第19話 課された条件


「よかろう。アレン・ロヴェーヌ。

 持ち帰って審議とする。

 不正の証拠無し、と判断された場合、『Eクラス』での入学を認めよう」


 ゴドルフェンは、宣言した。



 …ふう。

 尊い犠牲はあったが、何とかなったな。


 この学園に執着しないと決めているとはいえ、入学して1時間でクビでは、流石に家族に合わす顔がない…


 ありがとうゾルド。お前の事は忘れない…


 俺は歯を食いしばって目を瞑り、友の冥福を祈った。



「…抗議一つせんとはのぅ。

 貴様にもゾルド・バインフォースの教えが、しっかりと根付いとると見える」



 まぁ母上が急いで帰るって言ってたし、そうひどい事にはならないだろう。


 …いやに急いで帰るなと思ったが、母上はこの展開俺の言い訳まで読んでいたのか?


 ありえそうで怖い…



 …え?なに?

 よく聞いてなかったんだけど…




「いきなりEクラスじゃと言われて、言いたい事はあるじゃろう。

 じゃが、それほどこの不正判定を覆す事の意味は重い。

 このユグリア王国の、伝統ある学力判定システムそのものに疑問を投げかける、という事じゃからの。

 しかも貴様の場合は4科目…これで不正の形跡がまるでない、などというのは……はっきり言って、前代未聞じゃ。


 聴取の結果、不正の明確な証拠無し、と判定された過去の例でも、全てEクラスに配属されておる。

 入学後に様子を見て、学力に疑いがなければ、クラスを上げればいいしの。

 もっとも、残念ながら浮上してくる例は、全くないようじゃが…」



 Eクラスだと?!


 …


 まぁ別に俺の場合はクラスにはこだわりはないからな。

 むしろ自由気ままにアウトロー路線の学生生活を送ろうと思ったら、都合がいいんじゃないか?


