第31話 キャンプ


 20分ほど歩いて簡易キャンプについたら、そこは少し開けた場所に、雨風は凌げる程度の掘建小屋があるだけの場所だった。


 時刻は夕方16時頃だろうか。


「今のうちにたきぎを拾って夕飯の準備をしちゃおう。

 早めに休んで、明日は3時ごろ起きて、夜と明け方しか採取できない素材を集めようと思う」



 先輩と手早く薪を拾って、以前ここのキャンプを利用した人が組んだらしい釜戸を組み直す。


 俺が薪を集めて、先輩が料理を分担した方が早いだろうに、一通り工程を見せてくれるつもりらしい。


 できる男は、この辺りの配慮が違う。



 小さく折り畳まれていた手鍋を火にかけ、先ほどの沢で水袋に汲んだ水を注ぐ。



 そして、先ほど下処理したツノウサギを部位ごとに切り分けていき、尻尾と前足を鍋に入れた。


 あわせて今日採取したキノコをいくつか加えた。


 どうやらスープにするらしい。



「今日は泊まるつもりが無かったから、岩塩くらいしか調味料が無いけどね」



 俺は頭の中で、森に入る時に最低限持っておくべき物を整理した。


 採取と解体を兼ねられる先輩が持っている様な刃物。

 水袋。

 岩塩。

 火を起こす魔道具。



 野営の予定がなくても、これくらいは常時揃えておく必要があるだろう。



「それにしても元気だね。

 よく山を歩くの?」


「いえ、余り山歩きの経験は無いです。

 でもまだまだ平気です!」



「……この森を、小さいころから歩きなれている僕ですら、くたくたになるペースで動いてきたのに、噂通りすごい体力だね…

 例の早朝の、地獄の走力鍛錬の成果は伊達ではない、といったところかな?」



「やだなぁ、地獄だなんて。

 ちょっとランニングしているだけですよ」



「……あの神童として名高いライオ・ザイツィンガーが、ついていくのもやっと、と噂の走力鍛錬を、『ちょっとランニングしているだけ』とは、恐れ入ったね。

 鬼監督のしごきには、学校中が注目しているよ?

 入部条件は何かあるのかい?」


 先輩は苦笑しながら言った。



「え、何もないですけど……

 先輩、もしかして興味あったりします?」



「そりゃ、僕じゃ無くても興味はあるさ。

 粒ぞろいと噂の今年の1年生にあって、彗星のように突如現れた、あのアレン・ロヴェーヌが、入学2日目にして、『仏のゴドルフェン』を顧問に迎えて立ち上げた部活動だよ?

 皆んな、情報収集に必死だと思うよ」



 先輩は可笑しそうに笑った。



 そんな大袈裟な、と思ったが、この尊敬する先輩が入部してくれるのならば大歓迎だ。



「もしよければ覗きに来ますか?

 先輩なら大歓迎ですが……」



「あっはっは。

 それは興味深い提案だね。

 もしよければお邪魔しようかな。

 基礎体力をつけられるのは、僕にとってもありがたいしね。


 ……でも、アレンはもう少し自分の立場を考えたほうがいいと思うよ?


 いいかい、君は全くノーマークの立場から、いきなり王立学園の実技試験でS評価を獲得したんだ。

 それだけでも注目に値するのに、王立学園入試の不正判定を覆して、前代未聞のAクラス入学を果たした。


 今、王都の社交界は、間違いなく君の話題で持ちきりとなっているだろう。

 どこの陣営も、君の情報を得る事に血眼ちまなこになっているのは、想像に難くない。


 僕は今日、たまたま君とこうして語り合う機会を得たけれど、今日の事を軽々に他言するつもりはないよ。

 実家の薬屋に、ひっきりなしに来客が来て、耐えかねた親から君の情報をしつこくせがまれる未来が見えるからね」



 先輩はいかにも深刻そうな顔で忠告してきた。



「あっはっは!そんな大袈裟な。

 じゃあ明後日の朝、5時半過ぎに裏門に来てくれますか?

