第32話 探索者登録(1)
王都ルーンレリアは、その長い歴史の間に拡大を続け、現在ではどこまでを王都と呼ぶかの明確な定義はない。
この王都のある、広大なルーン平野そのものを指すこともあるし、王都の中心部を南北に貫く
ちなみに王宮は、1番1条通りの交差点の内側、すなわちこの広大な都市域の南東部の端にある。
この王都が、ルーン川を背に立てられた王宮から、北西方向に拡大を続けてきたからだ。
探索者協会本部は、この王都・ルーンレリアを東西南北に貫く幹線道路の中心部にほど近い、4番4条の交差点にあった。
これだけ広大な王都を管轄する、探索者協会の事務所が1カ所だけでは当然不都合がある。
なので、王立学園にほど近い1番5条の王国東部を含め、東西南北の計4カ所に支署が設置されている。
当初俺は、当然探索者協会王都東支所に行く予定だった。
だがリアド先輩の勧めにより、こうして王都中心の協会本部にまで足を延ばすことにした。
『将来国をしょって立つ王立学園生が、探索者登録をする場合、協会本部からお偉いさんが派遣されてくるのが慣例だからね。
魔鳥が飛ばされて、お偉いさんが来るまでの間、支所長からの歓待を2時間ほど受けたいのであれば、東支所でも問題はないけれど、どうする?』
リアド先輩にそんな風に聞かれて、俺は直接本部に足を運ぶことにした。
先方としても、今はまだ何者でもない、田舎から出てきたばかりの学生のガキに、そんな時間を使うのは無駄以外の何物でもないだろう。
勿論俺も、毒にも薬にもならないような、よいしょ話に相槌を打ち続けるほど暇ではない。
◆
探索者協会本部は、コンクリートのような素材でできた真新しい3階建てのビルだった。
入口を入ると、中にカウンターが1つあり、落ち着きのある濃紺の制服を着た女性職員さんが2人並んで座っていた。
まるで前世の一流会社の受付嬢のようだ。
俺たちの他に、探索者の姿はない。
「想像していたのと雰囲気が違う…」
俺の呟きに、先輩は律儀に問いかけてきた。
「ん?
アレンはどんなのを、想像していたんだい?」
「そりゃ、キイキイと立て付けの悪い、古ぼけた木の扉を押し開けて入った途端に、昼間からフロアで酒を飲んでいる、先輩探索者達が、一斉に値踏みするような視線を向けてきてですね。
その中から、性格が悪い事で有名な中堅探索者、通称『新人いびりのジョニー』が、『ここはお前らみたいなガキが来るようなところじゃねぇぞ!』とか何とか因縁をつけてきてですね。
こちらが下手に出てお願いしても、一向に通して貰えなくてですね。
最後には手を出されたので、仕方なくこちらも応戦して、どちらが上かの序列をはっきり理解させるか、負けるにしても、根性をみせたら何とか通してもらえるようになる。
というような儀式を通過するのかと、想像していました」
俺はテンプレの説明をした。
「ロヴェーヌ領の支部はそんな感じなのかい?
治安大丈夫?
何で職員さんは止めないの?」
先輩は俺の
「いえいえ、うちの領の話というわけじゃないのですが…
その場合、職員さんは、『またか』って感じで見て見ぬふりを決め込むか、あるいは探索者上がりの血の気の多い筋肉ゴリゴリのスキンヘッドで、頬に傷のある職員が、『うるせぇぞてめぇら!騒ぐなら他所でやれ!』とか言いながら、なぜか参戦してきて、フロア中を巻き込んだ大喧嘩になった挙句、最後は皆んなで酒の飲み比べになる感じですかね?」
「…僕は、ロヴェーヌ子爵領の支部には一生立ち入らない事に決めたよ。
ジョニーの儀式を通過できるとは思えない。
こんにちはー」
先輩の中で、うちの子爵領が山賊の巣窟のようなイメージになってしまった…
「これはリアド様。
採取帰りに
何か新種の素材の発見でも?」
一流会社の受付嬢風の職員さんは、先輩の採取帰りらしい出立ちを見て、品よく問いかけてきた。
どうやら顔と名前が一致しているらしい。
この広い王都の探索者をどれくらい記憶しているんだろう…
「想像していた受付と違う…」
「…今日は素材の買取依頼と、うちの学園の後輩が、探索者登録をするというので、その付き添いさ」
先輩は、俺の呟きを無視した。
「登録の付き添いで、わざわざリアド様が…?
