第30話 初めての採取と狩猟


「今日は何の素材を採取するんですか?」


 木刀と筆記具だけを持って、先輩と乗り込んだ乗り合い馬車での移動中に、俺はリアド先輩に聞いてみた。


 車中には、しっかりとした装備をした探索者と思われる人が、他に2人ほど乗っている。


「うーん、これといって決めていないけど、傷薬、体力回復を補助する薬、魔力回復を補助する薬なんかの素材を、分布量や生育状況を調査しながら集めていくつもりだよ。


 …耳にしているかもしないけど、物騒な噂が立っててね。

 普段それほど需要のないこれらの素材が品薄なんだ」



 ゴドルフェンが言っていた、近く戦争が起きるかもしれない、という話の事だろう。


 そんな重要な機密を学生にするのはどうなのか、と思っていたが、耳の速い人間にはすでに知れ渡っている情報ということか。



「採取を行うのは、王都からそう離れていない比較的安全な森だけど、魔物も出没する事があるからね。

 魔物との戦闘経験はある?」



「ありません」


 俺は正直に答えた。


 実家にいた時、覚醒前に次兄のベックにねだって、近隣の魔物の間引きに連れて行って貰ったことがあるが、安全に配慮されて見学したことがあるくらいだ。


 実戦経験、という意味では、対人を含めて皆無といっていいだろう。



 俺が手に握った木刀に力を込めたのを見て、リアド先輩は笑った。


「心配しなくても、王立学園の入学試験で実技トップ評価を取った君が遅れをとる様な魔物は出ないよ。

 最悪でも逃げ方は分かっているから安心して」



 その言葉を聞いて、俺は木刀を握りしめる手を緩めた。



 ◆



 到着した森は、王都の東側に聳え立つグリテス山の裾野の森だった。



 王都の水源となっている森の、外縁にある王家直轄領の村の前で、乗合い馬車を下車した俺たちは、村には入らず真っ直ぐ森へと歩み行った。



「折角だから、この森で取れる、薬になる素材は僕が知る限り教えてあげるよ」



 そう言ったリアド先輩は、森の小道から分け入った先に生えていた一本の草を引き抜いた。



「これは、茎が傷薬の素材になる魔草、ユーク草だね。

 王国中の山林域に分布していて、もっともポピュラーな傷薬の素材と言える。

 薬にする場合、水で煮詰めて薬効だけを濃縮した液体を患部にかけて使う。

 緊急時にはすり潰して貼り付けても、若干は効果が見込めるよ」



「この黒くて白い菱形の斑点のあるキノコはドラマンダケ。

 魔力が宿っている魔茸で、干して乾燥させた物を粉砕したものを、水に溶かして服用するのが一般的だね。

 体力回復を補助する役割がある。

 味もいいからそのままで食料にもなるけど、笠が開ききったものは睡眠を誘発する効果を持つから、外で食べる時には注意が必要だよ」



「こっちのオレンジの花を付けた魔草は、今ぐらいから春の終わり頃までにかけて花をつける、ヒナフシの花だよ。

 分布域は王国中央から北側がほとんどだから、南東域のドラグーン地方出身の君は、咲いているものを見るのは初めてかな?

 花びらを煎じて丸薬にして使うことが多くて、魔力回復の補助をする効果がある。


 知っていると思うけど、体力や魔力の回復を補助する薬は、常用すると自身の肉体がもつ本来の力の成長を妨げる。

 日常的な訓練では使用しないでね」



 リアド先輩は、そんな調子で沢山の素材を紹介してくれた。



 さらに、この森にはない素材についての話も交え、薬効を高める効果のある調合の組み合わせや、逆に効果を打ち消してしまう組み合わせ、どのような場所で採取しやすいか、保存に適した採取の方法など、俺が思いつくままに質問していったことを、淀みなく教えてくれた。



 おそらく調べればわかる様な、一般的なものだけだとは思うが、調合の話なども惜しげもなく教えてくれるとは、何とも有難い。



 本で読んで頭の中だけにあった『知識』が、確かに自分の中で生きた血肉となるこの感覚は、何ものにも変え難い。



 学びて時に之を習う、というやつだ。

 孔子はいい事を言った。



 何より嬉しいのは、この先輩は、素材採取を楽しみながら、嬉しそうに話をしてくれる事だ。



 先輩は、今を精一杯楽しんでいる。


 それが俺には何となく、嬉しくって仕方がなかった。



 ◆



「そんなに面白いかい?」


 昼食も取らず、採取を続けた午後。


 リアド先輩は、俺が目を輝かせながら、尽きることもなく質問しまくり、気が付いた点を手元のメモに書き込んでいる様子を見ながら、不思議そうな顔で聞いてくる。



「面白い、ですね。

 魔草まそう魔茸まだけ、という言葉を聞くだけで、ワクワクが止まらないです」



 先輩はそんな俺の答えに笑った。


「あっはっはっは。

 そんなことを言う王立学園生は君だけだと思うよ。

 ……君は不思議な子だね。

 植物学者にでもなるつもりなのかな?」



「俺のことはアレンでいいです。

 将来の事はまだ決めていないけど、それも楽しそうですね」



 俺は今日一日で、すっかりこの先輩のことを尊敬していた。



「そんなに楽しいなら、明日も休みだし、今日はこの森にある簡易キャンプに泊まって、明日の朝まで採取していくかい?

