第67話 おじき
「リンドいるか?」
俺が資金調達と肉の差し入れ目的で
俺は最近、騎士団の仕事がない時は、東ルーン平原に出て狩りを、特にハゲタカ狩りをする事に凝っていた。
ちなみに、探索者としてはEランクのままだ。
うまく時間が合わせられたら、アムールとロイの兄貴や、アルとココと臨時パーティーを組んでD〜Fランクの仕事を受注するが、Dランクの昇格条件を満たさないように、必ずパーティーで受注してリーダーを外れる事にしている。
単独またはパーティーのリーダーとして、Dランク相当の実績を示す、という昇格条件を逆利用している形だ。
グリテススネーククラスの魔物が出たら…という懸念はあるが、1人なら何とか逃げ切れる自信があるし、念のため鉄のシャフトにマラト山脈産のマックアゲートという鉱物の矢尻がついた、非常な高価な矢を2本矢筒に挿している。
1本2千リアルもする高級品だが、武具屋のルージュさんに相談した所、これなら俺のライゴでもグリテススネークも貫けるとの事なので、万一の時の保険だ。
高級すぎてとても試し撃ちする気にはならないが…
あれほど嫌厭していた聴力強化による索敵魔法は、狩りで大層役に立った。
索敵魔法の鍛錬が、俺の風魔法の鍛錬に直結すると理解してから、俺は索敵魔法の訓練にも力を入れている。
ただ、街中や寮でやると、騒がしすぎたり、聞いてはいけない会話を拾ったりと不都合が多いので、こうして広い平原での狩りは絶好の訓練になる。
適当な所で小道を外れ、平原を歩いて索敵しながら、そこら辺に潜んでいる野生動物や魔物を弓で狩る。
その獲物を放置したまま、視線は送らず別の獲物の狩をしてると、すぐにハゲタカが降りてくる。
俺の聴力強化では降りてくる音はまだ明確には捉えられないが、獲物を掴んで浮上しようと羽ばたいたら明確に分かるので、その瞬間を狙い打つ。
これを2回繰り返すと、30分掛からずにハゲタカ2体が狩れる。
これ以上は持って帰れないから、大体2体狩ったら打ち止めだ。
「レン君、お疲れ様です!
今日もハゲタカっすか?
俺らリヤカー余裕あるんで、よければ運びます!」
最近は、こうして他の互助会の、知らない若手探索者に声をかけられることも多い。
何度か魔物に襲われてるところや、ハゲタカに獲物を攫われそうになっている若手探索者を目撃し、いくら他の互助会でも無視するのは何だし、一応助けていたら、なんかどんどん懐かれた。
中には結構歳上の人間も多いのでちょっと気まずいが、まぁ獲物を運んでくれたりと便利な事も多い。
「ありがとう、助かります。
お礼と言っちゃ何だけど、そことあっちに転がってるメドウマーラとジャンプルガーは、もしよければ持ってっちゃってください」
「いいんすか?!
ありがとうございます!おうおめぇら、積み込むぞ!」
まぁもともと1人じゃ運べないから、サークルオブライフに返す予定だったからな。
どちらも素材としての価値は低いし。
仮に放置したとしても、ハゲタカを始め、あっという間に野生の餌になるだけだ。
「あ、俺らラウンド・ピースのもんです。
俺がゼスっつーもんでEランク、こいつら2人はFランクです!」
「あ、りんごの家のレンです。
まだまだひよっこですが、よろしくお願いします」
俺が丁寧に挨拶を返すと、後ろで見ていた2人がヒソヒソとこんな事を言った。
「…ゼスさん、ホントにこいつが『狂犬』ですか?
俺でも余裕で勝てそうですけど…」
「ばっ!
お前らシューさんや、ラットのベンザがボコボコにされた話知ってんだろうが!
俺らでどうにかなるとでも思ってやがんのか?
レン君すみません!
こいつらには後でよっく言い聞かせときますので!」
シュー?
あぁ、俺が狩ったハゲタカを、自分が狙ってた獲物だとか言って、4人がかりで奪い取ろうとしてきたアホが確かそう名乗っていたな。
俺が、素直に謝って、どうぞって言ったら、もう1羽も寄越せ、なんて理屈も何もなく奪おうとしたから、物の道理を丁寧に教えた事があった。
「あはは。
よく弱そうって言われます。
そんな事くらいで怒ったりしないから大丈夫ですよ。
あの赤髪のお兄さんは元気ですか?
加減を間違えて、肋骨を折っちゃったので気になってたんですよ」
骨折を傷薬で治すのは推奨されない。
変な風にくっつくと、直すのが大変だからだ。
「はい!
シューさんももう復帰してます!
