第46話 初めての装備(3)


 お姉さんが連れていってくれた試射場は、バッティングセンターの様にボックスがレーンごとにいくつも並んでいる屋外の施設だった。



「私はルージュよ。

 弓を触るのは初めてかしら?」


「はい、初めてです!」


 俺は正直に答えた。



「初めてなら、この『ライゴの弓』と呼ばれるショートボウがおすすめよ。

 ライゴという名前の木から削り出されている、昔ながらのシンプルな構造の弓よ。

 外側の剛性が強くて内側がしなやかな、弓に向いた不思議な性質を持つ木よ。

 弦には、パピーという魔物の足の腱を加工したものが使われているわ。

 値段がお安めで、複数の素材を貼り合わせた複合弓よりは、性能が落ちるけど、メンテンナンスが楽なのもおすすめポイントね。


 身体強化魔法は使える?」



 俺が頷くと、ルージュさんは、的までの距離が50mほどのレーンに連れていった。


 1番奥にあるレーンは的まで300m以上離れており、物凄くでかい弓を、屈強な男が照準器スコープを覗き込みながら引いている。



「ライゴは強さが5パターンあるわ。

 まずは1番軽い物から試しましょう。

 これで有効射程50m、最長飛距離が150mと言ったところね」


 俺はルージュさんに持ち方や構え方、矢のつがえ方など基本的な事を聞いて、矢を撃ってみた。


 矢は50m先の的の、随分下に突き刺さった。


「あら、ホントに初めて?

 センスあるじゃない。

 それに思ったよりも力持ちなのね」


 リップサービスだろうが、褒められて少し嬉しくなった。


「随分楽に引いていたし、4番も引けるかしら。

 これで有効射程90m、最長飛距離270mといったところね」



 俺はルージュさんから別のライゴの弓を受け取った。


 なるほど先程の弓より持ち手も太く、がっしりとしている。


 俺は先程1番を引いた時の軌道と、有効射程90mという言葉を思い出し、狙いを的よりやや上方に修正して弓を引いた。


 矢は、的の僅かに上部を掠めた。



「…貴方もしかして、王立学園生かしら?」



 いきなりの質問に、俺はなんと答えようか迷った。


 このいい人そうな、これからも色々相談したいお姉さんに偽名を名乗るのは忍びない。

 かと言って、先程副支店長に偽名を名乗ったばかりで、本名を明かすのも後々問題を呼び込みそうだ…


 そんな事を考えていると、ルージュさんは笑った。


「ふふ。

 すごい事なんだから、自慢にこそなれど困るような事無いじゃない。

 何か事情でもあるの?」


「…田舎から出て来たばかりで、王立学園生という事で特別扱いされるのに慣れなくて。

 なので、普通の客と同じように接してもらえると嬉しいです。

 ところでどうして分かったんですか?」



 俺の答えを聞いて、ルージュさんは可笑しそうに笑った。



「普通は特別扱いが嬉しくて、色んなところで自慢するものだと思うけど?

 どうしてって、その歳で、それだけ身体強化のセンスがずば抜けているんですもの。

 貴方は無造作に引いているけど、弓を身体強化で引くのは結構難しいのよ?

 出力が安定していないと持ち手がブレて狙いが左右にズレるから。

 ここは王立学園から近いし、普通はそうかなと思うわよ」



 なるほどね。

 確かに高出力下での魔力制御は難しい。

 元々の魔力量が少ない少年では、弓は引けてもピタリと止めて狙いを定めるのは難しいだろう。



「俺の名前は、アレンです。

 …でも、ポークと呼んでください。

 先程、副支店長さんに、そう自己紹介しちゃったので…」



 俺の告白に、ルージュさんは大笑いした。


「ルンドも悪い人ではないのよ?

 支店長が偏屈で、偉そうな王立学園生が嫌いだから、いつもルンドが対応を押し付けられてるのよ。

 おっと、この話は内緒にしておいてね」


 そういって指を口に当ててウインクしたルージュさんを見て、俺は苦笑いをした。


 だが、アレンという名前に、特に思い当たる事は無いようなので、俺は少しホッとした。



「さて、貴方なら初めてでもライゴの5番を十分扱えそうね。

 でもどうする?

 必死に値札をめくって回っているから、お金が無いのかと思っていたけど、王立学園生なら、ただ同然の利息でかなりの金額まで融資可能よ?

 もっと高性能な弓も視野に入ると思うけど」



 借金かぁ…


 まぁ返す自信はあるけど、日本人的な感覚が抜けきらない俺としては、あまり取りたくない手段なんだよなぁ。


 俺は、ルージュさんに相談してみることにした。



「ルージュさんはどうすべきだと思いますか?

 見ての通り、まだ探索者登録したばかりのど素人で、判断に必要な知識が何もないんです。

 個人的には融資は使わず、稼いだ金で徐々に道具のランクを上げていきたいと思っているのですが…」



 この俺のセリフを聞いて、ルージュさんは見てわかるほど上機嫌になった。


「あら、偉いわね。

 王立学園の子は、資金力にものを言わせてとにかく形から入って、武器の性能を自分の実力と勘違いしちゃう子も多いのよ?

 私個人としては、癖のないライゴの5番から入って、基本的な技量を磨くことをお奨めするわ。

 さ、引いてごらんなさい。

 有効射程は100mよ」



 俺は受け取った弓を構えて、丁寧に弓を引き、矢を射った。

 矢は的の中心やや上部を撃ち抜いた。


「お見事!

