第47話 初めての装備(4)


「あら彼女?

 可愛らしい子ね。

 彼を捕まえていて悪かったわね。

 後はナイフを選ぶだけだから、もうすぐ終わるわ」



 フェイは、この誤解を聞いて、たちまち上機嫌になった。


 だが俺はルージュさんの誤解を即座に否定した。



「全くの誤解です。

 取り立てて親しくもない、ただのクラスメイトです」


「そんな!

 つい先日、お前の金で魔道具を100個作れ、なんて命令しておいて、ただのクラスメイトだなんて!」



「…女の子には優しくしなきゃダメよ?」


 ルージュさんに白い目で見られた…


 だが、この件については俺も強くは出られない。


 さっさとムジカ先生に部費の申請をして、精算しないと事あるごとに言われるな…



「ドラグーン家の跡取りに、何という傍若無人。

 これが噂のアレン・ロヴェーヌ…」


 副支店長のルンドが呆気に取られて心の声を漏らした。

 様つけるの忘れてるぞ。


 我に帰ったルンドが続けた。


「支店長!

 こちらのお客さまは、今年の王立学園の入学試験でAクラスを獲得した皆様方です。

 その、支店長はアレン・ロヴェーヌ様の接客を…?」



 ルンドが心配そうにルージュさんを見た。



「ええ、必死に値札をひっくり返しながら商品を見てたから、可愛くってつい声をかけちゃったわ。

 彼は普通に接客して欲しいって言ってたけど、やっぱり天下の王立学園生ですもの。

 敬語を使った方がいいかしら?」


 からかい半分、といった様子でルージュさんが俺に聞いてきたので、俺は『勘弁してください』と答えた。



 そこで、ステラが俺が手に持っているショートボウを見て言った。


「私らにも普通に接してくれていいぞ。

 ところでアレン、折角あのライオと互角に使えるのに、剣は辞めてショートボウにしたのか?

 狩猟という意味では悪くはないが、騎士としてはあまり使われる武器じゃないぞ?

 せめてロングボウにした方が良かったんじゃないか?」


 この質問を聞いて、ルージュさんは驚いた顔をした。


「あら、アレンは騎士志望だったの?

 そこの彼女のいう通りよ。

 きちんと確認すればよかったわね。

 ロングボウに変える?」



 ルージュさんは、そう提案してくれたが、俺はすでにこの『ライゴの弓』に愛着を持っていた。

 しかも別に騎士志望でもない。

 ついでに言うと、別に剣士を目指している訳でも、世界最強を目指している訳でもない。


 面白おかしく生きるために、最低限の強さがあればいいのだ。


「いえ、これがいいです。

 実際使って、必要があれば他の選択肢も検討します。

 特に騎士を目指しているわけでもないですし」



 ルージュさんはにっこりと笑った。


「そう。

 まぁあなたのセンスなら、ショートボウで磨いた技術は、ロングに転向してもすぐに活かせると思うわよ」



「…少し目を離した隙に、また随分と親しくなられたのですね。

 これだから、アレンさんからは目が離せません。

 これはもう、D狙いから囲われた女の1人を目指す事にした方が現実的かもしれませんね…

 いえ、レベランス家の私が勝負がつく前に白旗なんて…

 いやでも…

 この私が、何が正解かわからない…

 …くつくつくつ…これが恋かしら…?」



 それは恋じゃねぇよ。



 ジュエは謎の独り言を吐きながらくつくつと笑ったが、フェイとステラはジトッとした目で俺を見てきた。



「さ、ナイフを選びましょうか」


 ルージュはそう言って、刃渡り20cmほどの銀色のナイフと、刃渡りが30cmほどの、ずっしりと刃に厚みのあるナタのような形の刃物を近くのテーブルに並べた。



「どちらも、最近王都に店を構えたばかりのバンリー社のものよ。

 新興企業だけど、ザイムラーから独立した職人が立ち上げた会社で、流石に本家とは使っている素材が違うけど、値段の割に、中々いい仕事をしていると思うわよ」



 …流石、この若さで支店長を張るだけの事はある。

 俺のテンションは急上昇した。


 だが、チラリと目に入った値札を見て、俺は戸惑った。



 ナイフの方は、1800リアル、ナタの方は2200リアルだ。


 出せない額では無いが、予算をオーバーしている。



「ふふ。

 そんな顔しないで。

 心配しなくても弓と胸当てを合わせて2500リアルでいいわよ。

 王立学園生へのおべっかだと思わないでね?

