第33話 探索者登録(2)


「ようこそおいで下さいました!

 リアド様。そしてアレン・ロヴェーヌ様。

 私は探索者協会で副会長をしております、サトワ・フィヨルドと申します。

 ささ、どうぞおかけ下さい!」



 ゆとり面接官は、挨拶がわり、とばかりに、にこやかな笑顔でこんな左ジャブを打ってきた。



 ここで座るようなマヌケは誰もいないだろう。


 この広い、ユグリア王国探索者協会のNo.2である先方が、まだ立っているのだ。



「…アレン、座っていいって。

 ……座らないの?」


 先輩が心配そうに、俺に座るなよ?と確認してくる。


「ご心配なく。ゆとり面接これは想定の範囲内です」


 俺は先輩を安心させるために、面接官の方に体を正対させたまま、小さな声で返答した。



「…ご無沙汰しています、サトワさん。

 これは彼の儀式のようなものなので、気にせず話を進めてください。

 それと、いつも言っていますが、様も不要ですよ」


 先輩の言葉に、サトワ面接官は笑顔でソファーに腰掛けた。



「王立学園から参りました、アレン・ロヴェーヌと申します!

 失礼します!」


「うわっ!」


 それを見届けてから、俺は、隣で座っている先輩がビックリするほどハキハキとした声で、頭を45°、3秒間下げて、ソファーに腰掛けるー

 フリをした。



 先程から先輩が座っているソファーは、信じられない程柔らかそうだ。


 ここに体重を預けると、まず間違いなく踏ん反り返り、顎の上がった偉そうな姿勢になる。


 俺は、太ももがギリギリソファーに着く位置で、身体強化を使いながら空気椅子状態を保持した。



「……なるほど、噂に聞く『常在戦場』の心得というやつですな。

 この目で見るまでは、半信半疑でしたが…

 いや、見事なものだ」


 サトワは、予想通り俺を褒めまくるつもりらしい。


 俺は気を引き締めた。



「目上の方に敬意を払うのは当然のことです」



「…なるほど、実に奥深いですな。

 ぜひ私にも、高名なゾルド・バインフォース氏から賜ったという教えを、ご教授いただけないですかな?

 わっはっは」



 サトワは目元の皺が実に味わい深い、鷹揚な笑顔でこんな事を言ってきた。



 きたな…

 ここで偉そうに説明しては、ご縁が無くなること間違いなしだ。


「いえ、私などまだまだ若輩者で、人に物を教えられるような立場ではございません」



「またまたご謙遜を…

 今や、王都中がアレン君とゾルド氏の噂で持ちきりだというのに」


「…どうやら、噂が一人歩きしているようでして…

 困った物です」



「ほほう。

 しかしアレン君が、王立学園の実技試験でS評価を取ったのは紛れもない事実ではないですか?」



「いえいえ、実はここだけの話、あれは試験官が二日酔いでうっかり採点ミスしただけの事で、過分な評価を頂いて恐縮しているところです」


「わっはっはっ!

 王立学園入試の結果が、試験官の二日酔いによる採点ミスとは!

 いや、ユーモアのセンスまで一流とは、これは恐れ入った!」



 このように、何とか褒めようとするサトワの攻撃を、全て謙遜で躱していくという、不毛この上ない日本的挨拶を繰り返していると、サトワはふいにこんな事を言ってきた。



「いやぁ、感服しました。

 その歳で、それだけの実力、実績を待ちながら、まるで驕った様子が感じられない。

 よほど自分を律しておらねば到達しえない、遥か高みを目指しておられるのですな。


 ところで今回は、探索者登録の為においでになったとか?

 アレン君ほどの人材が、わざわざ探索者登録とは、何か目的でも?」



 …きたな志望動機。


 挨拶は終わったと言うことか…



 いきなり面接に来る事になったので、志望動機は十分に練られていない。


 というか、有体にいうと、金を稼ぐ為に素材を売りたいだけなのだが、そんな回答を採用面接でしたら、0点だろう。


 わざわざ紹介してくれた、この先輩の顔に泥を塗ることになる。



 俺が、どのように熱意を伝えようかと考えていたら、窓の外を流れる雲を見つめながら、ここまで空気に徹してくれていた、先輩がフォローした。


「あぁ、たまたま彼と素材採取をする機会を得てね。

 採取に興味があるみたいだから、協会に登録して、販路を確保する事をお勧めしたんだ」



 …ナイス呼び水です!先輩!


 しかも自分で言いづらい真の目的金のためを、第三者の先輩が言ってくれた事で、俺は熱意だけを伝えればいい土台ができた。


 やはりできる男は配慮が違う。



「その通りです!

