第74話 再会(2)



 瞬く間にバーベキューセットが準備され始めた横で、続いてアルが自己紹介をする。



「俺はエンデュミオン侯爵地方出身のアルドレード・エングレーバーです。

 アルって呼んでください。

 ローザさんの王立学園入試の時は、エンデュミオン地方が迷惑をかけちゃって、申し訳ありませんでした」



 姉上は案の定、入試と聞いても、まるでピンときていない様子でキョトンとしていたので俺が補足した。



「姉上、王立学園の入学試験で他地方の生徒を60人以上病院送りにした後、試験を辞退した件ですよ。

 それぐらいは覚えているでしょう」


 俺の言葉を聞いて、姉上はみたび『あっ』といって、目を泳がせた。


「なな、何のことかなぁ〜?

 お姉ちゃん分からないなぁ〜」


「はぁ…

 まぁ別に問題になってないみたいなのでいいんですけどね…。

 ちなみに、母上はその事を知っているんですか?」



 姉上は途端にしょぼんとした。

 感情が全部丸出しだ。



「お母様は、多分知ってるよ。

 帰って、足切りで落ちたって言ったら、『ローザ?私に何か言わなくてはいけない事は無いですか?』ってすんごい顔で詰められたから。

 あんまり恐いからつい誤魔化しちゃって、暫くビクビクしながら過ごしていたんだけど、その後は何も言われてないから、セ〜フ」


 姉上は、母上そっくりに、口元を少女のように綻ばせた。


 …まぁそれなら、あの母上が把握していない訳はないな。


 きっちり裏を取って、母上の基準でセーフお咎めなしと判断したんだろう。


 俺の基準ならアウトもアウトだが、独特の価値観を持っている人だし。



「ふっ。

 それだけの事件を起こしておいて、詳しい話も聞かずに放置とはな…

 アレンの母親も、どうやら普通の人物では無いようだな?

 俺はライオ・ザイツィンガー。

 ライオと呼び捨ててくれていい、ローゼリア先輩」


 ライオは何故か嬉しそうに自己紹介をした。


 友人の母親が、普通じゃないと知って喜ぶとは、一体どういう神経をしてるんだ?



「私はアレンさんとクラスメイトの、ジュエリー・レベランスと申します。

 その、アレンさんは本当に一度もこちらに帰っていないんですか?

 いくら子爵家とはいえ、普通はそれなりに家への報告などを求められると思いますが……」



 ジュエが俺が帰っていないのかを確認すると、姉上は頬を膨らませて俺を睨んだ。


「ホントだよね!

 アレン君は薄情者だよ…!

 合格発表の日に、きっとアレン君なら受かってるって信じてたから、沢山お祝いの準備をしてお家に帰ったんだけどね。

『受かったから寮に入る』、なんて殴り書きの書き置き1枚を残して家には誰もいなくてね。

 その後は何度手紙を書いても、一度もお返事すらないんだよ?

 仕送りも取りに来ないから、こっちは心配しているのに」


 姉上はプンプンと怒った。

 かと思えば、目にみるみる涙を溜めて、また泣き始めた。


「ホントに…

 アレン君はもう、家族に会う気は無いのかと思ってたよ…

 ぐすっ」



 全員からの、犬畜生おれを睨みつける視線が痛い…


 ケイトなど、『クズね』と、真面目な顔で俺を見てウンウンと頷いている。



 確かに姉上の危険度を肌で感じていない人間が、そこだけ聞くと、客観的に見て悪いのは俺だろう。



 …言いたい事はあるが、この流れに逆らうほど俺はバカじゃない。


 ささいな言い争いが、兄弟喧嘩に発展した事は何度もある。


 姉上のおっとりとした雰囲気に、皆が緊張感をほぐしているが、俺は騙されない。


 先程からの情緒不安定な感情の浮沈からしても、姉上の体内には4ヶ月間蓄積された、鬱屈した感情が渦巻いており、ふとした事で、全てを壊滅させる破局噴火を迎える事は火を見るよりも明らかだ。


 こいつらからどう思われるかなど、この際どうでもいい。

 バーベキューの具にされるのだけは、何としても避ける。


 チラリと横目で、ドラグーン家のコックが次々に肉を刺している金串を確認した俺は、全面的に非を認めることにした。



「すみません姉上。

 尊敬する姉上の顔を見ると、甘えが出てしまうと思いましたので…

 あえて!

