第72話 恐怖のお手紙
「待ちな坊や。
手紙が来てるよ」
とある週末の朝。
本日もいつも通り、順調にまずい朝食を食べ終え、部屋に戻ろうとしたら、寮母のソーラから呪われた手紙が届けられた。
お花模様のかわいらしい封筒に、便箋はいつも3枚。
そう、姉上からだ。
内容は見なくてもわかる。
何が目的で収集しているのかは不明だが、俺に関する最新情報-
学校関連や部活動関連、ゴドルフェンの課題の事、騎士団に仮入団したこと、探索者としての活動などの噂話に触れ、『さすがアレン君だねっ』、なんて機嫌のよさが伝わる1枚目。
次に、自分が最近取り組んでいる、俺と離れた場所で会話ができるようになるという、地球で言うところの通信機の魔道具研究の事、研究学院の友達に俺の自慢話をした話、最近俺にも見せたいと思った景色、俺と行きたい王都のレストランや洋服屋のお店の情報など、自分の近況に絡めた俺との行動計画が2枚目にくる。
この時点で、すでにどことなく機嫌の悪さを予感させる文面になっている。
そして呪われた3枚目。
忙しいのは分かるがどうしても顔を見たいだの、今月来なければ王立学園のセキュリティを突破して寮に忍び込むだの、朝の坂道部の活動を監視魔道具で記録しようとしても、王立学園のセキュリティがすぐ発見して撤去するから学校ごと燃やしたくなるだの、恐ろしすぎる文字列が何度も鉛筆をへし折られながら書かれている。
後に回せば回すほど、マグマ溜まりにエネルギーが供給されて、爆発した時の危険度が上昇することは理解しているのだが、それでもついつい見なかったことにしてしまい、気が付けば学園入学から4か月が経過しようとしていた。
ここ1か月の間に届いた分は、読まずに机の奥底に厳重に封印してある。
勿論今回も封印確定だ。
と、思っていると、同じ席で飯を食っていたアルが、実に余計なことを言ってきた。
「アレン、いつもその可愛い封筒の手紙を受け取っているよな?
地元に幼馴染の恋人でもいるのか?」
その言葉を聞いて、きらりと目を光らせた女子が一人。
一見委員長の実は耳年増、ケイトだ。
「貧乏子爵家の3男と、田舎の幼馴染が遠距離恋愛ですって!?
王立学園へ入学し、別世界の住人になった幼馴染へ、今もなお一途な気持ちを寄せる町娘!
その気持ちを踏みにじり、純朴だった少年は、王都の水に染まって女をたくさん囲うクズに!
でも女遊びにつかれたクズが最後に選んだのは、小さな頃から隣にいた、どこか安心感のある幼馴染だった……
ダークホース!ダークホースの出現よ!」
ケイトの顔は、現代日本風に言うと、そこらの団地の前で井戸端会議が盛り上がったおばはんの顔そのものだ。
「アレン?
聞き捨てならない話が耳に飛び込んできたけど、そのダークホースさんはどこの馬の骨かな?
いくら何でも女に奥手すぎると思っていたけど、まさかそんな女がいたなんてね…」
「素朴系がアレンさんの好みなんでしょうか…」
「はぁ…誰がクズだ。
これは家族…姉上からのいつもの近況報告だろう。
忙しくて王都の子爵邸に、一度も顔を出していないからな」
「へー?
その可愛らしい封筒に入った手紙が、あの『憤怒のローザ』からの手紙なの?
家族から、そんなに頻繁に手紙が来るだなんて、少し不自然な気もするけど…
そういえば、いつもはぐらかしてばかりいるけど、一体いつになったら姉君を紹介してくれるのかな?
ドラグレイドからの魔導列車で約束したよね?」
そういえばそんな話もあったな…
だが、あの姉君にフェイを紹介など、冗談でもあり得ない。
こいつがいつものノリで、『恋人以上、夫婦未満で〜す』なんて、笑えない冗談でも飛ばしたりしたら、何が起きるか分からない。
実の姉がドラグーン侯爵家を相手に刃傷沙汰など起こして、見習いとはいえ、その場に居合わせた王国騎士団員の弟はなすすべなくボコボコにされた…
何て事になったら、飛び交うのは噂ではなく号外だ。
吹けば飛ぶような貧乏子爵家など、お取り潰しになっても不思議はない。
俺が例によって適当な理由を付けて断ろうと考えていると、アルが便乗してきた。
「お!
