第84話 初まりの五家
とある休日の朝、日課に従い正門までジョギングで行くと、そこにはゴドルフェンが立っていた。
「おはようございます、ゴドルフェン先生。
どうしたんですか?
こんな朝早く、こんな所で」
「いやなに、一線を退いたから仕方がないとは言え、毎日毎日会議会議で流石にうんざりしてきてのぅ。
たまには若者に混じって基礎鍛錬でもしようと思い立って、こうして走り出す皆の顔を見ながら、お主を待っていたのじゃ。
同行して構わんじゃろ?」
「えぇ、それはもちろん。
先生は学校以外もお忙しそうですものね」
俺たちは、学園の外周を時計回りに走り出した。
ゴドルフェンは騎士団や王宮でも仕事があるらしく、午前の授業が終わった後は、学校外へと出て行く事も多い。
噂によると、職員室の特注ソファーで仮眠を取るだけ、なんて日も結構あるらしい。
とても国の重鎮の生活とは言えない。
「生徒らには、不便をかけて申し訳ないの。
お主にも説教されたし、この部活動にも早く顔を出したいとは考えてはいたのじゃが…
歳を取ると馬力が無くていかんの。
Aクラスの生徒は毎朝の実技を見ておれば大体の事は分かるし、マネージャー達が纏めてくれておるレポートのおかげで、部員の進捗は毎日見れておるから、この部活動の事は心配はしておらんがの」
「いえいえ。
毎朝のホームルームには、欠かさず顔を出してくれておりますし、相談事があればすぐゴドルフェン先生に質問できる、というのはとても有難いですよ」
そんな他愛もない雑談をしながら、半周程走ったあたりから、徐々に坂道部の部員たちを追い抜かし始める。
ゴドルフェンの課題をクリアした今、部員たちにパワハラワードを掛けながら走る事も殆ど無くなった。
もっとも、『名誉監督の野次がなければ気合が入らない』、なんて言ってくるM体質の部員もいて、そういう奴らにはとりあえず適当な罵倒文句を掛けていたりもする。
俺はこの4ヶ月で、この学園の外周を1時間と少しほどで回れるようになっている。
部員で俺のペースについてこられる奴はいない。
いや、正確に言うと、魔力量に物を言わせてゴリ押しすれば、ライオだけはついてくるが、肝心の魔力操作の鍛錬が疎かになるので、ライオは自ら禁止している。
「……先生でも、魔力圧縮をしながら走るのは無理なのですか?」
ゴドルフェンの魔力操作の練度は流石で、必要最低限の魔力消費で、俺のペースにも楽に付いてきている。
だが、目に魔力を集中して魔力の流れを見ながら走ると、ゴドルフェンが魔力圧縮をせずに走っている事が分かる。
ゴドルフェンはこの俺の質問には答えず、意外な事を質問してきた。
「……お主は、
始まりの五家。
それはこの大陸で最も古い歴史を持つと言う、5つの貴族家。
このユグリア王国ができるよりもはるか前から、貴族家としてこの大陸に君臨していたという。
現在この大陸にある貴族家は、全てこの五家のどこかの流れを汲むとされており、まぁ日本で言うところの源平藤橘みたいなものだ。
長い時の流れにより、流石に往時の権勢を現在も保持していると言える家はあまりないが、北の帝国を支配するロザムール家などはこれに当たる。
そして、このユグリア王国にも、始まりの5家に当たる貴族家は存在する。
「ええ。
北のロザムールや、王国貴族なら『落日の侯爵家』が、それに当たると聞いています」
俺が頷くと、ゴドルフェンは続けた。
「そうじゃの。
その誇り高さから、独自の教育理念を崩そうとせず、当主一族は代々王立学園への入学を拒み、また近い血族関係にある貴族間での婚姻を繰り返しておる事もあって、徐々にその権勢を失っておる『落日の侯爵家』、ドスペリオル家。
だが今なお、その当主一族が稀に出す、魔力操作をはじめ身体強化魔法の才に溢れた人材と、門外不出の技術には、この王国は勿論、大陸中の国々から畏怖と敬意を持たれておる」
ゴドルフェンはそういってから、何かを思い出した様に顔を顰めた。
「わしはの。
先の戦争で1人の親友を失った。
ドスペリオル家の世継ぎであった、『バルディ・フォン・ドスペリオル』。
その親友が死する事になる戦地の、とある野営地で、ふと慰みに教えてくれたドスペリオル家秘伝の技術に、お主がやっておる瞬間魔力圧縮があった」
ゴドルフェンはじっと俺の顔を見た。
「……母上は訳あって生家との縁を絶っているそうです。
あまり触れて欲しそうに無かったので、その理由までは聞いていませんが。
特別な技術として教わったわけではないのですが、そんな秘伝を部活動で教えたりしたのは不味かったですかね…?」
だってそんな特別な技術だなんて思わなかったし!
