第52話 ボンクラどもとfランク


「てめぇら……リンゴ・ファミリーを舐めてやがんのか?」



 兄貴の許可も出た。


 俺は、ゆらり、と、ボンクラどもに詰め寄った。


 すでに肩に担がれたハンマーの間合いだ。



「て、ててめぇ、俺らはこの王都東支所で2番目にでけぇゴールド・ラットのメンバーだぞ?

 俺らに手を出したら、今のリンゴなんてー」


 俺は口を開いたボンクラBの足元に向かって、再びハンマーを振り下ろした。



 砂塵が舞い上がる。


 俺が手をうっかり滑らせれば、怪我では済まない事は明白だ。



 足元が粉々になったBは、その場で顔面を真っ青にして尻餅をついた。

 それを見たAは、歯をガタガタと震わせながら、腰からナイフの様な物を抜いた。



「抜いたな?」


 俺は口元を三日月型に歪めた。


 この世界は、かなり暴力に寛容だ。

 だがそれは、素手の場合に限る。


 街中で危険な武器を、皆が携行しているんだ。


 これを気軽に抜いて喧嘩なんかしていたら、社会は立ち行かない。


 理由なく抜くだけで、王国騎士団及び警察の捕縛対象。


 故意に人を武器で傷つけると、たとえ相手が軽症でも、犯罪奴隷として鉱山送りも十分あり得る。



 と、そこで、依頼主の施工会社の人間である、現場監督と思しき男が、慌てて駆け寄ってきた。


 先程まで、俺たちがこいつらに散々理不尽な事を言われていても、見て見ぬ振りを決め込んでいた男だ。



「お前ら、何やってる!

 協会に報告するぞ!」


 俺は、止めに入った現場監督を安心させる為、その場にハンマーを置いて、宣言した。



「安心してくだせぇ、監督さん。

 たった今までは、先輩方が、ハンマーの使い方を教えてくれていただけの事でさ。

 何も問題はありやせん。


 だが、流石に仕事の道具で事故が起きちゃ、監督さんとしても不味いでしょうから、俺は今素手になりました。


 こっから先は、仕事現場で私物のナイフなんぞを抜いたボンクラを、同じ探索者としてやむを得ず止めるだけのこってす。


 俺たち探索者は、舐められたら終わり、ってのが嫌と言うほど身に染みてましてねぇ…

 このボンクラどもは、どうも序列をハッキリさせないとわからねぇみたいなんで」



「いや、レン、お前登録したての新人…」


 兄貴が何事かを呟いたが、俺は構わず殺気を滲ませてナイフ野郎に詰め寄った。



「お前らがこいつらに無茶を言われても、耐えて真面目に仕事をしてた事は分かってる!

 だが、ここで怪我人なんぞをだして仕事が遅れたら、流石に評価するわけにはいかんぞ!」



 お、意外だな…仕事はちゃんと評価してたのか。


 だが兄貴が怪我をした時点で、俺には泣き寝入りするという選択肢はない。


 俺の頭は冷静だが、一方で自分でも意外なほど腹を立てていた。

 この、不器用ながらも後輩に優しい兄貴の事がかなり気に入っていたからだ。



「なに、この後俺が3人分働いたら何も問題は無いでしょう。

 野郎はエモノを抜いてますが、俺は別に殺すつもりはありやせん。

 ちょっとこのボンクラどもの顔を、ぶん殴るだけです。

 どっちがどっちだったか、分からなくなるまで、ね!」


 俺は笑顔で、さらにずいと詰め寄った。


 ここで相手が、先に手を出してくれたら、言い訳は完璧だと思っていたからだ。



 すると、拍子抜けにもボンクラどもは、12歳の、しかも素手のガキに凄まれて、悲鳴を上げながら逃げていった。



 ここからがいいところなのに…



 ◆



 俺は宣言通り、怪我をした兄貴に水撒きをお願いして、3人分の力仕事をした。



 最初は『また工期が遅れる…』と、頭を抱えた現場監督だったが、帰る頃にはすっかり上機嫌になっていた。



「信じられない体力してるな、レン君。

 3人分どころか、5人分は働いたんじゃないか?」



 もう1人の依頼主側の会社の人、重機でずっと建物を壊していた、タオルを頭に巻いた初老のじいちゃんも褒めてくれた。


「全くだ。

 この道40年の魔導重機使いであるワシが、たった1人でガラ出しをしとる小僧にせっつかれるとはなぁ。

 参った参った!