あの優秀な魔道具士だっていうアレンの姉ちゃんか!
それは是非俺も会ってみたいな。
今日アレン騎士団の訓練休みだろ?
今から行こうぜ!
アレンが小さい時どんな感じだったのかとか、聞いてみたいしな!」
何を言い出すんだこいつは…
あの姉上に会いたいだなんて、エンデミュオン侯爵地方に伝わるレッドカーペット事件を忘れたのか?
しかも今日の今だと?
「……俺も行こう。
優秀な若手魔道具士と親交を温めるのは重要だ。
ロヴェーヌ家の秘密も気になるしな」
「私も是非!
お世話になっているアレンさんのご家族にご挨拶したいです!」
便乗してんじゃねぇよ!
なに既定路線にしてるんだ?
「いやいやいや、帰らないし、紹介もしないよ?
俺は毎日忙しいし、ライオもジュエも、いつも家の用事で忙しいって言ってただろ。
姉上だって忙しいに違いない!
おっと持病の頻尿が」
俺は強引に話を切り上げて、自室へと急いで引き上げー
ようとした所で、ゴリラの様な握力の持ち主に手を掴まれた。
「なんで逃げるのかな?
そんなに頻繁に手紙をよこすなんて、姉君もたまには顔を見せて欲しいと思っていると思うよ?
これだけ王都で派手に噂を飛ばして、一度も顔すら出さないなんて、僕のうちなら軍を派遣してでも連れ戻される案件だよ。
さ、その手紙は、今ここで開けよ?」
フェイはニコニコと笑いながら言った。
「なんでこの場で手紙なんて開けなくちゃならないんだ!
親ならともかく、半分庶民に片足を突っ込んだ貧乏子爵家は、姉に学校の出来事をいちいち報告したりしないんだよ!
この手を離せ!」
俺が手を振り払おうとしたら、フェイは俺の手首を握り潰した。
「ぐあ!」
手紙はポロリと手からこぼれた。
フェイは悠然とその手紙を拾った。
「証拠の品を確保したよ。
裁判長、今のアレンの供述についてはどう理解すればいいかな?」
ケイトはメガネをキラリと光らせた。
「被告の言動は不自然です。
多忙を理由に本日の紹介を断るのであれば、予定を調整可能な日を提示すべきです。
やはり手紙の差し出し人は地元のパン屋の娘、という疑いが強いと言わざるをえません。
「何が裁判長だ!
消印が無いんだから、門の守衛へ直接預けたって事だろ?!
今王都にいるロヴェーヌ家の人間は姉上だけだ!
馬鹿な妄想は止めろ!」
「…これは異常事態です。
姉に対する異常なまでの独占欲、すなわち重度のシスコン、禁断の愛の容疑が浮上しました。
手紙の全文をこの場で公開する必要はありませんが、開封後、内容を簡単に紹介するだけで疑いが晴れる状況で、それを頑なに拒否する、簡単な挨拶程度の紹介も拒否する、と言うのであれば、その合理的な理由を説明すべきです」
「ほら、別にこの場で読み上げろって言ってるわけじゃないよ?
やましいことがないなら、開封してささっと目を通したら?って提案しているだけだよ。
このままだと、今王都で流行りのアレン都市伝説に、シスコン、なんていうのが加わるよ?」
「馬鹿な噂を流行らせてるのは大体お前らだろうが!
いい加減にしろよ!
…分かったよ!
開けるから面白おかしく誇張して広めたりするなよ?」
全く、俺が何をした…
こいつらのために、紹介などしない方がいいと言っているのに…
とりあえず、1枚目、大丈夫そうなら2枚目も少し紹介して、あとは適当に姉上も暫くは忙しそうとか付け加えれば諦めるだろ。
俺は無造作に手紙の封を切った。
姉上の怒りのボルテージが、俺の想像を超えて途轍もない事になっていると、封を切る前の俺はまだ知らなかった。
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