に優れた、狡猾な狩りをする頭のいい魔物で、警戒心が強く、敵が手強いと見るや散り散りに逃げて、時には何百キロも離れた場所で集結して群れを再形成するのが特徴です。
殲滅戦をするなら直径50キロにも及ぶ縄張りを取り囲んで、日中に少しずつ包囲の輪を縮めながら、巣穴から誘い出して潰していくのが最も安全確実ですが、どうしても大量の人手と時間が必要になります」
俺の回答に、ダンテさんは笑顔で頷いた。
「うん、任務が言い渡されたのは今日の今日なのに、相変わらずよく勉強しているね。
……普通なら闇狼の隠密効果が薄れる昼間に追い込んで行くのがセオリーだけど、今はあまり国内に手を掛けていられる情勢じゃないからね。
第6軍団の主攻と、僕たち第3軍団の分隊が中心となって闇狼の活動時間帯である夜間に、一気に殲滅戦をする予定だと聞いているよ。
難しい任務だから、決して油断しないでね」
ダンテさんが表情を引き締めたので、俺も真剣な顔で頷いた。
「……悪気はないのは分かっているのだけど、そのにこやかなおじさんのお面を見ていると、どうも気合が削がれるね…」
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