第106話 騎士団でのお仕事


 王都へと帰った翌日。



 俺は久方ぶりに、王国騎士団王都中央駐屯所へ顔を出した。



「やっと来やがったか、クソガキ!

 てめぇ、いくら仮団員だからって王都を離れる際は連絡ぐらい入れろ!

 自由かコラ!

 夏休みに入ったらたっぷりこき使ってやるつもりだったのに、誰にも何も言わずに行方を晦ませやがって!」



 するとそこには、寝不足か二日酔いかは不明だが、目を血走らせたデュー師匠が待っていて、案の定俺をこき使うつもりだったと、堂々と暴露した。


 もちろんそれを予見して逃げたのだが、俺はすっとぼけた。



「ええっ?!

 騎士団に入り浸って、皆様の邪魔をしない様に気を遣っていたのに……

 もしかして、無用な気遣いでしたかね?

 では早速キアナさんと弓の鍛錬でもー」


「まてコラ」


 俺は頭を師匠にむんずと掴まれて、脱出に失敗した。


 と、横で聞いていた優しいケツアゴのダンテさんが苦笑して言った。



「気を遣った、という割には、中々に鮮やかな行方の晦ませ方だったね。

 デューさんが痺れを切らして、諜報部に問い合わせたけど、お手上げだって言われたって。

 お友達とロブレスへと探索に行って帰ってきたところまでは足取りを掴めたけど、その後どこへ行ってたの?」



 ふっふっふ。


 あの日の夕方寮へと帰ってきてから俺は、地味な私服に着替えて帽子を目深に被り、再び寮を出て、夜闇に紛れてその日のうちにコスラエール行きの直通列車に乗った。


 まさか旅から帰ったその晩のうちに即旅に出るとは誰も思わないだろう。


 俺が帰った、なんて話が流れると、多方面で面倒な事になる予感がプンプンしていたからな。



 気ままなソルコースト旅行だけは何としても死守するため、一度王都東のスラム街を通るなどして、細心の注意を払ったのだ。



「勿論バカンスです!

 いやぁ美味い海の幸が食べたくて、王国北東部のサルドス伯爵領まで足を伸ばしたのですが、最高でした!

 その後たまたま立ち寄った温泉が、これまたーー」


 俺の頭を掴んでいる師匠の右手に力が込められた。



「……と言うのは冗談で、勿論自身の見聞を広めるための修行にーー痛いです師匠、頭が割れます!!」


「たくっ!

 これでお前、きちんと成果を出していなければ、叩き出している所だぞ?

 まずは警察組織の再編案の確認、次に『表計算』とやらができる魔道具の開発班との打ち合わせ、その後俺のデスクで山積みになっている仕事の手伝いをして、夜発でダンテに引っ付いて0泊3日で遠征してこい!

 第6軍団から支援要請が来ている。

 闇狼の群れの殲滅だから、お前がメンツに入れば任務自体は半日で終わんだろ」


 ……どこのブラック企業だよ!



 ◆



 俺は師匠に弟子入りする際の交換条件として、事務ワークを手伝うと申し出た。


 だが、実際に仕事に取り掛かる段になり、その余りに前時代的な仕事のやり方に愕然として、前世の知識を使って業務のやり方のちょっとした改善をあれこれ進言したのだが。


 調子に乗りすぎた……



 まず始めに、余りにも沢山の仕事を師匠が抱えているものだから、そのタスクを全て整理して、全体像の見える化をした。


 できる人間に仕事が集中するのは世の常だが、余りにも忙しすぎて、目の前の仕事を捌くのが精一杯で、何をどう改善すれば現状を変えられるか分からなかったのだ。


 その時点では師匠はめんどくさがったが、いつ終わるとも知れない仕事に、俺の大切な時間が浪費されるなど、許容できることでは無い。



 全体像を把握した後に、ルーチンワークとそうでない仕事に分けて、さらに師匠である必要性のない仕事や、決裁権限を委任可能な物などをどんどん仕分けし、師匠の負担を軽減した。



 まぁ俺に言わせれば、客観的に見ても仕事が早くて確実な師匠を皆が頼りにしすぎて、余りにも仕事を抱えすぎていたので、正常な状態に近づけたというだけの事だ。


 ちなみに、前世であれ程使えない奴としてバカにされていた俺だが、今にして思うと、悪い頭なりにそれほど仕事が出来ないという事は無かっただろう。


 ではなぜあれほど評価が低かったのか。


 それは第1に、『自分がやりたい仕事』と言うものが全く無かったこと。

 第2に、自分に自信が皆目無かった事あたりが原因だろう。


 要は、入試や就職を、プロセスではなくゴールに設定して生きてしまった事の弊害だ。


 まぁ今となっては、そんな事はどうでもいい。



 この時点で師匠は『毎日寝られる』とか言って小躍りしていたが、俺はもちろんそんな低いレベルで満足しなかった。


 師匠に時間ができると、その分俺を指導してくれる時間が増える、つまり俺がこの世界で最優先にやりたい、索敵魔法風魔法の鍛錬とその成果に直結するからだ。



 だが流石に、選択と集中だけでは効率化にも限界があるので、下部組織である警察組織を再編し、街中に交番を配置する事で、第3軍団の現場仕事王都巡回を軽減する事を進言した。



