第51話 弓の鍛錬と初依頼


 互助会への入会で、予定よりも学園への帰宅が遅くなってしまったが、俺は弓の訓練に来ていた。



 王立学園にある弓の訓練施設は、武具屋にあったバッティングセンター風の縦長の屋内訓練施設の他に、森や山岳地帯を模した障害物が配置されたいかにも金のかかってそうな施設がある。



 流石は最高学府という感じだ。



 初めてこの学園を見た時は、この王都に何て無駄にだだっ広い場所を取っているのかと思ったが、今となっては納得だ。



 だが、少なくとも昨日今日は、俺の他に弓の訓練場を使っている学生はいない。


 魔法のあるこの世界。

 しかも王国騎士団への入団がほぼ決まっている学園生には、ステラが言っていた様に、あまり弓という武器は人気がないのだろう。



 俺はとりあえず、シンプルなバッティングセンター風の施設で、基本動作を徹底的に鍛えることにした。


 使用する矢の種類は2種類で、使い放題だ。



 木を尖らせただけの、シンプルな木の矢。

 鉄の鏃がついた、貫通力の高い鉄矢。



 20本入る矢筒から取り出し、矢を番え、引く。


 矢にも一本一本、僅かに癖がある。

 矢を放つまでの、ほんの僅かな感触の違いから、狙いを修正する。



 これは頭で考えるものではなく、感覚的なものだ。



 まずは丁寧に『型』の練度を上げていく。



 自分の思い描いた通りに矢が放たれるのは、10本に1本もない。



 次に、なるべく早く矢をつがえ放つ、速射性の練度を上げて行く。



 矢は全て的の中心付近を捉えているが、この訓練では自分の感覚として『狙い通り』と思える矢は皆無に等しい。



 木の矢を1時間、鉄の矢を1時間、計2時間弓を引くと、魔力量には問題はないが、腕はパンパンになる。


 自分の腕の筋力の疲労具合によっても、矢を放つ感覚は変わってくる。



 まだ手をつけていないが、動きながらだったり、高低差のある射撃は、また感覚が異なるだろう。



 弓は奥深い。


 実に奥深く、実に楽しい。



 心地よい疲労を腕に感じながら、俺は明日からの週末の探索者活動に期待を膨らませながら、いつもより早めに眠りについた。



 ◆



 翌日。




 アレンは、王都の下町にある工事現場に来ていた。



 当初の予定では、アレンは今週末、アルとココと共に探索者活動をする予定だった。


 だが、昨夜2人がアレンの部屋に訪ねてきた時に聞いた話によると、2人はDランクに格付けされた様だ。


 2人は本部での面談で、Gクラスから修行を積みたいと申し出たが、威圧感のあるサトワとは別の副会長に、逆にこってりと説教されて、取り付く島もなくDクラスとして登録されたとの事だ。


『めちゃくちゃ恐い、オディロンさんって人と面談したんだが、全く取り合ってもらえなかったぞ?

 アレンは一体どうやってGクラスなんて認めさせたんだ?』


『俺の時は、たまたま優しげな人が担当してくれたから、丁寧にお願いしたら認めてもらえたよ。

 まぁ運が良かったんだな』



 アレンはそのようにそういって落ち込むアルとココを励ましたが、2人は疑り深そうな顔でアレンをを見た。



 もっとも、普通に考えれば王立学園生がGランクで登録するのは不合理なので、オディロンの判断は当然と言える。

 そんな訳で、GランクとDランクでは受けられる依頼の難易度が異なるので、アレンが同じ依頼が受けられるランクに上がるまでは、取り敢えず別々に行動すること事としている。


 もっとも、パーティを組んだり、非公式に外注を受けたりといった抜け道も無いわけではない。


『レン、お前は今日、アムールについて建物の解体現場の手伝いに行け。

 工期が遅れているらしく、泣きつかれていてな。

 人手が全く足りん』


 朝の8時にアレンがりんごの家に行ったところ、リンドからこんな指示を受けた。



 道すがら、アムールからアレンが聞いた話では、この解体現場作業というのは、今の王都ではあまり人気のある仕事ではないらしい。



 リアドが言っていたように、薬品素材の需要に供給が間に合っておらず、買取価格が高騰していた。

 そちらに低級探索者たちが群がっている為、その他の仕事に人が集まりにくくなっている。



 特に、施工契約が遥か前に為されているこの手の仕事は、人が集まらないからと言って人件費を簡単に引き上げることもできず、その肉体的な負荷も相まってフリーの低級探索者はほぼ来ない。


 そこで、『りんごの家』の様な、施工主と持ちつ持たれつで昔から付き合いのある互助会が、探索者を斡旋することで何とか仕事を回しているのだが……。



「ちっ、何で俺らがこんな割にあわねぇ仕事に回されなきゃならねーんだよ。

 一昨日、ラウンド・ピースのやつらがユーク草のちょっとした群生地を見つけて、随分稼いだみたいだぞ?

 くそ、早く採取しないと、どんどん採取地が遠くなって、効率が悪くなっちまうってのに…」


「ほんと、運がねぇよなぁ…

 俺らが次に採取依頼に回れるのは3週間後だぜ?

