第68話 ハニーアント


「んな睨むなよ!

挨拶みてぇなもんだろ?」



「挨拶?

最後の拳は、身体強化が間に合ってなけりゃ骨折じゃすみませんよ、おじき」



「だっはっは!

余裕で見えてるみたいだったから、つい力込めちまった!

まぁ間に合ったんだからいいじゃねぇか!」



「はぁ…

まぁいいですよ…

でもこんな事は、これっきりにして下さい、ね!」


ガイン!


俺は不意打ちで腹にワンパン入れたが、その腹筋は鋼鉄のように硬かった。



俺が拳を押さえて涙目になっていると、シェルのおじきはニヤリと笑った。



「ふっふ。

生意気な野郎だ。

だがガキとは言え探索者張るなら、それぐれぇじゃねぇとな。

リンドのやろう、こんな面白そうな野郎を拾っておいて、俺に報告なしたぁ、何考えてやがんだ?

おうレン。

今から王都の北にある森に行くぞ。

そこにハニーアントって蟻がどうも巣を作ってるみてぇでな」


「いや、俺今忙しいー」


「さっきまでぼけっと座ってたじゃねぇか。

ごちゃごちゃ言わずに来い。

ぶっ飛ばされて、気がついたら森の中と、自分で走っていくのはどっちがいいんだ?」


「んな無茶苦茶な!

ハニーアントの巣の駆除ったらBランクの依頼でしょ?!

俺まだEランクですよ?

おじきの臨時パーティに入れてもらうにしたって、受注資格がありません!」


「ほー王都近郊じゃ滅多にねぇケースなのに、詳しいな?

中々勉強熱心じゃねぇか。

知ってやがんならちょうどいい!

なに、これは依頼じゃねぇから心配すんな。

ほっときゃ、この辺の魔草の生態系が狂っちまうってんで、ボランティアで先に潰しとこうってだけのこった。

今は特に植物系の素材が不足してるからな」


「何が丁度いいんです?

俺は行きませんよ!」


「片道60kmくれぇだから、走っていくぞ!

付いてこれなかったらぶっ飛ばして担いでいくからな」


さっぱり話が通じない…


「いや、もう暗くなりますよ?

準備どうするんです?

俺は行かないんですけど」


「この辺の探索に準備もクソもねぇよ。

庭の散歩みてぇなもんだ。

さっさと片付けて呑みに行くぞ!

運がいいな、レン。

このシェルブル・モンステルのハントを、生で見られんだからな」


オジキはそう言って、ゴキリ、と指を鳴らした。


シェルブル・モンステルだと?!


「誰だよ?!」





俺たちは3番九条の交差点まで魔導車に乗って、そこから走って王都の外に出た。


辺りはすでに薄暗い。



『王都の探索者で俺の名前をしらねぇたぁ、どこのお上りだ、おめぇ?』


道すがらシェルのオジキにこんな事を聞かれ、この春ドラグーン地方から王都にきたばかりのお上りだと説明した。


俺は魔物には興味があるが、偉い人間には別に興味はない。

だが、おじきは何と、この国に片手で数えられる程しかいない、Sランク探索者らしい。


そりゃ知らないってだけで怪訝な顔で見られる訳だ。



60kmの距離は別に大した距離じゃないが、おじきの走るペースは早かった。


ただでさえ碌に整備されてない、街灯の無い道で、視力を強化しながらで走るのにも難儀するのに、おじきは俺がギリギリついていけるぐらいのペースで、1度も休憩なく走った。


到着する頃にはヘトヘトだ。



「さ、さすがに速すぎです、おじき。

ちょっと休まないと、とても狩りになりません」



「だっはっは!

ぶっ倒れるまで走らせて、そこからは担いで走ろうと思ってたのに、まさか走り切っちまうとはな…

体力あんじゃねぇか!」


おじきは何がそんな楽しいんだという位、上機嫌だ。


そして、当然のように俺の休憩の打診を無視して、そのまま森へと分入った。



「さて、喉が渇いたしパッパと終わらせるぞ!

ハニーアントの巣の駆除のやり方は知ってるか?」


「……巣穴の出口を2つだけ残して塞いで、片方から追い込んでいくんですよね。

逃げ道を残しておかないと、横穴を掘って逃げられます」


「ほぉ〜?

博識だな。

流石は天下の王立学園Aクラスだけはあんじゃねぇか」


おじきはそう言ってニヤリと笑った。


「……気がついてたんですか?」


「そりゃ嫌でも気がつくさ。

こんなペースで夜の道走ってケロリとしてる12歳くれえのEランク探索者なんぞ、王都広しとはいえ、そうそういる訳がねぇだろうよ」



「いや、全然ケロリじゃないです…

ちょっと休憩をー」


「細けぇ話は後だ!

さっさと片付けて、今日は蟻蜜焼きとビールだぞ!」



話聞けよこのハゲ!



