第98話 帆船(2)
「ようし、掛かった!」
流されているロープの先には、グリファイトという鉱物で生成された糸を束ねて作られた、特殊なワイヤーがついており、その先のでかい餌針に小型の魔イカが仕掛けられている。
グリファイト製のワイヤーは錆びにくく、引っ張り強度に優れていて、少々値が張るが、こうした大型の魚の漁にはよく利用されるらしい。
後ろの様子がもの凄く気になるが、俺は四方八方から船に向かって飛来するシーファルコンを、船の中央に立ち、大量に用意された鉄矢で次々に叩き落しているので、後ろを見に行く余裕がない。
ちなみに、ダンは操船しているので、漁をしているのは凪風商会の社員たちだ。
シーファルコンは、浅い角度で翼を半分畳み、一直線に滑空してくる。
最初は船の揺動で狙いがつけにくかったが、今は波のリズムにも慣れてどうという事もない。
加えて、ダンの操船技術だ。
先ほど自分で船を動かしたからよくわかる。
俺の狙いとリズムを察して、矢を放つときに揺動が最小限となるように繊細な操船をしているおかげで、あくびが出るほどリズムが乱れない。
タッキングやジャイビング(船を風下に向けて回頭すること)などの大きな動きがある時も、ダンがアイコンタクトで伝えてくるので何も問題はない。
俺はコックピットの後ろで行われている漁の様子が気になって、必死に後ろを見ているだけなのだが、どうしたってダンのじゃがいも顔が目に入る。
嬉しげに親指なんて立てやがって……
漁の様子が全然見えない。
数えちゃいないが300羽は叩き落しただろう、という所で、後ろの様子を見に行ったカッツォが戻ってきて、俺が背負っている矢筒に矢を補充しながら言ってきた。
「…しかし…とんでもない腕をしているな。
最初の方に2、3矢しくじって以降、百発百中じゃないか…
嬢がレンへの報酬に100万リアル払うと言い出した時は驚いたが…トップクラスの探索者の仕事というのは、尋常じゃないな。
後ろの方も、もうすぐ4匹目が上がりそうだぞ。
ダンがうまく船を動かして、デュアライゼを弱らせながらロープを巻き上げる『溜め』を作ってくれるから、ずいぶんと早く片が付きそうだ。
これ以上は持ち帰れないから、こいつが上がれば漁は打ち止めだ」
ダンめ…
後ろの様子が見えないから全然気が付かなかったが、俺の狙撃に合わせながら漁のサポートもしていたのか…
やはり俺のお遊びの操船とは次元が違う。
「俺は別にトップクラスの探索者というわけじゃ―」
俺が口を開きかけた時、後ろから『切れた?』という言葉と共に、どよめきが聞こえた。
「なんだ?グリファイト製のワイヤー仕掛けが切れたのか?」
カッツォが呟いた次の瞬間、船の後部が大きく持ち上げられる。
一瞬後に、浮遊感と共に船は海面へと叩きつけられた。
漁をしていた凪風商会の社員が叫ぶ。
「「お、オジロシャチだー!!」」
◆
転覆寸前にまで傾けられた船を、ダンは瞬時に立てなおし、帆を開きながらソルコース方面へ
隣に立っているカッツォが真っ青な顔で叫んだ。
「そうか、レンが散々叩き落した、シーファルコンの臭いにつられてきやがったな!
最悪だ!やつらの鼻の良さを舐めていた!」
「ダン!指示を出せ!
…原因など今はどうでもいい。
魔物除けの魔道具のスイッチを入れてもダメなのか?」
俺はダンに大声で指示を依頼しながらカッツォに聞いてみた。
ダンからは即座に指示が飛ぶ。
「レンはコリーダ海峡を抜けるまでシーファルコン対応を優先!
帆に穴が開いたら詰むぞ!
オジロシャチはとりあえずこっちで対応する!
コンじい!
他はデュアライゼを船の中心に持ってきて、レンの射線に入らないよう船の真ん中で伏せていてくれ!
