第86話 夏休み


「さて、諸君らは明日から2か月ほどの夏休みじゃ。

 本来は、休みの間、気を緩ませ過ぎぬように引き締めを行うのがセオリーじゃが……

 学園入学から4か月強。

 最初のオリエンテーションの時と比べ、ここにいる誰もが、見違えるほど引き締まった、いい顔をしておる。

 ふぉっふぉっふぉっ!

 心配することは何もないの。

 後期は林間学校など、前期で養った能力を現場で発揮できる場が数多くある。

 皆がどの様に休暇を過ごし、どのような顔つきでこの教室に帰ってくるか、今から楽しみで仕方がないのう。

 健康にだけは注意すること。

 以上じゃ」



 1年前期最後のホームルームが終わり、俺たちは夏休みへと入った。


 ちなみに、一年前期の成績を上から20位まで並べると、総合順位はこんな感じだ。

 全てAクラスの生徒が独占している。


 ライオ・ザイツィンガー(ライオ)

 ダニエル・サルドス(ダン)

 フェイルーン・フォン・ドラグーン(フェイ)

 ベスター・フォン・ストックロード(ベスター)

 ジュエリー・レベランス(ジュエ)

 シャルム・ハーロンベイ(シャル)

 ケイト・サルカンパ(ケイト)

 ステラ・アキレウス(ステラ)

 アレン・ロヴェーヌ

 ルドルフ・オースティン(ドル)

 マーガレット・ステアー(マギー)

 アルドーレ・エングレーバー(アル)

 ココニアル・カナルディア(ココ)

 レジーナ・サンハート(レジー)

 ピスケス・ラヴァンクール(ピス)

 エレナ・イスカンダル(エレナ)

 パーリ・アベニール(パーリ)

 ソフィア・ブランシュ(ソフィー)

 ベルド・ユニヴァンス(ベルド)

 ラーラ・フォン・リアンクール(ララ)



 俺は入学時の総合順位7位から2つ落として9位だ。

 騎士コースでは4位のままとなっている。


 授業は真面目に聞いているが、試験の為の勉強などをする気は無いから、これからも徐々に学科の成績は落ちていくだろう。


 ちなみに興味のある、魔法理論の成績は、めちゃくちゃ勉強しているので断然トップだ。

 騎士コースでそんな奴は過去いないらしいが…


 まぁそんな事はどうでもいい。


 夏休み…何と心躍る響きだろう。


 ゴドルフェンは、何やら全員がまじめに鍛錬や勉強をするのが当然のような事を言っていたが、もちろん俺は遊びまくる。


 これまでは学園があったので、何泊も必要となるような長期の予定が組めなかったのだ。


 この機に、一人旅をしたりするつもりだ。

 目的地にもすでに目星をつけている。


 出席必須とされている騎士団の仕事があるので、さすがにずっと王都を離れているわけにはいかないが、充実した夏休みにしてみせる!


 そして、そのために重要なのは―



「アレン?

 今日こそ吐いてもらうよ?

 これまではいくら聞いても、『予定は未定の風任せ』なんてはぐらかして、そのくせ僕たちの誘いを全部きっぱりと断ってきたけれど、まさかそんな子供みたいなわくわくとした顔をして、予定が何もないなんて見え透いた嘘が通る、だなんて思っていないよね?」


 ─こいつらを、何とか振り切る事だ。


 俺は任意の1人として、アクシデントなどに見舞われながら、この王国を旅したいのだ。


 糞目立つ大金持ちのこいつらと旅行などしては、どこに行くのも顎足付きで、特別扱い間違いなし、お付きや警備が周囲をぐるりと囲んで、アクシデントなど起こりようもない。


 まだ庶民感のあるアルやココと、学生らしく目的のない旅をする、などならいいが、俺の行き先を誰かに漏らしたら、確実に面倒な奴らがセットで付いてくる。


「この場からの脱出を企んでいる顔をしていますね…」


 ジュエが俺の心中をズバリ言い当てた。読心術か…?


 フェイが一歩俺に近づく。



 俺は間合いを取った。


 まずいな…

 このゴリラ女に一度手首を拘束されたら、脱出が不可能なことは、過去の苦い経験によって、すでに立証されている。


「アレンはいるかい?」


 と、そこで実にタイミングのいい事に、廊下から俺を呼ぶ声が掛かった。


 しかもその聞き覚えのある声は…


「リアド先輩!」



 教室の入り口から、敬愛しているリアド先輩が、俺を呼んでいた。



 ◆



「やぁ友達とお話し中に悪いね。

 夏休みの予定の打ち合わせかな?

 実は、アレンにお願いがあってきたのだけど…

 忙しい君の事だ、夏休みの予定はもう埋まってしまったかな?」



「先輩が俺にお願いですか?

 もちろんOKです!夏休みの予定もがら空きで、何もありません!」


 後ろからジトっとした視線を感じるが、無視だ無視。



「あはは。

 お願いというよりは、探索者としての依頼だから、内容を聞いてから決めてくれていいよ」



 そういって先輩は、依頼内容を説明してくれた。



 王都から魔導列車と魔導車を乗り継いで12時間ほど、そこから森を分入った場所に、とある滝がある。


 その滝の壁面には、先輩が発見した新種の魔苔が群生している。


 魔素由来の薬の吸収効率を劇的に高めるその魔苔は、上級薬の素材として秀逸だが、生育速度や、その他にも群生している場所があるのかなどが不明であるため、年に2回、生育状況を確認しながら、少しだけ採取して実家に卸していたそうだ。


