第50話 互助会


「互助会への勧誘ですよね?

 これからよろしくお願いします」



 互助会に勧誘するという事は、彼らは先輩探索者という事だ。


 俺ははっきり言って、探索者活動についての現場知識が乏しすぎる。



 リアド先輩は忙しそうだし、互助会の存在を職員のアーニャさんに聞いた時から、彼らの様な、近しい先輩の必要性は感じていた。



 丁寧に頭を下げる俺を見て、あれほど威勢の良かった先輩達は、呆れたような、毒気を抜かれた顔で俺を見てきた。



「お、おう。

 どこかの田舎貴族家出身の、世間知らずのお上りかと思ったら、中々思い切りがいいじゃねぇか」



 そんな田舎くさいかな?



「この春に王都に来たばかりの、田舎貧乏貴族のお上り三男坊です。

 これからどうすればいいでしょうか?」



「大物なのか、それともただの馬鹿か…

 何か調子狂うな…

 とりあえず、上役への面通しだ。

 ついてこい」



 ◆



「お前、名前は何だ?」


「はい、俺のことはレン、と、そう呼んでくだせぇ」


 俺はあらかじめ考えていた偽名を名乗った。


 昨日武具屋で咄嗟に口から出た名前が『ポーク』で、猛烈に後悔したからだ。



「そう呼んでくれ、ねぇ…

 まぁいい、うちのファミリーは『訳あり』も歓迎だ。

 深くは聞かねぇから、心配すんな」


「助かりやす」


「…お前そんな喋り方だっけ?」




 俺が悪ノリしながら、諸先輩、アムールとロイについて行った先は、王都一条通りよりも外側の、いわゆる下町と言われる地域に建つ荒屋だった。


 王都近郊にこれほどボロくさい建物が未だにあるのかと驚くほどの、古い木造の建物だ。



 表札には『りんごの家』と可愛らしい文字で書かれている。



 だが、絵に描いたようなアウトロー路線の勧誘に、運命を感じた俺に不安はない。



 いつ崩れさってもおかしくないほど、ボロくさい門の内側を見ると、庭にはクギが刺さった棍棒や、鉄のパイプの様な物が山となって置かれている。


 恐らくカチコミ殴り込みにあった時のバリケード兼、こちらからカチコむ際に即座に武器を握って走り出す為の準備だろう。



「アムールのアニキ…

 おやっさん上役というのは恐ろしい人なんで?」


 俺は、背の高い方のアニキ、アムールに聞いてみた。



「…めちゃくちゃに恐い…

 探索者としても、Bランクを持っているから腕っ節も半端じゃねぇ。

 レンも機嫌を損ねないよう、十分注意しろ。

 まぁついてくりゃあ分かる」


 アムールは震える声でそう告げてきた。


 おぉ!

 Bクラスの探索者といえば、田舎の支部には存在しない、一流と言える探索者だ。

 教えを乞うに十分値する。



 キイキイと建て付けの悪い、古ぼけたドアを開けた途端、中からドスの効いた怒鳴り声が飛んできた。


「遅ぇぞ!

 この人手が足りねぇ時に何処ほっつき歩いてたんだ、この馬鹿ども!」


 その声を聞いて、先程まで肩をいからせて歩いていた背の低い方のアニキ、ロイが途端に猫のように背中を丸めた。



「す、すまねぇ親父!

 見るからに、探索者登録したてのお上りがいたから、互助会に勧誘しようと思って待ってたんだけど、図書室に篭って中々出てこねぇもんだから遅くなっちまった!

 けどちゃんと連れてきたから!

 勘弁してくれ」



 おやっさんは、人相の悪い顔でギロリ、と俺のことを睨みつけた。


 真っ白な口髭に、短く整えられた頭髪。

 身長190cmはあろうかと言う、偉丈夫だ。


 俺は別に何とも思わないが、普通の人間ならその威圧感に、萎縮して即逃げ出しているだろう。



「勧誘だぁ?

 こんな育ちの良さそうなガキが、おめえらみてぇな人相の悪い奴らの勧誘についてくる訳がねぇだろうが!

 大方無理矢理引っ張ってきたんだろ、この馬鹿ども!」


 そういっておやっさんは、アニキ達の頭へ鉄拳を下ろした。


 俺は慌ててフォローした。



「誤解です、おやっさん!

 探索者に成り立てのお上りで、右も左も分からないもんで、アニキ達に誘ってもらって喜んでついてきたんでさぁ。

 もし良ければ俺をこのリンゴ・ファミリーに置いて、探索者のいろはを教えてくれやしませんか?!」



 俺の言葉を聞いたおやっさんは、『何がリンゴ・ファミリーだ!』と、アニキ達に再び鉄拳を下ろして、俺を睨みつけた。



「…そんなこ綺麗ななりして変わった野郎だな。

 こちらとしては人手が足りねぇから、加入させるのはかまわねぇが…

 こいつらからどう説明を受けたか知らねぇが、うちは食い詰めたガキどもが、探索者として独り立ち出来る様に探索者のイロハを叩き込む事を目的にしてる互助会、『りんごの家』だ。

