第45話 初めての装備(2)


 車で走る事30分。



 到着した、王都でも指折りの大きさだという武具の小売店、『シングロード王都東支店』は、前世でいうホームセンターのような作りの、天井の高い1階建ての建物に、武器と防具が所狭しと並べられている店だった。



「アレンはその木刀と同型の刀をメイン武器にするんだろうが…

 武具を揃えるのを忘れて狩猟に行こうと考えてたお前の事だ。

 どうせこういった店に来るのも初めてだろう?

 ゆくゆくはサブの武器も持つかも知れないし、一通りどんな武器があるか目を通しておくのは悪い事ではないだろう」



 なるほど、ステラは色々考えてくれているらしい。


 俺は、特に刀に拘りがある訳じゃないが、一歩店に入った瞬間からテンションが爆上がりだ。


「ありがとう、ステラ!」


 俺は心からお礼を言った。



 ド派手なオープンカーでエントランスに乗り付けて、王立学園の制服を着た集団が中に入ると、たちまち奥から偉そうな人が揉み手をしながら近寄ってきた。



「ようこそシングロードへ。

 私、このシングロード王都東支店で副支店長をしております、ルンドと申します。

 生憎、手前どもの責任者でございます、支店長が間が悪く外出中でございまして。


 王立学園にご在籍の、ジュエリー・レベランス様とそのご学友様とお見受けいたします。

 本日はどう言った御用向きでしょうか」



 バリッとした服装の、百貨店にでもいそうなオールバックのおじさんは、平身低頭の勢いだ。


 オープンカーの家紋と、制服からジュエと即座に判断したのか。

 なかなか仕事が出来そうな人だ。



 こういうバカ丁寧な対応など求めていないから、コイツらと来るのが嫌だったんだけどな…



「お気遣いは不要です。

 こちらこそ事前に連絡なく、お騒がせして申し訳ありません。

 本日私は友人の買い物への付き添いです」


 ジュエが、さすが侯爵令嬢、と思わせる品のある所作で答えた。



 いきなり現れた身分の高そうな王立学園生の集団に、店内はざわざわと騒がしい。



「そうでございましたか。

 将来この国を背負って立つ王立学園生をご案内できるとは、大変光栄でございます。

 大変失礼ですが、ご学友様のご目的の品と、大体のご予算をちょうだいできますでしょうか」



「僕はフェイルーン・フォン・ドラグーン。

 僕も付き添いだよ」


「ステラ・アキレウスだ。

 私も付き添いだ」



「俺はアルドーレ・エングレーバーだ。

 魔法士志望で、杖は既に持っているから、主な目的は防具かな。

 予算は大体2万リアル位だ」



「ココニアル・カナルディア。

 僕は短めの剣と、防具が目的。

 予算は3万リアルぐらい」



 へー。


 家の格としては俺と変わらないだろうに、アルもココも予算がかなり高いな。


 うちが取り分け貧乏なのか、それとも母上あたりに考えがあって、仕送りの額を絞られているのか…

 両方っぽいな。

 まぁもともと仕送りを当てにするつもりはないが。



 皆の自己紹介に、ルンドは目をきらりと光らせ、こんな事を言おうとした。


「皆さま、王立学園のAクラスに籍を置く、超逸材揃いでございますね。

 それで、そちらのダークブラウンの髪色をした彼は…まさかあのアレー」



「拙者はポーク・リッツというものでござる。

 予算は2500リアルでメイン武器とできればサブ武器、防具一式、探索者に必要な基本的なサバイバルアイテムまでを揃えたいと思っているでござる」


 何やら名簿のようなものを見ながら、俺たちの素性を確認していくルンドに、俺は咄嗟に変なキャラを捻り出した。



 当然、王都に流れているという大袈裟な噂を真に受けて、大騒ぎされるのが嫌だったからだ。



 錚々たる顔ぶれに混じっている、聞いたこともない貧乏人に、ルンドは怪訝な顔をした。

 もちろん手元の名簿をどうひっくり返しても、名前など無いだろう。



「2500リアル、ですか?

 そのご予算でそれだけ揃えようと思うと、品質は最低クラスになりますが、宜しいのでしょうか?

 王立学園の生徒ですと、超低金利での融資も可能となっておりますが…」



「ぷっ。

 珍しく私服で来てるからどうしたのかと思ったら、そういうこと?

 ルンド?

 ポークの予算に際限は無いよ、彼の武器は僕が買うからね」



 俺は今日私服で来ていた。


 別にここで偽名を名乗るためではなく、このあと探索者協会の東支所に任意の1人として顔を出して、色々と話を聞こうと思っていたからだ。



「あら、では私もポークさんの探索者登録記念に、防具をプレゼント致します。

 彼に似合う最高級の装備をお願いします」



 …だからコイツらと買い物になど来たくなかったんだ。


 どこの世界に、はじまりの街で探索者に登録したばかりで、最高の装備を予算無制限で揃えるバカがいるんだ。



 興醒めもいいところだ。



「フェイ様!ジュエ様!

