第71話 探索者の酒場(3)


 俺が一体いくらの支払いになるのかと頭を抱えていると、おやっさんは言った。



「まぁ、この店はそれほど高え酒がある店じゃねぇし、店が空っぽになるまで呑んでも、せいぜい5万リアルってところだろ。

 先行投資として諦めるんだな。

 無くした装備も、おめぇの腕を考えると、替え時はとうに過ぎてるだろうよ。

 一つの装備に熟達するのも大事だが、それはもう少し長く使える、それなりの物を買ってからの方がいい。

 お前みたいに成長が早い奴は、替え時を間違えやすいから気をつけろ」



 大金がいきなり半分消えた…


 だが、おやっさんのいう事はもっともだ。

 これで俺が、引いては『りんごの家』が舐められる事は、さらに少なくなるだろう。


 そうなれば少しは仕事がしやすくなるはずだ。



 あのナイフ自体は気に入っていたが、やはり本来の目的が植物採集用だけあって、解体に不便だし、剣としても使える、もう少しリーチのある物が欲しいとは思っていた。



「分かりました、贔屓にしてる武器屋さんに相談してみます」



 ◆



「ところで、お前何でランク上げねぇんだ?

 金がねぇなら高ランクの依頼を受けた方が、稼げるだろ?」



「え?

 よく俺がランク上げたくないって分かりましたね…

 理由は2つあって、低ランクの依頼も色々経験したかったのが1つ。

 もう1つは、俺に関する大袈裟な噂が街に広がってるみたいで、慣例を破るようなランクの上げ方をして、妙な噂に拍車を掛けたくないってのが理由です」



「そりゃ分かるさ。

 サトワの話を聞いて、俺はおめぇに目をつけてたからな。

 指名依頼を出してこの目で確かめる為に、薬草一本引っこ抜いて来るだけでランクを上げろって指示したのに、ちっともランクが上がらねぇ。

 騎士団に仮入団したって聞いたから、そっちに取られちまったかと思ってたんだが…

 庭でロウヴァルチャーの解体をガキどもにやらせてたし、あえて依頼にかからないようにしてるんだろ?」



 あれ?

 この口ぶりからして、おじきは協会職員なのか?


 しかし…また出どころはサトワか…

 どれだけ口が軽いんだ…


「オジキ、協会の職員もやってるんですか?

 あのサトワって人が、どうも大袈裟に噂を広めてるみたいで、参ってるんですよ。

 会長以外には喋らない、なんて言ってたくせに」



「何だ、まだ聞いてなかったのか。

 こいつが探索者協会の会長だぞ?」


 横で聞いていたおやっさんは、平然とした顔で衝撃的な事を言った。



「えぇ?!

 こう言っちゃ何ですが、そんな偉い人にはとても見えないんですけど!

 自分のお金の管理も出来ない人が、会長なんてやっても大丈夫なんですか?!」



「だっはっは!

 ダメに決まってんだろ?

 めんどくせぇ仕事は、全部優秀な副会長に丸投げだから、俺は荒事専門だ!


 まぁそんな訳で、サトワからは詳細な報告を受けている。

 その上で、ランクを上げろって指示したのも俺だ。


 ついでに、面白い話があるって酒場で喋りまくったから、サトワのところに上級貴族が情報収集に押しかけてきて、断りきれなかった、なんて言ってやがったな!

 だっはっはっ!いてっ」



 俺は思わずおじきの禿頭を叩いた。


 

「おじきが全ての元凶じゃないですか!

 ホント勘弁してくださいよ!」



 と、そこに途轍も無く食欲をそそる香りを放つ肉が、馬鹿でかい台車に乗せられて運ばれて来た。


 米俵の様にデカい肉は、どう見ても60kgはある。

 この人達はこれを4人で食うつもりなのか?!



「焼けたよ!

 楕円のは背中の肉リブロース、丸いのが尻尾テール、骨つきがお腹の肉友ばらだよ。

 頬の肉は生憎少ししかなくてね。

 誰が食べるんだい?」



「そりゃ今日はレンの奢りだし、そもそも女王を仕留めたのもレンだ。

 俺らは何度も食ってるからレンに取ってやってくれ」



 くそう。

 こう言われると、文句が言い難くなるな…


「あいよ。

 坊やは初めてだろう?

