第36話 探索者登録の後(1)


 アレンがサトワと面談した、協会本部の第一応接室に、王立学園入試で使われるような監視魔道具は一切ない。



 貴人が来訪し、機微な情報をやり取りする事に配慮されているからだ。


 応接セットから壁までに距離があり、絵画や花瓶一つないのも、『この部屋は、そういう部屋ですよ』と示すための、一種のアピールだ。



 ◆



「で…どうだったんでぇ」


 ユグリア王国探索者協会会長、シェルブル・モンステルは、鋭い眼光で部下であるサトワを見据え、報告を促した。



 シェルの風貌は厳つい。


 ゴリゴリの筋肉にスキンヘッド、右頬から顎にかけて、大きな傷が走っている。


 G級探索者からの叩き上げであるこの男は、魔物ハンターとして名を馳せ、A級探索者にまで登り詰めた経歴を持つ。



 探索者としての名声が最高潮に達した40歳の時、三顧の礼を以て王国騎士団に乞われ、小隊長の待遇で騎士団員になった。


 騎士団でも、その卓越した戦闘能力を遺憾なく発揮し、軍団長にまで上り詰めた男である。



 だが、いくら騎士団とはいえ、所詮は宮仕え。

 やれ規律だ報告書だと言われるのが肌に合わず、再度探索者協会に乞われたのをこれ幸いと、あっさりと王国騎士団を辞め、出戻る形で探索者協会の会長についている。



 その際に、探索者、騎士団員としての数々の功績が認められ、王から一星勲章を授与された。

 探索者としてのランクは、王国全土でも数えるほどしかいない勲章受賞者の探索者である証、S級シングルとなる。


 ちなみに、授与される勲章により、SSダブル、SSSトリプルまで理論上はランクが存在する。


 だが、それほどの勲章を授与される者が、今の時代に現役で探索者をする事など考えられず、昔話に伝説の探索者として何人か出てくるくらいのものだ。



 今王都で話題の『アレン・ロヴェーヌ』が登録に来たと報告があった当初、面談は会長である彼自身が、直々に行うとシェルは主張した。



 だが、それを慌てて止めたのがこの2人、協会で副会長を務めるサトワと、もう1人の副会長、オディロンだ。


 オディロンは、総髪の白髪を後ろで括り、いかにも達人の雰囲気を醸し出す、実際に剣の達人でもある壮年の男だ。



 偶然にも、アレンが『こういう風体の人が圧迫面接でもしてくるのかな?』なんて考えていた人物像に合致する。



 この2人は、平凡な成績ながらも、王立学園を卒業しているAランク探索者だ。


 それぞれ官吏と騎士をしながら、時間を使って探索者活動を継続し、価値ある功績をいくつも残してAランクへ昇格した。



 もっとも、王立学園卒業生は、卒業と同時にCランクへ格付けされる。


 こなした依頼の数、質ともに、G級から叩き上げられたシェルとは比ぶべくもない。


 今なお現役バリバリで魔物を狩りに出かけるシェルと違い、事実上探索者活動は引退している。


 そして、王立学園卒業生の面目躍如たる優秀な実務能力で、すぐに姿を眩ますシェルの尻拭いをしているのが、この2人である。



 シェルはその経歴、風貌から予想される通り、血の気が多い。


 数年前に、王立学園生が冷やかし半分で探索者登録に来た時、たまたま他に手の空いている幹部がおらず、会長のシェルが興味本位で、王都東支所までわざわざ出向いて対応したことがあった。


 その生意気かつ不誠実な態度に、喧嘩っ早いシェルは即座にキレて、その学園生をボコボコにしちゃったのである。


 さらに悪い事に、昔からの顔馴染みの探索者が数名その場におり、倒れ伏した学園生を放置したまま、支所の食事処で飲み比べを始めたものだから、後々けっこうな問題になった。



『かっとなってやった。

 後悔はしていない』



 後の事情聴取で、シェルはこう供述した。



 その火消しに奔走したサトワとオディロンが、シェルによる王立学園生の登録面談を禁止した事は言うまでもない。



 もっとも、シェル自身も、たかが学生の面談にさして興味もなく、これまで強いて面談をしたいなどとは言い出さなかったのだが…



『あのゴドルフェンのじーさんが、目をかけていると噂の小僧だぞ?

 お前らは、あのじーさんのヤバさが分かってねぇ!

 ここは俺が出る!』



 そう言って部屋から飛び出そうとするシェルを、サトワが押し返し、オディロンが後ろから羽交締めにし、そして受付担当のミカとマーヤの2人が足にしがみついて、何とか押しとどめた。



