第70話 探索者の酒場(2)


 俺が立ち上がって振り返ると、斥候野郎とその隣の前衛職っぽい男は即座に立ちあがった。


「んだぁその面は?クソガキが…」


「なんか文句でもあんのか、寄生野郎!」



 俺はつかつかと、そいつらがいるテーブルに向って歩いて、

『ガキが調子にのっ―』

 さらに何事かを言おうとしている斥候野郎の顔面に真っすぐ、こぶしを叩き込んだ。


 斥候野郎はテーブルに乗り上げて反対側に転がった。


 口ほどにもなく、どうやら一撃で伸びたらしい。



「てめぇら…『リンゴ・ファミリー』を舐めてやがんのか?

 あぁん?」


 俺は近頃の探索者活動で培っているアウトロー路線用のやから口調で詰問した。


 俺だって疲れてる上に喉がカラカラに渇いてるのに、手間を取らせやがって。



 前衛職野郎は顔を真っ赤にして怒った。


「やりやがったな!このクソガキが!

 おうお前ら、囲んでやっちまうぞ!」


 左手からタンクっぽい前衛職、右手は魔法士、テーブルの向こうに装備からして剣士っぽいやつか…


 俺はとりあえず、いきり立っている前衛職に腹パンを入れて、体が『く』の字になったところで顎に膝蹴りを入れた。


 近頃では、喧嘩を売ってくるアホを返り討ちにしているうちに、何となく相手の動きをみると、どれぐらいの加減でやれば骨折手前の怪我で済むかがわかるようになっている。


 実はこいつは魔法士だったのか?って落ちを心配するほど柔なタンクは、あっけなく崩れ落ちた。

 強さ以前に、殴られ慣れてなさすぎる…


 その瞬間、テーブルの向こうの剣士ぽい奴が、テーブルを踏み越えて飛び蹴りをしてきた。


 だが余りにものろい。


 酔っぱらってるにしても、身体強化の練度が低すぎて、ほとんど一般人に毛が生えたようなものだ。

 これならまだあのラットのベンザとかいう品の無いデブの方がはるかにましなレベルだぞ?


 俺は、ノロノロと蹴りだされた足の服を無造作に掴んで、吊るしあげた。



 剣士野郎は空中で掴まれて、受け身を取れず後頭部から落下した。

 強さ以前に、運動神経の時点で体を使う仕事に向いていない…


 そのまま俺は足首を掴んだ変則ジャイアントスイングの要領で、魔法士とぶつけた後、隣のテーブルに向って剣士野郎を投げつけた。


 実に面倒だったが、もうこうなったら、舐めてるやつとはサッサと白黒つけた方が、落ち着いて飯を食えると判断したからだ。



 ガシャーン!



「何すんだクソガキ!」



 そのテーブルに座ってた別の6人の団体は一斉に立ち上がった。


「…てめぇら、シカトしてんじゃねぇぞ、コラ?

 聞こえてねぇとでも思ったのか?

 こっちが下手に出てたら、調子に乗りやがって…

『あんなヘタレが噂の狂犬なら、また明日からりんごのガキどもで遊べんな…』、だと?

 こっちは疲れてるのにイライラさせやがって。

『リンゴ・ファミリー』を舐めたらどうなるかー」



 俺は身体強化を全開にして、隣のそのまた隣のテーブルで、先程舐めた事を言っていたやつに瞬時に近づいて、テーブルへと叩きつけた。



「俺が教えてやる!」



 ◆



「他に『リンゴ』に、ものを言いたいやつはいるか?」



 舐めてそうな奴へ順番に物の道理を説明した後、俺はフロアに問いかけた。



 返事が無い事を確認して、俺が自分のテーブルに帰ろうとしたら、自分達でけしかけておいて、おやっさんたちはこちらには目もくれず、楽しそうに酒を飲んでいた。


 おじきに至っては、一杯目の2リットルは入りそうな中樽のビールをすでに飲み干して、ついでに俺の分も飲み干して、さらにおかわりが運ばれて来る所だった。



「そりゃないっすよ、おじき!

 俺だって喉乾いてるのに!

