第76話 お掃除とBBQ(1)


「…盗聴防止魔道具を設置しておいてよかったよ。

 ようやく関係貴族との面会が落ち着いてきたのに、また1日に何度もディナーに出なくてはならなくなるのはごめんだからね。

 …で、何でアレンは、自分でお肉なんて焼いているのかな?」



 俺は話が長かったので、途中でシェフから金串を受け取って焼いていた肉をひっくり返した。


 シェフは、『わたくしが焼きます』と言ったが、丁重に断った。



「人に焼いてもらうバーベキューなど、バーベキューではないからだ。

 バーベキューには、味よりも大切なものがある」



 大切なのは絶妙な火加減ではなく、自分で焼くという行為そのものだ。


 加えて、慣れない調理を皆にやらす事で、先ほどの方向に話が蒸し返すのを避け、話題の方向性を誘導する、という狙いもある。



「またいつもの、よく分からない拘りだね。

 で、最愛の弟は、話の裏側を聞いてどう思ったのかな?」



 こいつらはまるで美談でも聞いたような、感動した顔をしているが、俺から言わせたらちゃんちゃらおかしい。



 単にムカついて殴っただけに決まっているからだ。



「感想と言われても…

 フーリ先輩は気にされているみたいですが、気に病む必要は全く無いと思いますよ?

 ムカついたから殴った。

 別に王立学園に拘りもないから、さっさと帰った。

 それだけでしょ?姉上」



 俺が姉上に確認すると、姉上はうれしそうに笑った。



「うふふ。

 さっすがアレン君!

 私の事よくわかってる〜

 フーちゃんにも、何度もそう説明しているのに全然信じてくれなくて、困ってたんだ〜」



 それを聞いて、フーリ先輩は、一瞬キョトンとして、ついで目に涙を浮かべながら大笑いした。


「あっはっはっ!

 今日君に会えてよかったよ、弟君。

 今の君の言葉で、私は少しは自分の事を許すことができそうだ。

 動力関係の魔道具や、魔法技師に困ったら相談においで?

 お姉さんが、何でも相談に乗ってあげよう」



 そう言ってウインクした先輩は、こう付け加えた。


「だって王立学園の合格をふいにしておいて、ドラグレイドの貴族学校なら実家から近いから、弟が遊びにきてくれるかもしれない、むしろラッキーなんて言われて、信じられるわけがないでしょ?」



「うふふ、やっと信じてくれたね!

 ……結局アレン君は、1度もドラグレイドには遊びに来てくれなかったけどね…

 で、女の子たちにとって、アレン君はただの友達なの?」



「そそそ、それはやっぱりちょっと仲が良すぎるような?!

 やはり特別な存在なんでしょうか?

 おほほほほ」


 話はブーメランの如く、ピッタリ元の位置へと返った。



 ◆



「兄弟そろって、王立学園の事を一体何だと思っているのかな?

 全く恐れ入るよ。

 姉君の期待に応えられなくて悪いけど、まだ僕とアレンは唯のクラスメイトさ。

 今はまだ、ね」


 フェイはライオンを思わせる、瞳孔の開いた目で、姉上を挑発するようにいった。


「私も何とか特別な1人になる為に、鋭意努力中ですわ、お姉様。

 アレンさんの初めての人は私、そう決めていますので」


 ジュエもフェイに負けないほどキマッた目で、どストレートに宣言した。



「バカかお前ら?!

 少しは空気をー」



 俺が慌てて静止しようとすると、姉上から鉄拳が飛んできた。


 身体強化で顔面をガードしたが、鮮血が飛び散る。


 相変わらず、魔力を込める予備動作が全くない。



「あれ?

 アレン君、今のも止められないなんて、女の子にうつつを抜かして弱くなっちゃったんじゃない?

 アレン君の言葉は信用できないし、今は女の子同士でお話をしてるから、口を挟まず待っててね」



 そう言った姉上は、家の中へと2人を誘った。


 そして、玄関で固まった。


「すごい臭いだね…

 一体何の実験をしたら、こんな腐乱臭が漂うの?」


 フェイが鼻をつまんで言った。



 俺はため息をついた。


「はぁ。

 それは実験じゃなく、ただ姉上がずぼらなだけだ。

 生ゴミすら捨てないほどにな。

 さ、マネージャー。

 出番だぞ?」


 俺はケイトの肩を叩いた。


「……何の出番よ」



 ◆



 その後、全員で一斉に家の窓を開けて、掃除をする事になった。


 姉上は自分でやると言ったが、掃除が大の苦手な姉上がやったんじゃ、日が暮れても終わりっこないと俺が断言したら、そうなった。



 男が1階のキッチン、リビングダイニング、浴室、トイレ。

 女性陣は姉上の私室や寝室などがある2階だ。


 フェイやジュエが、待機させている侯爵家の人間を使って片付けさせようとしたので、慌てて止めた。


 ど田舎の貧乏子爵家如きが、2つの侯爵家の人を使って家の掃除など、とんでもない。


 万一話が漏れたらどうなるか…

 貴族社会そのものに喧嘩を売っていると捉えられかねない。



『その意見は分からなくもないけど、なんで僕達に掃除させるのはいいのかな?