 全種類取ってあげようかね」



「ありがとうございます」



 パンさんが切り分けてくれている間に、おじきがギロリと睨んで続けた。



「でだ。

 まぁもう大体の器は見れたから、無理に上げるつもりもねぇけどよ。

『りんご』にいるなら、リンドに言えば連絡もつくしな。


 だがお前の戦闘技能は、すでにBランクパーティーに入っても全く遜色ないレベルにある。

 索敵を担う斥候担当なら、Aランクパーティーでも引く手数多だろう。

 強さだけが全てじゃねぇが、最低でもCランクくらいを付けとかねぇと、さっきの喧嘩じゃねえが、色々無理が出るぞ?

 協会としても、上のランクに行くほど人手がたりねぇから、お前を遊ばせとくのは勿体ねぇ」



 おじきは早くランクを上げろと言いたいんだろう。



 俺は実は、この2ヶ月の間に、FからDまでの低級の依頼を結構こなしていた。


 アムールとロイの兄貴、アルとココと臨時パーティーを組んで、皆を隠れ蓑にした形だ。


 今俺はEランクなのだが、D級への昇格条件に、Dランク相当の依頼の単独達成、またはパーティーのリーダーとして達成がある事を逆に利用している。


 あの東支所のおばちゃんに、『ルールだから』の一点張りでやり込められたので、逆に昇格条件をきちんと確認して、例えサトワが手を回していても、昇格条件を満たさない様に調整していたのだ。


 まぁもうある程度は満足したし、金がネックでやりたい事を我慢しているデメリットの方が大きくなってきた。


「うーん、そろそろC級位までなら上げてもいいんですが、また変な噂が立つと困るんですよね…

 何かいい方法は無いですか?」



「あるぞ?

 あまり知られてないルールだが、相応の理由があれば通り名で探索者登録ができる。

 許可を出すのは俺だから、『レン』で登録すればそう騒ぎになる事も無いだろう。

 一応、『レン』と、『アレン・ロヴェーヌ』が繋がらないように口止めもしといてやろう。

 完璧じゃねぇだろうがな」



 なんと!

 それは助かるな。

 サキさん以外には極力ライセンスを出さないで済むよう配慮していたが、それも面倒なことこの上ないし。



「分かりました。

 じゃあC級までは上げようと思います。

 どうすればいいですか?」


 おじきはニヤリと笑った。


「俺の方から話を通しておいてやるから、本部にライセンスを持ってこい。

 今日のハニーアントの巣の駆除を依頼扱いにしておいてやるから、それで昇格条件は達成だ。


 さ、小難しい話は終わりだ!

 食って呑むぞ!

 おう、おめーら!

 レンが弓で仕留めたハニーアントの女王の蟻蜜で焼いたロックリザードのステーキだ!

 欲しいやつは取りに来い!」


 このおじきのセリフに、物欲しげに見ていた他の客は歓声を上げた。



 ◆



「ほら、熱いうちに食べな!」


 パンさんが取り分けてくれた4種類のステーキは、いわゆる照り焼きの様な艶を放っていた。


 俺はまず、リブロースをナイフで切り分けて、口に放り込んだ。


 その美味さは衝撃的だった。


 俺は初めて、この世界の料理に感動した。


 蟻蜜焼きは、名前から想像していた、甘ったるい味付けでは無かった。


 地球のものよりもスパイシーな胡椒、唐辛子系の強い辛味、そして香草ハーブなどが練り込まれた赤茶色の、パンさん曰く『秘伝のタレ』の強烈なパンチを、蟻蜜の濃厚な甘みがマイルドに纏めている。


