第37話 探索者登録の後(2)
サトワは、シェルのアレンに対する評価が高くなりすぎず、かといって低くなりすぎないよう、慎重に言葉を選びながら話を進めた。
「そうですな。
そして彼は、何よりも先輩のその情熱に感化された、とも言っておりました。
リアド君に取っては取るに足りない素材だろうに、実に楽しそうに採取をしていたと。
探索者として、目の前の採取そのものを楽しむ事を忘れない、その情熱を尊敬していると」
「ほーう?
中々感心じゃねぇか。
依頼の難易度やら素材の高級さやらは関係ねぇ。
狩りそのものが楽しいから狩る。
やれ金が欲しいだの、名誉がどうだのと、その大前提を間違ってる馬鹿どもが多すぎる」
「会長殿の言う通り。
リアド君しかり、何の仕事をするにしても、一流は情熱を忘れない」
シェルとオディロンは、初めて意見の一致を見た。
「私が彼を1番評価したいのは、その人物評ですな。
聞けばアレン君は、昨日偶然、寮の前で採取に出かけるリアド君に出会い、その場で同行を申し込んだとの事です。
にも関わらず、リアド君がいかに尊敬に値する先輩かを、具体的なエピソードを添えて、目を輝かせながら次々に話してくれました。
たった1日の短い時間で、それほど他人の美点が見える、というのは、驕りのない心と、持って生まれた天性の観察眼のなせる技でしょう」
「うーん…
どんなやつかなんて、ぶん殴って酒飲めば大体わかると思うがなぁ。
まぁその場ですぐ同行を決める、腰の軽さは評価できるんじゃねぇか?」
「サトワ殿の言う通り。
加えて、他人の長所を素直に評価できる、というのは、自分への絶対的な信頼の裏返しとも言える」
会長の評価はぼちぼちと、いい感じだ。
サトワは、シェルの様子を慎重に見極めながら、話を続けた。
「アレン君は、最初いくら彼自身を誉めそやしても、出てくるのは謙遜ばかりで、決して鉄壁のガードを下ろそうとはしなかった。
それはそれで、12歳にして見事なものだとは思っていたんですがな…
リアド君の話になると、途端に年相応の少年のようになり、自分の情報も加えながら、聞いてもいないことまでペラペラと話しだしましてな」
サトワはその時のアレンの様子を見て可笑そうに笑った。
「もちろん、彼のその迂闊さは、今後彼を取り巻く環境を考えると、弱点と言えるでしょう。
ですが、それまでの隙のない雰囲気とは裏腹に、王立学園生らしくない、そのどこか抜けているところに、なんとも言えない愛嬌を感じまして…
私は彼を『愛すべき少年』だと評価したのはそうしたわけですな」
「ふーん。
ま、無難な回答を繰り返す、エリート面したガキよりは、幾分か好感がもてるわな」
サトワは、大体いい塩梅でシェルのアレンへの評価が落ち着いた事に満足した。
そこで、少しばかり言いづらい事を口にする事にした。
「…それで、彼の探索者としてのランクなんですが…」
「ん?
あぁお前の権限でCランクくれてやったのか?
まぁお飾りじゃなくて、ちゃんと活動しそうだし、いいんじゃねぇのか?」
オディロンも頷いた。
だが、サトワはなおも言いづらそうにしている。
「何だその面は?
…まさかBランクくれてやるっていっちまったのか?
かぁー、流石にそれはちょっと甘ぇんじゃねぇか?
…まぁお前がそこまで見込んだんなら、俺もダメとはいわんがよ。
最低限、一度俺にも挨拶にこさせろ。
一度も会った事のない、登録に来たガキを、
逆に俺が一度話して、これならいいだろうと認めたガキなら、他の誰が
シェルは到底話しだけで終わる気などない、と言うように指の骨をゴキリと鳴らして笑った。
オディロンは反対した。
「ワシは反対だ。
彼にそのポテンシャルがある事は想像できるが、だからこそ慌ててランクを上げる理由などない。
そんな前例を作ると、うちもうちもと、有力貴族のバカ親どもが、飾り欲しさに騒ぎ立てて、探索者ランクの意義そのものが地に落ちる」
こちらは至極真っ当な意見だ。
だが、尚もサトワは黙っている。
「おいおい、まさかAー」
そこでサトワは意を決して報告した。
「…それがですね…
彼の希望もあり、Gランクとして登録する事になりました」
「…は?
…何だそりゃ。
そんなもんは謙遜でも何でもねぇぞ?
