第20話 入寮


「質問してもいいかな?」


 フェイが手を上げた。



「なんじゃ?」


「アレンを推薦って、具体的にどうすればいいの?」


「何も難しいことはない。

 わしに、アレン・ロヴェーヌをクラスメイトとして認めると、伝えればいい。

 …偶然にも、このクラスには貴族と準貴族しかおらん。

 自分自身の人物眼を信じても良いし、個人的な思いや、家としての判断、その他あらゆる事を勘案してよい。

 その結論に、わしは一切の是非を問わん事を、ここに付け足しておこう」



「…なるほどね」


 フェイは席を立ち、右手を胸に当てた。


「フェイルーン・フォン・ドラグーンは、この名にかけて、アレン・ロヴェーヌを、このユグリア王立騎士魔法士学園の一年Aクラスに相応しい人物として推薦する」



「しかと聞き届けた」



 ふん。


 フェイが俺を推薦するのは予見できたことだ。


 だが、いくらフェイでも、ここから逆転の目は無い。


 この危険人物フェイから離れられる。


 その一点だけでも、俺がEクラスに移籍する動機としては十分だ。


 しかし、やっぱりAクラスには貴族しかいないのか…

 前世でも、学力には家の経済力が直結すると言われていたからな…

 世知辛いが、これが現実だ。



 と、そこで、先程の自己紹介でフェイが迫真の演技をかましていた時に、嫉妬に駆られていた真面目そうな男が立ち上がった。



「フェイ様!

 一体何を考えておられるのですか!

 いくらドラグーンの寄り子とはいえ、貧乏子爵の三男坊ごときを、不正疑惑の真偽も問いたださぬまま、家名を出して推挙するなど…!

 先程からの、目に余るフェイ様への傍若無人な態度をみても、山師の類に決まっています!


 ドラグーンの家名に傷がついたらどうするおつもりですか!

 この件は、ご当主様にご報告いたしますよ!」



 あーなるほど、分家だか陪臣の家だか、名門伯爵あたりの寄り子だかは分からんが、いわゆる付き人とかお目付役の人ね。


 フェイと同じAクラスに入るために、さぞかし努力したのだろう。



 くっくっく。


 それは、さぞ俺のことが気に入らないだろうなぁ。



 手札が一枚増えた事にアレンは満足した。



「僕がわざわざ家名を出したのは、僕個人ではなく、ドラグーン侯爵家として、アレンを推薦すべきだと判断したからだよ?

 貴族の政治には、リスクを取ってでも、即断すべき時もある。

 パーリには見えないものが、僕には見えている。

 報告は好きにしていいから、口をつぐんでくれる?」



 何それ怖い…


 俺には何も見えないんだけど?



 だが主家にそう言われては二の句の告げようがないだろう。



 可哀想なパーリ君は、今から人を殺します、という目で俺を睨んだ。


「…俺が必ず貴様の化けの皮を剥いで、フェイ様の目を覚ます…首を洗って待っているのだな」



「…アレンの戦闘力はレベル・ファイブだよ…?