「ふぉっふぉっふぉっ!
まぁ大丈夫じゃろ。
顧問であるわしも、バルディから教えてもらっておるしの。
それに、其奴に言わせると、『瞬間魔力圧縮はドスペリオルの基本にして奥義。
真似しようと思って真似のできる物でもない』との事じゃ。
実際、才のないわしには、何年鍛錬しても不可能じゃった。
王国中の才能をかき集めておる同窓生たちも、苦戦しておるじゃろう。
その鍛錬自体は無駄にはならんが、恐らく習得できる者はごくごく一部になるじゃろうの。
お主こそよかったのか?
母親の生家の秘密を、あっさり認めてしもうて」
確かに、瞬間的に魔力を溜め戻す技術は、俺が考えていた以上にハードルが高いらしい。
俺がAクラスのクラスメイトに説明してから、4ヶ月ほど経ったが、その前の身体強化のオンオフの精度を上げる事に、殆どの者は四苦八苦しており、曲がりなりにも魔力圧縮に着手できているのはダンとステラだけだ。
だが、一向に習得できる気配がない。
ライオなどは、魔力量に恵まれすぎて、逆に細やかな魔力操作を要する身体強化のオンオフの練達に、人よりも苦労している。
まぁ、あれだけの魔力量があれば、それほど細かな技術が必要だとも思わないが。
「秘密というか…
何となく言わない様にしているだけで、特に口止めされている訳ではないので、大丈夫だとは思いますが…
母方の親類とは、一度も会った事もないですし。
でも念のため、聞かなかった事にしていただけますか?
酔っ払った親父が普通に喋っていましたが、母上は余り昔の事を話したがりませんし、何だか嫌な予感がするので」
「ふぉっふぉっふぉっ。
あれほど無防備だった田舎の小僧が、少しは学んでおる様じゃの。
余りに出る杭は打たれる。
そのうちに何処かから漏れるとは思うが、わしも今はまだその話は胸の内にしまっておく方が賢明じゃと思う。
わしも、今の話は聞かなかった事にしよう」
「そりゃこれだけ痛い目に遭えば学びもしますよ…
ありがとうございます」
じじいの課題の話が大袈裟に漏れたのが、1番話をややこしくしたんだけどな…という突っ込みを、俺は飲み込んだ。
◆
ゴドルフェンは、坂道ダッシュもきっちり俺と同じ本数をこなして、寮にまでついてきた。
今日は休みだし、坂道部の皆が、どの様に生活しているのか、その目で見たいらしい。
「ふむ。
お主は涼しい顔でやっておるが、やはりかなりの強度じゃの。
お主が3年になる頃には、わしはついていけなくなりそうじゃ。
しかし、ふ〜む。
ここは変わらんが、わしがおった当時の陰鬱な雰囲気が嘘の様じゃな」
「「おはようございます、ゴドルフェン先生!」」
寮へと帰ってきた俺とゴドルフェンを、寮の前庭で素振りをする、多くの寮生が出迎えた。
だが、挨拶の後は心を乱すことなく、個別に剣や槍などの武器を持ち、一心不乱に振っている。
俺にとっては毎朝の当たり前の光景だが、ゴドルフェンは感銘を受けた様だ。
「先生もこの寮にいた事があったのですね。
俺としては、こんなに人が増える前の、静かな寮の方が気に入っていたのですがね」
俺は寮の玄関に最近設置された、それぞれの武器を立て掛けているラックから木刀を取り、いつも通りきっちり30分素振りをした。
何か思うところでもあるのだろうか。
ゴドルフェンは、近くで座禅を組んで、一言も言葉を発せずに皆の素振りを見ていた。
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