 きちんと利益は出るし、これは貴方を探索者として見込んだサービスよ。

 これからも贔屓にしてくれるのでしょう?」


 ルージュさんは悪戯っぽく笑った。

 こう言って貰っては、断るのも失礼だろう。


 俺は甘んじて受けることにした。



「ありがとうございます。

 稼げるようになったら、また買い物をさせてもらいます」


「ふふっ。

 そう言って貰えてよかったわ。

 さ、この2つだけど、ナイフの方は主に植物系の素材の採取に使うための物よ。

 きちんと手入れをすれば、小型の魔物の解体ならできるし、大きなものでも血抜きや内臓の処理なんかの最低限の処理をする事が出来るわ。

 ナタの方は、藪に入って細い枝を打ったり、中型の魔物の解体なんかに使い勝手がいいわよ。

 何を目的に探索者をするかで選んではどうかしら」



 俺は説明を聞いてウンウン唸って散々悩んだ。


 そんな俺を見て、ステラが助言をくれた。


「アレンならどうせすぐ稼げるようになるんだから、金が貯まったらまた買いに来ればいいだろう。

 どちらか決められないなら、ナイフの技術は磨いておいて損はないと思う。

 例え騎士団に入らないとしても、あらゆる武器と組み合わせて使って戦闘に幅を持たせることができるからな」


 なるほど。

 実に男勝りなステラらしい考え方だ。


「流石ステラだな!

 じゃあ今回はナイフにするよ」



 俺は、今回は男勝りなどと余計な事を言わずに、それだけを言った。


 だがステラは心の声を正確に読んで、睨みつけてきた。


「…喧嘩売っているのか?」


 そういう勘のいいところだけは女子かよ…



 ◆



 アレン達が店を出た後。


「どうしたんですか?

 いつもはあれだけ『安易な値引きはするな、自分たちがつけた価格に誇りを持て』と厳しい支店長が、大嫌いな王立学園生に、あれほどサービスするだなんて。

 あのナイフの値札、わざわざ付け替えたんですか?

 あの価格は仕入れ値でしょう。

 弓と胸当てを合わせたら、利益どころか赤字ですよ?

 王立学園生に興味のない支店長にも、さすがにアレン・ロヴェーヌの噂は耳に入っていましたか?」



 アレン達が帰った後。


 副支店長のルンドは、いつもは気難しい上司に質問した。



「知らないわよ。

 彼に言った通りよ。

 探索者としてうちの店を贔屓にして欲しいと思ったから、サービスした。それだけよ?」


 ルージュは上機嫌に答えた。


「あの天才と名高い、ライオ・ザイツィンガーを押さえて今年の実技試験でトップ評価を獲得した超新星ですよ?

 私としては、せめて値引きしている事を伝えて、恩を売るべきだと思いますけどね」


 ルンドは熱っぽく訴えたが、ルージュは笑うばかりでそれには答えなかった。



 ◆



「さっきは済まなかったな、アレン。

 正体バラしちゃって」



 店を出ると、アルが申し訳そうな顔で、律儀に謝ってきた。


「まぁいいさ。

 あらかた買い物も終わっていたし、これからも来ることを考えたらむしろ結果オーライさ」



「そう言ってもらえて助かるよ。

 ところで皆んなはこれからどうするんだ?

 何もないなら、俺とココは、これから協会本部に探索者登録に行く予定だけど」


 アルがみんなに聞いた。


「俺はこれから所用があるからここで別れる。

 また、明日な」



 装備に最低限の目処は立ったし、すぐさま探索者協会へ行って活動に向けて情報収集を開始したい気持ちだ。



「…その用事は、明日じゃダメなのかな?

 この近くに、美味しいスィーツが食べられるお店があるんだけど、少しくらい付き合ってくれてもバチは当たらないんじゃないかな?

 武具屋でもアレンは早々にナンパに行って、あっという間に綺麗な女の人を引っ掛けてきちゃうし…

 武具屋に何しに来たの?って話だよ」



 フェイが恨みがましい目で俺を見てくる。


 そしてなぜか全員が俺を非難がましい視線で見てくる。



 武具屋に行って、店員から武器を買っただけで、なぜこんな目で見られなくてはならないのか…



 まぁ、今日はもう遅いし、情報収集は明日でも一向に問題ないのだが…



 スィーツか。

 はっきり言って、あまりテンションが上がらないな。



 スィーツに興味がないわけではない。


 むしろ前世ではスイーツ目的で遠出したりと、男性にしては好きな方だったと思うし、覚醒前の『アレン』も子供らしく甘いものに目がなかった。



 だが、あらゆる分野の世界一流の料理が集結していたグルメ超大国日本の、首都東京でならした俺からすると、はっきり言ってこちらのグルメレベルには大いに疑問がある。



 少なくとも実家で出てきていた料理は、感心する様な水準の料理というのはなかった。



 魔物の肉に塩を振っただけのバーベキューなどは物凄く美味いのだが、素材が美味いと言うだけのことだ。



 王都の一流レストランへ行った経験は、姉上と王都観光した時くらいのものだが、正直『まぁ、こんなものか』という感想だ。


 日本という国の水準は、異世界から見ても破格だという事だ。



 だが、確かにこのままさようならでは、わざわざ時間を作ってもらったステラには申し訳ない気もするな。


 メインの武器は相談もなく決めたし…



「はぁ。

 わかったよ。

 ステラにはわざわざ付き合ってもらったし、用事の方は明日でもいいといえばいいからな…」



 俺がそう言うと、女子3人組は歓声を上げた。


 女の子ってスイーツ好きだよね。

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