 師匠の抱える仕事に大鉈を振るい、一定の成果を出した俺が進言したこの改善案は、中々の好感触を得た。


 ゆくゆくは王国全体の治安維持、引いては騎士団の負担軽減に結びつくであろうこの案は、他国と戦争になるかも知れない現状において重要だ、との事だ。


 組織再編を伴うため、流石にすぐに導入、とはいかないので、現在テストサイトが王都にいくつか作られその効果に関するデータを取りながら、実現するための具体的な方法論が検討されている。



 そして、この世界で事務仕事をする上で最も不便だと感じる事、それは表計算ソフトがない事だ。



 有事の際には、侯爵家の私設騎士団を中心に編成される軍を統括する立場にある王国騎士団は、当然ながら膨大な人員や兵站関係の数字を平時より管理する。


 にも関わらず、ちまちま手作業で管理表を更新する異世界にやってきて、これを思わない日本の社会人は、ほぼ居ないだろう。



 この世界には前世のパソコンに類する魔道具の流通品が無いので、一般に表計算ソフトを普及させるのはかなりハードルが高い。


 だが、モニターや電卓の様な魔道具は、王都であれば一般にも入手可能だし、潤沢な予算と人材を持つ騎士団なら、機能を絞った1点物なら、ちょっと頑張れば何とかなるのでは?と考えた。


 仮に実現できれば、大袈裟ではなく事務仕事の効率が100倍は違う。


 そんな調子である時渾身のプレゼンをかましたら、話がどんどん大きくなって、とてつもない額の予算と外の組織も巻き込んだ一大プロジェクトチームが編成されてしまった。


 ちなみに、王立学園からは、魔道具研究部の顧問を務める魔道具研究者兼魔法技師であるエミー先生がプロジェクトチームに参加している。


『いいアイデア。でも頭の硬い年寄りに任せたら、使いにくい物になるに決まっている』なんて言っていた。



 そんな訳で、師匠の負担をある程度減らした所までは良かったのだが、調子に乗って騎士団全体に、ゆくゆくは王国全体にも波及する改善案を提案した俺は、仮団員なのに会議なんぞに呼ばれるようになった。



 それに加えて、中々王都を離れられない師匠の代わりに、索敵魔法が有れば便利な任務などにも駆り出されるようになり、何だか普通に騎士団員として仕事をしている。



 ちなみに俺の索敵魔法は、師匠にはまだまだ及ばないが、騎士団の中でも結構上位に位置するらしく、噂を聞きつけた他軍団からも、広範囲の殲滅任務などで協力要請が来たりする。


 まさか第3軍団長のデュー・オーヴェル師匠を呼びつける程の任務ではないが、仮入団の学生なら呼びやすいという事で、便利使いされているのだ。



 そんな訳で、俺が貴重な夏休みを死守するための方策を必死に考えていると、いつのまにか後ろにいたジャスティンさんがニヤニヤとこんな事を聞いてきた。


「サルドス領の温泉、ねぇ?

 まさかあの・・メント村に行ってきたのかい?」


「ジャスティンさん、いつから居たんですか?

 そういえば俺が顔を出すといつも揶揄ってくるパッチさんが見えませんね。巡回ですか?

 そうそう、そのメント村に行ってきました。

 いやぁ〜綺麗な村で、風呂はいいし最高でしたよ?」



 俺が笑顔でそう答えると、師匠とダンテさんは目を見合わせ、やや空気を固くした。



「パッチさんは、夏休み期間中に仮団員として体験入団している王立学園3年生を引率して、近くの魔物の間引きに出掛けているよ。

 第3軍団でも8人ほどインターン生を引き受けているからね。

 まぁ、彼らはお客さんさ。

 なるべくやり甲斐のある、華やかな仕事を経験させて、優秀な子達に騎士団員を目指して貰わないとね。

 ところで、当然君の事だから、騎士団員の身分は隠して任意の一般人として村を訪れたんだよね?

 誰かと知り合ったり、変な話を聞いたりしなかった?」


 ジャスティンさんは相変わらずニヤニヤと笑いながら、こんな事を聞いてきた。


 え、俺そんなお客さん扱いされる期間なんて無かったんですけど……



「えぇ、探索者として護衛任務を受けて、風呂だけ堪能して帰ってきました。

 特に妙な話を聞いたりはしていません。

 あぁ、依頼人がロッツ・ファミリーとか言うガラの悪いやつらだったのですが……

 何だか妙に気に入られて、王都に着いたら訪ねてこい、なんて言っていましたが、いけ好かない奴らだったので付き合うつもりは勿論有りません!」


 俺がそうキッパリと宣言したら、ジャスティンさんは実に楽しそうに笑った。



「あはははは!

 さすがはアレン、それは楽しそうなバカンスだね。

 サルドス観光から任意の探索者としてメント村に護衛任務とは、実にアレンらしい絶妙な一手だ。

 とぼけた顔して、どこまで見えているんだい?

 ……さて、どうします、デューさん。

 アレンの一手に、ロッツは初めて隙を見せた様ですよ?」


 ジャスティンさんがそう言うと、師匠はため息をつきながら難しい顔で頭を掻き、腕を組んで言った。



「……詳しく話せ、クソガキ」

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