 昨日から先輩の採取に、泊まりで同行させていただきまして、その広範な範囲に及ぶ知性の深さに感服し、ぜひ私も探索者としての活動を通じ、自身を成長させたい、そう思い、探索者を志す事にしました」


 先輩がなぜか顔をこわばらせているが、事実だから仕方がないだろう。



 サトワはふむふむと話を聞いて、


「なるほど。

 確かにリアド君は、この王都の探索者協会でも名の通った探索者だ。


 特に王国でも随一の、魔法薬類の商業規模を誇る、蓬莱商会を運営しているご実家で磨き上げられた、その深い薬学に対する知識を背景とした、薬類素材の採取の腕は、この歳にして王都でも随一と言われていますからな。


 実際、複数の新種素材の発見その他功績を認められて、在学中にしてB級にまで上がっていますしな。


 もっとも、王立学園卒の金看板に比べれば、Bランク探索者など、取るに足らない物でしょうが…


 返す返すも長期採取依頼が長引いて、3年生への進級時にBクラスへ落ちてしまったのは勿体なかった」



 …先輩が『実家の薬屋』、なんて言うから、てっきり町のドラッグストアのような物を想像していたが、結構な規模の商会の御曹司らしい。


 そして、やはり探索者としてもかなり高名なようだ。


 さらに、元々はAクラスに在籍していたにもかかわらず、クラス落ちも厭わずやりたい事を優先したのか…


 俺がちらりと先輩を見ると、決まりの悪そうに頬を掻いている。


 自分の有力な背景を、まるでひけらかす事なく、素の自分で俺と向き合ってくれた先輩を、俺は改めて尊敬した。



「その博識さもさる事ながら、私が尊敬しているのは、その情熱です。

 丸一日採取に同行いたしましたが、先輩は実に楽しそうに色々な事を教えてくれました。

 先輩から見たら、取るに足りない様な基本的な素材ばかりだったでしょう。

 ですが先輩の所作からは、それらの素材への敬意と、採取そのものを楽しむ事を忘れない、探索者としての情熱を感じました」


 先輩の顔が再びこわばる。


 サトワは目をきらりと光らせて聞いてきた。



「ほほう。

 とすると、アレン君は、リアド君に対して一目置いている、と、捉えても?」



「一目も二目もありません。

 今日、私が探索者としての第一歩を踏み出せたのは、全てリアド先輩のおかげです。

 全面的に信頼している先輩、と言えるでしょう」



「何を言い出すんだアレン!

 サトワさん、真に受けてはダメですよ?

 彼は少し変わった思想を持っていて…

 こうして先輩を立てるよう教育を受けているのでしょう。

 社交辞令というやつです、あっはっは!」


「えっ?

 事実─」


 そう言おうとした俺を、先輩は手で制して、強引に話題を変えた。



「それよりもこれを見てください!

 これは彼が、一撃で仕留めたツノウサギの毛皮とツノです!

 流石は、王立学園入試の実技試験で首席を取っただけのことはある。

 今回が魔物討伐の初陣だというのに、実に落ち着き払っていて、崖上に逃げようとしたツノウサギを崖下に飛び降りながらすれ違い様に一撃です!

 しかも彼は、初陣で力が入ったから根本を折ろうとしたのに手元が狂った、なんて言ってのけていましたよ。

 いやぁ、僕には絶対に!真似のできない、驚異的な戦闘センスです。

 流石は、あの『常在戦場』の秘密兵器、アレン・ロヴェーヌだけはある」



 サトワは興味深そうに、毛皮とツノを見てから言った。


「中々の大きさの個体ですな。

 ツノウサギはそれほど強くはないとはいえ、特に属性持ちは動きが速く、ここまで綺麗に仕留めるのものは、C級探索者でも中々いないでしょう」



「そうでしょう。

 昨日から、たまたま!偶然!アレンの初採取に付き合ったから、彼は持ち上げてくれていますが、本来は僕などとは住む世界の違う人間です。

 くれぐれも!彼の言う事を真に受けて、今聞いた話を吹聴したりしないでくださいね!」



 俺は先輩が、この場を切り上げようとしているのを察して、もう黙っていようと思ったが、サトワの味わい深い目元の皺をみていたら、つい口が滑った。



「そういえば、先輩も言っていました。

『この子』は2人で食べるのには大きいけど、出来るだけ残さず食べてあげたいと。

 そのセリフから滲み出る、生き物への感謝の気持ちを忘れない…そんな姿勢にも感銘をー」


 リアド先輩は頭を抱えた。


 しまった…

 あの目元の皺を見ていると、つい口が軽やかに…



「わっはっは。

 類を以て集まる、というやつですな。

 ところで、お二人はどこでお知り合いに?」



「そうでした!

 いやあ、先輩は実は王立学園の一般寮にー」



 〜15分後〜



「いや、実に興味深いお話だった。


 まぁリアド君の懸念もお察しします。

 職務上、会長の耳には入れますが、私も無闇矢鱈に吹聴する様な真似は致しますまい」


 サトワはそう先輩をフォローしたが、先輩は燃え尽きたボクサーの様に、ソファーのコーナーで項垂れたまま動かなかった。


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