第93話 来客


 カラカラと引き戸が引かれ、2人組が入ってきた。


 先頭の女は落ち着き払っているが、後ろの男の表情は険しい。


 意外な事に、用心棒は表で待たせているようだ。



「何の用だ、ミモザ。

 ついこの間、『これが最後の忠告』、なんてセリフを聞いた記憶があるが?」


 歳の頃は20代半ばから後半ほどだろうか。


 いや、日に焼けた健康的な小麦色の肌と、ショートに切られた栗色の髪が若々しく見せているが、身に纏う雰囲気からして案外30は超えているかもしれない。


 その顔の小さな、中々の美人はちらりと大将を見て答えた。



「…あんたも大概頑固だね。

 意地張ってたっていい事なんてないよ。

 ま、今日はあんたに用があって来たんじゃない。

 この街にBランク探索者、『狂犬のレン』って、ヤバいやつが入って来てるって報告が協会を通じてあってね。

 この街の顔役として挨拶して、揉め事が起きる前に話を通しておかないとと思って表で待ってたんだが…

 あんまり遅いから本当に中にいるのか、確認がてら入って来たのさ」



 そういってミモザは真っ直ぐに俺を見た。


 その目には12歳のガキを嘲るような色は全くない。



 …なるほど。

 探索者協会も抱き込まれているというわけか。


 これはただの反社会的な方々ではないな。



 まぁどんな手を使ったかは知らないが、これだけの規模の街の顔役におさまっているんだ。

 ただ血の気が多いだけで務まるわけもない。



 だが、俺が『狂犬』などと失礼な渾名を付けられていることが、こんな田舎の支部まで広がっているとは…


 探索者協会のネットワークは侮り難いな。



「お、おめぇ、本当にBランクだったのか?!」


 大将が狼狽しながら聞いてくる。

 まぁ全く信じていなそうだったからな。



「あぁ俺がレンだ。

 狂犬、なんて言われる覚えは全くない紳士だがな。

 なぜ俺が銀銀杏ここにいると?」


 ミモザは肩をすくめた。


「なに簡単な話だよ。

 あんた協会で宿を紹介してもらったろう。

 それを聞いて宿まで足を運んだんだが、それらしき人物は宿で食事を頼まず外で食べに、東の方へ出たって言うから、じゃあこの港通りだろうと当たりをつけて、その辺で聞き込みをしたら、よりによって銀銀杏にそれらしき人物が入ったのを見たって情報があってね…

 この店に入れば話がややこしくなりそうだから、表で待ってたのさ」



 協会に続いて宿屋もか…


 相変わらず個人情報もクソもないな…


 まぁ日本でも個人情報の取扱いにやかましくなったのは、IT機器の発達した最近の事だ。


 期待するだけ無駄だろう。

 次からは、迂闊な行動を控えるしかない。



「なるほど。

 ところで俺の風体を見て、『本物か?』、とか『弱そう!』、とか思わないのか?

 大体はそれでバカが喧嘩を売ってきて、返り討ちにしていたら、不愉快な渾名を付けられたんだがな」


 俺が顔を顰めてそう言うと、ミモザは笑った。



「あっはっは!

 偽物はわざわざそんな事をきかないだろう。

 私からしたら、この町を平和に回すのが重要で、あんたが本物かどうかなんて、さほど重要じゃない。

 仮に偽物だったら、厄介ごとを起こしても実力で排除できるんだから、寧ろラッキーさ。

 ま、私が見たところ、あんたは本物で、実力も相応だね。

 残念ながら、人を見る目には多少自信があってね」



 そう言ってミモザは手を上げて降参のポーズを取った。


 ほう。

 顔役としての仕事は、それなりにきちんとしているという事か。



「ま、そんな訳で少し話をする時間を貰いたいんだけど…

 まだ食事中かい?

