第66話 魔法士の卵(3)


「俺はデュー師匠のもとで魔力循環を修め、風の力で全ての敵を、困難を打ち倒す魔法士を!

 常に風と共にあり、風の様に生きたと言われる、風の大魔法士を目指します!」



 皆が沈黙した。

 その顔には、『え?どういう意味?』と書いてある。



「あっはっはっ!

 いいじゃない、風の魔法士!

 風ってあれだよね?

 ピューピュー吹くあの風だよね?

 いやー最高!」


 1人パッチさんだけは、楽しそうに笑っている。



 デュー師匠は頭をかいて、俺に質問をしてきた。


「まぁ何を目指しても構わんが…

 風でどうやって、敵を打ち倒すんだ?」



 デュー師匠に聞かれて、俺は風魔法の基本を答えた。


「え、それはやっぱり、基本はウインドカッターからですね。

 風の刃を飛ばして相手を切り裂きます」


「風の刃って何だ?

 何で風に切れ味があるんだ?」



 …確かに。



 確かラノベの説明によるとーー


「その鍵はずばり真空にあります。

 真空とは、空気がない状態です。

 真空の刃を飛ばして、相手を切り裂くわけです、はい」


「空気がないのに風なのか?

 そもそも空気がない状態を魔力循環でそう簡単に作り出せるとは思えんが…仮にできたとして、何で、空気がないと切れ味が出るんだ?」



 確かに…



 だが確か、人間が与圧されてない宇宙空間にいきなり放り出されると、一瞬で体が膨張して破壊されるというのを聞いたことがある。


 人間の体、特に水分は、大体1気圧位の力で常に空気に潰されていて、それを押し返す様に外側に広がろうとする力と均衡しているからだ。


 スナック菓子の袋を富士山の頂上に持っていくと、パンパンに膨らむのと同じ原理だ。


「この世界にある物は常に空気に潰されています。

 慣れてしまって何も感じないでしょうが、その力は非常に大きな力です。

 いきなりその空気が無くなると、外側に押し返そうとする力が空回りして爆散する、または体内の水分が蒸発する事で膨張し、結果的に切断または機能破壊される…筈です」



 全員が痛い子供を見る目で俺を見た。


 だが、宇宙空間に与圧部を作るのに、どれほどの頑丈な構造が必要か、なんて話をここでするわけにはいかない。



 俺は慌ててもう少しイメージの湧きそうな、レベル3の風魔法を紹介した。


「その他にも、シンプルなハリケーンという魔法も考えられます!

 大嵐の強風を再現する魔法です!

 威力を高めれば人間はもちろん、魔導車をひっくり返したり、建物を破壊したりする事すら可能でしょう!」


 このハリケーンには、ダンテさんが鋭いツッコミを入れてきた。


「う〜ん…

 建物が壊れるほどの風かい?

 ちょっと容易には想像がつかないけれど…

 確かに極めていけば原理的には可能かもしれないね。

 それだけの魔力を操作可能なら、普通に身体強化してハンマーで殴った方が遥かに効率がいい気もするけど」



 確かに…



 ちなみに、この国には台風は来ない。

 だから余計に風の力にイメージが湧かないのだろう。


 そして俺は、効率の話をしている訳じゃない!


 魔法の力でロマン溢れる現象を引き起こしたいという話をしているんだ!



「あっはっは!

 いいじゃないか、子供らしく夢いっぱいで!

 風の力で自由自在に空でも飛べる様になったら、僕にも教えてね?

 あっはっは!」


「ぎゃっはっは!

 そりゃいいな、そしたら俺がお前を師匠と呼んでやんよ!

 空飛ぶついでに女子のスカートでも捲ったらどうだ?

 このむっつり野郎が!

 ぎゃっはっはっ!」


「「ぷっ!」」



 こいつらぁ!


 いつか俺の風魔法で『ざまぁ』を食らわせる!



 俺はヤケクソになって、魔力を放出して体の周りを回転させ始めた。


 イメージは風魔法のレベル4、トルネードだ。



「うぉぉぉぉ!」


 風が逆巻いた。


 皆がピタリと笑いを止めた。



「…信じられないね…

 一度見ただけで、魔力を体外で循環させている」



「いや…

 放出するだけで、全然取り込めてない。

 おいガキ!

 ペースを落とせ、魔力枯渇でぶっ倒れるぞ!」



 そっか、循環させないといけないのか…

 確かにゴリゴリ魔力が削られているな。



 俺は魔力圧縮のイメージで、一度右手から放出した魔力を左手から体内へと循環してみた。


 だが難しい。


 一度体外を介する事で、身体強化と違い、放出と取り込みを同時に実現できるが、放出した魔力のほとんどは霧散している。


 だが…

 何としてもこいつらに風の恐ろしさを解らせる!