うちの幹部も、こちらが迷惑かけたのに、レン君は通す必要のない筋を通して、最大限譲歩してくれたって、まだ子供なのに大したもんだって言ってます!」
俺は絡んできた4人中、年長者3人をボコボコにしたのだが、残した1人が思ったよりも非力で、リアカーに乗せたのびた先輩たちを暗くなる前に街まで運べそうになかった。
仕方がないのでラウンド・ピースの集会所まで案内させて、俺がリアカーを引いた。
集会所からワラワラ出てきた中堅っぽい探索者のお兄さんお姉さんに囲まれたが、
道理のわかる人達だったので、ラウンド・ピースに対しては特に悪い印象はない。
そんな事もあってか、俺は最近ずいぶんと顔見知りが増えていた。
彼らとは、リンゴまでハゲタカを運んで貰って別れた。
いつも通り狩った獲物はリンゴの子供たちに解体と換金を頼む。
羽は俺が取って、肉は駄賃として子供たちに支払う。
おやっさんは駄賃にしては高すぎると良い顔をしなかったが、俺が換金に行って、また勝手にランクを上げられたら困るので、俺にとっては重要な仕事の依頼だと言って押し通した。
俺が自分で納入所に行くのは、常設依頼に入っていない、素材としての価値の高い魔物を運良く狩った時だけだ。
子供たちは、少しでも肉を高く売るために、真剣に丁寧に解体作業をしていく。
その様子を庭で微笑ましく見ていると、スキンヘッドで頬に傷のある強面のおじさんが、おやっさんを訪ねてきた。
「リンドいるか?」
生憎おやっさんは留守だ。
「おやっさんは今日教会から孤児の引き取りがあるとかで、留守にしてます。
…どちら様でしょうか?」
「何だ、この家には似合わねぇ、こぎれぇなガキだな…
俺ぁシェルってもんだ。
リンドとはこの家の前身の孤児院で一緒に育った、まぁ兄弟みてぇなもんだな」
あぁ、おやっさんの言ってた、俺の噂話をしてた飲み仲間か。
いかにもバリバリのアウトロー探索者って感じだな。
おやっさんの兄弟って事は、俺から見たらおじみたいなものか。
「あぁ、おやっさんからシェルのおじきの事は少し聞いてます。
俺はこの春からリンゴで世話になってる『レン』ってもんです。
納入所のサキの姐さんにも世話になってまして。
何か伝言でもあれば伝えときますが?」
「おじき?…まぁ別にいいけどよ。
いや、大した用じゃねぇんだ。
ちと1人だと、追い込むのが面倒くせぇ魔物が発生してるみてぇでな。
それほど急ぎって訳でもねぇが…早いに越した事はねぇからリンドが暇なら手を借りて、ついでに呑みにでも行こうかとと思ったんだが…
あの『ハゲタカ』、オメェが狩ったのか?」
「また酒かよ、ツルッパゲのおっさん!
レン兄の弓はすげーんだぞ!
ロウヴァルチャーなんて百発百中なんだからな!」
俺は何故か自慢げなポーにゲンコツを落とした。
「こら!
おやっさんの客にツルッパゲはねぇだろ!
よその人にはちゃんとした言葉を使え!」
「いつつ。
分かったよ、レン兄…」
ポーは唇を尖らして解体作業に戻った。
と、そこでシェルのおじきが殺気を漏らしながらポーに一歩詰め寄った。
尋常じゃない迫力だ。
まだ何の力もない子供に向けていいものじゃない。
ポーはその場でへたり込んだ。
俺は咄嗟にポーとおじきの間に入った。
「こちらに失礼があった事は承知してますが、まだ子供です。
そりゃあねぇでしょう、おじき」
「何、殺す気はねぇが、こういう子供は痛い目見ないと覚えねぇもんさ。
そこをどけ、ガキ」
俺はため息をついて、一歩横へずれた。
フリをして、足元に転がっていた、ネジが飛び出た鉄のパイプを一瞬で拾い、思いっきりハゲの腹に向かって振り抜いた。
ハゲはそのパイプを腕でガードした。
ガイン!と、まるで金属同士ががぶつかるような音がした。
硬い!
サイボーグかよこのハゲ!
すかさずハゲがパイプを掴んで俺を引き寄せる。
咄嗟にパイプを握っていた手を離したが、体が浮かされた所に完璧なタイミングで拳が来た。
避けられない、ガードも間に合わない打撃が来た時は、踏ん張ってはいけない。
俺は身体強化で顔を守りながら脱力し、派手に吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた俺は、身体強化で受け身の場所をカバーしながら、廃材の山に突っ込んだ。
「レン兄!」
ポー達の悲鳴が上がる。
俺はすっと立ち上がって、ポーたちを安心させるために笑顔で言った。
「俺はこのツルッパゲと、話し合いをするから、お前ら一旦中に入ってろ」
俺は廃材の山からバールを握って肩に担いだ。
もちろん手の中に釘を隠す事も忘れない。
と、そこでハゲは殺気を収めて笑い始めた。
「くっくっく。
今ので鼻血だけとはな。
おう、レンっつったか?中々喧嘩慣れしてやがんじゃねぇか。
腹もふてぇし、こりゃサキが世話してる、てのも嘘じゃなさそうだ。
おめぇ、この後暇か?」
……このハゲ、俺を試しやがったな?
「…めちゃくちゃ忙しいです」
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