第102話 チーフアドバイザー


 王都への帰路。



 俺は、サルドス伯爵領都、ラカンタールの探索者協会へと立ち寄った。



 旅のついでに、目的地の一致する護衛任務を受けて、探索者仲間とわいわいと交流を持ちつつ旅費を浮かす、なんてテンプレが踏めたら楽しそうだと思っていたからだ。



 なので、協会で手頃な依頼が無いか、人の良さそうな受付のおじさんに聞いてみた。



「こんにちは〜。

 王都へ帰るついでに、手頃な護衛依頼があれば受けたくてきました。

 出来れば王都への直通列車があるグラウクス侯爵領都コスラエールまで、無ければ周辺のどこかの都市までの依頼は有りますか?」



 おじさんは、にこにこと人の良さそうな顔で俺に聞いてきた。


「はいこんにちは。

 護衛依頼はいくつかあるけど、君ランクは?

 護衛依頼は最低でもD難度だから、受けられるのはEランクからだよ?」



 依頼は特別な理由がない限り、自分のランクの上下一つ差までしか受けられない。


 実力不足の者が、無理をして危険を犯すのを防止すると共に、実力の高い者が低い者の仕事を奪わないようにする為だ。


 もっとも、自分のランクより下の依頼については、一定期間募集して、どうしても受託者が集まらなかった場合は上位ランク者にも開放される。


 ただし報酬は変わらないので、好き好んで自分の実力よりも二つ以下の依頼を受ける人間がいるかどうかは別だ。


 上位にいくほど人手が不足しており、その分報酬が指数関数の如く高騰するのはどこの世界でも同じだ。



 俺はおじさんにライセンスを差し出した。


 おじさんは俺のライセンスを一目見て、ピクリと眉毛を動かした。


「ようこそサルドス支部へ。

 私はサルドス支部でチーフアドバイザーを務めております、トルッタと申します。

 レンさんがサルドス領へ入られている事は、ソルコースト支部より報告を受けております。

 お見えになられたら、支部長室へとご案内するように申しつかっております。

 こちらへどうぞ」


 正確にはラカンタール支部だが、領都の支部は慣習的に領の名で呼ばれる事が多いようだ。



 俺はため息をつきたいのを何とか堪えて、『分かりました。トルッタさん、どうか初めと同じように楽に話してください』とにこやかに言った。


 特別扱いなど不要だが仕方がない。


 人の噂も75日。

 ランクがいきなりBに上がって、それほど日の経っていない今は仕方ないが、暫く大人しくしていればその内に好奇な目も収まってくるだろう。


 とにかく、暫くの間は極力揉め事を避けて、イメージの回復に努めよう……



 そんな事を考えながら支部長室へと入ると、これまたいかにも現場を知らなそうな、肥満した男が待ち受けていた。


 支部長は、毒にも薬にもならないおべんちゃらを言いながら、そして話の隙間に、自分がいかに優秀な成績でサルドス領の上級学校を卒業したかという学力マウントを挟みながら、近くこのラカンタールで行われるという、とある盛大なパーティー会場の周辺警備の依頼を受けないかと勧めてくる。


 探索者協会は、シェルオジキに代表するように、叩き上げの幹部もいるにはいるが、特に事務職員の出世には学歴が結構ものを言うらしい。


 そんな世知辛い話など、別に聞きたくはなかったが。



 勧められているのは、どう考えてもダンの誕生日パーティーに関する警備依頼だ。


 パーティーは確か10日後だし、そんな仕事を受ける理由などないので、丁重に断った。


 サルドス伯爵ダンの親父が挨拶したがっていた、なんてダンから聞いているし、さっさと依頼を受けてこの街をたちたい。



「詳しくは話せませんが、出席者の面子からしても、必ずやレン君も満足される名誉ある依頼なのですが……仕方がありませんな。

 まぁ注目のルーキーであるレン君と、このサルドス支部に付き合い実績ができるだけでも十分ありがたい。

 トルッタ。

 条件に合う護衛依頼は何がある?」



「はい。

 お勧めの依頼は2つあります。

 1つ目は難度Cランク、グラウクス侯爵領都コスラエールへと帰る商隊の護衛依頼です。

 報酬は8千リアル。

 ごく一般的な旅程計画で、商隊なので乗合馬車よりも多少ゆっくり進むでしょうが、順当なら6日もあればコスラエールに到着するでしょう。

 この依頼はCランク以上の指定依頼で、最大2名まで募集しています。

 現在は盗賊の情報もありませんし、大商会なので一般的な魔物の対応ができる程度の護衛は別にいると思いますが、まぁ腕利きがいれば保険に、と言ったところでしょう」



 ふむふむ。さすがチーフアドバイザー。

 まさに今の俺にピッタリの依頼だ。


 二つ返事でOKしてもいい程だが、俺は念のために、もう1件の依頼について聞いてみた。



「次の依頼もCランク依頼です。

 このサルドスに観光へ来ていた、とある子爵とそのご令嬢、依頼を受けていただけるならお名前も開示可能ですが、お2人の護衛補助となります。

 報酬は5千リアルで1名募集されております。

 コスラエールへの最短の道順から少し離れますが、方角は大体同じですので、こちらも順当に行けば、4日ほどで依頼を完了し、その後2日もあれば十分コスラエールへと入れるでしょう。

 こちらも正規の護衛が別にいてリスクが低い分、報酬はCランクにしては安めですが、貴族の護衛依頼は現場評価で報酬の上乗せがある事も多いですので人気があり、これ位の報酬でも希望者は多いのですよ」


 う〜ん、甲乙つけがたい!