 なら終わるまで外で待っているよ」



 ほほう。

 最低限の物の道理は分かっているとみえる。



「いや、今ちょうど終わったところだ。

 で、用件は?」



「なに、小難しい事を言うつもりはないよ。

 さっきも言ったように、私としては、問題が起きなければそれでいいからね。

 外に1人腕の立つ探索者を連れてきているけど、多分アンタの方が強い。

 正直言って、この街で暴れられたら、何か手を打っておかないと、すぐにあんたを止める術がないんだ。

 差し障りがなければ、王国注目のルーキーが、わざわざこの街に来た理由を聞かせてもらえるかい?」



 ほほほう。

 先に自分達の弱みを見せて来たか。

 用心棒を外で待たしていることといい、中々腹の太い人だな。



 何らやましいところのない俺は、正直に答えた。


「うまい魚が食いたくて来たんだ。

 王都には碌な魚料理が無くてな。

 あとはそうだな。

『刀』が安く手に入るようなら購入したいが、こちらはまぁついでだ」



「刀じゃなくて、魚が本命かい?あんたほどの男が?

 まるで観光にでも来たかのように聞こえるが」


 ミモザは俺の真意を見極めるように目を細めた。

 が、探られて痛い腹などない。



「ま、一言で言ってしまえばその通り、観光、バカンスで来た。

 なにやらお宅とこちらの大将は因縁があるらしいが、そこに介入するつもりもない。

 俺は別に正義の味方ではないし、すぐにこの街を去る俺が、力で何かを解決しても何にもならないからな。

 ただし―」



 そこで俺は、ミモザとカッツォの顔を、1人ずつ丁寧に見て、宣言した。


「俺はこの大将の料理の腕を気に入っている。

 敬意を持っている、とすら言えるな。

 俺は明日もここで飯を食う。

 何があってもな。

 くれぐれも『証拠が出なければ大丈夫』などと考えて、くだらない妨害などをしないことだ。

 俺は気が短い方ではないが、俺の道を理不尽に邪魔する奴がいたら、すべて叩き潰すと決めている」



 淡々とそう告げた。


 このM&A吸収合併がどうなろうと、弱いものが食われるのは自然の摂理だから仕方がないが、その煽りを受けて、俺が大将の魚料理を食えなくなるのは耐え難い。


 頭のキレそうな人だし、ここまで言っておけば、俺がここで飯を食ったからと言って、得体の知れない何者かが店を襲撃して明日はお休み、などという事にはならないだろう。



 口を開きかけるカッツォを片手で押さえて、ミモザは唇を歪めて聞いた。


「へぇ?

 それは食事の邪魔さえしなければ、この店がうちの凪風商会の傘下に入ることは反対ではない、とも聞こえるけど?」


 大将は俺をギロリと睨んだ。


 俺は、『分かっている』という風に頷いて答えた。


「むしろ大賛成だ。

 そうすれば仕入れに問題は無くなるんだろう?

 俺はこの大将が、万全の状態で振るう仕事を堪能したい」



「テメェ〜!

 なに意味ありげに頷いて、あっさり裏切ってやがんだ!

 そこは俺の男気に惚れて、こいつらを叩き出す所だろうが!」



「え?

 だって大将はどう見ても経営に、もっと言うと政治に向いているようには見えないし、少し話しただけでも器が全然違う。

 どうせいつか負けるなら、早めに素直に従った方が、ここにいる全員が幸せだ。

 大将も万全の状態で仕事がしたいだろうし、拒絶する理由もどうせ老舗の意地とかそんなんだろう。

 それとも何か懸念があるのか?

 例えば法外な上がりを求められるとか…」


 俺は大将とミモザを交互に見ながら聞いてみた。


「ぷっ。

 あっはっは!

 支部長が、あんたが通った後は草木一本残らない、何て脅かすから、どんな危険人物かと思ってたけど、中々話が分かるじゃないか。

 …ちょうど切っ掛けが欲しかったんだ。

 今日は腹を割って話そう。

 カッツォ。

 お前ちょっとゆうき亭まで行って、魚分けてもらってきな。

 今日は久しぶりに銀銀杏の仕事で酒を飲むよ!」



 ……草木一本残らないとは?!


 俺は改めて、あのハゲをいつか泣かすとー



 ◆



 ミモザはからみ酒だった。


「あたしもねぇ〜、顔役なんて、やりたかないんだよ…

 うぃ〜ヒック。

 単純にうちの商会をでかくすることだけを考えて、銭を儲けて、でかくて強い船作って、いつか外海に出て…

 そうしたいのに、御輿に担ぎ上げられて、どこからも文句の出ないように調整調整さ。

 周りの目が厳しくて、悪どいこと一つ出来やしない!