 それまでこの薬草の高騰バブルが続いているとはかぎんねぇのによ…

 会長も、落ち目の建築会社なんて、この機会に切っちまえばいいのにな!」



 日雇い労働に従事しているような、現場の探索者たちは、当然面白くない。


 彼らの収入が日当である以上、少しでも割の良い仕事に回りたいと考えるのは当然のことだ。


 しかも彼らは、この薬品類の高騰の理由戦争を正確に把握していない。


 情報を正しく理解していれば、早々に値を崩す心配はない事は自明だが、それでも彼らの焦りは変わらなかっただろう。


『今日いくら稼ぐか』

 これこそが彼らの行動原理であり、最優先事項だからだ。



 彼ら、互助会『ゴールド・ラット』の2人は、そんな風にイライラを募らせながら、今日担当する建物の解体現場に、集合時間ギリギリに到着した。



「おい、見ろよ…

『りんご』のアムールが、見ねぇガキを連れてやがんぜ?」


 1人の男がアレンとアムールに気がついた。


「くくく。

 あいつら、あの時代遅れの親父に嫌気が差して、働き盛りの上の世代が大勢抜けて、てんやわんやだって聞いてたが、ついにあんなお上りのガキを引っ張り込むまで落ちぶれやがったか」


「ちょうどいい、あいつらにダルい作業は全部押し付けて、ついでにストレス解消にちょっと脅かすとするか」



 ◆



「何やってんだテメェら!

 次が溜まってんぞ!」



 今日俺が来ている現場には、りんごの家からは俺とアムールの兄貴の2人。


 その他に先輩探索者と思しき18歳前後の探索者が2人手伝いに駆り出されていた。



「畜生、あいつら自分達がランクFだからって、偉そうに仕切ってキツい仕事ばかりこっちに押し付けやがって」



 俺たちは今、『ガラだし』という仕事をやっている。



 依頼主である施工業者が魔導建機を使って崩していく建材ガラを、素手で運び出し用の車両に乗せていく仕事だ。



 作業ペースを兄貴に合わせているので、はっきり言って、俺にとってはキツくも何ともないただの作業だが、身体強化魔法の練度が不十分なアムールの兄貴はかなりキツそうだ。



「兄貴、こういう事ってよくある事なんですか?」


 俺はアムールの兄貴に聞いてみた。


 作業自体は別に苦にならないが、あいつらのあの、明らかにこちらを貶めてやろうというニヤケ面は、実に癇に障る。



 兄貴から許可が出たら、即座にボコボコにして、どちらが上かの序列を解らせてやる必要があると考えていた。



 姉上なら、とうの昔に顔の形を判別できなくしている頃だろう。



「いや、普通はここまで露骨にやる事はねぇ。

 依頼主も見ているし、依頼主の満足度が低いと、協会の評価にも影響するからな…

 りんごの家うちは今ちょっと訳ありでよぅ。

 上の人間が、ごっそり抜けちまったから、よそに舐められているんだ」



 この言葉に俺は驚いた。


 このバリバリのアウトロー路線を張っている(と思われる)、リンゴ・ファミリーが舐められていると言うのだ。



「…兄貴…

 俺はお袋から、潰されそうになったら、逆に全てを叩き潰すくらいの気概をもたねぇと舐められると教わってきやした。

 あの呑気なツラで水撒いてるだけのボンクラどもの顔を、どっちがどっちかわからねぇくらいに形を変えてきやしょうか…?」


 やつらは、ヘラヘラとこちらを見て笑いながら、粉塵防止の水撒きをしているだけで、ほとんど何もして無かった。



「…貴族のくせに、すげぇ親もいたもんだな…

 …こっちから手を出したら負けだ。

 ここは我慢して、さっさとFランクに上がっちまう方が得策だろうよ。

 俺はもうすぐFに上がれる筈だし、親父からも他所との揉め事は慎む様に厳しく言われてるからな」



 なるほど。


 なんでアムールの兄貴が、ここまで舐められて我慢してるのか不思議だったが、おやっさんに止められているのか。


 しかももうすぐ昇級が待っていると。


 俺は兄貴の顔を立てて、今日のところは我慢する事にした。



 と、思っていたら、何もしていないボンクラどもはこんな事を言い出した。



「あぁあぁ、そんなでけぇガラをそのまま積み込むんじゃねぇよ!

 このクソガキどもが!

 てめぇらみてぇな使えねぇガキどもと仕事すると、こっちの評価に差し障んだろうが!」


 そう言ったボンクラAは、ハンマーを振りかぶり、俺とアムールの兄貴が持ちあげようとしていた大きめのガラに向かって、思い切り振り下ろした。



 俺たちは咄嗟にガラを手放したが、砕かれたガラの破片が兄貴の額に刺さり、血が流れた。



 これを見て、俺は、一線を超えたな、と思った。


 にも関わらず、それを見たボンクラBは、追い討ちにこんな事を言ってきた。



「ちっ、近頃の『りんご』は、安全管理も碌にできねぇのかよ…

 お前ら、依頼主に、『今日は先輩たちに色々教えてもらって助かりました。にも関わらず、不注意で怪我してしまい、先輩たちに迷惑かけてすみません』って今すぐいってこい!」



「…ざけんじゃねぇぞ、テメェら!

 こんな事してー」


 優しい兄貴は、まだ口で警告をする様だ。

 だが俺は、時間の無駄と判断し、ハンマーを、握った。



 そして、そんな俺を見て何か言おうとしたボンクラAが立っている足元目がけて、身体強化を全開にしてハンマーを振り下ろした。



 砂塵が舞い上がった。


 足元にあったガラは、粉々に粉砕された。



 理解が追いつかないのだろう。


 ボンクラどもは口をパクパクしている。


 アムールの兄貴も、なぜかパクパクとしている。


 俺に何かのメッセージだろうか?


 …なるほど。

 さっぱりわからんが、自分は昇級前で強く出られねぇ、やっちまえ、かな?

 きっとそうだ、間違いない。



「てめぇら……リンゴ・ファミリーを舐めてやがんのか?」



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