第87話 本物のBランク
翌朝。
昨日のうちに、探索者協会王都東支所で指名依頼を受託した俺たちは、王都中央駅に待ち合わせた。
「アレンは随分と、探索者らしい格好になったね。
流石王国におけるBランクへの昇格記録を500年ぶりに大幅に塗り替えた『レン』だけはあるね」
先輩が俺の格好を見て、揶揄う様に言ってくる。
俺が『レン』として探索者活動をしている事は、世話になった先輩と、共に仕事を受注するアルとココには話してある。
「ありがとうございます。
あの日、先輩について探索を経験し、先輩が協会を紹介してくださったおかげです。
まぁ俺の昇格記録は、
俺は近頃、王都の武具店、シングロードの支店長であるルージュさんに相談して、装備を一新した。
まずハニーアントの巣の駆除で無くしたナイフの代わりに、刃渡り40㎝ほどの、同じバンリー社製の極シンプルな
解体、採取はもちろん、戦闘にも十分利用可能だ。切れ味を優先した分、少々メンテナンスは厄介だが、その扱いにくさも含めてかなりのお気に入りだ。
防具は特に不便を感じていなかったので変えるつもりはなかったのだが、ルージュさんに今のあなたには初心者用の防具では性能が低すぎると心配そうに言われ、短剣をさすベルト付きのベストが動きやすく、防御力も高くお勧めだというので、進められるがままに購入した。
加えて、愛着があったので大変名残惜しかったが、ライゴの弓を卒業し、パルティアの弓という名の、複数の素材を貼り合わせて作られる
商売上手のルージュさんに、纏めて購入したほうが割引が効いてお得、なんて勧められたからだ。まぁいつかは卒業する必要があったし、試射したところ、今の俺ならこちらの方が素の弓の実力を伸ばす鍛練にも適していると感じたから、後悔はしていない。
有効射程は二百m、最長飛距離は六百mほどと、弓の性能としては約二倍になった。
その分多少扱いにくいが、ルージュさんがライゴと特性の似ているものを選んでくれたので、操作性は基本同じだ。
新装備を身につけた俺を見たルージュさんには、『B級探索者としては最低限の装備だけど、少しは格好良くなったわね、レン』なんて言われた。
俺がB級探索者『レン』だという事は、シェルのおじきが手を回してくれたおかげでほとんど知られていないはずなので、なぜ知っているのかを不思議に思っていたら、『探索者『レン』のファンですもの。こう見えて口は堅いのよ? 誰にも言わないから安心して』といって、コロコロと笑っていた。
予算は3万リアルと中々頑張ったと思うが、お会計の時に近づいてきた副支店長のルンドが苦笑いしていたので、もしかしたらこれでもかなりサービスしてくれたのかもしれない。
俺たちは朝一番の魔道列車へと乗り込んで、目的地、ダイヤルマック地方の都市、ロブレスを目指した。
◆
ダイヤルマック地方領都まで魔導列車で8時間。
そこから魔導車を借り切って車で4時間。
俺たちは地方都市ロブレスへと来た。
近くの密林や草原には資源が豊富で、中堅探索者を中心に、かなりの人数がこの都市で活動しているそうだ。
「まずは探索者協会の支部に顔を出しておこう。
危険な魔物の出没情報なんかがないか、確認しないとね。
ついでに魔物素材を持ち帰るための保存ザックを借りて、入手した魔苔以外の素材は、帰りにここで売り捌く。
用が済んだら今日は宿を取って早めに休もう。
明日は夜明け前に出発するよ」
保存ザックは、冷蔵、防腐、防臭などの効果のある、探索者にとってはごく一般的なザックで、リヤカーを持ち込めない密林など、道の悪い場所の探索に利用される。
「分かりました」
◆
探索者協会ロブレス支部は、王都とは異なり、いかにもな雰囲気を醸し出す木造の建物だった。
俺は何が起こるのかと、ドキドキとしながら戸をくぐったが、見ない顔の余所者のガキを、値踏みするような視線が一斉に集まる、なんて事はなく、俺たちは普通に受付へとたどり着いた。
それなりに大きな町で、王都も近いので、余所者なんてひっきりなしに来るのだろう。
まぁ大事な先輩からの依頼の最中だ。
無難にこなせるならそれに越した事はない。
血の気の多い馬鹿に絡まれて、たちまち喧嘩になる展開は、王都ですでに嫌になるほど味わったし。
「こんにちは〜。
僕たち王都からきて、南の森に採取に行こうと思っているのですが、何か手頃な依頼はありますか?