重心を真ん中に寄せる!」
カッツォは急いで魚を運ぶのを手伝いに走り、その後その場に伏せながら、先ほどの問いに何とか震える声で答えた。
「あの魔道具は海の魔物が嫌う音を出して、近づかなくさせるものだ。
捕捉された後にスイッチを入れても、怒らせるだけで効果は無いと聞いている」
カナルディア魔物大全も、さすがに海の魔物までは網羅していないと思うが、このオジロシャチは確か記述があった。
最大体長10m、最大体重12tにも達する、尾の白い、シャチに似た魔物だ。
群れで狩りをする非常に好戦的な性質で、一度ターゲットにされると、どこまでもしつこく追いかけてくる厄介なやつ。
確か巡航速度は時速15キロほどだが、トップスピードは数秒間とはいえ、80キロ近くにまで達する。
この船足では引き離すのは厳しいだろう。
俺は索敵魔法の範囲を縮め、その分近くの音をできるだけ鋭敏に感じ取れるよう集中した。
オジロシャチの襲来をチャンスと見たのか、シーファルコンが飛来する頻度が増加する。
俺が片っ端から叩き落していくと、海面に落ちると同時にオジロシャチが、バカでかい口で丸のみにしていく。
その間にもオジロシャチは船に体当たりをしてくる。
早々船に穴が開くようなことはなさそうだが、どちらにしろ転覆したら終わりだ。
ダンは、浮遊感を感じるほど船を浮かされても、即座に立て直す。
体当たりを躱せない時は、転覆に繋がらない様にオジロシャチが当たる角度を調整している様だ。
この短いやり取りでは確実とはいかないが、6mから10mほどの個体が、6頭。
「ダン!おそらく6頭だ!把握しているか?!」
ダンは厳しい顔でラインを操作しながら、親指を立てた。
……別にいいんだが、普通に口で返事をしてほしい。
◆
シーファルコンを矢で落として、捕食するために顔を出すオジロシャチを、鉄矢で狙い撃っているが、距離があることと、体表面が滑りやすく弾性も強そうで、容易には刺さらない。
ミモザに頼んで積み込んでもらった鉄矢はまだ十分あるが、持参したマックアゲートの矢は5本しかない。
手札が限られる現状では、出来れば奥の手として残しておきたい。
俺はタイミングを計って
少しでも矢が刺さりやすくするために、角度をつけたかったからだ。
シーファルコンを限界まで引き付け、撃ち落す。
すぐさま2の矢を矢筒から引き抜き、それを捕食しに顔を出したオジロシャチの頭を、至近距離から角度をつけて貫いた。
まず一匹。
俺は再び船の中央へと戻った。
ダンならずっと立っていられるかもしれないが、この場で急旋回されると俺では振り落とされる危険がある。
「合わせる!
任せろ!」
俺の狙いを即座に察したダンは、親指を立てていった。
……いや、ラインワークで忙しいんだから、親指いらないだろ!
オジロシャチは、俺が仕留めた個体の回りを、まるでその死を悼むかのようにグルグルと旋回した後に、再び一直線に俺たちを追いかけてきた。
同じ手でできればもう一頭は仕留めたかったが、それからいくらシーファルコンを仕留めても、オジロシャチがそれらを捕食することはなくなった。
…かなり頭がいい魔物だな。
おそらく、地球のイルカやシャチと同様、言語によるコミュニケーションも取っている。
これは思った以上に厄介な事になりそうだ。
そうこうするうちにコリーダ海峡を抜け、シーファルコンの飛来は無くなった。
オジロシャチは執拗に追跡してくるが、戦略を、ぎりぎりまで水中に潜っての体当たりに切り替えた。
呼吸のために顔を出すのはかなり離れた場所で、鉄矢は放っているが当たっても刺さらない。
といって、マックアゲートの矢を使うのは無駄打ちになるリスクが高い。
海の中は索敵魔法が効かないから、索敵魔法の範囲を絞って、近場の水面に集中しているからだ。
まだ持ち応えているが、一つ操船をミスしたら、あるいは船体が耐えられなくなったら終わりだ。
俺は再び
「口惜しいが、デュアライゼを捨てたらどうだ?
全部で、1.5tはあるだろう」
俺はダンに聞いてみたが、ダンは首を振った。
「それは俺も考えた。
確かに捨てれば少しはスピードが出るが、奴らを振り切れるほどじゃない。
それよりも船の転覆を避ける重りとしての効果の方が今は欲しい」
…なるほど、ダンなら当然気が付いているとは思ったが、
「分かった。
だがこのままじゃジリ貧だろう。
威力の高い矢が5本だけある。
とりあえず数を減らそう。
そう言って、俺は右舷後部デッキに立った。
ダンならばこれだけ言えば十分通じるだろう。
俺は、左右どちらも鍛えているが、どちらかというと右手で矢を引く方が得意だ。
矢をつがえ、右舷側に浮上してくる気配に集中しながら声を出す。
水中の音は原理的にどうしても索敵魔法では拾えないので、水面の波が僅かに乱れる音や、泡の音を頼りに接近を察知する。
「スターーボーーード…ジャイブ!」
俺の合図に合わせ、右舷側からの影がわずかに水面に映るか映らないかのタイミングで、舵が急激に左に切られる。
俺はマックアゲートの矢を、船が元あった水面に向かって打ち込んだ。
水中に真っ赤な血が広がる。タイミング的に頭を潰せたはずだ。
残り4匹。
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