 だが、実家の蓬莱商会が、近頃上客向けの高級薬の素材の入手に難航している。

 その主な原因は、西の大国ジュステリアからの素材の輸入量が急減していることで、解消の目途も見えない。


 仕方がないので、市場に流通させるつもりはまだないその魔苔を、生態系に悪影響を及ぼさない範囲で調達して実家に卸すことにした。


 だがその道程は、今の季節は特に魔物が手強く、その量も多い。


 自分一人では安全確保に不安が残るし、上手く狩っても一人では魔物素材を持ち帰ることもできない。


 かといって、見ず知らずの護衛や運び屋ポーターを雇うと、魔苔の群生地の情報が洩れて乱獲されかねない。



「そこで、秘密を守れて、かつ腕もたつアレンに協力してもらえないかと考えたのさ。

 探せば他にも頼れる人がいなくもないのだけど…

 アレンには、何度も採取に誘ってもらっていたのに、忙しくてずっと断っていたしね。

 旅費や必要経費はこちら持ち。

 報酬は確定分で6万リアル。

 それ以外の、魔苔を除く素材…途中で入手した魔草や魔物素材なんかの分配は折半と考えていたけど、どうかな?

 受けてもらえるなら、アレンに協会を通じて指名依頼を出すけど」


 どう、も何もない。

 めちゃくちゃに面白そうな仕事だし、報酬もいい。


 俺である必然性はないだろうに、わざわざ俺を頼りたい理由を作って誘ってくれるあたり、相変わらず出来る男の配慮にあふれている。


「もちろんですOKです!

 わざわざお声掛けいただきありがとうございます!」


 俺は即座にOKを出した。



「やっと夏休みらしくなってきたね?

 本当はドラグーン家の別荘に連れて来いと侯爵おばあさまに口うるさく言われているのだけど、とりあえず、そのキャンプで手を打つよ。

 あ、アレンの寝袋は僕が用意するね。

 二人用で、入り口を閉めると外からは中が見えない、防音魔道具を付けた特別なやつを、ね」



「ほう。

 手強い魔物が大量に出現とは、興味をそそられるな。

 俺も同行しよう。

 信頼のできる運び屋を10人ほど家から用意する。

 どちらがより多く魔物を狩って稼げるか、勝負だな」


 フェイとライオは目を開けたまま寝言を言った。



「俺と先輩は今、探索者としてビジネスの話をしてるんだ。

 お前らみたいな素人が、遊び気分で首を突っ込むほど探索者の仕事は温くない!

 ね、先輩?」


「え、自衛できるだけの腕さえあれば、僕は別に―」


「断固反対だそうだ!

 きちんとライセンスを持っているプロと、協会を通じて契約をする。それがプロの探索者の矜持だ!」



「ふふふっ。

 残念でしたねフェイさん。

 アレンさんの寝袋は、Dランク探索者のわたくしが用意します。

 最も、私はフェイさんのように寝袋用の防音装置など持っていませんので、変な音が外に漏れてしまうかもしれませんけどねっ」


 ジュエが勝ち誇った顔でフェイに馬鹿な妄想を告げた。


「……一体いつの間に探索者登録なんてしたのかな?

 抜け駆けは良くないと思うけど」


「あら、抜け駆けなんて人聞きが悪いです。

 私は純粋に、探索者活動に興味があって探索者登録をしただけですのに。

 よろしくお願いしますね、アレンさん」


「いつ出発するのかな?

 僕は3時間以内に探索者登録をするよ。

 それなら問題ないよね?」


 こいつら本当に忙しいの?

 俺はガックリと肩を落とした。


「問題ありありだ、アホども。

 形だけ登録なんてしても、お前らが素人である事には変わりがないだろう。

 遊びじゃないんだ」


 と、そこでおずおずとココが手を挙げた。


「僕は同行していいかな?

 自衛はできるつもりだし、例の魔道具を試したい」


「おっ!

 じゃぁ俺も実家に帰るつもりだったけど、一緒に行こうかな。

 何日くらいかかる予定なんだ?」


「あぁ、ココやアルは、何度か探索者活動も一緒にして、相応に経験を積んでいるから俺は別に構わないが…」


 そういって俺はチラリと先輩を見た。


「アレンが大丈夫だと判断するなら、もちろんOKさ。

 大体行きに2泊、帰りに2泊、予備で1泊で長くても5泊6日ほどの行程を見込んでいるよ。

 ただ、報酬はどうしようか?

 さすがに3人に同じだけ出すのは少し予算オーバーかな」



「先ほどの条件でいいですよ。俺の取り分を3人で等分しますので」


「うーん…それだとさすがにアレン達が不利だね。

 じゃぁこうしよう。

 固定報酬は約束通り6万リアルを支払うから好きに分配して。

 魔苔以外の素材の利益は4人で等分、で、どうかな?

 僕としても手練れが増えれば道中の安全度が増すし、もって帰れる素材の量も増えるからね」


 俺たちはこの条件で合意した。


「それで、集合時間と場所だけど」


 先輩がそんなことを言いだしたので、俺は慌てて制止した。


「ここから先はプロとして、関係者だけで話をするべきです!

 見てください、あいつらのあの、物欲しそうな顔を!

 先輩だけが知る魔苔の情報をつかんで叩き売る気ですよ!」



「え、いや、さすがに王立学園でAクラスの生徒がそんなこと―」


「万が一に備えるのがプロの探索者です!

 さ!先輩行きましょう!

 お前ら、くれぐれも後をつけて、先輩の秘密の採取場所を暴こうなんて考えるなよ!

 では皆さん、良い夏休みを~」


 俺は先輩の背中を押して、教室を無事脱出することに成功した。


 くっくっく。


 こうやって釘を刺しておけば、流石のこいつらも、後をつけたりはしないだろう。



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