第44話 初めての装備(1)


 入学から一月と少しがたった、とある平日。



 リアド先輩の懸念は的中したらしく、先輩は、授業の後は真っ直ぐ実家に戻り、噂を聞きつけてやってくる来客対応をやらされているらしい。



 できれば、探索者活動に必要な道具を買いに行くのに付き合って貰いたかったが、全然寮で見かけない先輩を、朝の坂道部で捕まえてお願いしたら、申し訳なさそうに断られた。



『付き合ってあげたいんだけどね。

 流石に有象無象は両親が断ってくれてるけど、有力貴族が正式にアポイントを取って訪ねてくると断りきれない様でね…

 親父が対応すると仕事にならないから、僕と母親の2人が手分けして、何とか捌いている状態なのさ』



 尊敬する先輩に迷惑をかけて申し訳ない…


 ご実家にお詫びに行きたいと申し出たが、今はまだ時期が悪すぎると断られてしまったし。



 もう少し落ち着いたら、手土産でも持って挨拶に伺わなくては。



 実家にまで迷惑をかけた事を俺が謝ると、『両親としては、僕と君が友人となった事は歓迎しているから、それほど気にかける必要はないよ』と、先輩は苦笑しながら言った。



 気を遣わせている様で、重ね重ね申し訳ない。



 そんな訳で、新たに立ち上げた部活動も軌道に乗ったし、いい加減、探索者活動を開始したくて、先輩を待っていても埒があかないので、1人で必要な道具の買い物にでも行こうかと思いたった。

 そんな朝、食堂でピンクツインテールのステラを見かけたので、軽く相談してみる事にした。



 ステラはダーレー山脈の守り人として名を馳せた、アキレウス家の人間だ。


 そういった道具類にも詳しいだろう。



「ステラ、今ちょっといいか?」


「何だ?

 アレンが話しかけてくるなんて珍しいな」



「そうか?

 相談なんだが、探索者の登録をしたから、生活費を稼ぐのも兼ねて、採取や狩猟に行きたいと思っている。

 その為の、基本的な装備を揃えたくてな。

 例えば、採取や解体に必要なナイフや、保存袋、後は緊急時のサバイバルに必要となる最低限の備品といったものだな。

 ステラはそう言うの詳しそうだから、相談に乗ってくれないか?」



「あぁ、そう言う事か。

 別に相談に乗ってもいいのだが…

 活動する地域や、目的によって適した装備というものは異なる。

 もちろん予算にもよるしな。

 私に聞くよりも、探索者協会とか、探索者用の店に行って、王都周辺の事情に詳しい人に話を聞いた方がいいんじゃないか?」



 なるほど。確かにその通りだな。



「なるほどな。

 言われてみるともっともだな。

 ありがとう、また相談させてくれ」



「…てっきり、メインの武器とか、防具とか、そういったものについて相談してくるのかと思ったが…

 すでにそういった装備品については揃っているんだな。

 やはりいつも使っている、その反りのある細身の木刀と同じ形状の剣を使っているのか?