 ロックリザードは本来、筋張った肉質らしいのだが、ハニーアントの蜜を擦り込んで焼くと、肉を劇的に柔らかくする効果があるらしい。


 リブロースの細やかな肉質、上品な風味と複雑なタレの風味の全てが渾然一体となって口の中で蕩けていく。おやっさんはこればかり食べている。


 テールには脂身がほとんどなく肉肉しいが、とろけるほどに柔らかい不思議な食感。サキさんはこちらが好みのようだ。


 友ばら、いわゆるカルビの部分の肉はやや硬いが、脂が多く、旨味はこれが1番強い。おじきはこれを10kgは皿に取っている。



 蟻蜜によって旨味がギュッと閉じ込められたこれらの肉に、スパイシーなタレ、濃厚だが後を引かない蟻蜜の甘み。


 酒精は強いが、どちらかと言うとサッパリした味わいのビールがいくらでも進む…


 ちなみに頬肉の蟻蜜焼きは最後に取ってある。


 サキさん曰く、王都の一流レストランで食うと、一皿で3千リアルはくだらない、なんて言われたからだ。

 熱々が美味いのは分かっているが、美味しいものはついつい最後に食べる庶民派なのだ。



 俺が肉とビールの無限コンボに舌鼓を打っていると、さっき俺がぶっ飛ばした探索者の1人が話しかけて来た。


「よぉ。

 俺はC級探索者のベルトだ。

 ガキなのに中々やるじゃねぇか。

 ところで……

 あれ、止めなくていいのか?」


 あれというのは、おやっさんとおじきの喧嘩だ。


 どうやらおやっさんは、俺がりんごに加入した事をおじきには黙っていたらしく、その事で胸ぐらを掴み合って揉めている。


「だからてめぇが、自分の目で確かめてぇっつってたから、先入観持たねぇように黙ってたんだろうが!」


「だったらさっさと引き合わせろ!

 何ヶ月も無駄にしちまったじゃねぇか!」


「おれぁ暇じゃねーんだよ!

 用があんならオメーが来い!」


「やんのかコラ?」

「上等だ!」


 俺は即座に首を振った。


 疲れてるのに、こんな化け物共の喧嘩に首を突っ込むなんて、冗談じゃない。



「おやっさんとおじきの喧嘩なんて、俺に止められる訳ないでしょう。

 サキさんも無視して呑んでますし、放っておきましょう。

 う〜ん美味い!

 全然飽きが来ない!たまらん!」



「…ぷっ!

 大物になるよ、お前」


 ベルトさんは俺の肩を叩いて自分の席に帰っていった。



 と、そこへおじきに投げ飛ばされたおやっさんが降ってきて、俺の虎の子の頬肉のステーキが乗った皿をひっくり返した。


 肉は無常にも地に落ちた。


「あぁぁあぁー!!!」


 俺の絶叫を聞いて、おじきはちらりとこちらを見て言った。


「んだぁ?

 ちっと落ちたくらいで。

 ふーふーして食え!」


 ?!


 グルメ超大国で、かつ国民全員が衛生観念の固まりような日本で慣らした俺に、泥だらけの靴で皆が歩き回るフロアに落ちた肉を、ふーふーして食えだと?!


 俺は切れた。


「ふ、ふ、ふざけんじゃねぇぞ、ツルッパゲがぁ!

 おやっさん、やっちまいましょう!」



 その後は悲惨だった。


 おじきは喧嘩がクソ強くて、おやっさんと連携して当初は善戦したが、最終的にはボコボコにされた。

 しかも手札が足りないと思った俺が、何人かわざと喧嘩に巻き込んでたら、最終的には店中を巻き込んだ大喧嘩になった。


 そのうちに、マスターが切れて、最後は飲み比べになってそこでも負けて、喧嘩で壊れた食器やテーブルの弁償まで全部俺持ち、なんて事になり、稼いだ10万リアルはキッチリ右から左へと消えた。



 ちなみに俺は、B級探索者に昇格した。


 おじきがきちんと説明していなかったらしく、翌日本部でライセンスを出すと、B級まで一気に昇格してしまった。


 受付のお姉さんに抗議したが、またまた『ルールだから』の一点張りで、受け入れてもらえなかった。



 後日おじきに抗議したが、二日酔いで忘れてた、こまけぇ事は気にすんなと、まるで相手にしてくれなかった。


 一見考えなしに見えて、意外と食わせ者のような気もするし、わざとかこのハゲ…


 おじきにはいいようにやられっぱなしだ…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る