第42話 課題の合否(2)
「お前は教育者失格だよ、ゴドルフェン…」
いきなり俺が言い放った無礼なセリフに、ゴドルフェンは色をなした。
「12やそこらの小僧が図に乗りおって…
もう一度いってみよ!」
ゴドルフェンは俺の胸倉をつかみ、殺気を込めて俺に凄んできたが、今更こんなコケ脅しに屈する俺ではない。
ガキに指摘されて怒るなど、自分でも深層心理では気が付いている証拠だ。
ムジカ先生が慌てて止めに入ろうとするが、俺は構わず続けた。
「ゴドルフェン。
お前は大きな思い違いをしている。
お前は、今回の課題を、俺のための課題だと考えているな?
ふん。
勘違いも甚だしい。
今回の課題を負っているのは、お前だよ、ゴドルフェン」
意味が分からないのだろう。
ゴドルフェンは、厳しい表情のままで、片眉を上げた。
「何が言いたいんじゃ、小僧?」
「お前は初めのオリエンテーションで、こう言ったな?
自分が陛下から下命されて、この学園にやってきた目的は、この学園の生徒たちの底上げだと。
そのお前が、言うに事欠いて『ついてこられないものを切り捨ててでも、目的を達成しろ』だと?
お前は、その説明を陛下にできるのか?
生徒を徹底的に追い込んで、ほとんどはついてこられず辞めてしまいましたが、一部の人間が少数精鋭になりましたと、胸を張って陛下に報告できるのか?
…答えてみろ、ゴドルフェン!」
俺は逆に、ゴドルフェンの胸倉を掴み返して詰問した。
何やら偉いらしい、このじじいに対する、俺の余りに無法な態度に、隣のムジカ先生が悲鳴を上げたが、知ったことか。
担任の胸倉くらい掴めないで、アウトロー路線が張れるか。
痛いところを突かれたからか、ゴドルフェンは苦々しい顔を浮べ、こう抗弁した。
「…そんなものは詭弁じゃ。
確かにわしの立場では、貴様の言う通り、ついてこられない生徒を切り捨て、目的を達成するという選択肢はない。
じゃがこの課題は、あくまでも貴様の能力を測るための課題であり、わしが問うておるのは貴様の覚悟であり、甘さじゃ!」
パワハラ上司にありがちな、「俺のことは関係ない!今話してるのはお前のことだ!」理論が出てきた。
俺はこのように、自分のことを棚上げして偉そうに説教する輩も、もちろん大っ嫌いだ。
口元に冷笑を浮べ、俺はゴドルフェンに問うた。
「覚悟だと?
笑わせるなよ、ゴドルフェン。
逆に聞こう。
お前は、
ゴドルフェンは答えられない。
当然だろう。
俺だって自分の中で漠然としている考えを、たった今整理しながらしゃべっているんだ。
答えられたらそちらの方がびっくりだ。
「活動の一部として、坂道を登っていることくらいはお前も把握しているだろう。
だが、自分が顧問を務める部活動の名称が、なぜ走力鍛錬部ではなく、
俺は、『あなた顧問だよね?』というニュアンスを強調して、ゴドルフェンに重ねて問うた。
「…最初に明言したはずじゃ。
わしは活動方針に口出しせんとな…」
この捻りの無い言い訳に、俺はうんざりした。
お得意の『やり方は任せる、だが結果を出せ』というやつだ。
俺の
人の上に立つ者の責任を、放棄している。
「ふん。
『活動方針に口を出さない』という事自体は別に構わない。
そうして生徒の自主性を伸ばすというのも必要なことだろう。
だが、『その内容すら把握していない』というのでは、意味が全く異なってくる。
お前がやっているのは、体のいい丸投げだ。
どうせお前は、『伸びる奴は放っておいても伸びる』なんて考えていたんだろう。
それを何というか俺が教えてやる。
思考停止だ!」
ゴドルフェンが手を離したので、俺も離した。
尚も厳しい目で睨みつけてくるゴドルフェンに俺は追加の言葉を浴びせた。
「お前はプロセスに興味が無いようだから、言っても無意味かもしれんが、一応説明しておこう。
創部の際も簡単にはいったが、『
ただ単に技術の習得を目的とするだけならば、わざわざこのような名前を付ける必要はない。
だが俺は、この部活動を通じて、部員たちと共に心技体のすべてを鍛えたいと考えていた。
特に、逆境にも負けない強い『心』を育てたいと考えていたんだ!