 本当に信じられないセンスね。

 もう十分様になっているじゃない」


 このセリフに気をよくした俺は『もう一発いいですか?』とルージュさんに頼んだ。



 ルージュさんが先程言っていた『基本的な技量を磨く』というセリフ…


 矢の強さは弓の性能に依存する。


 となると正確さと速射性を磨いていくことになるのか…



 俺はルージュさんから矢を受け取ると、素早く弦につがえ、その瞬間に、一瞬で先程の身体強化の出力を再現しながら狙いを僅かに下に修正して矢を放った。


 剣の素振りと同じく、放った瞬間に身体強化の残滓を消し、残心を意識しながら矢の行方を静かに見守った。



 今度の矢は、的のど真ん中を撃ち抜いた。



 ルージュさんは信じられないものを見た、とでも言いたそうな、大袈裟な顔で目を見開いている。


 客を気持ちよくさせる為の演技も入っているのだろうが、ここまで驚いた顔をしてくれると嬉しいな。



 それに、矢が的に当たった時の爽快感。



 俺はすっかり、弓に魅了されていた。



 ◆



「天才、なんて言葉で片付けていいのかしら…」


 俺がライゴの5番のお買い上げをルージュさんに告げると、真面目な顔でこんな事を言って俺を煽ててきた。



 下見のつもりだったが、まぁいいだろう。



 だって弓楽しいんだもん。

 後は風任せだ。



「煽てたって何も出ませんよ。

 止まっている的に、風もほとんどない施設内で当てただけで、まだまだなのは自分が1番分かっていますからね。

 俺は残り1500リアルの予算で、最低限、解体用のナイフと革の胸当て、後は素材を持ち帰るための保存袋を買わなきゃならないですし。

 あ、矢は何本くらい買えばいいですかね?」


 ライゴの弓は1000リアルだったので、残りの予算は1500リアルだ。



「…全く、平然としてるわね。

 王立学園生は、普通の木の矢と鉄の鏃の付いた矢は、確か無料でいくらでも学園から支給を受けられるはずよ。

 保存袋は、性能の良いものは値が張るし、普通の性能のものは、仕事に応じて探索者協会から借りられるから、後に回してはいかが?」


 何と!

 矢の補給無料は嬉しい誤算だ。

 これでランニングコストを気にせずいくらでも練習できる。


 保存袋も当座が凌げるなら、レンタルでいいか。



 後はナイフと胸当てだが…


「あの、『ザイムラー社』の解体用のナイフは置いてありますか?

 尊敬している先輩が、どうもそこの特注ナイフを使っているみたいで…」


 俺の言葉を聞いて、ルージュさんは難しそうな顔をした。



「うーん、うちにも既製品ならあるけど、君の予算じゃちょっと無理かな。

 最低でも1万リアルからよ。

 特注、となると、もう一桁上でもおかしくないわ」



 リアド先輩が肉を刺して豪快に直火で炙っていたから、もしかしたら大した物じゃないのかと思っていたけど…


 やはり大商会の御曹司で、B級探索者が使っている道具だけあって、とてつもない高級品だったみたいだ。



「分かりました。

 ではお勧めを聞いてもいいですか?」


 俺がお勧めを聞くと、ルージュさんはニコリ、と笑って、『ナイフを案内するから、ついておいで』と言った。


 ナイフコーナーへ歩いていく途中、ルージュさんからこんな提案を受けた。


「君は学園もあるし、王都周辺で活動するのでしょう?

 ならばそれほど強い属性魔法持ちの魔物も出ないでしょうし、ウチの店シングロードが自社ブランドで出している、初級探索者用の革の胸当てがお勧めよ。

 軽いし、動きの邪魔にならないし、ベースの布から革を取り外して洗濯もできるわ。

 流石に耐久力は今一つだけど、その分500リアルと破格に安いわ。

 暫くはこれで十分だと思うわよ」


「じゃあそれにします」



 俺は即決した。

 どうせ良し悪しはわからない。


 ルージュさんは良い人そうだし、ここはプロに任せた方がいいだろう。


 選べるほどの予算もないし。



「後はナイフね。

 お勧めを持ってくるから、少し待っててくれる?」


 ルージュさんはそう言って、バックヤードに消えていった。



 と、そこで、すっかり存在を忘れていたクラスメイトたちが近寄ってきた。



「お!探したよ、アレン。

 全然見かけなかったけど、どこにいたんだ?」



「アレン?!

 やっぱり彼があのアレン・ロヴェーヌ様でしたか!」


 腹芸の出来ないアルが、ルンド副支店長のいる前で俺の名前を呼んだことで、俺の正体は露見した。


 アルがしまったという顔をしたが、もう遅い。

 …まぁもう粗方用事も済んだし、別にいいけど。



 と、そこへバックヤードからルージュが刃物を2本持って出てきた。


「待たせたわね。

 あら、お友達と来てたの?」


「支店長!

 お出かけなさるって言われましたよね?!

 …ちょうど今戻られたのですね!

 ね!」


 …支店長?


 俺がルージュを見ると、悪戯っぽく舌を出した。


 偏屈で、王立学園生がきらいな支店長って、自分の事か…


 何だかよくわからない状況になってしまったな…



「アレン?

 僕達のことをほっぽらかして、自分は綺麗なお姉さんを捕まえて鼻の下を伸ばしながらお買い物とは、一体どういう事かな?」



 フェイお前は話をややこしくするな…

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