 孤児院も兼ねていて、当然満足に稼げねぇガキどももいるから、年長者が割を食う事も多い。

 それでもかわまねぇってんなら、この俺が直々に仕込んでやってもいいが…」



 俺は迷わず頭を30°下げ、前世で見たドラマで若い衆が使っていた言葉で頼んだ。


「よろしくおねがいしやす」



「…その似合わねぇ、妙な言葉遣いは止めろ。

 とりあえず、探索者ライセンスを出せ」



 …折角偽名を考えたのに、探索者ライセンスには名前が書いてあるんだよな…


 俺が出し渋っていると、アムールがフォローした。



「親父。

 レンはどうも『訳あり』みたいなんだ…

 勘弁してやっちゃ貰えねぇか?」


 おやっさんはギロリとアムールを睨みつけて、キッパリ拒否した。


「だめだ。

 別に訳ありだろうが、真面目に働く気があるならかまわねぇが、俺にはこの『りんごの家』を預かっている責任がある。

 通り名を名乗るのは勝手だが、俺にはスジを通せ」


 おやっさんに真っ直ぐに見つめられ、俺は言葉遣いを直してライセンスを出した。


「わかりました。

 よろしくお願いします」



 おやっさんは、俺のライセンスを見て頭を抱えた。


「てめぇか、シェルの野郎が言ってた酔狂なガキってのは…なんてもん拾ってくんだてめぇら!

 もういいから、てめえらはあっちへ行って、夕飯の支度を手伝ってこい!」


 みたび鉄拳を下されたアニキ達は、訳がわからない、といった顔で頭をさすりながら奥へと消えて行った。



「あの、シェルというのは…」


 何でそんな聞いた事もない人から、俺のことを聞くのだろう…


「あん?

 …まぁ昔からの飲み仲間だな。

 お前が気にするこっちゃねぇよ。

 それより、何が目的だ?

 はっきり言って、うちより条件のいい、優しく活動を支援してくれる互助会はいくらでもあるぞ。

 お前なら引く手数多だろうよ。

 今からでも変えたほうが、お前のためになると思うがな」


 おやっさんは、迷惑そうにそう言った。



「目的は、先程言った通りです。

 探索者活動の事が、何もわからなくて困っていたところで、お二人に声をかけて貰ったので、こちらに加入の手続きに来ました。

 その時のアニキ達の勧誘の言葉が気に入って、こちらにお世話になりたいと思った。

 それだけです。

 そして、その気持ちは、今も変わりありません」


 別に手取り足取り教えて欲しい訳じゃない。

 しかも、学園の看板や、俺に関する妙な噂を信じて擦り寄ってくる輩など冗談ではない。


 俺は、おやっさんの目をまっすぐ見つめ返しながら答えた。



「はぁ〜。

 …仕方ねぇな。

 本当に妙なガキだ。


 …加入を認めてもいいが、2つ条件がある」


 俺は緊張して続きの言葉を待った。


「一つは、お前が今後どれだけ偉くなっても、ここにいる人間に施しをする事は許さねぇ。

 たまに、食いもんを差し入れるくらいはかまわねぇがな。

 これはお前だけじゃなくて、この互助会を巣立っていったやつ全員に言ってる事だ。

 理由はわかるか?」



 俺は頷いた。


「自分の足で立たせるため、ですか」



「ふん。

 お勉強ができるだけじゃねぇみたいだな。

 その通りだ。

 何が施しで、何がOKかは、それを基準に考えろ。


 そしてもう一つの条件。

 学業に支障をきたす様な、無様な真似は俺が許さねぇ。

 お前の場合はクラス落ちや、学園退学、なんて事があってみろ。

 即、この互助会はクビだ」



 …これは難しい条件だな。


 どちらもこの先、十分起こりえる。

 できれば交渉で条件を緩和しておきたいところだ。


「…なぜでしょうか?

 俺は別にクラスに拘るつもりはありません。

 もっと言うと、場合によっては学園を退学してでも、自分のやりたい道に突き進む覚悟をもっています」


 おやっさんは暫く俺を値踏みする様に見ていたが、首を振った。



「…オメェの覚悟は、まぁ分かった。

 だが、それでもだ。

 俺にもこの『りんごの家』で、人を育ててきたという自負がある。

 ガキどもにも、幼年学校には行かせているしな。

 この互助会に入って、お前が潰れた、なんて噂が立つのは、俺のプライドが許さねぇ」



 …なるほどな。


 おやっさんは自分のプライド、なんて言ってはいるが、俺が潰された、なんて噂が立って、この互助会の運営に支障をきたすのを心配しているのだろう。


 確かに悪い噂が立っては、人も集まりにくくなるだろうし、仕事の依頼にも影響が出るかもしれない。


 不器用そうな人だが、この『リンゴの家』を大事にしてるんだな…



「…俺は、自分の信念の為に、もしかしたら不義理を働いてしまうかもしれません。

 その時は首でも一切文句ありません。

 もちろん、できる限りこの互助会の運営に支障が出ない様に配慮します。

 どうか加入を認めて貰えませんか?

 よろしくお願いします」


 俺は改めて頭をきっちり45°下げた。



「はぁ〜。

 こっちの考えを一瞬で読み取って先回りしやがって…

 ホントに可愛げのねぇガキだな。


 …この書類にサインしろ。

 上がりの20%がこの互助会の口座に入る。

 20%のうち、15%はお前が独り立ちする時に返してやる。

 お前に限ってないとは思うが、どうしても資金繰りに困ったら、途中で引き出してやるから相談しろ」



「分かりました!ありがとうございます!」


 こうして俺は、互助会『りんごの家』に加入した。


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