Gランクっつたら、ガキのお使いみてえな雑用をやる、下っ端じゃねぇか。
そいつを見込んだのであればこそ、何でそんなバカみたいな希望を突っぱねてやらなかったんだ?」
流石のシェルも困惑した。
「…当初私は、彼にCランクとして登録したい、と打診しました。
ですが彼は、慣例通りDでいい、なんならGでもいい、特別扱いなど不要だと食い下がってきまして…
あまりにもランクに関心が無さそうなので、つい魔が差して『じゃあBランクに推薦するのではどうか?』なんて、彼を試すような事を言ってしまいましてな。
リアド君の話題を介して、すっかり打ち解け、油断してペラペラと必要な情報を話してくれる彼のことを、私はいつのまにか甘く見ていた、ということですな…
それまでの人懐っこそうな笑顔を一瞬でかき消して、すっと立ち上がったかと思うと、底冷えするような感情の篭ってない声で、『登録は取り止める』と一言、ドアへ向かって歩き出してしまいまして…」
「かぁ〜、それはサトワ、お前にしては珍しく随分と下手をうったな。
それまでの話から考えても、その小僧はお飾りのランクなんかに飛びつくようなタマじゃねぇだろうが」
「…誠意を持って接したが、コケにされた…
そう考えたやもしれんな」
シェルとオディロンは揃って非難の目をサトワに向けた。
「完全に私の失態です。
なんとかリアド君の取りなしで、もう一度席に着いてもらえましたが、その後は何を言ってもGランク以外では登録しないと首を横に振るばかりで…
活動を通して自分自身を高めたい、熱意を持って探索者に取り組みたい、そう胸襟を開いて話をしてくれた分、その誠意をコケにした形になった私としては、彼の条件を呑まざるを得なかったのです」
シェルはため息をついた。
「はぁー。
やっぱり一筋縄じゃいかなかったか…
だから俺が出るっつったろ?
まぁ過ぎちまったもんはしょうがねえ。
その小僧も喧嘩を売られて、意地になっちまってるだろうし、日を置いてもう一度話してみろ。
流石にそんだけやる気も才能もありそうなやつに、くだらねぇ仕事をさせるのは時間の無駄だ」
それは俺が1番わかってる、Gランクからの叩き上げのシェルは、そう付け加えた。
だが、サトワの表情は尚も冴えない。
「それがですね…どうも彼は心からGランクを喜んでいるようでして…
私が折れてGランクでの登録を認めた時、途端に上機嫌になりましてな。
なにがそんなに嬉しいのかと聞いたら、『これで探索者を隅から隅まで味わい尽くせる』と、満面の笑みで言っておりました。
…その笑顔を見た時、私は彼が恐ろしくなりました。
彼は実は、この
少なくとも、隙あらば斬り込むつもりはあった…
そうとしか考えられないほどの、鮮やかな変わり身でした。
途中途中の言葉に不自然な点は、まるで感じなかったのに、もしかしたらそう誘導されたのではないか。
そう思えるほどの会心の笑みでした」
シェルは笑った。
「くっくっく。
王立学園の実技で首席評価の野郎が、サトワを手玉にとって探索者を味わい尽くすってか。
面白えじゃねぇか!」
シェルは勢いよく拳を握り込んで立ち上がった。
しまった、評価を上げすぎた!
サトワは慌てて鎮火剤を投入した。
「そういえばこんな事を言ってました!
リアド君がツノウサギを出来るだけ残さず食べようと提案した事を受けて、生き物への感謝の気持ちも忘れない、その姿勢に感銘を受けたとの事です!」
「生き物への感謝だぁ〜?
おいおい力の抜ける事を言うなよなぁ。
そんな奴が探索者としてやっていけんのかぁ?」
シェルはヘニャヘニャと崩れ落ちた。
しまった下げすぎたか?
「そういえば、探索者の登録証の素材に意見をしていましたな。
その昔のように、ランク毎に素材を変えた方がロマンがあるのに、経費とロマンどっちが大事なんだとか何だとか」
シェルは勢いよく立ち上がった。
「いいこと言うじゃねぇか!
やれ経費がどうの、予算がどうのとつまらねぇ事ばっか言ってて何の仕事ができるってんだ!」
し、しまった、上げすぎたか?
「そ、そういえばー」
〜15分後〜
「だぁ〜!結局のところ、どんな奴なのかさっぱりわからねぇ!
だから俺が、この目で確かめるつっただろうが!
もうその小僧の裏評価は、俺の権限で一旦Aにしておいて、さっさと上に引き上げちまえ!
そしたらそのうち、俺がこの目で確かめる機会もくんだろ!」
短時間で感情の上下運動を繰り返したことで、すっかりシェルは感情の起伏が過敏になっていた。
エリート官僚の中間管理職でならした流石のサトワにも、この状態のシェルを、いい塩梅にコントロールすることなど出来なかった。
こうして、いいところで寸止めを喰らい続けたシェルは、普通に報告を受けるよりも遥かに、アレンに関心を持ったのであった。
ちなみに裏評価とは、庭師のオリバーの言っていた、協会による人格識見審査のことである。
『裏』とはついているが、その存在は公然と知られている。
協会への貢献度はもちろん、人物面を主としてランク付けされるため、普通に探索者をやっていては、表のランクを上げるのに時間がかかる、もっとも大きな理由だ。
◆
アレン・ロヴェーヌは、鋼鉄の意志でもって、ユグリア王国探索者協会副会長、サトワ・フィヨルドを説き伏せ、王立学園生の特権を放棄して、Gランクとして探索者協会に登録した。
この噂は瞬く間に王都を駆け巡った。
アレン・ロヴェーヌは、蓬莱商会の跡取り、リアド・グフーシュと懇意にしており、その場にも彼は立ち会っていたらしい…という噂と共に。
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