第75話 フーリの話


 嵐の予感を感じて俺が死んだふりをしている間に、新たに現れたフーリ先輩へ、各々が挨拶をした。


 先輩は、『よう!よろしくな!』

 みたいなノリで、気さくに返事をした。



 庶民出身だからか、偉そうなところはまるでない。


 ちなみに、王立学園に庶民出身の首席が出ることは、たまにある。


 受験勉強は金とノウハウのある貴族が有利だが、入学後は本人の資質による所も大きく、庶民は母数が段違いに多いからだ。



 その後手狭な庭に設けられた豪華絢爛なバーベキューセット(シェフと給仕付き)でバーベキューが始まった。



 まず開口一番にフェイがニコニコとこんな事をいった。



「さて、これだけの面子が予告なく揃った、となると、各陣営の情報部は大忙しだろうね。

 今日はざっくばらんに歓談を楽しみたいから、盗聴盗撮を防止する魔道具を設置したいけど、問題ないかな?」



 そんな大袈裟な…



「たかが学生が、実家の庭でバーベキューをするのに、機密も何もないだろう。

 話を大袈裟にするな」


 俺が呆れてフェイに言うと、フェイは笑った。



「きゃはは!

 了解だよ、アレン。

 車を使わず歩いて行く、なんてわざわざ人目を引くような事をいうから、何か意図があるのかと思っていたけど…

 報告によると、ここにいる人間の関係者以外で、すでに7名ほど付近を彷徨う怪しい影があるようだけど、今日は出血大サービス、という事だね。

 対策をしないと、帰る頃には怪しい影は10倍に膨れ上がっていると思うから、王国中の諜報機関の集会を記念して、皆んなで記念撮影でもしよう」



「……まぁ取り越し苦労だとは思うが、念のため設置すればいいんじゃないか?

 ね、姉上?」



「え、うん。

 それは別にどうでもいいけど…

 それより女の子たちとアレン君の関係はー」



「もちろん、唯のクラスメイト以外の何者でもありません!

 ところで寡聞にして存じないのですが、フーリ先輩は有名人なのですか?」


「フーちゃん?

 さぁ、優秀な研究者だから有名なのかな?

 私そういうの詳しくなくて…」



 俺が必死に話を逸らしている間に、フェイが手を叩くと、たちどころに四角い箱が庭へ運び込まれ、スイッチが入れれると『ブーン』という音を発しはじめた。


 その瞬間、癖で発動させていた索敵魔法がほぼ使えなくなった。


 …これは対策が必要だな。



「これでやっと落ち着いて話せるね。

 …それにしても相変わらずアレンは、地政学上の貴族家なんかには驚くほど詳しいのに、個人の話となるとからっきしだね?


 王立学園の第1123期の首席卒業生、『孤高の学匠』、フーリ・エレヴァート。

 今この王国の若手魔道具士の顔ともいえる、超有名人だよ?

 同時に優秀な魔法技師でもあり、人気モデルでもある彼女にコンタクトを取りたい人間は、星の数ほどいる。


 けど、『人間嫌い』として有名で、公的なパーティーや貴族の催しには一切出てこない。


 王立学園にあってすら突出していたその才能で、Aクラスの同級生ですら『凡百』と切り捨てた逸話は有名だよ。


 もちろんドラグーン家として何度も依頼した会談の申し込みは、全て断られている。

 その先輩が、まさかこんなにあっさり現れて、気さくに挨拶をしてくれるだなんて、はっきり言って僕も理解が追いつかないんだけど…


 こんな所で大体ご紹介はあっているかな?先輩」



「あっはっは。

 過分な評価を頂いて恐縮だね。

 まぁ私も学園生の時はとんがっていたからね。

 若さに任せて、周りに随分酷い事を言ったものさ。

 でも、別に同級生を見下していた訳でも、人間が嫌いだった訳でもないよ。

 ただ怒っていたのさ。

 本来この場Aクラスにいるはずの人物が、自分のせいでここにいない、その事実に耐えきれなくてね」


 そういって、フーリ先輩は真っ直ぐ姉上に目を向けた。


 姉上は、ぷくっと頬を膨らませて抗議した。


「もぅ。それはフーちゃんのせいじゃないって言ってるでしょ?

 そんなことより、女の子たちの認識も、唯のクラスメイト、って事で問題ないよね?」


 姉上は俺の言葉を信じず、女子チームに裏取りし始めた。


 …非常にまずい展開だ。


 ケイトはともかく、残りの2人が何を投入するかが全く読めない。


 俺は先程、唯のクラスメイトと説明した。


 供述に食い違いが発生したら、すぐ俺に向かって鉄拳が飛んでくるだろう。


 俺は慌ててフーリ先輩の話に飛びついた。


「えぇっ!

 先輩と、姉上がやらかしたレッドカーペット事件に、いったい何の関わりが?!」



「レッドカーペット?

