第69話 探索者の酒場(1)
王都にある探索者御用達の店、『リザードファング』は、大通りから一本路地に入った、煉瓦造りの店だった。
時刻は夜の22時を既に回っており、酔客の喧騒が表通りまで聞こえてくる。
俺はシェルのおじきと店に入った。
店は10卓ほどある丸い木製のテーブル席と、バーカウンターの前にカウンター席が8席ほど並んでいる、ダイニングバー形式の店だった。
バーカウンターの奥の壁には、店名の由来だろう、全長が1メートルもありそうな、馬鹿でかい牙がクロスする形で飾られている。
シェルのおじきが、カウンターの中にいる初老のバーテンに手を挙げる。
マスターだろうか。
バーテンは調理の手を休めずに、顎で店の奥を指した。
指された方に目をやると、
ついでにざっと店内の客層を見渡した所、それなりの装備をつけた、中級以上と思われる冒険者でテーブル席は埋まっている。
有名人だからだろう、シェルのおじきをみて、一瞬騒がしかった店内が鎮まり、ついでその後ろに付き従う、どう見ても初級探索者用の安物の装備を身につけた俺を見て、好奇な、どこか馬鹿にしたような視線が送られる。
『おい、シェルの後ろにつき従ってる、弓下げた小僧は誰だ?
みねぇガキだな』
『奥にリンドもいるし、多分最近互助会のガキどもが騒いでる『狂犬』だろ?
確かショートボウ使いだったはずだ』
『ぷっ!あれがかよ。きょろきょろしやがって、どこのお上りだ?
なよっちい上にヘロヘロじゃねぇか…
いっちょう酒場の流儀ってやつを教えてやるか、先輩探索者としてよ』
『ぷっ。あんまいじめんなよ?シェルやリンドが絡んできたらめんどくせぇからよ』
『なに、探索者が酒場の喧嘩でちょっと怪我したくれぇで、あいつらが出張ってくるこたぁねぇよ。
すぐに保護者が出たんじゃ、笑われんのはあいつらの方さ』
……普段ならば、こうした荒くれ物の探索者らしい出迎えも、楽しいと思えるんだけどな…
俺は今、正直へとへとに疲れていた。
喉が渇いてビールの事で頭がいっぱいになったおじきが、帰りは輪をかけてペースを上げて走ったからだ。
シェルのおじきは周りの噂話など我関せず、といった感じだ。
…ビールの事しか考えてないな。
「よくここだと分かったな?」
「そりゃあな。
ハニーアントの巣の駆除に行ったって聞きゃ、打ち上げはここにきてロックリザードの蟻蜜焼きと、ビールだろうよ」
おやっさんはニヤリと笑った。
俺が、なるべく労力を使わずこの場を切り抜ける方法を脳内で検討しているうちに、おじきはおやっさんたちが座っているテーブルへどんどん近づいていく。
俺は仕方なくおじきの後をついて、先ほど俺に喧嘩売る算段をつけていた、斥候職っぽい男の隣を通過しようとした。
そこへ、実に古典的ながら、俺を転ばせようと足が出てきた。
視線はやっていないが、その顔がにやけているのは気配でわかる。
はぁ…。
実に捻りの無い喧嘩の売り方に、俺は心の中でため息をついた。
A.この足を蹴り上げて、ひと暴れして速やかに白黒をはっきりつける
B.軽やかに躱してさわやかな挨拶をしてみる
……どっちもめんどくさい展開に発展する危険が高いな…
俺は考えるのも面倒になって、その足に勢いよく引っかかった。
そして思いっきり前に転び、受け身を取り損なって鼻血を出した。
「あ、すみません」
俺は、嘲笑しながら反撃に備えて身構えている先輩探索者に謝り、鼻を押さえながらおやっさんたちが待っている席へと着いた。
『ぷっ!どこが『狂犬』だよ?』
『弱い者いじめしてただけなんじゃねぇか?だせぇ!』
後ろからこんな声が聞こえてきたが、気にしない。
「…なにやってんだ、おめぇ?」
俺がわざと転んだくらいのことは、おやっさんにはお見通しだろう。
怪訝な顔で俺に聞いてきた。
「…疲れてるんですよ。
シェルのおじきが馬鹿みたいなペースで走らせるから…」
「…だからって、俺が魔力込めてぶん殴ってもピンピンしてたおめぇが、転んで鼻血はねぇだろうがよ…
ぶん殴っちまった方が早いと思うけどなぁ」
「きっひっひっ!
相変わらず変わった子供だね」
おじきは呆れて、サキ姐さんは笑った。
◆
「困るじゃないか、シェル。
いくらあんたらの連れだって、うちはオムツが取れてないガキはお断りだよ!
坊や、探索者ランクがD級まで上がったら出直してきな!」
おかみさんだろうか、何人かいる綺麗所のウエイトレスではなく、非常に恰幅のいいおばちゃんが注文を取りに来て、開口一番に俺を睨みながらいった。
この店は
「久しぶりだな、パン。
こいつはちと訳ありでな。それに、別にD以上って決まりがある訳じゃねぇだろうよ?
探索者以外だって来んだから」
「そりゃそうだけど、この時間に実力の無い坊やが店に混じってたら、すぐさっきみたいに揉め事になるよ?
一番嫌な思いするのは、その坊やだろうさ」
「あー、めんどくせぇ!
だからぶん殴っちまった方がはえぇっつってんだ!
レン!おめぇ喧嘩慣れしてんだから、ちっといってぶん殴って来い!
そこらの連中に後れを取るおめぇじゃねえだろうが!」
「んな無茶な…
そんなことより、『ロックリザードの蟻蜜焼きと、ビール』、でしょ?」
俺がニヤリと笑うと、おじきは途端に上機嫌になった。
「おうそうだ、パン!
このハニーアントの蟻蜜、土産だ。
ロックリザードをありったけ焼いてもって来てくれ!
あと俺とこいつにビールを中樽で一個づつ、急ぎだ!」
「はぁ~わかったよ。
どうなっても知らないよ?」
パンさんはしぶしぶ諦めて、奥へと下がった。
と、何とか丸く収まったと思っていたら、先ほど喧嘩を売ってきた斥候野郎とその仲間3人が聞こえよがしにこんな事を、店中に聞こえるでかい声で呟いた。
「ちっ!あんなガキがロックリザードの蟻蜜焼きだと?」
「『りんご』は落ちぶれたとは聞いていたが、ついにシェルに寄生して贅沢三昧かよ?」
「落ちるところまで落ちやがったな!」
そのセリフを聞いて、おやっさんとおじきは額に青筋を立てて俺を睨みつけた。
顎をしゃくって『早くいって来い』と無言のサインを送ってくる。
も~疲れてるのに!
俺は仕方なく、『あ゛?』と言って立ち上がった。
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