 確か、『刀』という武器だな」



 ステラに問われ、俺は初めて自分の迂闊さに気が付いた。


 前回ツノウサギを狩った時は、木刀で十分だったので、全く必要性を感じなかったが、確かにきちんとした武器が無いとどうにもならないような魔物もいるだろう。



 俺が顔を引きつらせているのを見て、ステラはあきれた様に頭を振った。



「…普通は最初に武器防具へ考えが行くと思うが…

 変な奴だな。

 だが、いくらアレンでも魔物は舐めない方がいい。

 ある程度サイズのある魔物は、打撃への耐性が高いケースも多い。

 魔物が出没する地域で活動するのであれば、最低でも何か殺傷力の強い武器と、胸当てくらいはつけたほうがいいだろう。

 予算はどれぐらいあるんだ?」



 俺は、先輩との初採取で稼いだ金で、初期費用を賄おうと考えていた。


 収入に目途が立つ前に、生活費を先行投資に回すなど、リスクが高すぎる。


 ややアウトロー路線からは外れているような気もするが、俺は闇雲にリスクを取って、破滅したいわけではない。



「多少はオーバーしても構わないが、全て合わせて2500リアルくらいだな。

 初めからそれほど品質のいいものを揃えるつもりはない。

 まずは最低限のものをそろえて、ある程度稼げたら順次買い揃えていきたい」


 ステラは腕を組んで考え込んだ。



「…王都の相場は私にも分からんが、最低限の装備だとしても、おそらくは潤沢な予算とは言えないな。

 焦ってすぐに買わず、まずは下見をして、何を優先するか決めるしかないんじゃないか?」



 冷静な意見だな。


 ステラの言葉は粗野だが、物事を客観的な視点で見られるので、頼りになる。


 俺は、下見に同行してもらえるように頼んでみた。



「今日の放課後空いているか?

 よければ下見に付き合ってくれないか?」



「…あ、あぁ。

 別に構わないぞ。

 しかし随分とあっさり女子を買い物に誘うな…

 お前ホントにDか?」



「あっはっはっ!

 ステラは全く女子として見えないからな!

 気楽で助かるよ!」


 ドグッ



「死ね、このクソD野郎!」



 鳩尾に重い一撃をくれて、食堂を出て行くステラに俺は、朦朧とする意識で『15時に正門』と告げた。


 確かに失言だとは思うが、この世界の女子は手を出すのが早すぎる…



 ◆



「で、何でこいつらがいるんだ?」


 正門にはステラの他に、フェイとジュエがいた。

 こいつらが来るとめんどくさいから、あえて正門待ち合わせにしたのに…



「コソコソと正門なんかで待ち合わせて、うまくやった気だったのかもしれないけど、僕たちの友情を甘く見たね、アレン?

 純粋なステラを買い物に誘い出して、わざと治安の悪い場所をふらついて、チンピラからステラを守って一気のポイントアップ、あわよくば今晩ワンチャンスないかな?

 なんて考えていたみたいだけど、ケイトは全てお見通しだったよ?」


 フェイはニコニコと笑いながら、馬鹿な妄想を開陳した。



「私は貴方のDさえ頂けましたら、他の女性と遊ばれても気にしませんが…

 ステラさんが、ケイトさんに散々煽られて、怯えておりましたので、同行させていただくことにしました。

 ケイトさんは、例の『マネージャー』の面談で忙しいとおっしゃって…

 同行したかったと、悔しがっておりましたよ」



 堂々とDを頂くなどと戯言を宣言するとはな…


 こいつもいよいよ遠慮がなくなってきたな…



「怯えてなんかいない!

 アレンがチンピラを仕留める前に、私がボコボコにすれば問題ないだろ!」



 何でチンピラに絡まれるところまでは確定しているんだ…

 俺はうんざりとため息をついた。



「はぁ。

 お前らのいつもの病気妄想癖だって事はわかった。

 だが、アルとココも誘っているから、その馬鹿な妄想は杞憂だ。

 君たちフェイとジュエ、帰っていいよ?」


「僕は信じてたよアレン」


 フェイはニコニコと笑っているが、一向に帰る気配がない。



「念のため、大きめの魔導車を手配しておいてよかったです。

 トリプルデートみたいですねっ」


 ジュエは既に車の手配まで行っていたらしい。


 こちらも帰る気配は一向にない。



「おーい、待たせたな。

 あれ?ジュエとフェイも一緒なんだな!

 今日はよろしくな!

 揃ったならさっさと行こうぜ!」



 ◆



 ジュエが手配した魔導車は、いわゆるオープンカータイプの運転手付きの車だった。

 ド派手なスカイブルーの塗装にジュエの髪色とよく似た黄色の強い金色でレベランス家の家紋(剣を脚で握り、翼を広げた大鷲)が描かれている。


 借りたらいくら位するのか見当もつかないが、どうやら自家用車の様だな…



 俺たちは、高級そうな魔物の革が貼られたシートに、3人ずつ男女に分かれて、向かい合って座った。


 とりあえずステラのお薦めで、この王都でも指折りの大きさを誇る、武具の小売店に向かっている。



「ところでアレン。

 なぜアルとココは誘うのに、僕たちには声がかからないのかな?