 俺は最後の力を振り絞り、魔力を一気に放出した所で意識が途切れた。



 ◆



 その逆巻く風は、騎士団員の漆黒のマントをバタバタとたなびかせ、デューの前髪をパラリと崩して、霧散した。


 アレンはその場に倒れた。



 ダンテは息をのんだ。


「…見よう見まねで体外魔力循環で風を起こして、意識を失うほど魔力を放出したのか…

 やはり魔力操作のセンスは群を抜いていますね」



 デューはその顔に、獰猛な笑みを浮かべた。


「そんな可愛らしいもんじゃねぇぞ。

 このガキ、最後は俺の言葉を聞いて、魔力を少しばかり循環させてやがった。

 しかも右手から放出しながら左手で吸収、なんて非常識な形でだ。

 はっきり言って、俺とも比較にならないほどの魔力操作のセンスだ。

 索敵魔法を仕込んだら、どこまで伸びるのか見当もつかん」



 そのデューの言葉を聞いて、立ち会った騎士団員たちは唖然とした。


 ここにいる人間の誰もが、このデュー・オーヴェル軍団長の、桁違いの索敵魔法魔力循環の才能を理解している。



「…いやぁ〜面白いものを見させて貰いました。

『風の力で全ての困難を打ち倒す魔法士』、ですか。


 …笑っていられるのは今だけ、かもしれませんねぇ」



 そういったパッチの顔は、どこまでも楽しそうだった。



 ◆



 話は体外魔法研究部へと戻る。



「俺の魔法士としての方向性は見えた。

 皆よりも遥か後方にいるが、これから俺も、魔法士を目指してここで研鑽を積ませてもらおう」


 その俺の自信に満ち溢れた言葉を聞いて、アルとドルはもちろん、周りで聞いていた部員たちも驚愕した。


 俺に性質変化の才能がない事は、部員たちも把握しているのだろう。



 くっくっく。



 あの日、王都中央駐屯所でぶっ倒れた後、しばらくして目を覚ました俺は、デュー軍団長に改めて弟子入りを申し込み、了承された。


 それから、騎士団の仕事を手伝いながら、体外魔力循環を教えてもらっている。



 望む所ではあるが、その鍛錬は過酷だった。


 先週末など、俺が何度言われても聴力強化には目もくれず、ぶっ倒れるまで魔力循環の練習ばかりしてたら、師匠デューがキレた。

 その結果、調査と称して吸血蝙蝠の魔物がアホほど出る光源の全くない洞窟に、木刀一本持たされて変な縦穴から飛び降りさせられて、出口を探して12時間彷徨った。


 下手したら死んでたぞ?



 だが、無理矢理に死の危険のある修行を積まされて、俺は聴力を強化する索敵魔法の大切さを学んだ。


 その魔法自体の有用性もそうだが、その体から離れた魔力を自分自身にリンクさせる感覚は、俺がやりたい風魔法にダイレクトに生きる事がわかった。


 やはり先人の教えは重要だな。



「本当か?

 流石はアレンだな!

 で、どんな魔法なんだ?」


 ふっふっふ。

 よくぞ聞いてくれた。


「俺の魔法、それは体外魔力循環を応用した、風属性魔法だ!

 俺は風と共に生きる!

 それが俺の魔法士道だ!」


「……また意味不明な事を…

 つまり魔力循環で風を起こすって事だろうが、それって何が目的なんだ?」


「ふっふ。まぁ見てくれ。

 この俺の、血の滲むような1ヶ月の修練の成果をな」


 そういって俺は、その場で自然体に立った。

 皆が固唾を飲んで見守っている。



「はぁぁぁ!!」


 魔力が渦巻く。


 俺はこの一月で、風速8m程の風を巻き起こしながら、半径5mほどの円でほぼ魔力をロスする事なく循環させる事ができる様になっていた。



「「きゃぁぁぁ!」」


 俺が巻き起こした風は、固唾を飲んで見守っていた幾人かの女子生徒の制服のスカートを捲り上げた。


 先程、ドルが俺のファンと言っていた三つ編みの清楚そうな女の子は、いや別にどうだっていいんだが、紫のど派手なーー



 俺が視線を感じ、はっと顔を上げると、その女の子は目に涙を浮かべて俺を睨んでいた。



「ご、ごめん、わざとじゃーー」


「最低です!」


 そういい残して、女の子は走り去って行った。



 ◆



 アレンは魔法士の卵として歩み始めた。



 従来の索敵魔法の概念を拡張し、『風属性』という誰もが使用可能な新たな(無)属性魔法を研究し始めた、という驚嘆すべきトピックは、しかしながら全然注目されなかった。



 スケベ心を働かした一部の男子学生が、面白がって大挙して体外魔法研究部に加入したばかりか、その『風でスカートを捲る』という技術の難易度の高さから、アレンの事を『まくり職人』などと陰で崇め始めたからだ。


 さらに、無駄に優秀なエロ男子学生たちは、風でスカートを捲るのに必要な魔力変換数理学上の条件を整理して、『アレンの公式』などと命名した。



 アレンの研究は完全に色もの認定された。



 その噂を聞きつけたフェイとジュエだけは爆笑し、逆にやたらと短いスカートを履いて、アレンの周りをウロチョロし始めたが、この所人気が急上昇し、ファンクラブ設立の動きまであった、アレンの女子生徒からの株は地に落ちた。



 それどころか、普通に風が吹いてスカートが捲れるだけでアレンの株が下がる、という昔のことわざのような不思議現象が出現したのであった。


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