 やめておいた方がいいと思うけどな?」



 クラス中で、即座にメモを取る音が走る。



 いやそれは、俺はただの道端のゴミだといいたかっただけで、深い意味はないんだ…



 ◆



「さて、今日のホームルームはこれで終わりじゃ。

 寮に入る者は今日から入寮可能じゃから、17時までに入寮手続きをするようにの


 明日は朝の9時までに登校するように」



 俺はフェイが家まで着いてきて、姉上を紹介しろ、などと言い出す前に、一目散に教室を後にした。


 寮にさえ入ってしまえば、何とでも逃げ切れる。



 どうせすぐにこのクラスからはおさらばして、Eクラスにいくのだ。

 とても教室に残って親睦を温める気にならない。



 疲れた…

 挨拶して最初のオリエンテーションを受けただけで、果てしなく疲れた…




 家に帰ったら、母上はすでに子爵領へ向けて出立した後だった。


 姉上もまだ下校していない。



 上級魔道具研究学院は、前世でいう大学の博士課程の様なイメージだ。


 それぞれの学生が独自の研究テーマを持っており、授業を受けるというよりも、それぞれの裁量で自由に研究をし、一定の成果を出して学位を取得する。


 研究所としての側面も強く、一学生の研究にも破格の予算が付いているらしい。



 俺は、姉上がいないのを、これ幸いと少ない荷物をさっさと纏めて寮に向かった。


 後が怖いが、レッドカーペット血の海事件を聞いた後に、とても合格を祝って笑う気になれない…



 ◆



 学園の一般寮は、古めかしい煉瓦造りの建物だった。


 豪奢な大理石を敷き詰められた学舎とのギャップが酷いが、俺は住に拘りのあるタイプではない。

 寝れればそれでいい。


 むしろ、セキュリティを破って夜遊びをする気満々の俺としては、この古めかしい作りは好ましいとさえ言える。



 俺は入り口を入った左側に設られた管理人室に向かって声をかけた。


「すみませーん!入寮の手続きに来ました!」



「ちょっと待ってな!」


 暫くして中から出てきた寮母さんと思しき人物は、年齢不詳の初老の女だった。

 手には杖を付いているが、背筋は伸びており、年齢の割に若々しい生命力を感じさせる。



「新入生かい?

 あたしゃこの寮の寮母を務めるソーラだよ。

 ここにクラスと名前を書きな」



 俺は「1-A! アレン・ロヴェーヌ」と記載した。



「…お前が実技試験で首席を取りながら、学力試験で不正の嫌疑を掛けられている前代未聞の坊やかい。

 ……で、やったのかい?」


「やってません」


 俺は真っ直ぐに見られる目を見つめ返しながら答えた。



 ソーラは俺の目をじっと見ていたが、暫くして『ふん、まぁいいだろう』と中へ案内してくれた。


「この王立学園一般寮に、寮則は一つしか無い。

 あれを見な」


 ソーラが指差した方向を見ると、太ぶととした字で『質実剛健』と書かれた額が飾られていた。



 俺は密かにほくそ笑んだ。



 かざりけがなく、まじめで、強く、しっかりしていることを指す、俺の好きな言葉だ。



 アウトロー路線に生きる俺にとって、かざりけ見栄などは最も忌諱するものだ。


 そして、まじめで、強く、しっかりと、などは捉え方次第でいかようにも解釈可能といえる。


 実際俺は、この異世界での人生を、自分のやりたい事、楽しいと思う事に対して誰よりもまじめに、強い意志を持って取り組む自信がある。



「寮費は朝食付きで月に1000リアル。

 まぁこの王都で王立学園の看板を下げてたら、稼ぐのに苦労する額じゃ無い。

 仕送りが心もとないなら自分で家庭教師でも探索者でも何でもして稼ぎな。

 朝食の時間は朝の6時から8時半まで。

 いらない時は事前に私へ伝えな。

 トイレは自室にあるが、風呂は共同で、入り口右奥にある大浴場だ。

 時間は夜の6時から朝の10時まで。


 お前さん貴族出身だろ?自分でお着替えは出来るのかい?」


 ソーラは小馬鹿にした様に俺を見てきた。



 お!部屋にトイレがついているのか!


 この王都で破格も破格の1000リアルの家賃と聞いていたので、どんなボロアパートをあてがわれるのかと不安だったが、これは悪く無いんじゃ無いか?


 しかも風呂は大浴場だと?


 足を伸ばせる広々とした風呂が、勝手に湧いているという条件は、俺にとっては天国だ。



「ああ。俺は田舎の貧乏子爵家の三男坊だ。

 自分の事は自分でするから、その辺りの気遣いは不要だ」



「…貴族出身のくせに、この寮の説明を聞いて嬉しそうな顔をするとは、妙な坊やだね…

 王立学園に受かった途端、勘違いした輩を嗜めるのも私の役目なんだがね。


 お前にいうのは酷かもしれないが、一応言っておくよ。

 Dクラス以上の生徒はここと同じ家賃で貴族寮に入れる。


 つまりここは、この学園で落ちこぼれとるEクラスの生徒、しかも貴族寮の正規料金、5,000リアルが払えない貧乏人だけが集う、通称『負け犬の寮犬小屋』さ。


 嫌ならさっさとDクラスに上がれる様に努力するんだね」



 貴族寮だと?


 いかにも、成績でマウントを取ることしか考えていないアホどもが溜まってそうな響きだな。



 設備や食事はここよりいいのだろうが、全くもって魅力を感じない。


 美味いものが食いたければ、夜の街に繰り出して、自分の足で探せばいいのだ。



「いや、俺はここが気に入った。

『質実剛健』。

 実に素晴らしい寮則じゃないか?

 全力は尽くすが、俺は3年間この寮で世話になる。

 ソーラさん。これからよろしく頼む」



 ソーラは呆気に取られていたが、



「ひゃっひゃっひゃっ。

 そのセリフ、クラスを上がった後もきけたらいいね」


 実に楽しそうに笑いながら帰っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る