 苦渋の決断でしたが、顔を見せずに今日まで来ました。

 仕送りも、出来れば自分で金を稼ぐ修行をしたくて、敬遠していました。

 ですが、学校生活にも少しは慣れました。

 これからは甘えが出ない程度には顔を出そうと思います。

 姉上にはご心配をお掛けしました」



 俺の殊勝な態度に、チョロいアルなどは『なるほど、アレンにも考えがあったんだな』なんて頷いたが、姉上はプイッと顔を横に向けた。


「ふんだ。

 貴族学校にも何度も遊びに来てって誘ったのに、一度もこなかったじゃない。

 アレン君の言葉は、もう信じませんよーだ」


 年甲斐もなくあっかんべーなんてしている姉上を、皆が微笑ましそうに見ている。



 呼吸が止まる程の緊張感を感じているのは、どうやら俺だけらしい…



 最後に残ったケイトが自己紹介をした。


「私はケイト・サンカルパ。

 皆と同じ1年Aクラスです。

 ところで、随分と弟さんを慕っていらっしゃるんですね?

 私にも弟が1人いますが全然話さないから、仲が良くって羨ましいわ。

 おほほほほ」



 井戸端会議のおばはんよろしく、妙な探りを入れたケイトに、姉上は笑顔で答えた。



「ほんと、アレン君は小さい時から可愛くってねー。

 随分可愛がってきたはずなのに、どうしてこんなに薄情な子に育っちゃったのかなぁ〜?

 優しくしすぎた、かな?」



 姉上は、感情と体をゆらり、と、ゆらして俺の方へ笑顔を向けた。


 思わず間合いを3歩取る。


 姉上は悠然と、きっちり3歩、間合いを詰めた。


 そこへ、救いの手が差し伸べられた。


「こんにちは〜!

 おうおう、生きの良さそうな若者がたくさんいるねー?

 どれがローザの弟君かな?」



「あ、フーちゃん!

 随分早かったね?

 ちょうど今から、アレン君と久しぶりに、じゃれあおうとしてたところだよ」



 俺は救いの神様、仏様、フー様の元へ一目散に駆け寄って、気合のこもったお辞儀をした。



「はい!

 私がローザ姉上の不肖の弟アレンです!

 いつも姉上がお世話になっています!」



「あっはっは!

 これだけ派手な噂を王都に撒き散らしておいて、随分と腰が低いな?

 私はフーリだよ。

 今日はよろしくね」



 フーリさんは、緩いウェーブがかかった明るい茶髪をオールバックポニーで纏めており、両サイドの前髪をぱらりと流した美人さんだ。


 男はもちろん、女性にもモテそうなスラっとした高身長のスタイルに、ダボっとしたスウェットとパンツという出立ち。



 姉上の学校の友達と言う事は、かなりのエリートのはずだが、それっぽさは感じない。



「……ここで、人間嫌いで有名なフーリ・エレヴァート先輩のご登場とはね……

 考えられる中で1番意外な人物だよ。

 今日は楽しくなりそうだね。

 アレン?

 いつまでも美人に鼻の下を伸ばしてないで、さっさと僕のことを紹介してくれない?」



「20年ぶりに、庶民出身ながら王立学園を首席で卒業した、あの『孤高の学匠』、フーリ・エレヴァート先輩ですか…

 魔導動力機関を大いに進展させたアシム・エレヴァートを父に持つ天才魔法技師にして、女性向けファッション誌の表紙を飾る人気モデル…

 また手強いライバルの登場ですね…」



「へぇー?

 地味な顔してモテモテじゃないか、弟君。

 流石ローザの弟だけはあるね。

 ま、私なんてローザに比べたら凡百の1人だけどね」



「えっ!

 ……アレン君?

 まさか2人の女の子を誑かしている訳じゃないよね?

 もしどちらかとお付き合いしているのなら、それなりの紹介の仕方があるはずだけど……

 何もないって事は、唯のお友達……

 そういう事でいいんだよね?

 彼女にうつつを抜かして、私に会いにくるのを忘れてた、なんて事ないよね?

 あれ? お返事は?」



「そそそ、それはどう言う意味でしょう?

 やはりローゼリア先輩は、弟のアレンに特別な感情を?

 なーんて。おほほほほ」



「何だか盛り上がってきたな、アレン!

 アレン?

 …大丈夫か、

 息してないぞ?」


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