 色々と基礎鍛錬について、意見交換をしましょう!」



 俺は、庶民出身の先輩が、社交界の話題の中心は君だ、なんて言うのが面白くて、この忠告を笑い飛ばした。



 ◆



「さて、スープが煮えたね。

 じゃあ肉を焼いていくよ」


 先輩は手鍋を火から外し、代わりに先ほどから使用しているククリ刀の様なものに、肋部分の肉を2切れ刺して焼いていく。


 味付けは、塩のみだ。

 周囲にいい香りが広がる。


「焼けたよ」


 俺は先輩から肉を受け取り、齧り付き、驚いた。



「……美味しいです。……味は」


 先輩は、俺を見ながら笑った。


「ふふ。

 ……硬いでしょ?

 ツノウサギは普通、最低でも10日くらいは寝かせて食べる素材だからね。

 狩りたての今は、1番硬い時さ。

 でも熟成前のこの癖のない味わいは、自分で狩れる人間だけが味わえる特権だよ。

 僕は嫌いじゃないけどね。

 スープを飲んでごらん」


 俺は、続けて恐る恐るスープを飲んで、また驚いた。


 塩しか入っていないはずのそのスープの、濃厚なコク。

 癖のない鶏ガラで取ったような味に、変わった風味の加わった出汁が、かなり濃厚に出ている。


 続けて食べた、ほろほろと骨から外れる肉は、肉肉しさを保っているが、先ほど食べた筋肉質な肉よりは、随分柔らかい。



「ドラマン茸の効果さ。

 一緒に煮込んだ素材の、筋繊維を柔らかくする効果がある。

 疲労回復効果も加わって、疲れた山歩きの後にピッタリのスープさ。

 アレンには必要ないかもしれないけどね」


 先輩は、笑顔で解説してくれた。



「とても美味しいです」


 俺は、初めて自分で狩猟した素材の食事に感動した。


 今日、先輩についてきて本当によかった。



「今日のメインディッシュはこれさ」



 先輩は、ほとんど沢で捨てていた内臓の中で、唯一取っていたレバーに強めに塩を振って、軽く炙ったものを出してくれた。


 少し癖はあるが、ねっとりとした見た目と裏腹に、コリッとした食感の肉を噛むと、濃厚な旨味が口中に広がる。


 めちゃくちゃうまい……


 だがこれは、完全に酒のつまみだな……


 ハイボールが飲みたいが、この世界に、炭酸水は無いと思われる。



 ちなみに、この国に飲酒の年齢制限はない。

 だが、基本的に12歳を超えて、魔力器官が完成するまでは控えることが多い。


 魔力器官が完成する前に飲酒すると、最大魔力量への影響が認められる事が1つ。

 魔力器官が完成すると、酒にかなり酔いにくくなる事がもう1つの理由のようだ。



 それ以降は、貴族はむしろ積極的に飲み方を訓練させられるケースが多いが、学園内での飲酒は禁止されている。



「今日はありがとうございました。

 もしよければ、またご一緒させていただけませんか?」



 俺は座ったままの姿勢でキッカリ45°頭を下げた。



「あっはっは。

 もちろん構わないけど、その頭を下げるやつは一体何だい?

 朝もやってたよね?」



 さすができる男は目の付け所が違う。


 俺は、お辞儀の様式とその精神について、(全てゾルドが考えた事にして)熱く語った。



 興味深そうに話を聞いていた先輩は、俺の話が終わると、『では』っと、こちらに向き直った。


「こちらこそ、明後日から、朝の鍛錬をよろしくお願いします」


 そう言って、頭を下げた先輩の、お辞儀の練度はまだまだだったが、俺が伝えたかった事は、伝わっている様に感じた。



 ◆



 その後も、絶品スープと、顎を魔法で強化しなくては噛めないほど硬い肉を食べながら、釜戸の火を囲んで色々な話に華を咲かせた俺と先輩は、例の掘建小屋で仮眠を取った。



 体力的にはそれほど長い睡眠は必要と感じていなかったが、夜に動き回るのは危険かもしれないし、開けた場所で素振りなんかをして、気配で先輩を起こすのも申し訳なかったので、魔力圧縮の鍛錬を遅めの時間までやって、大人しく午前3時まで仮眠をとった。


