第21話 オリエンテーションの裏側


「では、皆の見解を聞こうかのぅ」



「白です」


「白でしょうね」


「白と判断します」


「白でしょう」


「この私がきちんと分析した。

 聴取などしなくても、白に決まっている」


 皆が白と判断した。




 最後に残されたデューも、ため息を吐いて答えた。



「黒だ」



 …



「潔くないですね…

 賭け事に向いてないのに、あんなに熱くなるからですよ」



「散々煽ったてめぇがいうな、ジャスティン!

 あのクソガキが失格になれば3億リアルを俺が1人で総取りだぞ!

 ひっひっひ」


 デューは、徹夜続きで心身共に限界な所で、一時は自分の懐に転がり込んできそうになった大金に、完全に自分を呑まれていた。

 全く現実が見えていない。


 賭け事をしてはいけないタイプの人間の、典型的な例である。



「では、全会一致で、明確な不正の証拠なし、として学園Eクラスに残す事は確定です」


 責任者のムジカが宣言した。



「おい!俺は黒だっつったろ?!

 どこが全会一致だ、ふざけんじゃねぇ!


 何が『常在戦場』ゾルド・バインフォースだ!

 そんなすげぇ家庭教師がこの世に存在するわけねーだろうが!

 あの性格の悪いクソガキがテキトーぶっこいてるに決まってる!」



 デューの主張はただの負け惜しみであったが、ある意味本質せいかいをついていた。



 だが、ゾルドが2人の優秀な生徒を育て上げたという事実。そして、アレンをいくら調べても、怪しい所が皆無という事実は重かった。



 特に、不正確率99.99…%の、魔法理論の試験映像は詳細に確認された。


 入試のレベルを大きく超えている、アレンの他に、誰も正答者のいなかった魔力変換数理学の応用問題を解く場面など、よってたかって穴が空くほどに映像が見られた。



 アレンは、少し考えた後、余白を使って筆算をしながら、普通に問題を解いた。

 そして見直しの途中で小さな計算ミスに気がついて、修正した。


 余白で淀みなく筆算をし、見直しで計算ミスを修正するカンニングなど、あるわけがない。


 試験全体を通してその調子で、知らなければどうしようもない様な問題で、分からないところがあったら、清々しいほどあっさりとスキップした。



 残された可能性は、替え玉、入れ替わりだが、筆跡は過去の学力試験と完全に一致している。


 入門から出門まで、いっそ逆に怪しいほどのボッチで、ただっ広い石畳の真ん中を1人テクテクと歩くアレン。


 唯一、他の受験生と交流があったのは実技後に、足切り待ち集団とすれ違った時のみで、その前後の様子はエミーを始め多くの専門家に徹底的に分析された。

 魔力残滓、歩き方、声紋、あらゆる点が実技試験を受けた人物と、学科試験を受けた人物が同一人物であることを示していた。

 同一人物なのだから、当然である。



 淀みなく5教科を2時間45分で終わらせて、眠そうに再度見直しをするアレンを見て、試験官たちは何となく悟った。


 あぁ、これは不正カンニングをしている奴の顔ではない…と。



 そして先程、担任であるゴドルフェンが代表して聴取を行ったのだがー



「すでに信頼のおけるものを人物判定に向かわせています。

 確かな人材、と判定した場合は、その場でスカウトをするよう申しつけています。

 場合によっては、私の名前ユグリアを使っても構わない、そう指示しました」


 ムジカの答えを聞いてゴドルフェンは頷いた。



「国中にゾルド・バインフォースの名が広まるまで、さして時間はかかるまい。

 人を育てられる人材は、今は何としても確保したいところじゃ…」



 皆が難しい顔で頷いた。


「絶対に他国へ流出するような事態だけは避けよ。

 ドラグーンともその点では連携せい。

 あとは、ガチンコ勝負じゃ」





「…ところで翁よ、何だあのAクラス入学の条件とやらは…?」



「不服かの?

 わしなりに最も国益に叶う措置を取ったつもりじゃが…?」


 ゴドルフェンはデューを睨んだ。



「不服に決まってんだろ!

 何、堂々と自分のベットAクラス合格を救済してんだ!」



「ふぅむ。

 …皆の意見を聞こうかの」



「それについては、すでに協議済みです。

 デューさん以外はすでに納得していますので、全会一致です」


 ムジカが堂々と、デューの反対票を握りつぶして答えた。



 決を取ったところで、1番人気Aクラス合格が過半数を占めている以上、勝てる道理はないので皆諦めていた。



 と言うよりも、先ほどゴドルフェンが言ったように、現下の情勢を考えると、アレンのことはAクラスで切磋琢磨させるべきだと皆が分かっていた。


 ごねているのはデューだけである。



「むしろ、あのAクラス残留の条件は、少々厳し過ぎるのでは?