失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
一流受付嬢は、完全にコントロールされた営業スマイルを貼り付けたまま、俺に問いかけてきた。
その目には僅かに値踏みするような色がある。
あれ?先輩ってもしかして有名なのか?
「私は、先日王立学園へ入学したばかりの、アレン・ロヴェーヌと申します。
今日は、右も左も分からない田舎者のために、わざわざ先輩にご足労いただきました。
本日はよろしくお願いいたします」
受付嬢への挨拶から面接は始まっている。
俺は前世で繰り返し読んだ、面接のハウツー本に書かれていた注意事項を思い出しながら、丁寧に頭を下げた。
俺が30°下げた頭を上げるその前に、対応をしてくれていた受付嬢の隣に座っていた受付嬢が立ち上がり、早足で2階へと消えていった。
「ようこそお越しくださいました。
こちらへどうぞ」
一流風の受付嬢は、俺たちの前に立って颯爽と階上へと歩き始めたが、受付がもぬけの殻になるのはいいのだろうか…
◆
真鍮でできた杭が打ち込まれた、重厚な木製のドアを案内の受付嬢が押し開いて、俺たちは20畳はゆうにありそうな3階の応接室に通された。
だだっ広い応接室だが、真ん中に3人ほど座れるソファーが対面形式に設置され、間にローテーブルが置かれているだけのシンプルな内装だ。
日本人的な感覚で言うと、空間の無駄遣い以外の何物でもないが、贅沢というのはこう言うものなのだろう。
『こちらでお待ちください』
受付嬢はそういって、退出していった。
「?
アレン?何で立っているの?」
背に負った籠を下ろして、ソファーに腰掛けた先輩が不思議そうに聞いてくる。
「これだけの応接室に通されるということは、それなりの立場の方が出てくるのでしょう。
先輩はともかく、何の実績もない俺が、ソファーにふんぞり返って待つわけにはいきませんからね」
俺は、どうやらこの協会本部でもそれなりに名の通っているらしい、先輩の仲介でここにいるのだ。
先輩に恥をかかせるわけにはいかない。
「…それも『礼』の精神というやつかい?」
やはり先輩は飲み込みが早い。
俺は頷いた。
「お待たせいたしました」
アレンが直立不動の姿勢で待つ事10分。
一足先に階上へと消えていった方の受付嬢が、ドアを押し開けた。
受付嬢は、室内に入らず退出し、代わりに1人の男が入ってきた。
いかにも人の良さそうな顔つきをしていて、探索者と言うよりは、気のいい公務員のような雰囲気を醸し出している。
だが、やや肥えた体の割に、身のこなしに隙がない。
…なるほど、そのパターンね。
先輩が心配そうに付いてくるので、大方、白髪の総髪を後ろで括った、達人の雰囲気を醸し出した壮年の男が、圧迫面接でもかましてくるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
だが油断はできない。
おそらくこの如才ない雰囲気で、学生の油断を誘い、ベラベラと調子に乗って気持ちよくしゃべらせて、情報を丸裸にするタイプ、いわばゆとり面接を得意とする面接官と見て、まず間違いないだろう。
この手の面接官を相手に、気持ちよく自己PRをして、手応え抜群!
なんて思いながら、家で結果を待っていると、決まって届くのは『今回はご縁がありませんでした』などという腹立たしい定型文の不採用通知…
ふん。
俺がどれだけの数の就職面接で、この無情な定型文を受け取ったと思っているんだ。
今考えると無駄以外の何物でもないが、当時はまだエントリーシートも手書きだったんだぞ?
さすがに、探索者登録で不合格になるとは考えづらいが、先輩が見ている前で、無様な真似は晒せない。
俺は、海外発の不動産バブル崩壊後、『100年に一度の不況』なんて言われた時代に、3桁に届く不採用の山を築きながら、最後には見事一流食品メーカーの採用を勝ち取った時の緊張感を、体に漲らせた。
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