 残る問題は誰が面談するかである。



 しぶしぶ自分が出る事を諦めたシェルは、


『…じーさんの殺気にも動じず、それどころか叩き潰すと啖呵を切ったと噂のやつだ。

 今更オディロンの面談で何を計るでもないだろう。

 サトワ、お前が出ろ』



 こうしてオディロン圧迫サトワゆとりかは決定された。



 ◆



「で、どうだったんでぇ」


 自分が出られなかった事で、不貞腐れているシェルは、べらんめぇ口調でサトワに聞いた。


 ちなみに、2人ないし3人とも出る、という案も検討されたが、一学生の面談に協会トップスリーが揃い踏みでは、流石に沽券に関わるという事で却下された。



「愛すべき少年。ですが恐ろしい…

 そう、感じましたな」


 有能な官吏上がりのサトワは、まず結論を先に言って、詳細な報告を始めた。



「まず噂の『常在戦場』。

 これは思っていたほど粗暴な印象は受けませんでしたな。

 会長が暴れるから、入室までに結構時間がかかったと思うのですが、彼は直立不動の姿勢で立ったまま、じっと入口に正対していました。

 入室した瞬間、一瞬こちらを値踏みするような色が目にありましたが、気後れしているような様子はありませんでしたな。


 私が名乗って席をすすめても、なぜか一向に座る気配がない。

 仕方がないので私がかけると、それを見届けてから、失礼しますと丁寧に頭を下げて、改めて名前を名乗ってから、席につきました。

 目上に敬意を払うのは当然、との事でしたな」



「…ふーん。何だが真面目そうな奴だな」


「さすが王立学園で首席を取るだけの事はある。

 かのゴドルフェン翁に無礼を働いたと聞いたから、いかに才能があってもそれでは伸び悩む、と心配していたが…

 杞憂だったか…」


 シェルとオディロンの評価は分かれた。



「そこから私は、とりあえず場の空気を和ませようと、彼の噂を引き合いに出しながら、その実力、功績を誉めそやしていきました。

 ですが、謙遜するばかりで驕った様子はおろか、嬉しそうな表情ひとつ見せない。

 出てくるのは自分の至らなさを恥じるようなセリフばかりでしたな」



「かぁ〜!

 まぁ悪くはないんだけどなぁ…

 ガキなんだから自分にもっと自信を持って、調子に乗ってるくらいじゃないと。

 最近のガキどもはつまらんなぁ」


「ほう。

 王立学園入試実技試験トップ評価の価値を知らんわけはあるまいに…

 その年でそこまで自分を律せる、というのはなかなかできる事ではない」



 シェルは頭を振って、オディロンは頷いた。



「調子に乗ったガキを、ボコボコにしちゃった会長が言わないで欲しいですな。

 …彼は昨日から今朝にかけて、初めて採取、狩猟をこなしたようで、初陣は食糧調達を兼ねてツノウサギだったようです。

 リアド君が追い込んで、アレン君が仕留めたとの事です。

 崖上に逃げるツノウサギを、崖下に飛び降りながらすれ違いざまに木刀の一撃でツノを折った、との事でしたな」


 サトワはアレンから預かった、2つに折れたツノをテーブルに置いた。



「あ〜ん?

 いくら肉目的だからって、折っちまったらツノ使えねぇじゃねぇか。

 俺ならとっ捕まえて、ツノ引っこ抜くけどな」


「ほう。

 属性持ちのツノウサギだったか。

 すでにC級相当の戦闘技術はあると言うことか…

 初陣でこれとは、ポテンシャルも申し分ない」



 ますます感心するオディロンと違い、シェルはどうでも良さそうに耳くそをほじっている。


 …


 サトワは有り体に言って、アレンの事が気に入っていた。


 なので、シェルがあまりアレンに興味を持ちすぎて、厄介な事にならないように、情報を出す順番と、説明の仕方に配慮していたのだが…


 シェルの態度が余りに目に余るので、サトワは少し、シェル好みの情報を開示する事にした。



S級一星勲章を持つ探索者会長が、登録に来た学生と張り合ってどうします…


 そういえば、言い忘れておりましたが…

 彼はソファーに腰掛けたのですが、何故か太ももがぎりぎりつくくらいの不自然な体勢で腰を浮かしていました。

 何というか、草原から飛び出す直前の、肉食獣を思わせる静かな姿勢でしたな。

 これは彼が帰るまでの1時間弱の間、どれほどにこやかに会話をしても、決して変わりませんでした。

 どういう意味があるのかはわかりませんが、先ほどの『目上に敬意を払うのは当然のこと』というセリフは、この姿勢を彼が取った後でした」



 その話を聞いてオディロンはポカンとしたが、途端にシェルは嬉しそうにニヤリと笑った。



「なんだよ、あんじゃねぇか面白そうな話がよ。

 それを先に言え先に。

 どういう意味も何も、『格上相手にソファーにふんぞり返って待つバカがいるか、来るならこい』か、もしかしたら『生意気なこと言ったら即座にぶっ飛ばすぞ』かもしれねぇなぁ。

 じーさんに目をかけられるくらいだから、ただのマジメ君じゃねぇだろうとは思っていたが…

 で、ぶん殴ったのか?」



 思った以上のシェルの食い付きに、サトワは再び軌道を修正した。



「ぶん殴るわけがないでしょう、会長じゃあるまいし。


 そうそう、彼に何で探索者になりたいのか聞いてみたら、どうやらリアド君の影響のようですな。

 彼の採取に同行し、その知性の深さに感化されて、自分も探索者活動を通じて自身を成長させたい、そう言っておりました」



「何でぶん殴ってみないんだよ、勿体ねぇなぁ。

 そんな通りいっぺんの理由動機なんか誰も聞きたくないってんだよ、なぁ?」


「ほうほう。

 すでに将来を約束されたと言っても過言ではないにもかかわらず、わざわざ探索者となって苦労をしようとは、素晴らしい向上心だ。

 その歳で、現場作業の大切さも理解しているとみえる」



 シェルはどうでも良さそうに再び耳くそをほじったが、オディロンは再び感心した。



 サトワは、シェルの評価が高くなりすぎず、かといって低くなりすぎないよう、慎重に言葉を選びながら話を進めた。


 協会に来るまでは、優秀な中間管理職として宮仕えをしていたサトワは、この辺りの調整能力が抜群に高かった。

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