 いくら前例の無いケースとはいえ、田舎から出てきたばかりの少年には、かなり厳しいでしょう」


 尚も騒いでいるデューを無視して、優しいケツアゴのダンテが聞いた。


「あれだけ自己紹介でやらかした後だからね。

 あっはっは。いやー最高だった」


 パッチが笑った。



「まったく。笑い事ではありません!

 あれが本当のことなら、流石に少々困りものですよ!

 朝まで6時間以上も虜にしておいて、みんなの前で赤の他人扱いした挙句、ボロ雑巾のように捨てるだなんて!」


 プンプンと怒りながらムジカが言う。



「ムジカはこっそりあの場面を繰り返し見てた。

 恍惚とした表情で。

 ドMだから、自分が辱められて捨てられる事を想像して興奮したんだと思う。

 長らく彼氏がいないから欲求不満が酷い」


 すかさずエミーが追加情報を投下した。



「てててて、適当な事言わないで、エミーちゃん!!」


「??

 適当じゃない」


 エミーの指が冴えー


 そうになったが、ムジカは途轍もないスピードでエミーの指を押さえ込んだ。


「やや、やめてー!

 そうです、私は彼氏が3年もおらず、欲求不満が募りに募った哀れな三十路超え33歳女です!

 認めるから映さないで!」



「ムジカは男を見る目がないから、心配しなくてもそのうちダメ男に引っかかって、ボロ雑巾のように捨てられる」



 責任者はその場でうずくまった。



「エミーちゃんは…ドSだね……」


「?

 私は虐められて喜ぶ人を虐める趣味はない。

 虐めるのは嫌がる人だけ」



「……それはただの、イジメだよ?」



 ◆



 ゴドルフェンは、盛大に逸れた話を、強引に戻してダンテにいった。


「おほん。

 小僧が、あの歳にしては苛烈なまでに、甘さを削ぎ落としておることは認めよう。

 勝ち目が無いのは分かっておっただろうに、わしに向かって切った啖呵は見事じゃった」



「自分のやりたい事をやって、好きなように生きる。

 最初、ライオ・ザイツィンガーにそう宣言した時は、正直言って自分勝手な傾向があるのかと思いました。

 才能を持って生まれた子に在りがちな傲慢さかなと。


 ですが、翁に啖呵を切ったあの時、彼ははっきりと宣言しましたね。

 俺の『道』を邪魔する奴は、誰であろうと叩き潰すと。


 才能ある少年が、万能感に任せて増長しているだけではないと、そこで私も考えを改めました」



「そうじゃの。小僧なりの信念をわしも感じた。

 じゃが、政局ではどうじゃろうのう?

 王立学園入試でトップクラスの成績を取ったのじゃ。

 本人の意志とは無関係に、勢力争いから無縁ではいられんじゃろう。

 この程度の票集めをクリア出来ずしてなんとする」



「なーるほど。

 あえて政局を作り、そちらの能力も図る意図ですね。

 確かに能力を測るには絶妙な難易度だ。

 翁は相変わらず性格がいい」


 ジャスティンがニヤニヤと補足し、楽しそうに付け加えた。



「僕としては、その前の、翁に弟子入りを志願したところの方が気になったかなぁ。

 これから翁は担任だ。

 聞きたいことが有れば何でも聞ける立場に、『仏のゴドルフェン』が付くのに、彼はそれで満足しなかった。

 一体何の教えを乞うつもりだったのか、気にならない?」



「あ」



 眉間に皺を寄せて話を聞いていたデューが、口を開いた。



「あのクソガキが翁に頭を下げたやつ。

 ありゃ〜ただ素早く頭を下げただけじゃねえぞ。

 何度も反復練習をして、『型』にまで昇華させた動きだった」



「…一体何のためにそんな事を…」



「知るかそんなもん。

 どう考えても何の意味もないが、間違いねぇ。

 反復鍛錬された『型』独特の洗練された流麗さを感じた。

 100回やったら100回とも全く同じ動きをしやがんだろ」


 エミーがその場面を映し出す。



 なるほどその動きは洗練されている。

 ダンテは感心した。


「…確かに美しい動きですね。何というか、いやが応にも誠意を感じます」



 デューは鼻くそをほじりながら続けた。



「大方、そのインチキ家庭教師が『心の鍛錬の一環』とか何とか、適当な事を言って、目上に願い出る際の『型』としておさめさせたんだろうよ。

 いいのかなぁ〜?

 ムジカユグリアの名前なんて出して、高圧的なスカウトなんてかましちゃって。

 こだわり強そうだよぉ?」



 うずくまっていたムジカはハッと顔を上げた。


「気がついていたなら早く言ってください!

 デューさんから仕事の速さを取ったら、ただのだらしのないおっさんですよ!

 魔鳥を飛ばしてきます!」



 この世界に、まだ通信の魔道具はない。



「…ふ〜む。

『常在戦場』ゾルド・バインフォースの教えは、もっと荒々しいものを想像しておったが…

 これは存外奥が深そうじゃ。


 底が知れんのう…」




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