 俺は、ルールとしての不正は働いてなどいないが、その学力判定システムとやらは、ある意味正しい。

 転生など考慮しようがないからな。



「なるほどな」


 俺はとりあえず、仕方なさそうな顔をして頷いた。



「本来ならばこれで話は終わりじゃ。

 だが、今はちと事情があってのぉ」


 ゴドルフェンは鋭い目でクラスを見渡し、空気を締めてから続けた。



「早くて数年、遅くとも10年以内に戦争になる可能性が、極めて高い」


 衝撃的な言葉に、クラス全員が息を呑んだ。



 ◆



「先程、小僧が話の腰を折ってくれたがの。

 陛下から下命されたのはこれに関する事じゃ。

 ずばり言う。

 この王国中から選び抜かれた、選良中の選良である王立学園の学生、とりわけその中のトップ20名の諸君は、国に戦力として期待されておる。

 わしが陛下から下命された任務は、ずばり王立学園生の、底上げ」



 そこで、ゴドルフェンはアレンの事をちらりと見た。



「諸君らの全員が軍属になるとは思っておらん。

 どのように生きるのかも自由じゃ。

 …じゃがのう、たとえどのような仕事につこうとも、この王立学園卒業生の能力や権限を考えると、それは国を支える大事な力となる。

 戦争は総合力の勝負じゃ」



 そこで、ライオが手を上げた。


「質問をよろしいか?翁」


「なんじゃ、ライオ」


「具体的には、どこの国と戦争となるとお考えか、お聞かせいただけますか?」


「ふむ。

 この話はまだ、情報部が必要な情報をかき集めておる段階でのぅ。

 学生に話すような時期ではないのだが…どうせすぐにいい加減な噂が飛ぶ。

 その前にわしの口から伝えておくが、他言は無用じゃ。


 推測の域を出んが、まず動くのは北のロザムール帝国」



「やはり」


 ライオは、歯をギリと噛み締めた。


 ロザムール帝国は、ユグリア王国と昔からこの大陸の覇権を争う大国だ。


 数十年前にも一度侵略された事があり、その際は一時は国境を大きく塗り替えられる事を覚悟するほど攻め込まれた。


 だがゴドルフェンをはじめとする精鋭部隊が、奇襲により敵の総司令官を討ち取ったのをきっかけに王国騎士団が押し戻し、何とか現状維持で講和にいたった。


「さらに、これに呼応して西の大国ジュステリアも動く可能性がある」



「何だって!」


 想定外の名前にクラスへ動揺が走った。


「ジュステリアは彼の国建国以来の友好国ではありませんか。なぜ今になってロザムールと手を組み我が国に戦争を仕掛けるのでしょうか?!」



「まだ動くと決まったわけではないがの。だが、帝国と頻繁に軍事物資の行き来が確認されるなど、怪しい兆候が随所に見られる。

 我々としては、最悪の事態を想定して備えをする必要があるのう」



 ざわつくクラスを手で押さえたゴドルフェンは、アレンの方を見た。



「そんなわけで、仮に、お主の主張通り、『常在戦場』の心構えで死力を尽くして頑張った結果、不正を疑われただけの才能を、遊ばせておく余裕はこの国にはないのぅ。


 さりとてこの伝統ある学園で、わしの一存で特例措置を取ることもできん…


 そこで、お主には1週間以内に、このクラスの全員から、Aクラスのクラスメイトに相応しい、と、推薦を勝ち取ってもらう。

 このクラス全員の推薦と、試験官全員の推薦を持って、わしが直接陛下へ進言し、勅令として許可をもらおう。

 よいな」



 ◆



『よいな』だと?


 良い訳ないだろ、何考えてんだこのジジイは…


 戦争なんかに参加する気はもちろんないし、そもそも俺は必死こいて頭を下げて回ってまでAクラスに留まるメリットなんて何も無いんだ。


 …もしかしてAクラスって何か特別なメリットでもあるのか?



「念のために確認するが…

 Aクラスである事で、何か特別なメリットがあったりするのか?

 例えばAクラスのみ使用可能な施設があったり、特別に閲覧できる資料があったり、といった類のものだ」



 ゴドルフェンは怪訝そうな顔で答えた。


「そのような特別な権利はないの。

 学園生はクラスによらず、皆平等じゃ。

 ただし…あまり言いたくはないが、卒業後の進路では王立学園のAクラス卒となると、破格の待遇が待っておるじゃろうな。

 王国騎士団をはじめとして、あらゆる就職先も、研究学園への進学もほぼフリーパスじゃし、出世も約束されたも同然といえるじゃろう。

 ところで…」



 そこでゴドルフェンは片眉を大きく吊り上げて、殺気を滲ませた。


 再びクラスに悲鳴が走る。



「まさか、ゾルド・バインフォースの弟子ともあろうもんが、Eでも別にいいか…などと考えてはおらんじゃろうなぁ?」



 …どんだけゾルドの事信頼してるんだこのじじいは?


 共に死線でも潜ったのか…?



「失礼な事をいうな!

 俺はEでも『別に』いいなんて考えていない!」



 Eがいいんだよ!

 就職だの進学だの出世だの、お話にならないメリットばかり並べやがって!



「貴様の配属クラスには、3000万リア…貴様をここまで育ててくれたご家族や、ゾルド氏の思い。

 そして貴様を推薦するわしの誇りがかかっとる!

 もしもわざと力を抜いたりしてみぃ。

 例えこの学園に残れることになっても、わしが八つ裂きにしてくれるわ!」



「ひぃっ」



 …3000万リア?

 ル?


 3000万リアルといえば、うちの子爵領の年間税収に匹敵する額だが…

 そこから支出があって、うちの子爵家の収入は300万リアルくらいだ。


 ちなみに、1リアルは1ドルぐらいの感覚だ。



 ◆



 そもそも、今の状況を冷静に分析したら、クラスメイト全員から1週間で推薦を勝ち取るなど不可能だ。



 まず、俺は学力テストで不正を施した嫌疑がかけられている。

 しかも5科目中4科目で、その内、魔法理論に至っては99.9%不正とされている。



 加えてライオとのやり取りだ。


 国家危急のこの時に、国への愛着など無いと宣言するようなクラスメイトなど必要か?

 俺なら嫌だ。


 少なくともライオを説得するのは不可能だろう。



 そこへフェイのあの爆弾投下だ。

 実に腹立たしいが、今俺への女の子達の評価は地の底だ。


 あのゴミを見るような灰色の瞳全員から推薦?

 1週間で?

 まったくもって不可能だ。


 さらにそのあと、この偉そうなじじいに弟子入りを申し込んだかと思うと叩き潰すと宣言したり、支離滅裂な言動もひどい。


 洒落にならないほど危ない姉上がいることも露見している…



 くっくっく。


 ミッションインポッシブル。


 誰がどう考えても不可能だ。



 あれほど無難に入ろうとしていたのに、何でこうなっちゃったのか、自分でも不思議で仕方がないほど、絶望的な状況だ。


 俺はただ、その時の風に任せてベストを尽くしただけなのに。



 なぜ不可能か。


 その1番な理由は、俺にやる気がないからだ。


 もし俺が、Aクラスでの合格を何が何でも勝ち取るべき理由があったなら、どの様な手を使ってでも実現しただろう。


 だが、ない。

 全くない。


 俺は適当に頑張っているフリをして、E組を目指すことにした。

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