 オマケにあんたみたいな危ない奴が街に来た、なんて呼び出されて……やってられないよ!」


 そんな事言われても…


 そもそも圧力をかけてこの店を追い込むのは、悪どい事に入らないのか?

 どんな判定基準?



「嬢。お酒はその辺で…」


 隣のカッツォがすすっと水を差し出す。


「うるさいよ!

 うぃ〜ヒック。

 れん〜。カッツォが舐めた事を言ってるよ。

 ほら、噂の『飲むか死か!ゲ〜ム』をやろう!

 あたしが負けたらあたしの事は好きにしていいよ」


 ミモザは馴れ馴れしく腕に絡みつきながら、謎のゲームを提案してきた。


 何だそのゲームは…

 聞いたこともない。


 シェルオジキのせいで、噂がどんどん独り歩きしているな…



「利き腕に絡みつくな、鬱陶しい!

 俺は食事のクオリティを上げるために酒を飲むのであって、酔うための酒は飲まない。

 ん〜!美味い!

 この海老の刺身に乗せている海老味噌の、爽やかな風味は何だ?!」



「普段は男には見向きもしねぇミモザが、何てざまだ…

『鉄のパンツ』の異名が泣くぞ。

 あぁそりゃ、ジゴの実を青いうちに捥いだのを絞った果汁だ。味噌に練り込んである」


 ねっとりと肉厚な刺身に、濃厚な味噌、そこへスダチみたいな青い酸味のコントラストが素晴らしい。



 やはり素材があると、この大将の腕は一際光るな。


「ところで鉄パンツは、何でこの頑固な大将が欲しいんだ?」


「誰が鉄パンツだ!うるさいよ!

 …単純に、私より気合いの入った男が居なかっただけさ。

 姉がシングルマザーで、可愛い甥っ子の面倒をみるのも楽しかったしね。

 ちなみに、今日はノーパン状態さ。

 お持ち帰りのチャンスだよ?

 あんたこそイチョウの腕にそれだけ惚れといて、なんで欲しいのとは、不思議な事を聞くねぇ」



「お前の目的は銭を儲けて、でかくて強い船を作る事だろう?

 大将を取った後、どこかのでかいはこにでも移動させるのかと思いきや、銀銀杏を続けさせるみたいだし…

 多少単価が高いとはいえ、こんな小さな店の売上なんて、骨までしゃぶってもお前の目的からしたら大した事ないだろ」



 酔っ払った上でのセリフだが、その『自分のやりたい事』を語る声音には嘘はない、俺は何となくそう感じていた。


 大将が手を止めた。

 おかみさんも真っ直ぐミモザを見ている。



 が、一瞬虚をつかれた様な顔をしたミモザは、唇をニヤリと歪めて話をまぜっ返した。


「これだけ女が積極的に迫ってるのに、無視かい?

 つれないねぇ。

 もしかしてD童貞かい?」


「そそそ、そんな事は今関係ないだろう!

 初対面でアルコールの魔力分解もせずに、あえて酔っぱらっている女につられるバカがどこにいるんだ!

 まずは大将を引き込みたい理由。

 次に俺に何をやらしたいか。

 さっさと喋れ、時間の無駄だ!

 俺にも旨味があれば、手を貸してやらんでもない」


 おかみさんが『間違いなくDだね』、なんて頷いた。


 ミモザはグレーの瞳を細めて、不敵に笑った。


「ふふふ。

 気がついていたのかい?

 今までばれた事は無かったんだけどねぇ。

 女は酔って男に甘えたい時もあるし、焦ったいのも好きなのさ。

 アンタみたいにすぐ核心に迫ろう入れようとするDは嫌われるから、女の焦らしに付き合う事も覚えなよ?

 ……近くサルドス伯爵邸で領主子息の誕生日パーティが盛大に行われる。

 普通はあり得ない事だけど、この地方を治めるグラウクス侯爵も出席するらしい。

 …ここに潜り込みたい」



「目的は?」



「…可愛い甥っ子の誕生日を、直接祝ってやりたいのさ」

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