 もっとも、キャンプといっても、朽ち果てた掘っ立て小屋があるだけで、とても王立学園に在籍する貴族が、準備もなく眠るような場所ではないけどね」


「いいんですか?!

 ぜひお願いします!」


 先輩の誘いに、俺は迷うことなく同意した。



 先輩はにやりと笑うと、こう提案した。


「そうと決まれば、食料の確保かな」



 ◆



「この先に、小さな沢がある。

 そこで水を確保して、できれば魚も取ろう」



 そう言って藪を分入った先輩が、しばらく歩いたところで手を上げて、足を止めた。



「……魔物がいるね」


 ギリギリ聞こえる小声で先輩が伝えてきた。


 音を立てない様に、慎重に藪の先を見ると、確かに沢で1匹のウサギが水を飲んでくつろいでいた。


 額には20cmほどの薄い水色をしたツノが生えている。



「……水属性持ちのツノウサギだね。

 通常は臆病な魔物だけど、属性持ちだし好戦的な個体である可能性もある。

 見たところ単体だし、勝てない相手ではないと思うけど……

 どうする?」



「……先輩の判断に任せます」


 個人的には自分の力を試してみたい気持ちが強いが、俺は対魔物戦においてはど素人だ。


 ここは判断を委ねたほうがいいだろう。



「じゃあ折角だから、今夜は高級食材のツノウサギでバーベキューといこうか。

 僕が追い込むから、アレンが仕留めてくれるかな?

 水魔法は大したことないと思うけど、ツノによる特攻にだけは注意してね。

 当たりどころが悪いと致命傷になりうる」


 先輩は、真剣な顔で言った。



 俺は頷いて言った。


「では、俺があの後方の崖の上に回り込みますね」


「あれ?

 ツノウサギの狩りを見たことがあるの?」


「いいえ。

 でも俺が愛読しているカナルディア魔物大全で見た覚えがあります。

 強い後ろ足の脚力を活かして、上に逃げる習性があると」



「……博識だなぁ。

 心配は要らなそうだね。

 準備ができたら合図してね」



 俺は慎重に高さ5mほどのやや傾斜のなだらかな崖の上に回り込み、先輩に合図を送った。



 俺の合図を確認した先輩は、手にナタとナイフの中間の様な刃物を構えながら、音を立てて藪から沢へ飛び出した。


 ツノウサギは即座に音のした方向にツノを向けると、消防士がホースで鎮火する時に出す様な水をツノから射出し、即座に踵を返して崖上にいる俺の方に向かって逃げ出してきた。



 俺は瞬時に身体強化を発動しながら崖下へ飛び降り、駆け登ってくるツノウサギとすれ違い様に木刀を振り抜き、魔力器官であるツノをへし折った。


 弱点であるツノを折られたツノウサギは崖を登り切ることができず、崖から転がり落ちてきた。


 俺は木刀を正眼に構えたまま、暫く絶命した獲物を睨みつけていた。



 ◆




「お見事」


 リアド先輩が近づいてきて、ツノウサギの絶命を確認したのを見て、俺は正眼を解いて息を吐いた。



 先輩は、どうやらツノウサギの水魔法は躱したらしい。


「ホントに魔物を狩ったのは初めて?

 随分と、余裕がある様に見えたけど」



「いえ、余裕はありませんでした。

 力を抜く事を意識していましたが、初めて木刀を持った時の様に力一杯握り込んでいて、狙いが逸れました。

 素材を無駄にしてすみません」


 俺は、ちょうど真ん中でへし折れたツノを見ながら言った。


 付け根を折らないと、魔石が傷んで素材としての価値は皆無だろう。



「あっはっはっ!

 無茶をいうなぁ。

 食料の調達が目的だったんだから、これで100点満点さ。

 僕としては、初陣だと聞いていたし、十中八九逃げられるだろう…当てられても体の中央を叩いて、内臓を傷つけたまま暴れさせて、臭い肉を食べることになるかな…

 そんなつもりでいたんだけどね。

 崖から飛び降りて、すれ違いながら急所へ一閃とは、恐れ入ったよ。

 僕が仕留め役なら、こんな綺麗に決着とはいかなかっただろうね」



『今夜はアレンのおかげでご馳走だね』

 先輩はそう言って、上機嫌に沢でウサギの血を抜き始めた。



「魚はよかったんですか?」


 ここで血抜きしては、流石に暫くは魚が取れないだろう。


「うん。

 この子は2人で食べるには大きいし、今日はそれほど肉を持って帰る余裕がないから、出来るだけ残さず食べてあげないとね。

 すぐに処理しないと血生臭くなるし、沢から離れて解体すると、匂いに釣られて、野生動物や他の魔物が集まってくる危険もある」


 先輩が、先ほどから持っていた、ククリ刀のような刃物をお腹側から入れて、不要な内臓を処分して中を洗っていく。


 正直かなりグロいが、俺は目を逸らさずにその作業を記憶した。



 下処理を終えた先輩から、獲物を受け取った俺は、ズッシリと重いツノウサギを抱えて、先輩と簡易キャンプへ向けて歩き出した。

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