 乾杯ぐらい待ってくれてもいいじゃないですか?!」



「ふん。

 おめぇがトロトロしてるからだ。

 だからさっさと、ぶん殴っちまえっていったろーが」



 新たに2つの中樽を持って来たパンさんが言った。


「呆れた坊やだね…

 だが。

 あんたはこの店の客だね。

 これからは好きな時にきな」



 喧嘩した事を注意されるかと思いきや、客認定された…


 大丈夫か、この店?



「ふん。

 俺らがオムツの取れてないガキを、探索者がたむろする酒場に連れてくるわきゃねぇだろうが」



「そうは言っても、マスターあの人の方針で、客かどうかを決めるのは、この店では客だからね。


 で、あの粉々になった食器は誰が弁償するんだい?」



 そのセリフを聞いて、シェルのおじきはダンディーな感じでニヤリと笑い、親指を立てた。



「そりゃ勿論、ぶっ壊したレンだ」


 ……



「ふざけんなハゲ!

 自分で散々けしかけといて、そりゃねえだろ!

 ここは、『それは大人の仕事だ…』とかカッコつけて払う所だろうが!」



「うるせぇ!

 俺はぶん殴ってこいって言ったんだ!

 皿割ってこいとは言ってねぇ!

 自分で割った皿は、自分で弁償する!

 それが一人前の探索者の、酒場での嗜みだ!」



「俺は貧乏なんだよ!

 あんたはS級なんだから金なんて腐るほど持ってんだろ?!」



「俺は宵越しの金は持たねぇ主義だ」



 ハゲは堂々と胸を張った。



 S級探索者が文無しだと?

 破天荒というよりも、ただのダメなおっさんじゃねぇか…


 俺はちらりとおやっさんを見た。


 目は合っているように見えるが、別の宇宙を旅しているような、虚無の顔をしている。


 支払いを申し出るような気配は1ミリもない。



「マジかよ…

 ただでさえ、おじきが巣に穴あけちまうから、ナイフ無くした上に、高い矢まで使ったんだぞ?」



 俺はがっくりと項垂れた。



 そこで、おじきは思い出したように手を打った。


「そういや今日は狩りに行った帰りだった!

 おうサキ。

 今日のは高さは30m直径150mで構築中のやつだった。

 夜だったから兵隊はわんさかいて、大体潰してある。

 明日回収に行かせるつもりだが、いくら位になる?」



 サキさんは淀みなく答えた。


「さっきの女王の蜜袋からしても、巣の規模としては中規模だろうね。

 兵隊蟻の甲殻に、蟻酸袋、後は、孵化する前の繭がどれだけあるかだけど、大体素材回収の手間賃を差し引いて10万リアルって所じゃないかね?」



 あの数時間の稼ぎが10万リアル!日本円にして一千万円以上だと?!



 俺が地理研究部の活動資金のために、騎士団と探索者活動で、2ヶ月かけて必死に貯めた額に匹敵する。


 本来は、B級探索者パーティーが、きちんと準備をして臨む依頼だけはあるな…


 何とか、経費と皿代くらいは分前が欲しい所だが…



 俺がその額に唖然としていると、シェルのおじきはダンディーな感じでニヤリと笑い、親指を立てた。



「俺は金は持たねぇ主義だから、全額お前が取っていいぞ。

 その代わり今日はおめぇの奢りだ!」


「ええ?!

 10万リアルですよ!

 いいんですか?!」


「あぁ、どうせ俺が持っててもギャンブルでスって終わりだ。

 それに、お前が狩った女王の蜜袋は、俺が勝手にパンへの土産にしちまったしな」



 まじかよ!


「ありがとうございますオジキ!

 一生ついていきます!」



 俺が機嫌を直すと、おじきは頷き、声を張り上げた!


「おう!今日はレンの奢りだとよ!

 お前ら気合い入れて呑めや!」



 …奢りって、この店全部かよ!


 だが、つい先程、俺が大暴れしたばかりで店内の空気は重い。

 流石にこの流れで無遠慮に呑むやつはいないだろうー



「ひょ〜!!

 流石狂犬だ!

 おねぇちゃん、中樽生5つだ!」



「金の使い方も狂ってやがるぜ!

 こっちはドリィーラのボトルと氷、グラスは人数分頼む!」



 そう思っていたが、俺にぶっ飛ばされたやつも含めて、嬉々として注文を始めた。


 何て単純な奴らだ…

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