第103話 温泉(1)
少し迷ったが、俺は地雷案件を受けた。
判断材料はいくつかある。
まず道中の危険度がC、よほど運が悪くてもB難度、つまりグリテススネーク相当という事は、今の俺の実力から考えると、戦闘という意味では十分対応可能である事。
トルッタさんに、出現が見込まれる魔物を念のため確認したが、大きな問題はないだろう。
仮に依頼主が不届き者だとしても、その難度に護衛が居なくては出発できないレベルだと考えると、リスクはグッと下がる。
いくら依頼主でも、故意に危害を加えようとする、あるいは不法行為を始めとした、依頼事項に無い行為を強要するなどの行為をしてきたら、拒否して契約を解除する権利が探索者にはある。
例えば依頼書に『西街道を通ってキリカへ行く』と明示しておきながら、特別な理由もなくルートを変更する、などもこれに当たる。
まぁ今回は依頼書に旅程の記載がないので、どんな道で行こうと自由だが。
次に、さっさとラカンタールを離れたかったという点。
ただでさえ
本番のパーティーは10日後だが、すでにダンには挨拶回りの予定が詰め込まれており、という事は、王立学園のほぼ頂点に君臨するダンへと顔を繋ぐために、すでに多くの貴族がこの街に集まりつつあるのだろう。
俺は任意の探索者レンとして活動しているが、いつどこで誰と繋がるか分からない。
身バレのリスクは極力減らしたい。
そして最後の理由、それは勿論、王国屈指の泉質と言われる温泉に、是非とも入りたいという事だ。
くどくど理屈を並べたが、その他の理由などあまり関係ない。
寮でも湯の温度やサウナにこだわっている通り、俺は無類の風呂好きだ。
今世ではやりたい事を気ままにやって生きる、そう決めている俺が、このチャンスをスキップする事などあり得ない。
依頼を受けずに勝手に行く、という手も考えたが、全く土地勘のない場所で、山中泊を伴う行程となるようだったので、依頼人に付いていく方が逆に安全だと踏んだ。
案の定、碌な地図がないし…
俺は方向感覚にはあまり自信がない。
というか、現代日本出身で、初めての山を地図無しで目的地へ行けと言われて、迷わず到着できる方が稀だろう。
サルドスには貫通力特化のマックアゲート製の矢は置いていなかったので、トルッタさんのアドバイスに従い、氷属性の付与された
魔鉄は専門の職人が魔石を消費する事で、属性を付与する事ができる一風変わった金属だ。
今回の様に、明らかに火属性の魔物に偏っているような場所に行く際には、効果覿面と言えるだろう。
一本で500リアルと値は張るが、それでも王都の半額だ。
火属性の手強い魔物が道中に出た際の保険と考えると、必要経費と言えるだろう。
準備を終えた俺は、依頼主との待ち合わせ場所へと向かった。
◆
待ち合わせ場所である、ラカンタールの西のはずれに待っていた依頼主は、どこからどう見ても
その風体を確認した俺は、アウトロー路線のスイッチを入れ、声を掛けた。
「おたくらが依頼人か?
俺が仕事を受けた、探索者のレンだ。
よろしく頼む」
俺を確認した二人組は、一瞬顔を見合わした後に顔を真っ赤にして怒り始めた。
「おいおいおいおい、いくら何でもこんなガキに、護衛なんて務まるわけねぇだろうが!」
2人のうち、ちょび髭は躊躇うことなくそう断定した。
続けて顎の下にヤギのような髭を伸ばしている男が俺に詰め寄る。
「ちっ、よくいるんだよ、肝心な時にぶるって役にたたねぇくせに、安全そうな護衛依頼に只乗りして、金だけせしめる卑怯者がよお。
テメェ、もし魔物を前にビビりやがったらお前を餌にー」
俺はヤギ髭が俺に手を伸ばそうとした瞬間、瞬時に腰の革ベルトに刺してある鞘からダガーを引き抜いて、3センチほど伸ばしていた髭の下1センチを斬り飛ばし、鞘へと収めた。
『キンッ』と、小さく納刀音が響く。
このような手合いとお話し合いなどしていては日が暮れるし、早めに挨拶を済まさないと、この先の依頼にも支障が出る。
動きを目で追いきれなかったのだろう。
ヤギ髭は一瞬呆然とした後に、顎と首を手で必死に撫でた。
「ててて、てめぇ! 何街中で抜いてやがんだ!」
ちょび髭が真っ青な顔で怒鳴った。
「これは髭剃りだ。
立派な髭が乱れていたものでな。
お前もそのちょび髭を整えてやろう。
動くなよ?」
そう言って俺が柄に手を掛けると、ちょび髭は地蔵の様に静止して、ダラダラと汗を流し始めた。
「…冗談だ。
時間が惜しい。
どうせアメント火山を突っ切っていくつもりなのだろう?