 あぁ、一部では、あの事件をそう呼んでいるんだったね。

 家族に言ってないって聞いてたけど、弟君はもう知ってるんだ?

 私も誰にも話してなかったけど、もう話してもいいのかな?」


 フーリ先輩は姉上に問いかけた。


「もうバレちゃってるから、別にいいんだけど、そんな事より女の子たちにとってアレン君は唯のクラスメイトでいいんー」



 ◆



 ローザの許可を得て、フーリは事の顛末を話し始めた。



 あの日、足切り芝生で待機している間、私とローザはたまたま仲良くなって、魔道具の話なんかをして盛り上がっていてね。


 そこへあのエンデミュオンのバカどもが、絡んできたんだけど…


 最初、肩がぶつかったとか因縁をつけられて、絡まれたのは、実は私だったんだ。


 当時の私は何とかCクラスに合格できる位の実力しかなくてね。

 しかも、魔道具士として立つために、何としても王立学園卒業の看板が欲しい、なんて合格に拘っていた。


 しかも庶民だから、侯爵家の威光に萎縮して、妾になれ、なんて理不尽に迫られても、余り強くは出られなかったんだ。


 そこで毅然とした態度で間に入ってくれたのがローザさ。


 …後から思うとあのクズは、私とローザ、どちらも獲物にしていたんだろうね。


『引っかかった』みたいなゲスな顔で、『じゃあ友達のお前も連帯して、責任を取れ』、なんてローザにしつこく迫ってね。


 ローザは雰囲気がおっとりしてるから、強引に迫れば何とかなる、と思ったんだろうね。


 そこから先は知っての通りさ。


 一瞬でそのバカの鼻の骨を粉砕したかと思うと、バカの強引な振る舞いが周りから見えないように、ニヤニヤとした顔で取り巻いていたエンデミュオンの奴らの顔面を、まるで舞でも舞っているような軽やかさで次々に粉砕していってね。


 今でも脳裏に焼き付いているよ。

 あのたった2分間ほどの美しい舞、はね。


 全てが終わった後、両の手と靴を真っ赤に染めた、ローザの真っ白なブラウスには、一滴の返り血もなかった。


 目の前で起こった事なのに、現実だとは信じられなかったよ。


 その後ローザは、悪戯がバレた子供みたいな顔で舌を出して私にこう言ったんだ。


『折角仲良くなれたのに、ごめんねフーちゃん。

 私短気だから我慢できなかったよ。

 でも、この子たちは全員顔の骨の粉砕骨折で、試験が受けられる状態じゃないから、学園で会う事はないからね』


 そう言って試験を辞退して、振り返りもせず、軽やかな足取りで帰っていったのさ。


 …いくら鈍感な私でもわかるさ。


 ローザは、私が学園に入って困らない様に、徹底的にやってくれたんだって。


 受ければ絶対合格すると分かってたろうに、初めて会った名もない庶民のために、栄光の王立学園合格を蹴ってくれたんだって。


 その上で、私が気にしないように、気丈に振る舞ってくれたんだって。



 その後、何とか連絡先を調べて、ローザに謝罪の手紙を出した事から、主に研究内容に関する意見交換なんかで文通するようになったんだけど、すぐに私は確信したよ。


 この子の魔道具士としてのセンスは、私なんて足元にも及ばない、天才だって。

 そこへあの身体強化魔法のセンス。

 可愛い顔に似合わない、信じられない度胸。



 ……私は自分が許せなかったよ。


 もしローザがいたら、間違いなく王立学園首席の座はこの子のものなのにって。


 あの時私に、先にあのバカを殴る根性があれば、ローザには輝かしい未来があったのに、自分が奪ってしまったって。


 だから、死に物狂いで3年間努力して、私が首席の座を取った。


 そして、2年への進級時にAクラスへと上がって、3年への進級と同時に成績が学年1位となった時に、次は1位の座を庶民から奪い返す、なんて息巻いていたクラスメイトに言ってやったんだ。


首席の座ここは凡百がいていい場所じゃない』、ってね。


 それは私も含めて、という意味だったんだけど、それが曲解して伝わった結果、クラスメイトを見下しているとか、孤高だとか呼ばれるようになった、というだけのことさ。


 真にこの座にふさわしい人間は、ローゼリア・ロヴェーヌ1人だけ、そう叫びたかったけど、ローザからも学校からも、事件の事は口止めされてたからね。



 そんな事もあって、私は去年ローザが上級学院に進学して、自分の人生を取り戻してくれるまで、ちょっと荒んでてね。


 人間嫌い、なんて呼ばれるようになったのさ。


 ま、有象無象からの誘いを断るのに便利だから、今でもそれで通しているけどね。




 …ずっと誰かに話したかった。


 だから今日、ローザが目に入れても痛くないほど可愛がっている弟君に話せて、少しは胸のつかえが取れたよ。


 あの日の後悔が消えることはないけどね…



 そう言ってフーリは、話を終えた。

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