だが……

特段俺を特別扱いする気は無さそうだな。


俺はこのいかにも探索者らしい、破天荒なおじきの事が、何だかんだ結構気に入っていた。


やっぱり探索者たるもの、自由じゃなきゃね。





「この築山だ。

高さは30m直径150mと言った所か。

まだ構築の途上だな」


シェルのおじきはそう言って、外側に不規則に空いた穴を崩して塞ぎながら、巣穴から飛び出してくる50cmほどもあるハニーアントの兵隊アリを、素手で次々に潰していく。


昆虫型の魔物というのは硬い。


それをこうも無造作に潰すとは…パワーだけで言うと騎士団中隊長のダンテさんよりも上なんじゃ…


この人もまた化け物だな…。



「よし、準備OKだ。

俺が反対側から魔物を掃除しながら追い込んでくるから、レンはこの出入り口の外で見張ってろ。

羽が生えてる大きいのが女王だ。

他は気にしなくていいから、女王だけは逃すなよ?

多分最初の方に出てくる」


「分かりました」


2分ほどすると、築山の反対側からおじきの戦闘音が聞こえ始めた。


俺は耳に魔力を集中する索敵魔法を発動した。


こういう洞穴は音や魔力が反響しやすい分、遠くまで聞こえやすいが、その分場所や動きを正確に聞き分けるのは逆に難しい。



群がる兵隊アリと、それを無造作に潰していくおじき。

蟻酸による攻撃だろう、シューシューと地面が焦げるような音がする。


そして兵隊アリがおじき相手に時間を稼いでるうちに、一直線にこちらに向かってきている別団体の足音。


これが女王で間違い無いだろう。



女王蟻の一団が巣の最後の角を曲がったところに合わせて、俺は鉄の矢を一本放った。


矢は先頭を進んでいた兵隊蟻の目を貫き、その蟻は『ギー』と鳴いてその場で動かなくなった。


すかさず3匹の兵隊アリがこちらに向かって来た。


女王蟻は一目散に巣の中へと帰っていく。


俺は鉄矢を蟻の目に向かって放ったが、1匹硬い甲殻に弾かれて仕損じた。


蟻が蟻酸を飛ばしてくる。


俺は何とかその酸を躱して間合いを詰め、蟻を蹴り上げて、腹が見えたところにバンリー社製のナイフを突き刺した。


間合いを取って、蟻の様子を眺めながら再び索敵魔法で巣穴の中の様子を窺った。


…不味いな。


シェルのおじきが兵隊アリでも蹴り出したんだろう。

巣穴にこれまで空いてなかった穴が新たに空いている。


女王蟻の一団は、真っ直ぐにその穴を目指している。


おじきは気がついていない様子で、真っ直ぐこちらに向かってきてて、このままだと女王蟻とニアミスしてこちらまで辿り着いてしまうだろう。


俺は身体強化を全開にして巣穴から飛び出して、巣の外側を迂回して真っ直ぐその新たな穴に向かって走り出した。


間に合うかはギリギリだ。


一瞬逡巡したが、マックアゲートの矢尻のついた矢を握る。



女王蟻はすでに穴から飛び立っている、暗闇で視力は全く効かないが、闇夜に向かって飛んでいく羽音に向かって矢を射ると、その矢は女王蟻を易々と貫いて地面に叩き落とした。


流石は一本2千リアルもする矢だけはある。


その場に確認に向かうと、女王蟻は地面で既にこときれていた。




「どうやら俺の不始末をフォローさせたみたいだな…

ところでおめぇ…その歳でいったいどんな索敵範囲してんだ?

ゴドルフェンのじーさんの口利きで、第3軍団に顔を出してるとは聞いてたが、デューの小僧に仕込まれてんのか?」



後ろからシェルのおじきが近づいてきた。



「はい。

デューさんに師匠になってもらって、色々と教えてもらってます」


「かぁ〜!

オメェにやり込められたって噂で聞いてたが、相変わらず食えねえ爺さんだな…

どこまであの爺さんの計算ずくなんだ?」



俺は肩をすくめた。



「いいように踊らされちゃって、何が狙いかもサッパリです。あの人は煮ても焼いても食えやしませんよ」



「だっはっは!

違いねぇ。

さ、その辺の素材の回収は明日人をやる。

さっさと女王蟻が腹に抱えてる蟻蜜だけ回収して帰ってビールにするぞ!」


酒か…


この世界は魔力によるアルコールの分解があるので、魔力器官が完成する概ね12を過ぎた頃から酒は飲める。


だが、この見た目で酒を飲むのは少々抵抗があるな。


まぁアウトロー路線を標榜する俺としては、頑なに拒否するつもりもないが…



「なんだそのツラは?

お前も探索者として活動していくつもりなら、酒は避けては通れねぇぞ?

仲間との交流という意味でも、毒への耐性という意味でもな」


「え?

お酒飲むと毒への耐性がつくんですか?」


「んな事もしらねぇのか?

何だかバランスの悪い野郎だな…

魔力による異物の排除は、どんだけ数をこなしたかだ。

だから偉い貴族ほど酒を飲む訓練はするし、一流の探索者も同様だ。

飲みすぎると毒だが、好き嫌いは一旦置いておいて、鍛錬の一環としてたまには飲むようにしろ。

さ、帰るぞ」


知らなかったが、であればたまには飲む必要があるな!

うんうん、修行となれば仕方がない。



「あ、その前に、ナイフを回収していいですか?

さっき裏の出口付近で兵隊蟻にブッ刺したまま走っちゃって」


そして俺があの兵隊アリがいた所に帰ると、あのナイフをブッ刺したアリはどこにもいなくなっていた。



毎日手入れして、ようやく手に馴染んできた所なのに…


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