さっさと行こう」
これくらい挨拶をしておけば、この先の道中もまぁ大丈夫だろう。
その後、メント村からこの街へと買い出しに来ていたという、道案内のおっちゃんと合流して、ラカンタールを出立した。
◆
馬車での旅は順調だ。
俺の風魔法による威嚇で草食系の魔物は殆ど近寄ってこないし、逃げなかった好戦的な魔物もここまでは全てダガーで仕留めた。
メントの村で矢の補充ができるか分からないから、節約した形だ。
俺は御者席に座って、御者のおっちゃんがする馬車の操縦方法を興味深く見ながら、色々と雑談している。
このおっちゃんはトニーという名前の気のいい男で、メント村からラカンタールへと村に必要な物資の買い出しに来ていた。
だが村は温泉以外に大した特産の無い寒村で、毎回専用に高額な護衛を雇う金は無い。
なので道案内兼馬車提供を条件に同行者を募り、このアメント火山の魔物生息域を通り抜けるのが慣習となっているそうだ。
村を訪れる一般人は殆どいないが、幸い?よからぬ輩は頻繁に訪れるので、苦肉の策ではあるが、それで何とか村を回しているらしい。
「…おっちゃんなら、何とか1人でも通れそうな気がするけどな。
少なくとも、後ろの2人よりは強い……だろう?」
俺は王都に来てからこちら、坂道部や探索者活動、騎士団での経験を得た事で、動きを見ていると何となく身体強化魔法の練度が推察できる様になった。
特に索敵魔法を習得してからは、その精度が結構上がった気がする。
「ほぉう?
確かにどうしても人が集まらない時は、1人で突破する事もあるが……
まぁリスクは低いほどいいから、余程なことがなければやらないがな。夜も眠れないし。
何でそう思ったんだ?」
「ん?
まぁ、動きを見ていると、どの程度の身体強化の使い手かは、何となくわかる。
言葉で表現するのは難しいがな」
おっちゃんは楽しそうに笑った。
「はっはっは。
俺だって探索者としてはCランクの資格を持つが、こんな短い時間、馬車乗ってるだけの奴の強さなんて分からんぞ?
流石に、その歳でBランク探索者を張るだけの事はあるな。
一体、どれだけの経験を積んだんだ?」
…まぁ身体強化魔法のセンスや練度を推定するには、何よりも経験が重要だと言われているからな。
俺は坂道部で、皆の練度を魔道具を通じて視覚化したレポートを毎日見ていたりしたから、少し人とは違う経験でその辺りの目が鍛えられた。
「まぁそれなりだ。
……聞こえてるぞ!」
俺は荷台に向かって怒鳴った。
荷台に乗っているちょび髭とヤギ髭が、『路銀を花街で使い込んで、アニキの待つメント村に行けなくて困っていたが、腕は立ちそうだが馬鹿なガキが安い金で受けてくれてラッキー』だとか、『勝てそうもない魔物が出たら、ガキを囮にしてさっさと逃げよう』とか小声で話していたので、一応一声かけておいたのだ。
護衛は
こいつら、最初から囮のつもりで探索者を募集してやがったな?
依頼を終えたら、一言一句違えず、きっちり協会に報告してやろう。
と、そこで俺の索敵魔法が新たな魔物の襲来を捉えた。
「……速度を落とせトニー。
囲まれた。
二足歩行の人間大の魔物が3体だ。
恐らくフレイムガンゴか?」
トニーは顔に緊張を走らせた。
「何ぃ?!何でわかるんだ?!
……ここまで魔物がやけに少なくって運がいいと思っていたが、ここで猿か…
かぁ〜、やつらは連携して動く上に、火の遠距離魔法を使う。
後ろの2人は別に燃えてもいいが、荷物が燃えたら困るからな。
馬車を止めて、離れた場所で戦おう。
1匹引き受ける」
俺は首を振った。
「その必要はない。
もうすぐ射線が通る」
そう言って御者台に立ち上がった俺は、氷属性が付与された魔鉄の矢を弓に番えた。
程なくして前と後ろ、そして左手の斜面にフレイムガンゴが同時に飛び出した。
だがその手に魔法を構築しきる前に、俺はきっちり3射で3匹を仕留めた。
「ちょっと待っててくれ。
魔石を回収してくる」
荷台にさほど余裕が無いから、俺は属性持ちの魔石だけを回収している。
手早く魔石を摘出して、御者台へと帰ると、トニーはまだ呆然としていた。
この依頼では初めて弓を使ったからな……
この様な反応は、王都周辺で狩をしている際に散々見たので慣れている。
その後は弓を使うほどの魔物は出ず、途中簡易キャンプで一泊した俺たちは、無事翌日の15時には、今日の宿泊予定地であるメントの村へと到着した。
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