 どちらも典型的なテンプレ依頼だが、それぞれに良さがあり、十分楽しめそうだ。


 そんな事を考えていると、トルッタは思い出したようにこんな事を言った。


「子爵のお嬢様はよくサルドスに遊びにいらっしゃるので、私も拝見した事がありますが、レンさんより少しだけ年上の、大変お淑やかそうな見目麗しいお嬢様ですよ」


 ?!



 流石は個人情報ユルユルの異世界チーフアドバイザー!


 何なんだ、その恋の予感しかしない、素晴らしい追加情報は!



 俺は後者の依頼に大きく気持ちを傾けたが、ついこんな事を聞いた。


「お勧めの依頼は2つ…って言う事は、お勧めじゃない依頼もあるのですか?

 いや、性格的に一応確認しておきたいというだけの事で、今紹介された依頼が気に入らないわけじゃ無いですよ?」



 トルッタさんは、別に気分を害した様子もなく、優しく微笑みながらもう一つの依頼を紹介してくれた。



「最後の依頼はD難度で、本来Bランクのレンさんに受注資格は無いのですが、受け手がおらず上位ランク者にも開放されています。

 この依頼はコスラエールではなく、1つ王都寄りの魔導列車の停車駅がある、キリカが目的地になっており、その道中の魔物からの警護依頼です。

 報酬は5千リアルと、Dランクとしてはいい方です。

 列車で輸送しない品を王都方面へと運ぶ場合などに、コスラエールとは別の街道を使いキリカへと向かう事自体はよくある事なのですが……」


 そこまで説明して、トルッタさんは表情を曇らせた。


「依頼書に旅程計画が示されていません。

 不確定要素の多い依頼などではどうしても示せない事もありますので、ルール上は問題ないのですが……

 レンさんは土地勘が無いでしょうから補足いたしますと、通常は西街道を7日ほどかけてキリカへと向かうのですが、これはアメント火山を迂回せずに、危険な山越えをする予定で、その事実を敢えて伏せている可能性があります。

 さらに言いますと、出発は受託者が現れ次第すぐ、となっております。

 単に急いでいるのであれば、無難に西街道を進んでいればすでにキリカへと到着している頃でしょう。

 にも関わらず、計画を示さず、かつ依頼の取り消しもしない、となると、目的はアメント火山の中腹にある寒村、メントの村にあるのかもしれません。

 あそこは一般の観光客が近寄らず、良からぬ輩が会合するのに人気だという話ですので。

 あそこまでの護衛となると、依頼難度は最低でもC、報酬は3万リアルからとなるでしょう。

 ちなみにメント村までは2日、そこからキリカへは1日半となっておりますので、仮に山越えをしたならば、4日程でキリカへは着く旅程となります。

 ただし、キリカから王都へは直通列車がありませんので、結果的に王都への旅程は先の2依頼を受けた場合と同じ頃になるでしょう。

 いかがです?」



 さすがチーフアドバイザー。


 リスクが端的に纏められていて、実に分かりやすい。

 あくまで全て推測でしかないが、これは完全なる地雷案件だろう。



「あっはっは!

 いかがも何も、そんな依頼を受ける訳がないでしょう。

 いやぁ流石チーフ、実に分かりやすい説明で助かりました。

 で、前の2つの依頼の出発はいつなんですか?」


 トルッタさんは、この俺のセリフを聞いて顔を綻ばし、こう言った。


「はい、どちらも三日後ですので、準備期間はたっぷりあります!

 このチーフアドバイザーであるトルッタが、とっておきの宿をご紹介しますよ!」



 ……それを先に言え、チーフアドバイザー!

 そんなにこの街で待てるか…

 俺は暇じゃないんだ…


 だが、流石に3つめの地雷依頼を受ける気にはならない。

 それなら乗合馬車で普通に帰ったほうが、まだマシだ。



「いや、レンさんは中々血気盛んな、お若いところがあると噂で聞いていましたので、少々心配しましたが、分別なくしてその若さでBランクになれるほど、協会の裏査定は甘くない。

 やはり噂など当てになりませんなぁ。

 …メント村も、周辺に手強い魔物が出るようになる前までは、王国屈指の泉質を誇る温泉保養地で、一般人にも人気のあった場所だそうですが、勿体無い限りです。

 で、どちらの依頼をお受けになりますか?」



 お、王国屈指の温泉だと?!



 ち、ちーふあどばいーー


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