確かに課題をクリアする上で、もっとも確実な手法は、お前の言うように、水準にない部員たちを退部へと追い込むことだろう。
俺だって、覚悟の無い奴に手を差し伸べるほどお人良しではない。
実際俺は、いつこいつらが辞めてもいい、そんな気持ちをもって、理不尽な言葉で毎日奴らを追い込んできた。
…だが、奴らは折れなかった。
自分自身の生きる道を見据えて、必死で成長しようと、毎日至らない自分と向き合い続けていたんだ。
そんな奴らに、実現不可能な負荷をかけて、退部へと追い込む覚悟の有無を問うなんて、滑稽だと思わないのか?
おそらく、ゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュは、騎士としてはすごい人なのだろう。
人物としても一流かもしれん。
だがお前は、人を育てるという事に真摯に向き合っていない。
何度でもいうぞ、ゴドルフェン。
碌に活動内容も把握せず、思考を停止して生徒にすべてを丸投げし、なお且つ自分の目的のために仲間を切り捨てる覚悟の有無を測ろうなどというお前は、教育者として失格だ!」
思い知ったか糞部長!
俺は前世から言いたかった思いの丈をすべてゴドルフェンにぶつけて、晴れ晴れとした気持ちになった。
と、そこで、ゴドルフェンは急に殺気を消し、いつもの調子でこちらの言い分を肯定し始めた。
「ふーむ。
お主の考えはよくわかった…
わしならば、部員たちを追い詰めてでも課題のクリアを目指す、とは言ったが、お主には違う道筋が見えていた、ということじゃな」
ちっ。
食えない爺さんだな…
俺が泳がされたのか、それとも単なる負け惜しみか…?
「先ほどお主はいったのう?
わしがこの学園にきたのは、陛下から下命された、この学園の生徒たちの底上げが目的だろうと。
まさにその通りじゃ。
お主は、その『わしの本当の目的』にそって、この課題に向き合った、そういう事でいいのかの?」
当たり前だ。
予算や工期から乖離した、非現実的な仕様で業務を発注しようとする輩は、大体自分自身が「本当に達成しなくてはならないこと」の要件定義が曖昧と、相場が決まっている。
そういう輩と仕事をする際は、客自身も実は理解していない、本当の
これを怠ると、仕事の終わりが見え始めた頃に、『求めていたのはそれじゃない』なんてゴネ始める客に、永遠に付き合わされる事となる。
「当たり前のことをいうな。
依頼主が何を求めているかを、まず最初に、徹底的に突き詰めて考えるのは、マーケティングの基本のキだ」
俺は、前世の会社で社員研修の講師として招聘されていた、インチキくさいマーケティングコンサルタントのセリフを丸パクリして答えた。
「マーケ…?
…そうであるのならば、そのためにどのような手段を用いたのか、この教育者失格のおいぼれに教えてくれんかのう。
現在お主が立ち上げた部活動は、部員数が100名を優に超えておるじゃろう。
これほどの人数を監督として導こうとは、さすがはゾルド・バインフォースの弟子じゃ。
…まさか、これだけわしに偉そうなことをほざいたお主が、実際に行ったのは、別にやめても構わないと思いながら、声掛けしただけ…などとはいわんじゃろう?」
ゴドルフェンは好好爺の顔でニコニコと笑いながら問うてきた。
くっくっく。
これは俺にボロクソに言われて、内心はかなり穏やかじゃないな?
よく見ると額に青筋を立てている。
俺は、ケイトらマネージャー連中が纏めている、部員達の活動に関するレポートをカバンから取り出して、テーブルに置いた。
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