ついでに中型の保存ザックを2つほど借りたくて」
受付に座ってた小太りのおばちゃんは、リアド先輩を見て笑顔になった。
「あら、探索者なんてやらしとくのは勿体無い、いい男だね。
南の森は、今の時期魔物が多くて強いから、色男と坊や3人じゃ無理だよ。
悪い事は言わないから西の草原にしておきな。
ユーク草やコペル草なんかは、今とってきたら割高で買い取れるよ」
「あはは。
こう見えてもBランク探索者なので大丈夫ですよ。
はいライセンス。
後ろの彼らもそれなりに使えますしね。
いつもと違う、危ない情報は何かある?」
おばちゃんはリアド先輩のライセンスを見て目を丸くした。
「こりゃ失礼したね。
王都東支所のエース、リアド・グフーシュかい。
いやぁ、噂通りいい男だね。
うちの支部職員にも、リアド様ファンはいるよ。
時期的に魔物が多くて強いってだけだから、リアド君が大丈夫だって言うなら大丈夫なんだろうけど、一応後ろの3人もライセンスを出してくれるかい?
依頼受けるなら、パーティー登録しとくから」
俺たちは言われるがままにライセンスを出した。
「ふむふむ、アルドーレ君に、ココニアル君ね。
その歳でDランクって事は、リアド君と同じ王立学園生だね?
大したもんだ。
それであんたはー」
俺のライセンスを見て、おばちゃんは再度目を丸くした。
「……あんたが職員の間で噂になってる『狂犬』かい?
けっ!
ところ構わず暴れ回るクソガキだって話だけど、この支部で問題を起こしたらすぐつまみ出すからね!
そんな奴をBランクにするなんて、上層部は何を考えているんだか…
ちょっと腕っ節が強いからって、調子に乗るんじゃないよ!」
おばちゃんの怒声に、無関心だった探索者たちがヒソヒソと指を刺す。
…だから慣例破りのBランク昇格なんてしたくなかったのに…
とにかく釈明しなくては。
俺も行く先々の支部で、『レン様ファン』とか言われてチヤホヤ、とまでは言わなくても、せめて普通に扱われたい。
「ご、誤解です!
私は決して自分から喧嘩を売ったことなどー」
「言い訳しても無駄だよ!
あんた初対面のシェル会長に、いきなり鉄パイプで殴りかかって、ぶっ飛ばされたんだってね?
その他にも探索者が
その歳でどんなならず者だい!
うちの支部長が、シェル会長から飲み屋で直接聞き出したって話だから、知らないとは言わせないよ!」
支部内の騒めきが大きくなった。
「あんのハゲ!
また酒のつまみに、都合よく切り取った面白話を広げやがって!」
俺は改めて、あのハゲをいつか泣かすと決意し、思わず殺気を漏らした。
「ひぃ」
「……レンが探索者を満喫しているようで、何よりだよ。
とりあえず、受付の人が驚いているから、殺気を鎮めてあげて?」
「あ、すみません」
俺が気を鎮めると、受付のおばちゃんは息を吐いた。
「ふう。
早速正体を表したね。
それにしても…
あのシェル会長でも抑えきれないって噂の『狂犬』を、一言で抑えるとは、流石はリアド君、いやリアド様だねっ!
やっぱり本物は違うねぇ」
小太りのおばちゃんは、芸能人に恋する乙女の様な、うっとりとした声音で言った。
正体を表したとは実に心外だが、俺は新たなリアド様ファンの出現に気を良くして、笑顔で告げた。
「リアド先輩には頭が上がりませんからね!」
恋する乙女は急にただの小太りのおばちゃんに戻った。
「けっ!
せいぜい、本物のBランクがどう言うものか、教えてもらいな!
リアド様に迷惑を掛けるんじゃないよ!」
先輩への対応との落差がひどい…
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