 ちなみに、この辺りであれば不寝番を立てるほどの危険はないとのことだ。



 午前3時前に起き出した俺達は、夜に光るキノコを探して歩き出した。


「僕はこの辺りの道順や地形は頭に入っているし、ある程度は夜目も効くように鍛えているからね」



 体外魔力循環を鍛えると、視力や聴力などの五感を強化し、索敵などに応用できることは知っていた。


 訓練すれば、俺にもできるはずだが、『それは俺の使いたい体外魔法じゃない』なんて、見向きもしてこなかった……


 これは失敗したかな。



 先輩は、ランタンを俺に持たせて真っ暗な森の夜道を先導していく。


 俺は、その内に体外魔力循環を鍛えて、索敵能力を伸ばしていく事を心に決めた。



 ◆



 夜に光るキノコ、『ポポル茸』と、明け方にだけ花びらを開く『アナタ草』の花びらを採取した俺たちは、村前から王都への朝一番の馬車に乗り込んだ。



 ポポル茸は、苔むした岩肌にポツンと一本だけ生えているのを、先輩が発見した。

 魔力によって、コバルトブルーに僅かに発光しているその美しいキノコは、発見が難しく、強力な気付け薬の原料となる高級素材らしい。



 馬車に乗客は、俺たち2人だけだ。



「アレンは今回採取した素材はどうするつもりなの?」


 その車中で、先輩はこんな事を聞いてきた。



「採取も何も、俺は後ろからくっついていっただけですから、戦利品は全て先輩が持ち帰ってください」



「それはダメだよ。

 先に分け前の条件を決めていなかったんだから、戦利品は等分するのが、例え臨時でも仮でもパーティーで活動していた場合の、暗黙の了解だ」



 ……それは困る。


 どう考えても、俺は何の役にもたっていない。

 むしろ色々と教えてもらった立場で、逆に金を払いたいくらいの気持ちだ。


 さらに遠慮の言葉を重ねようとして、俺は先輩の予想外の強い眼差しに言葉を飲み込んだ。


 リアド先輩なりの、譲れないラインを感じたからだ。



「……ありがたく頂戴します。

 でも俺は、受け取った素材をどう処理していいかわかりません。

 先輩の言い値で構わないので、買い取ってもらえませんかね?」



 先輩は厳しい表情を緩めた。


「そうだね。

 薬品類の素材は、うちの薬屋で買い取ってもいいけど、昨日の様子ならアレンはこれからも素材の採取をするんじゃない?

 それなら、いつも僕が一緒とは限らないから、探索者登録をして、協会に買い取ってもらう販路を持つ方がいいんじゃないかな」



 おおぅ。


 …何となく、前衛職認定されそうで、体外魔法を身につけてから、と考えていた探索者登録をする流れになりそうだ。


 だが確かに、俺は何らかの方法で金を稼ぐ必要がある。


 俺は、入学時の支度金として5,000リアル(約50万円)を家から貰っていた。


 後は、月毎に王都の子爵別邸へいけば、2,000リアルの仕送りを受け取れる事になってはいるが、姉上のいる家に毎月金を受け取りに行く気にはなれない。



「わかりました。

 王都についたら、ちゃちゃっと探索者協会へ行って、探索者登録をしてきますね!」


 俺は、探索者登録をする事に決めた。



「……僕も探索者登録はしているから、案内するよ」


 先輩は、非常〜に心配そうな顔で提案してきた。



 だが流石にこれは受けられない。


 初っ端の探索者登録といえば、ガラの悪い先輩中級探索者に絡まれるなどして、一悶着起きるのが定番だ。


 姉上のようにむやみやたらに暴れる気はないが、譲れない一線を越えたら、退学も辞さずに筋を通す、くらいの覚悟はしている一大イベント……


 それに、この尊敬すべき先輩を巻き込むわけにはいかない。



「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ!

 何か不都合な事があっても、自分で何とでもしますから!

 ……何とでもね」


 俺はニヤリと笑い、キッパリと先輩のありがたい申し出を断った。



「……そういえば、協会に用事があったのを忘れていたよ……

 同行させてもらおう」


 先輩は、有無を言わせない迫力で宣言した。


 こうして俺は、先輩という名の保護者同伴で、探索者登録をしに協会へと向かう事になった。

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