 ただのポーター荷物持ちに最高の装備だなんて、からかってもらっては困るでござるよ〜。

 ほらルンド殿も困っているでござるよ!

 さ、拙者は勝手に見て回るから、アル殿とココ殿にアドバイスを送ってくだされ」



 俺はそう言って、さっさと集団から離れて歩き出した。


 先方としても、俺のような貧乏人ではなく、彼らのような上客に時間を使った方がよほど有意義だろう。



 なぜかツボに入ったらしく、ジュエが顔を真っ赤にして笑いを堪えていた。



 ◆



 さすが王都でも指折りの大きさと言われるだけあって、ここにはあらゆる種類の武具が揃っていた。


 半端じゃない広さの店内を、ワクワクしながらキョロキョロと進んでいく。



 やはり目玉商品なのだろう。


 入り口近くに大小様々な剣が沢山並べられている剣のコーナーがある。


 大仰な装飾が施された長剣が、恭しく掲示された壁の前を通り過ぎて、でかいバケツに無造作に刺さっている剣の値札を見ていく。


 壁に飾られている剣は、ゼロの数をチラリと見るだけでお呼びでないことは明白だ。



 俺の今日の目的は、相場の確認…


 ふむ。



 両手剣は、最低価格でも2000リアルからになっている。


 数打ちの鋳造品と思しき普通の鉄剣でもこの価格か。



 王都の物価を考えると仕方ないのかもしれないが、その他のものを揃えることを考えると、これは両手剣はかなり厳しいな。


 ちなみに、バケツに刺さっている安物の『刀』は無く、唯一目に止まったショウケースに飾られていた黒刀は、こんな感じだった。


 ーーーーーー

 銘:黒破邪こくはじゃ

 製造国:ベアレンツ群島国

 製造者:エヴァイユ・ニングローズ

 素材:黒虎鉄

 価格:22万リアル

 説明:鉄の10倍の硬度を誇る黒虎鉄を、門外不出の鍛造技術で鍛え上げられた片刃の長刀。

 非常に魔力を通し難い性質で、魔法すら切り裂く

 ーーーーーー


 真っ黒な刀は実にカッコいいが、22万リアルとなるとお話にもならない。

 これに手が届くのは相当先だな。


 王都でも刀を差している人を見たことは無かったが、どうやら高級品らしい。



 次に俺は、隣の片手剣のコーナーに行った。



 こちらの価格は長剣よりは、幾分安い。


 大体1000リアルからになっている。


 だが近くに片手で持てそうな盾が置いてあり、これらはセットで扱われることが多いようだ。


 セットで購入すると、極シンプルな鉄の片手剣と、鉄で補強された木盾の組み合わせでも2000リアルからとなりそうだ。


 これも予算的に厳しいな。

 最悪、盾だけ後回しにする事も検討しよう。



 覚醒前から剣を振って来たので、もちろん剣が第一候補のつもりではあったが、色々経験してみたい気持ちも強い。


 その後、俺は槍や薙刀、棒、と間合いの長い武器のコーナーを見ていった。



 だが、最安値、という視点で見ると、やはり素材の量が大きくなるこれらの武器は長剣と同程度には高かった。



 俺は次に弓のコーナーに行った。



 弓には大きく分けて2つの種類があった。


 前世で弓道部員達が使っていたような、人の背丈ほどもありそうな長弓ロングボウと、狩人が使ってそうなイメージのM字型に屈曲している短弓ショートボウだ。



 射程の長さと威力重視の長弓、回転の速さ重視の短弓と使い分けられているらしい。



 弓か…



 ロマン溢れる武器だが、刃物が必要という頭があったので、全く選択肢として想定していなかったな。



 価格は長弓が最安で1000リアル、短弓だと500リアルからある。



 だが、矢が別売だ。


 最もシンプルな、先の尖った木の矢が1本5リアル。

 鉄の鏃がついた物だと10リアルだ。



 うーむ。

 ランニングコストを考えるとどうなのかな…


 そんな事を考えながら、1番安いショートボウを握ってウンウン唸っていると、店員と思しき背の高い女の人が話しかけて来た。


 年は27,8と言ったところか。


 スラリと長い足。

 キツめのウェーブがかかったブラウンの髪は、肩口で切り揃えられている。

 化粧っ気はないが、それが逆に若々しい印象を与える。


 弓というよりは、オーバーオールを着てアサルトライフルを抱えると絵になりそうな外見だ。



「君、探索者?

 見たところまだ登録したての新人といったところかしら?

 弓に興味があるのなら、試射できるから試してみる?」



「本当ですか?

 ぜひお願いします!」


 俺の返事を聞いて、揶揄うような笑みを湛えた女性店員は、『ついていらっしゃい』と言って、俺を建物の横にある試射場へと案内してくれた。



 そうそう、こういう普通の対応でいいんだよ…


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