 …舐められたら終わりなのは、ワシら現場作業員もおんなじよ。

 あのまま、あの使えねぇ奴らに泣き寝入りしてたら、いくら真面目に働いたってワシも監督も、お前らを認める事は無かったろう…だが…

 だっはっはっ!

 いやぁおもしれぇもん見せてもらったわ!」



 俺は、じいちゃんが重機で建物を壊して、ガラがある程度貯まるまでの時間、ペースに多少余裕があったので、魔力圧縮しながら監督や兄貴と雑談したりして待つ時間があった。


 もっとも、その事がじいちゃんの闘志に火をつけて、物凄い勢いで働く事になったが…



「あいつらが難癖つけてこないように、お前らが一方的な被害者だってことは、施工会社うちから協会に正式に報告を入れておく。

 そんで、お前ら2人の今日の現場評価はAだ!」


 そのセリフを聞いて、兄貴は驚いた。


「いいのか!?

 A評価は追加報酬の対象だぞ?

 レンはともかく、俺は途中から水を撒いてただけだ」



 それを聞いて、現場監督はニヤリと笑った。


「あのゴールド・ラットの奴らに払う報酬が無くなった上に、予定の倍の進度だからな。

 アムール君も怪我の前までは十分頑張っていたし、受け取ってくれ。

 レン君には追加報酬に色を付けておこう。

 これが依頼完了届だ。

 その代わり、また手伝いに来てくれよ?」


 監督はそう言って、バーコードのようなものが付いたサイン入りの紙を渡してくれた。



「「ありがとうございます」」



 ◆



 帰りに、純度の高そうな鉄っぽい廃材を一つもらった。


 気前のいい監督に当たると、廃材を一個土産に持たせてくれる事があるらしい。


『りんごの家』の庭に転がってたのはこれか。


 売っても二束三文の様だが、俺と兄貴はウンウン唸りながら、なるべく目方のありそうな物を選んだ。


 監督から、『そんな重そうなの選びやがって、お前はまだまだ元気そうだな!』なんて笑われたが、何だか今リンゴは大変みたいだし、これを土産にして少しでも世話になる恩返しができればいい。




 東支所でもらった報酬は、兄貴が200リアル、俺は何と400リアルも貰えた。



 契約では、1日150リアルだったので、倍以上だ。


 監督は、あのボンクラ2人に支払う予定の浮いた報酬を、全て俺たちに回してくれたみたいだ。



 ホクホク顔で、支払いを待っていると、受付のおねぇちゃんが、こんな事を言い出した。



「おめでとうございます!

 お二人とも今日でFランクに昇格ですよ!」


 …ちょっと待て。


 もうすぐ上がりそうだった兄貴は分かるが、何で俺が初依頼をこなしただけで、ランクが上がるんだ?



「何かの間違いではないですか?

 兄貴は分かりますが、俺は今日が初依頼だったんですけど…」



「え?そうなんですか?

 それは確かに変ですね…

 ちょっと確認して来ますね!」


 そういって一度奥へ引っ込んだお姉さんは、2分ほどしてから笑顔で出てきた。



「おめでとうございます!

 きちんと上司にも確認したが、間違いでは無かったですよ!

 あなたは昇格条件を満たしていました!

 凄いですね、初回依頼でそれだけの評価を付けられるなんて、よほどの成果を出したんですね!

 私も結構長い事受付をしていますが、ちょっと聞いた事がないですよ?」



 兄貴に、『すげーじゃねぇか、レン!

 俺だって一回の依頼で昇格するやつなんて聞いた事ねぇぞ?!』なんて言われた。



 …まぁいいか。

 探索者のルールによると、Fランクになって受けられない依頼は無い。



 俺は、少し釈然としない気持ちを抱えながらも、素直にあの監督の好意を受ける事にした。



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