 まぁ別にいいんだけどね』

 なんて言いながら、フェイ達はキャアキャアと楽しそうに2階の掃除をしている。


 大量の虫でも出ているんだろう。



「すまんな、アルはともかく、公爵家のライオに腐った生ゴミの処理なんてさせて…」


「…いや、何で俺はいいんだ?!」


 すっかりいじられキャラが板についてきたアルを無視して、ライオは答えた。


「別に構わない。

 ソーラの朝食で、臭いに対する耐性はかなり鍛えられた。

 一般寮に移って、自分で部屋を維持管理するようになり、いろんな発見があった。

 工夫の余地が大きい掃除は、気に入っている家事の一つだ。


 …普通、俺が友人宅に行くと、親やら付き人やらが少しでも接点や情報を得ようと半分は揉み手、半分は監視状態で近くにいるからな。

 このように子供だけで家で遊ぶ、というのは新鮮だ。


 そして、いくら子爵家とはいえ、家がこんな状態になっているにもかかわらず、家事代行も入れずに子供が放任され、にも関わらずその子供はひとかどの人物、という事も、俺にとっては驚くべき新事実だ。


 つまり何が言いたいのかと言うと、今の状況は一生に一度、あるかないかの貴重な経験が出来て、幸運とさえいえるという事だな」


 ライオは、シンクにこびり付いた石油のようにドス黒いヌメリをこそぎ落としながらニヤリと笑った。


「……馬鹿なの?」


「ふっ。

 まぁこの環境が当然だと思っている、アレンには理解できんだろう。

 ところで、さっきのローゼリア先輩の拳は、アレンなら避けられただろう?

 なぜ受けたんだ?」



 …流石にライオなら分かるか。



「俺が姉上の手紙を無視し続けた結果、かなり怒っている様子だったからな。

 最低1発は受けなければ、姉上の気持ちも収まりがつかないだろう。

 ちなみに、あの拳は誘いだ。

 ガードしても避けても、その次に本命の重いのが来る」


 俺がライオの問いに答えると、階上から声が降りてきた。


「へぇ〜、私アレン君に踊らされちゃったんだ?

 立派に育ってくれて、お姉さんは嬉しいよ。

 久しぶりの再会にしては、ちょっとスキンシップが足りないと思ってたんだよね。

 さ、遊ぼ?」


 しまった、フェイが持ち込んだ索敵防止魔道具が高性能すぎて、家の中でも全く魔法による索敵が効かなくなっている事を忘れていた…


 最悪な事に、姉上が階下に近づいている事に気が付かず、先ほどのセリフを聞かれてたようだ。



 俺が顔を引き攣らせていると、ライオがニヤリと笑って割って入ってきた。


「俺と遊んでくれ、ローゼリア先輩。

 ストレス発散のお手伝いをしよう」


 これには流石の姉上も驚いたようだ。



「ええ?!

 確か、ライオ君だっけ?

 私手加減下手だから無理だよ。

 よその子にお掃除を手伝ってもらった上に、怪我までさせちゃ、親御さんに申し訳ないし」



「いえ、むしろ掃除の駄賃と思って、ぜひ頼みたい。

 王立学園を首席で卒業したフーリ先輩が、天才と呼ぶ人の体術がどの程度なのか、体験できる貴重な機会はそうない。

 無論、何かあっても責任を問わない事は、このライオ・ザイツィンガーの名にかけて誓おう」



 姉上が困惑顔で俺の方を見てきた。


 …まぁライオなら、そこまでの大怪我をする事も無いだろう。


 元々、俺が殴られる分をいくらかお裾分けするための、人身御供のつもりでこいつらを連れてきたわけだし。


 特に俺がタンク殴られ役を期待して連れてきた本人ライオが、殴られたいって言っているなら問題ないか?


 うん、問題ない気がしてきたぞ!


 よし、俺のツケの支払いは、ライオと割り勘だ!



「姉上、俺はこいつにいつも負け越しているから、それほど心配は無いと思いますよ」



「え!そうなの?!

 アレン君がねぇ〜

 じゃあ少しだけー」



 そう言って姉上はいきなり階段からライオに向かって飛び掛かった。


 先ほど俺が庭で受けた拳よりもいくらか鋭い。


「ぐお!」


 ライオは何とか避けたが、体勢が完全に崩されている。


 姉上相手に、ああなったらお終いだ。


 姉上はライオの後ろに着地すると同時に、流れるような下段の後ろ回し蹴りで、ライオのくるぶしの指一本下の辺りを、両足同時に払った。


 相変わらずの神業だ。


 不十分な態勢であそこを払われると、ライオの身体強化の出力など関係ない。


 横向きに、どうと倒れるライオの右頬と、床を挟み込むように姉上の拳が捉えた。



 ライオはなぜ自分が倒れ、鼻血を流しているのか、全く理解ができていないのだろう。


 呆然としている。



 しかし流石は姉上。


 ホントに寸止めとかなしでぶん殴るのね…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る