 ストーカーの強度を上げてほしい、という事でいいのかな?」



「恐ろしい事を笑顔で言うな!

 この2人は俺と同じで、あまり仕送りに余裕もないし、探索者にも興味があるっていうから、現場作業を覚えながら小遣い稼ぎをしよう、って事になったんだ。

 大金持ちのお前らには時間の無駄だろうが!」



「ぷっ。

 効率、と言う意味ではアレンも随分無駄な事をしていると思うけどな。

 聞いたよ?

 アレンはGランクとして探索者登録したらしいね?

 次々に変わった事をするから、アレンの情報収集ストーキングは大変だと、僕の優秀な秘書が参っていたよ。

 相変わらずアレンは僕を飽きさせないね?」



 サトワとの面談はつい先日の事なのに、もう、フェイの耳に入っているのか…

 どれだけ優秀な秘書なんだ…



「そうですね、そもそも今のアレンさんの知名度なら、王都で家庭教師をすれば、単価は半日で1万リアルではきかないでしょう。

 お金目的なら、そもそも探索者、という選択肢はあまりに非効率です」



 半日で1万リアルだと?


 だめだ、今の噂が炎上している状態で、そんな泡銭を稼いだら、金銭感覚が崩壊する…



 余談だが、アレンは、前世では宝くじがもし当たっても、『大金に呑まれて身を滅ぼさないために、3年間は1円も使わず貯金するぞ!』なんて考えていた、夢のない男である。



「勉強不足ですまん、その『Gランク』というのは、凄い事なのか?」


 アルが不思議そうに聞いてきた。



 まぁこの世界の探索者は、日雇い労働者の様な側面も強いからな。


 貴族の家に生まれて、とびきり優秀だったであろうアルが知らなくても無理はないだろう。



 俺が何と言って説明するか…と頭を悩ませていると、代わりにジュエが答えた。



「私も今回の噂を、執事のセバスから聞いた時に、改めて探索者というものを少し勉強しました。

 探索者には実績や実力に応じたランクがあり、勲章受賞者を除く最高がAランクで、最低がGランクとなるようです。

 通常はGランクから始まる探索者ランクですが、王立学園生が探索者に登録すると、Dランクに格付けされるのが慣例です。

 つまりアレンさんは、その王立学園生の特権を放棄して、Gランク探索者として登録した、というわけです」



 ジュエの説明を聞いて、アルとココが困惑顔を俺に向けてきた。

 ステラは既に聞いていたみたいだ。



「登録の時にお偉いさんと面談があるんだがな。

 その時に揉め事を起こしてしまってな。

 罰としてGランクから修行させられる事になったんだ」


 俺は、かいつまんで理由を説明した。



「ぷっ。

 アレンも下手な嘘をつくね。

 探索者協会副会長、サトワ・フィヨルドを手玉にとって、Bランクとして登録したいと懇願する副会長をねじ伏せて、Gランクとしての登録を認めさせた、と聞いているよ?」



 何だそれは…

 どう考えても手玉に取られたのはこっちなのに、またとんでもない噂が飛んでいるな。



「そんなのは根も葉もない噂だ。

 その優秀な秘書さんとやらがガセネタ摑まされたんだろ」


 俺は自信満々に否定した。



「そうなの?

 アレンと面談したサトワ副会長本人から確認したって言ってたけどね。

 探索者を味わい尽くすって恐ろしい顔で笑っていた、と聞いたよ?」



 あの野郎!

 何が軽々に他言しないだ!

 話に尾鰭つけて広めやがって、今度絶対抗議してやる!



「…察するに、それも修行の一環か?

 じゃあ俺もGランクとして登録するぞ!」


 ココも力強く頷いた。


「やめとけ、アル。

 時間の無駄以外の何物でもないぞ」



 俺は一応止めたが、この顔になったこいつらは止まらないだろうなと半ば諦めていた。


 まぁいいか。


 こいつらが、将来的に探索者としてメシを食っていくつもりなら断固止めるが、そんな奴はいないだろう。


 であれば、ランクにそれほどこだわる必要もないだろう。

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